一宮市三岸節子記念美術館「安藤正子展 ゆくかは」ミニツアー

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 一宮市三岸節子記念美術館(以下「美術館」)で開催中の「安藤正子展 ゆくかは」のミニツアーに参加しました。開始日時は8月5日(土)午後2時。美術館が開催した「アーティスト・トーク」に参加するという方式です。アーティスト・トークの参加者は約50名、うちミニツアー参加者は13名で、アーティスト・トークの司会は美術館の野田路子学芸員(以下「野田さん」)でした。以下は、当日のメモを元に書いたものです。

◆第1部 美術館2階第1展示室

 冒頭、野田さんは「現在、母校・愛知県立芸術大学の准教授」と、安藤正子さん(以下「安藤さん」)を紹介。安藤さんは、本展のサブタイトル「ゆくかは」について、鴨長明『方丈記』の有名な一節「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし」から取ったもの、と解説。「時間の流れはゆくかは(行く川)のように速い」「絵を描くのは時間がかかり、流れに追いつけない」というキーワードを中心に、作品制作に向かう姿勢などについて、お話しくださいました。

 続いて、野田さんから「第1展示室の作品は2016年以前に制作したもの」という説明があり、安藤さんによる作品解説が始まりました。

◎《貝の火》(2004)

 右手にポールペンを持ち、自分の左腕に絵を描いている女の子を描いた細密描写の鉛筆画です。不思議なことに、女の子は「鳩をくわえたキツネの頭部」を被っています。安藤さんによれば、宮沢賢治の童話『貝の火』(注に、あらすじを記載)に着想を得た作品。自分の体に絵を描くのは、古代人の壁画をイメージしているとのこと。《貝の火》は安藤さんにとって「大きな画面に鉛筆で描いた最初の形」とのことでした。

(注)主人公は子ウサギのホモイ。ホモイは、川に流されたヒバリの雛を助けたことで、鳥の王様から宝珠・貝の火を贈られます。ホモイは周りの動物からおだてられて増長。キツネに誘われたホモイは悪事に加担しますが、貝の火が濁り始めたことに気がついて、キツネの悪事を食い止めます。しかし、貝の火は砕け、その破片でホモイは失明。ラストに、ホモイのお父さんが「こんなことはどこにもあるのだ。それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ。目はきっとまたよくなる。お父さんがよくしてやるから」と慰めるのでした。(全文については、青空文庫=https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1942_42611.htmlをご覧ください)

◎《ビッグ・バン》(2007)

 これも鉛筆画で、垂直に立った棒に張った網にアサガオが蔓を伸ばし、満開のアサガオが咲き誇っている様子を描いた作品です。安藤さんによれば油絵の作品もあるそうですが「鉛筆画は下絵で、油絵が本画」ということではなく「それぞれが独立した作品」。「色のイメージを持っているものは油絵にすることが多い」そうで、「《貝の火》は、画面の縁に色つきの紙を置くことで満足したので、油絵は制作しなかった」そうです。

◎《うさぎ》(2013)・《パイン》(2014)・《APE(エイ・ピー・イー)》(2014)

 安藤さんによれば「息子に毛糸のおくるみを掛けて、寝ている姿を見ているうちに、東日本大震災の原発事故をテーマに三枚の絵を描こうと思った」とのことです。《うさぎ》は、公園で虫取りをする息子の姿。草ぼうぼうの公園に無人の商店街が重なって見えたそうです。《パイン》は、松原の中で一本だけ残った松。《APE》はGRAPEファンタの空き箱で作ったヘルメットに「APE」という文字が読めたから付けたタイトル。Apeは類人猿。フォークロック・バンドの「たま」が歌った「さよなら人類」のメロディーも浮かんだそうです。雪は放射能を表現したもの、とのことでした。

《パイン》について「足元のパンジーは、名古屋市美術館協力会のカレンダーにも描きましたが表情のある花。泣いたり、笑ったり、ひげのおじさんや犬のようにも、困っているようにも見える」と付け加えていました。

◆第1部 美術館2階第2展示室

第2展示室に移動してから安藤さんが語ったのは、第1展示室に出品の三枚の作品を描き上げた時の心境と、その後の変化でした。

◎三点を描き上げた時の心境

安藤さんは三点の作品を描き上げて、自分の見ているもの、考えていることを絵にしていく作業が「磁石に鉄がくっつくようにうまく描けた。これ以上は出来ない」という心境になったそうです。その頃、名古屋市内から瀬戸市に引っ越し、第二子(女の子)が生まれ、大学(愛知県立芸術大学)に就職するなど、生活環境の変化もあって、「前のスタイルで制作を続けるのは難しい」と感じ、木炭紙に木炭で描いたり、水彩鉛筆で描いたり、試行錯誤を続けたそうです。「マティスやボナールが好きで、その作品のように描こうとしても、細部を描きたくなる」「大きな空気感を描きたい」などの言葉がありました。

◎《眠れない》(2018)

