読書ノート 「失われたアートの謎を解く」

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

ディエゴ・リベラの壁画《プロレタリアートの団結》(名古屋市美術館蔵)の図版が掲載されているのを見て、衝動買いしてしまった本です。監修の「青い日記帳」はTak(タケ)の愛称でブログ「青い日記帳」を主宰する美術ブロガーです。また、「あとがき」には「膨大な資料を元に執筆してくださった古川萌氏、齋藤久嗣氏、鈴木雅也氏の三名の執筆陣に心より感謝いたします」という謝辞がありました。

 ◆アートペーパーNo.110 2019年春号の特集記事

衝動買いの要因は、名古屋市美術館ニュース アートペーパーNo.110 2019年春号の特集「“壁画家は日当で働く”― ディエゴ・リベラ、壁画の報酬」(執筆J.T.)です。「ニューヨークでの挫折と《アメリカの肖像》」という章で「ロックフェラー2世の次男・ネルソン・ロックフェラーから壁画制作を依頼されたリベラは、壁画にレーニンの肖像を描いたために解雇され、壁画は破壊された。その壁画の報酬として14,000$をもらったリベラがニューヨークの<新労働者学校>に描いた壁画21点中の一つが名古屋市美術館常設展に展示の《プロレタリアートの団結》である」という話を紹介していました。「失われたアートの謎を解く」(以下「本書」)に、その「破壊された壁画」の記事があったため、思わず飛びついてしまったのです。

◆本書・第三章 15 レーニンを描いたから破壊されたロックフェラーセンターの壁画

   レーニン像を描いたために破壊された壁画《十字路の人物》について、本書「第三章 捨てられて上書されて」のp.162~175は「制作中の壁画の中にレーニン像を見つけた地元の新聞紙が『リベラがRCAビルの壁に社会主義者を描いた―出資者はロックフェラー2世』とセンセーショナルな見出しで報道した」「下絵制作時点ではレーニン像を描く予定はなかった」「リベラはレーニンを描きこむことによって自らの思想を体現しようとした」「当初、レーニン像を描くことに容認的であったネルソン・ロックフェラーも相次ぐ批判に抗いきれず、リベラに対してレーニン像をありきたりの普通の男の顔に描き替えて壁画を完成するように指示を出した」「リベラの頑迷な抵抗の前に調整は実らない。膠着状態が長引くと、さらに事件は政治的な色合いを帯びる」「RCAビルには壁画の破壊に反対する労働者が押しかけ小競り合いが起こる一幕もあった」「結局1933年11月、リベラが作業現場を留守にしている隙に壁画は取り壊された」と、事件の経過を書いています。芸術家のリベラを高く評価していても、レーニン像を描いたことが政治的な色合いを帯びてしまったため、壁画を破壊せざるを得なかったということですね。

本書は後日譚として<新労働者学校>に壁画を描いたことに加え、メキシコに帰国したリベラが「時のロドリゲス政権の理解と資金的バックアップを得て《十字路の人物》の再現作品をメキシコシティ、国立宮殿の中央階段壁に描き出した」ことを書き、《十字路の人物》を再現制作した《人類、宇宙を制御する主体》の図版も載せていますので、アートペーパーNo.110の特集とあわせて読むと良いと思います。

◆ナチスによる絵画略奪も

本書「第二章 戦争で消された名画」のp.72~103には、ナチスの絵画略奪に関する「05 ヒトラーの美術品犯罪 略奪された400万点」「06 連合軍が救った名品コレクション アルト・アウスゼー岩塩坑に隠された1万点」「07 フリードリヒスハイン高射砲塔に隠された美術品の行方」「08 今も美術館を悩ますナチス御用画商の隠し絵画」という4つのエピソードがあります。今年の春に日本で公開された記録映画「ヒトラー vs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」や2019.8.25付と同9.1付の日本経済新聞「NIKKEI The STYLE / Art」に連載された「ナチスの略奪(上)(下)」でも取り上げている内容ですが、本書の記事は膨大な資料をうまくまとめており読みやすいと思います。

◆特別寄稿 甦る!《サモトラケのニケ》 文・池上英洋

本書p.42~45に、頭部と両腕を失った《サモトラケのニケ》を同時代の作品をもとにCGで推定復元した姿を掲載しています。図版の説明は「右手にはオリーブの枝を持っていたなど諸説あるが、勝利の女神であるニケは本来、勝利者に捧げる月桂樹の冠(月桂冠)を手にしていた可能性が高い」というものです。「そうだったのか」と、興味深く読ませてもらいました。

Ron.

