マンガ家・つげ義春さんが日本芸術院の新会員に

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2月23日付けの新聞に、日本芸術院が22日に芸術活動で優れた功績があったとしてマンガ家・つげ義春さんを新会員に選出したという記事が載っていました。概要は、以下のとおりです。

◆新会員選出の経緯

各紙の報道をまとめると、これまで芸術院の新会員は会員のみの推薦と投票で選出していましたが、幅広く人選できるように、今回から文化庁が選んだ有識者が候補の推薦と絞り込みに加わり、投票は会員のみで実施という方式に見直し。対象となる芸術分野も硬直化していたことから、対象分野に「写真・映像」「デザイン」「マンガ」「映画」を追加したとのことです。

その結果、新たに対象となった「写真・映像」「デザイン」「映画」では新会員候補が決まりませんでしたが、「マンガ」では、ちばてつやさんとつげ義春さんが選出されました。

なお、「朝日新聞デジタル」によると〈今回の選考では2人が辞退したが、芸術院は辞退者が特定される可能性があるとして分野は公表していない〉そうです。

◆新会員の業績

中日新聞・日本経済新聞ともに、ちばてつやさんの業績を〈「あしたのジョー」は戦後漫画の金字塔の一つ。後進の育成にも努める。14年文化功労者〉。つげ義春さんの業績を〈文学的な表現で高い評価を得る。20年アングレーム国際漫画祭特別栄誉賞〉と書いています。

さらに、「コミックナタリー」の記事は〈つげの推薦理由では、「その生き方がトータルに注目される唯一無二の存在となっている。今日もなお文庫や全集の形で作品が読まれ続け、海外からも高い評価を得ている、まさに「芸術」としてのマンガ表現において日本を代表する作家である」と述べられた〉と書き、芸術院が発表した推薦理由の全文も掲載していました。

◆「商業美術家の逆襲」では、つげ義春さんを「至高の芸術家」と評する

つげ義春さんといえば、山下裕二さんがNHK出版新書「商業美術家の逆襲」で〈将来的には、マンガの原画が国の重要文化財や国宝に指定される日が来るでしょう。その筆頭候補は、何と言っても「ねじ式」です。文化財候補マンガの中でも、この作品は「絵」として最も素晴らしい。私にとって、つげ義春は至高の芸術家であり、その作品は最高の「ファインアート」です〉と書いています。山下裕二さんだけでなく、日本芸術院もつげ義春さんの功績を認めたということですね。

◆最後に

新聞記事を読んだ後、ネット検索で「芸術新潮」2020年4月号につげ義春さんの記事があると分かり、本棚を探すと「つげ義春、フランスへ行く」という12ページにわたる特集を掲載していました。特集は、アングレーム国際漫画祭特別栄誉賞の授賞式への同行記、長男・正助さんへの取材記事、つげ義春さん・正助さんへのインタビューで構成。アングレーム国際漫画祭は、1982年に手塚治虫も参加した歴史あるイベントで、2000年代に入ってフランスでも本格的に日本のマンガの翻訳出版が始まると、水木しげる、大友克洋、高橋留美子などが受賞しているとのことでした。アングレーム美術館では「つげ義春展」が開催され、英語版・フランス語版のつげ義春全集が出版されていることも、初めて知りました。2年前「芸術新潮」を買ったにもかかわらず、12ページにもわたる特集をスルーしたことに、我ながら呆れてしまいました。一体、何をみていたのでしょうか。

Ron.

日本経済新聞・書評の紹介 「商業美術家の逆襲」

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本年2月19日(土)付・日本経済新聞の「読書」欄に、山下裕二著「商業美術家の逆襲」の書評が載っていました。表題を入れて12字×17行の短い記事なので、取り上げた作家はグラフィックデザイナーの田中一光のみです。

私が田中一光のポスターに出会ったのは、2014.05.11(日)の協力会「春のツアー」が最初です。大阪市の国立国際美術館で開催の「アンドレアス・グルツキー展」鑑賞後に見た「コレクション展」の一角に展示されていました。そこに展示されていたのは美術館所蔵のポスター。時間が無いので急いで通り過ぎたのですが、一つのポスターの前で足が止まってしまいました。ポスターの左上に書かれているのは「Nihon Buyo」。他の文字も全て英数字でした。「不思議なポスターだな」と思いましたが、残り時間がわずかだったため、「田中一光」という作家名を確かめただけ。急いで、ツアーのバスに戻りました。

次の出会いは、2017.09.23(土)の協力会「秋のツアー」。移転新築後の富山県美術館「コレクション展」でした。「デザイン・コレクション ― ポスターと20世紀の椅子」のコーナーで、田中一光「Nihon Buyo」1981との再会を果たしたのです。二つの美術館で収蔵しているということから、「重要な作家」だということは分かりましたが、そこで途切れてしまいました。

三度目の出会いが、日本経済新聞の書評が取り上げた「商業美術家の逆襲」です。これまでの出会いでは、ポスター以外には作家名・作品名・制作年という限られた情報しか得られませんでしたが、今回は作家の経歴・位置付けなど様々な情報に接することができました。