 小さな花が縦横、規則的に並んでいる紙に、寝間着姿の小さな女の子を木炭で描いた作品です。安藤さんが語ったとおり、第1展示室で見た精密描写の絵とは違う画風になっています。

◎《歯ブラシの話》(2020)

 黒い野球帽、赤いジャンパーで、歯磨きをしている髭面の人物を水彩鉛筆で描いた作品です。安藤さんによれば、描いたのは沖縄の人で「柔らかい歯ブラシが好き」と言っていたとのこと。「この作品で、絵が描けるようになった。」「描き始めることができれば、完成することができる」とも解説。《歯ブラシの話》では、瀬戸市にいる若い作家から陶板レリーフの制作に誘われた話もされました。「作品展に出品しませんか」と誘われたので「陶板をやってみたい」と快諾。「近所の友達のところで焼成してもらった」とのことでした。

◎《ニットの少女Ⅱ》(2020)・《ニットの少女Ⅳ》(2020)

女の子の顔、体、背景を陶板で制作して、板に貼りつけた作品です。安藤さんによれば、原型をつくって、石膏型(凹型)を取り、石膏型に粘土を詰めこんで成型。その後、乾燥させて焼成、とのこと。「同じ形のものが、複数できる。同じ原型でもイメージを変えることができる」などの言葉から、陶板レリーフの制作を楽しんでいることが伝わってきました。確かに《ニットの少女Ⅱ》と《ニットの少女Ⅳ》は同じ原型の作品ですが、イメージはずいぶん違います。原型→石膏型→成型→乾燥→焼成という、ひと手間多い、大量生産時に使う制作方法(だと思いますが……)は「やきものの街・瀬戸」に引越したから出来たことだと思いましたね。

◎《怖いテレビ》(2018)

 安藤さんは「枕を抱きしめながらテレビを見ている娘。枕の柄を最初に描いた」と解説。《眠れない》と同じように、図柄を描いた紙の上から描いています。

◎《ピンクの中の娘》(2019)

 黄色いパイナップルを描いたピンクの紙に、パンツ姿の女の子を木炭で描いた作品です。安藤さんによれば「陶板の《パイナップル》シリーズの元になった絵」とのことでした。

◎《シダ植物》(2018)・《31》(2022)

 安藤さんは「紙に柄を描いたものを何枚も用意。その紙の上に絵を描いた」「図柄やパターンを描いた紙に人物などを描くことで、二次元の性質を強めてくれる」「パターンは芋版を使って描いた」等と解説。

◎《将棋なんて》(2021)

 大画面の水彩画です。将棋盤を見つめている女の子の服は、実物をコラージュしたもの。安藤さんは「コラージュしようとは思っていなかったが、服はコラージュした方が良いと思った」「陶板制作に近いものを感じた」「陶の制作が水彩画に活かせた」等と解説。

◎《歯が抜けそう》(2020)

 安藤さんは「乳歯が抜けるときの姿を描いた」「楽しんで描いた」と解説。「画面左上にコードが描いてあるけれど、好きなモチーフですか?」という、入場者からの質問には、「身の回りにあるアイテムを画面に入れるのが多い。ヘッドフォンを買ったときは、いずれ描くかなと思った」と回答されていました。

◎《スシローにて》(2023)

 安藤さんは「娘のギターの発表会の後スシローに行ったら、中3の息子が高い皿をたくさん注文。さっさと食べる様子が面白くて描いた。自分の作品は平面的なものを重ねるが、複数の視点を取り入れることはなかった。この作品では、すし皿を真横だけでなく、真上から、斜めからと、複数の視点で描くことで、三次元の空間を表したいと思った。スプーンには、自分の顔が写っている。一枚の絵の中に絵画の歴史がある」と解説。

◎アーティスト・トーク 終わりのあいさつ

 安藤さんのアーティスト・トークは「本展には、20年間、60点の作品を出品。この後の時間、好きに見て、楽しんでいただければうれしい」というあいさつで終了。時計は午後3時でした。

◆1階 第3展示室(ただし、部屋の表示板は「講堂」) 

1階では、安藤さんが日常生活を撮影した20分59秒の映像作品「ゆくかは」を上映していました。

◆作家を囲む会 

ミニツアー募集時は「作家を囲む会」の通知はありませんでしたが、通知後、一宮市三岸節子記念美術館を通して「アーティスト・トーク終了後、わずかの時間であれば安藤さんを囲む懇談会を開催する」ことにご快諾いただき、「作家を囲む会」の開催が実現。ミニツアー参加者は当日に通知を受け、「うれしいサプライズ」となりました。

「作家を囲む会」は、午後3時30分~4時の間、美術館の喫茶コーナーをお借りして、安藤さんとミニツアー参加者13名で開催。安藤さんのごく近くでお話が出来たので、参加者は大喜び。また、安藤さんが参加者一人一人の質問に丁寧に答えて下さったので、参加者にとって至福のひと時となりました。

安藤正子様、お忙しい中にもかかわらず時間を割いていただき、ありがとうございました。

Ron

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