「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」ミニツアー

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今回のミニツアーは、碧南市藤井達吉現代美術館(以下「当館」)で開催中の「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」(以下「本展」)を鑑賞しました。参加者は9名。解説は、大長(だいちょう)悠子学芸員(以下「大長さん」)でした。大長さんは「本展は彫刻家のデッサンに着目した展覧会です。画家は三次元を二次元で表現しますが、彫刻家は二次元の中で三次元をめざします。そのために触覚・手触りを働かせます。19人の戦後作家のデッサン・彫刻を紹介しますが、プロローグとして戦前の彫刻家・橋本平八のデッサン・作品を展示しています」と、本展の意図・構成を話してくださいました。

◆2階エントランスホール

本展の入口は2階。2階エントランスホールには青木野枝《雲谷(もや)2018-2》が展示されています。大長さんは「これはまさに『空間に線を引いた』作品です。展示室の壁に貼られたデッサンを見ると『デッサンを立体化』した作品であることが分かります。《雲谷》は目に見えない空気を表現したものですが、本展で紹介した彫刻家はいずれも形にならないものを彫刻するためにデッサンをしました」と解説してくださいました。

◆プロローグ 橋本平八から現代へ

会場入口近くに、橋本平八の彫刻《石に就いて》を印刷したハガキと彼の日記が展示されています。大長さんの解説は「《石に就いて》は自然石を木で彫った作品です。そして、この作品は『石を超越した存在』であるということから、作家は『仙』と呼んでおり、作品名も《石》ではなく《石に就いて》です。日記をみると、何枚も下図を描いて、どのような作品にするかを追求していたことがわかります。本展は平塚市美術館、足利市立美術館と巡回し、当館は3館目の展示なので《石に就いて》はハガキ、《少女立像》《裸形少年像》は下図だけの展示になりました。次の巡回先は町立久万美術館(愛媛県久万高原町)です」というものでした。

同じ場所の奥には、戸谷成雄の彫刻《襞の塊(ひだのかたまり)Ⅴ》《襞の塊Ⅵ》とデッサン《鉛のかたまり》《紙のかたまり》が展示されています。大長さんは「《襞の塊Ⅴ》は鉛板の塊、《襞の塊Ⅵ》は紙の塊を表現したもので、鉛板や紙をかたまりにした時に表面にできる襞(ひだ)がモチーフです。また、二つの彫刻はデッサン《鉛のかたまり》《紙のかたまり》に対応しています。重そうに見えますが中空なので意外と軽くて、それぞれの重さは30㎏です」と解説してくださいました。《石に就いて》は具象彫刻、《襞の塊》は抽象彫刻。分野は異なりますが「目指すものは同じ」ということなのですね。

◆第1章 具象Part1

「具象Part1」は柳原義達と佐藤忠良、舟越保武のデッサン・彫刻を展示しています。大長さんの解説は「三人は『具象彫刻の三羽烏』と呼ばれた作家で、新制作派協会彫刻部を創立しています。特に、柳原義達はデッサンを重視して何千何万というデッサンを描きました。細かい線で、周りの空間も含めて、触るように描いています。舟越保武はクリスチャンで信仰心が篤く、精神の気高さを彫刻で表現して、戦後の抽象彫刻が流行した時期に具象彫刻を牽引した作家です。佐藤忠良のデッサンには定評があり、ロシア民話をもとにした絵本『おおきなかぶ』の作者としても知られています。ロシア民話を取り上げたのは、シベリアに抑留された経験が関係しているかもしれません」というものでした。

この時ミニツアーの参加者から、柳原義達の彫刻《犬の唄》について「妊婦のような体型と《犬の唄》というタイトルの関係がわからない」という質問がありました。大長さんの回答は「《犬の唄》というタイトルは、普仏戦争で敗れたフランス人の心情を歌ったシャンソンの題名です。抵抗する気持ちを持ちながらも、表面上、プロイセンに対しては犬のように従順さを示す、とフランス人の心情を歌ったシャンソンに託して、作家は第二次世界大戦の敗戦で破壊された人間像を表現しました」というものでした。