日本経済新聞の記事を読んだ後、国立国際美術館のホームページにアクセスし、同館が田中一光の作品を多数所蔵し、2016.04.05~06.19には「田中一光ポスター展」を開催していることを知りました。また、「田中一光ポスター展」のホームページでは「Nihon Buyo」のほか、「商業美術家の逆襲」に掲載の「JAPAN」、尾形光琳《紅白梅図屏風》を思わせる作品など、全7点のポスターを見ることができます。更に知りたい方は、「所蔵作品検索」で独立行政法人国立美術館の4美術館の所蔵作品が検索できますので、お試しください。

蛇足ながら、以下に日本経済新聞の記事を引用しました。

Ron.

◆ 2022.02.19 日本経済新聞 書評(新書・文庫)『商業美術家の逆襲』 山下裕二 著 

著者はグラフィックデザイナーの田中一光を「20世紀の琳派」とみる。ポスター「JAPAN」は俵屋宗達が「平家納経」に描いたとされる鹿の絵を引用してデザインした。この引用と変換こそが琳派の精神だという。著者は日本美術を継承し、新たな表現を切り開いてきたのはこうした商業作家だと指摘。浮世絵から漫画まで、商業作品を糸口に明治以降の美術史を捉え直す。(NHK出版新書・1210円)

読書ノート 渡辺省亭に関する2冊の本

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昨年6月13日開催の協力会ミニツアーで、岡崎市美術博物館の「渡辺省亭 ―欧米を魅了した花鳥画―」展を鑑賞しました。当日は、入場者が館の想定を超えたため、一時、入場制限。入場後、展示されていた作品を見て、館の想定を超える入場者があったことに、「なるほど」と深く納得した覚えがあります。最近、その渡辺省亭に関する書籍を2冊、近所の書店で発見しましたので、ご紹介します。

◆「商業美術家の逆襲 もうひとつの日本美術史」 山下裕二 著 NHK出版新書666  2021.12.10発行

刺激的なタイトルに惹かれて手に取ると「渡辺省亭」の文字が目に飛び込み、迷わず買いました。著者は本書の目的を〈日本美術のメインストリームから外れたことで、美術史上、正当な評価を受けてこなかった商業美術家たちを「再評価」するだけでなく、むしろ彼らを本流として明治以降の美術史を再考してみたい〉と書いており、パートⅠ「商業美術の到達点」、パートⅡ「浮世絵から新版画まで」、パートⅢ「戦後の商業美術家へ」の三部構成となっています。

〇パートⅠ 商業美術の到達点

・取り上げている商業美術家

パートⅠで取り上げている商業美術家は、渡辺省亭(1851-1918)、鏑木清方(1878-1972)及び小村雪岱(1887-1940)の三人です。渡辺省亭と小村雪岱は、著者が監修・企画協力をした展覧会で取り上げた画家。ともに存命中は高く評価され、画壇も一目置く存在でありながら、没後、その盛名が忘れられていました。鏑木清方は日本画の巨匠。「忘れられた画家」ではありませんが、画業の出発点は「商業美術」の口絵・挿絵であり、省亭・雪岱の二人と関係の深い作家でもあります。

・渡辺省亭・鏑木清方・小村雪岱に共通するもの

著者は、省亭、清方、雪岱の三者に共通する点を〈江戸の風流を愛し、酒井抱一、柴田是真に連なる「江戸の美意識」の継承者であること。権威に与することも関心もなく、淡々と描き続けたこと。そして、その類まれな画力とセンスを、商業美術的なものに惜しみなく注いだ〉と書いています。この言葉どおり、彼らは小説の挿絵・口絵という「商業美術」で好評を博しています。

・渡辺省亭を敬愛する鏑木清方

清方は、自伝的随筆『こしかたの記』に〈省亭は、年方に直結して、間接的には私にまで及んでいる〉と書いています。著者は〈清方の師・水野年方(1866-1908)は、月に二度ほど省亭のもとに通って花鳥画の手ほどきを受けていた時期があり〉、清方自身も〈省亭を敬愛し、粋で気品のある花鳥画に深く心を寄せていた〉と書き、晩年の清方が省亭の掛軸を床の間に掛けていたという、キャバレー王・福富太郎の証言を載せています。

・渡辺省亭と鏑木清方を結ぶキーマン・柴田是真

著者は、省亭と清方を結ぶキーマンとして、漆工家で画家の柴田是真(1807-1891)を挙げています。省亭は小さい頃から是真の木版画を手本に絵を描き、先ず是真に弟子入りを志願。是真の勧めと仲介で歴史画の大家・菊池容斎(1788-1878)に弟子入りしています。一方、清方の家は是真一門と深い付き合いがあり、床の間を飾る掛軸の多くは是真の作。清方も、9歳で是真の次男・真哉に絵の手ほどきを受けています。