◆第2章 抽象Part1

「具象Part1」の部屋は、最後に「抽象Part1」の展示に変わります。森堯茂のデッサン・彫刻について大長さんは「視覚が通り抜けていく内部空間を表現しようとした作家です」と解説。デッサンと彫刻を見比べると、森堯茂のデッサンはまさに設計図だと思いました。森堯茂の彫刻《罠》については「ブロンズ彫刻ではなく鉄の針金と石膏で制作して漆を塗ったものです。経年劣化が進んで、今はボロボロ」との解説がありました。砂澤ビッキについては「ビッキはアイヌ語で『虹』。《午後三時の玩具》の玩具は、足を動かすことが出来ます」という解説でした。原裕治については「戸谷成雄と同世代の作家で、学年は違いますが二人とも愛知県立芸術大学の同窓生です。原は水脈をモチーフにした、立体と平面の間のような作品を制作しています。また、《けもの道1》《けもの道2》などのデッサンに描かれた白い線は、練りゴムなどで削ったものです。平面なのに彫刻のような雰囲気があります。紙が波打っているのは、屋外で制作したことによる湿気の影響だと思われます」という解説があり、若林奮の《1999.2.21》というタイトルのドローイング2点については「若林奮はドローイングを『薄い彫刻』と捉えていた」と解説してくださいました。

◆第3章 抽象Part2

「抽象Part2」は舟越直木のデッサン・彫刻の展示から始まります。大長さんは「舟越直木は舟越保武の三男で、舟越桂の弟。舟越保武の長男は幼い頃に亡くなっています。直木は絵画でスタートしましたが、兄の舟越桂は『直木の方が造形力がある』と評価しています」と解説し、長谷川さちについては「本展では一番若い作家です。1階フロアには重さ500kgの石の彫刻を展示しています。彼女は『石は何千回もハンマーを振って削らないと形にならなくて不自由だが、デッサンは自由』と言っています」と解説。大森博之については「《背後の手間》は、ネバネバした光がテーマです。素材は石膏ですが、表面に蜜蝋を塗って質感を出しています。彼は『ネバネバ度が高いのものが彫刻で、ネバネバ度の低いものがデッサン』と言っており、《昼休み》については『座薬を入れる感覚』と表現しています」と解説。青木野枝のデッサンについては「鉄のモノトーンな彫刻と違って、色彩豊かな作品が多い」と解説してくださいました。

◎1階フロア

1階フロアに降りると、大長さんが「重さが500kg」と紹介した長谷川さち《mirror》が置かれています。見ただけでは重量を実感できませんが「2階に上げることが難しかったので、仕方なく1階フロアに置きました」という大長さんの話を聞いて、如何に重いか納得できました。

◎1階 手前の展示室

「抽象Part2」の展示は1階展示室にも続いています。床に置いてある4個の立方体について、大長さんは「4個の鉄の塊は多和圭三《無題》で、1個あたりの重量は280kg。表面の模様はハンマーで何回も叩いて作った槌目です。ドローイングは木炭で描いています。一見すると前面を真っ黒に塗りつぶしているように見えますが、目を凝らすと六角形を描いていることが分かります」と解説してくださいました。

◆第4章 具象Part2

多和圭三のドローイング・彫刻の奥に「具象part2」舟越桂と高垣勝康のデッサン・彫刻が並んでいます。大長さんによると「舟越桂は、戦後の具象彫刻を代表する作家で、1980年代に発表された作品は衝撃をもって迎えられました。終わったと思われた具象彫刻に光を当てたのです。《冬の木》の眼は大理石の玉眼です。彫刻の目線と鑑賞者の目線が交わらないので、不思議な雰囲気があります。また、作家のドローイングを見ると、輪郭線をしっかりとつかもうとしていることが分かります。また、高垣勝康は今回の展覧会で発掘した作家です。金沢工美術工芸大学を卒業していますが、彼の生前は作品をほとんど発表していません。彼のデッサンは、顔の中心から描き始めるのが特色です」とのことです。高垣勝康のデッサンは平面なのに、何故か立体感があり、レリーフのように見える不思議な作品でした。

◎1階 

奥の展示室 奥の展示室では三沢厚彦と棚田康司のデッサン・彫刻を展示していました。大長さんの解説は「二人とも舟越桂の影響を受けて彫刻家を目指した作家です。棚田康司《少女》は、3.11の震災後、舟を漕ぐ少女のイメージを夢でみて制作した作品です。棚田康司は一本の木から人間を彫り出す「一木造り」で作品を制作しています。先ず、木材の表面にドローイングします。ドローイングを描いたら、表面部分を剥いで手元に置き、それを見ながら彫刻する、という独特の制作スタイルです。そのため、ここでは紙ではなく木材の表面に線画を描いたドローイングも展示しています」というものでした。

◆最後に

 抽象彫刻の鑑賞は苦手でしたが、大長さんの解説を聞きながら作品を見ると、分かってきたような気がしました。やはり「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」(徒然草 第五十二段)ですね。大長さん、ありがとうございました。

 Ron.