柴田是真も、生前は国内外で高い評価を受けていたにもかかわらず、没後、忘れられた作家です。著者は、省亭、是真と同様に河鍋暁斎(1831-1889)も〈作品のクオリティーや海外での評価の高さと、日本での認知度に大きなギャップがある〉としています。また、その原因は〈絵画と工芸の両分野でずば抜け、また、盛期が江戸と明治にまたがっていたため、その足跡や作品世界の全貌がきちんと理解されてこなかったからだろうと思います〉と書いています。

・渡辺省亭が描いた挿絵が引き起こした大騒動

省亭については、山田美妙(1868-1910)の小説「蝴蝶」に描いた挿絵について、次のようなエピソードを紹介しています。省亭は、小説中の描写に沿って鎧武者と向き合う美女の裸体画を描き、それが評判となって、小説を掲載した雑誌『國民之友』は二万部の増刷。しかし、蝴蝶人気に便乗して数多(あまた)の裸婦画が出現し、『國民之友』は一年足らずで発禁処分となってしまったとのこと。大騒動だったようです。

・鏑木清方と小村雪岱の関係

清方と雪岱については、ともに泉鏡花(1873-1939)の小説に挿絵を描いている、と紹介されています。清方は、泉鏡花の単行本『三枚続』に口絵を描いたことから、二人のコンビで次々と作品を世に出します。雪岱が商業美術の世界に飛び込んだのも、泉鏡花の『日本橋』の装幀がきっかけです。以後、鏡花の本の装幀はもっぱら雪岱が担当することになります。しかし、著者によれば、清方と雪岱は良きライバルであり、先輩・後輩として、とてもいい関係を築いていた、とのことです。

〇パートⅡ 浮世絵から新版画まで

パートⅡでは、世界が熱狂した日本の商業美術、浮世絵版画について、岩佐又兵衛(1578-1650)の「洛中洛外図屏風(舟木本)」から伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)、吉田博(1876-1950)、橋口五葉(1881-1921)の新版画まで、幅広く取り上げています。

なかでも、著者が注目しているのは歌川国芳一門。師風を強く受け継いだのが月岡芳年(1839-1892)で、芳年から「年」の字をもらった弟子が水野年方。年方から「方」の字を受け継いだ鏑木清方の門下に、新版画の伊東深水と川瀬巴水がいます。一門の外で、洋画家から新版画に転じたのが吉田博と橋口五葉です。

〇パートⅢ 戦後の商業美術へ

パートⅢでは、広告ポスターのデザインやイラストレーション、雑誌の表紙、マンガの作家を取り上げています。西部流通グループ(のちのセゾングループ)のクリエイティブ・ディレクターを務めた田中一光(1930-2002)や『週刊少年マガジン』の表紙を芸術にした横尾忠則(1936- )、『ねじ式』を描いたマンガ家・つげ義春(1937- )、小村雪岱からの影響を感じさせるマンガ家・林静一(1945- )などを紹介しています。特に、子供向け学習雑誌の表紙を四半世紀にわたって描き続けた玉井力三(1908-1982)については〈学習誌の表紙を飾った昭和の子どもたちの笑顔には、その湧き出すような力強さまで描出されていて、時代を映す風俗画としても貴重です。その原画などを紹介する回顧展を、現在準備中(2022年秋開催予定)ですが、女性誌の表紙に展開された美人画についても、かつて橋口五葉が三越呉服店のポスターに描いた女性像を嚆矢とする経脈を継ぐものとして、今後研究が進むことを期待しています〉と綴っています。なお、この本のカバーは、小村雪岱「おせん 雨」と玉井力三「『小学三年生』表紙」の図版を使っています。

〇ひとこと

渡辺省亭について知るために買った本ですが、小村雪岱の画業についても知ることができたのはラッキーでした。2019年12月21日から翌年2月16日まで岐阜県現代陶芸美術館で開催された「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ」展は、チラシがきれいで「行きたい」と思っていたのですが、気が付いたら会期は終了。協力会の会員から「とてもよかったですよ」という評判を聞き、「見ておけばよかった」と後悔したものです。今回、この本に掲載された雪岱の作品を見たことで、少し気分が晴れました。

商業美術家でたどる「明治以降の美術史」は新鮮で、とても面白いものでした。お勧めです。

◆別冊太陽296 「渡辺省亭 花鳥画の絢爛」 山下裕二 古田亮 監修 平凡社 2022.2.25発行

大型の書籍で図版が大きく、発色もきれいなので「商業美術家の逆襲」と併せて読むと良いと思います。

巻頭に「渡辺省亭の再評価元年がやってきた!」という山下裕二氏と東京藝術大学大学美術館館長・古田亮氏との対談が掲載されています。このほか、鏑木清方が書いた渡辺省亭の追悼文(『中央美術』五月号 大正七年五月一日発行)、2021年の展覧会の会期中にその存在が明らかになった絶筆《春の野邊》(岡崎市美術博物館から公開)、「省亭の画技を支えた書」という記事なども掲載され、見ごたえ十分です。

Ron.