ネットで読む「没後90年記念 岸田劉生展」

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

来年1月8日から3月1日まで名古屋市美術館で開催される「没後90年記念 岸田劉生展」(以下「本展」)ですが、東京ステーションギャラリーでは、去る8月31日から開催されています。東京まで出かける機会はないため、ネット検索してみました。

◆東京ステーションギャラリーのホームページ=ギャラリートークの講師は山田諭さん

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition.html

東京ステーションギャラリーのホームページ(以下「HP」)で「イベント」をクリックすると「記念講演会『岸田劉生の道』」の案内が掲載されていました。内容は「日時:8月31日(土)19:00~20:30/会場:2階展示室/講師:山田諭(本展監修/京都市美術館学芸課長)/参加費:無料*閉館後実施のため、展覧会はご覧いただけません/定員:70人 事前申込制」というものです。「会場は展示室で、閉館後実施」ということは協力会のギャラリートークと、ほぼ同じです。このギャラリートークの記録ですが、HPの中では見つかりませんでした。ただ、他のサイトで記録らしきものを見つけることが出来ましたので、次の記事をご覧ください。

◆美術展ナビ Art Exhibition JAPAN=ギャラリートークの記録? https://artexhibition.jp/topics/news/20190912-AEJ103188/

東京ステーションギャラリーの展示室で山田諭さんが解説する姿や展示風景を掲載しています。ただ、画像はコピーできませんので上記URLを検索してご覧ください。面白かったのは岸田劉生の署名に関する記事で「大きな節目では署名を変えている。ゴッホら近代美術の影響下にあった時期の署名「R.Kishida」は、西洋の古典絵画への傾斜とともに紋章のような署名に変わる。山田さんが『羽(はね)R(アール)点(てん)』と呼ぶ羽飾りのついた盾形の紋章のような署名だ。(略)次の変化は東洋美術への関心を深めた1918年。サインは『劉』と漢字に変わる。(略)1929年に満州(中国東北地方)を旅した劉生は、当地の風景画を油彩で描く。署名は『Riusei Kishida』に変わっていた」というものです。

◆ぴあ いま、最高の一本に出会える 水先案内人のおすすめ=ポイントを押さえた紹介

アートライター・木谷節子氏の記事で「日本近代絵画史上、最も重要な画家のひとりで岸田劉生の、没後90年を記念して開催中の展覧会。学生時代から劉生を研究してきた京都市美術館学芸課長・山田諭氏の監修とあって、展示作品の質量たるや半端ない。また図録に収録されている山田氏編の「岸田劉生活動記録」も貴重なので、少しでも劉生に興味のある人は購入されることをおススメする。(略)10代の水彩画を描いていた時から、満州より帰国後、山口で客死するまでの流れの中で、完全な時系列で観ることができる」と、ポイントを押さえた紹介です。

https://lp.p.pia.jp/shared/pil-s/pil-s-21-01_a1e183f7-ec95-4be1-9831-93354d615a47.html

◆最後に

ホームページの名前とURLだけの紹介になりますが、以下の記事も面白いと思いました。

◎美術手帖 NEWS/ REPORT – 2019.8.31 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/20460

◎ニコニコニュース 2019年9月4日https://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_LP_P_PIA_f4671b4d_8674_

46d0_95a3_1f3bfec5d683/

Ron.

堺 アルフォンス・ミュシャ館の思い出など

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

◆堺 アルフォンス・ミュシャ館の思い出

私がアルフォンス・ミュシャ(以下「ミュシャ」)の作品を最初に美術館で鑑賞したのは、平成27年(2015)に開催された協力会・秋のツアー(10.31~11.1)で訪れた「堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)」の企画展「ミュシャと世紀末の幻想」でした。なお、堺市立文化館は、高層住宅の2階から4階までを使った施設で、「カメラのドイ」の創業者、土井君雄氏から寄贈を受けたコレクションを展示する「堺 アルフォンス・ミュシャ館」(以下「ミュシャ館」)とギャラリーとの複合施設です。

ミュシャ館は秋のツアー最後の見学先でした。当日は大山古墳(伝仁徳天皇陵)の見学に時間が掛かったうえ、ツアー参加者の「お土産を買いたい」というリクエストに応えて予定外の堺伝統産業館に立ち寄ったため、到着時刻は予定を45分オーバーした14時25分でした。ミュシャ館を1時間ほど見学した後、15時20分に名古屋へ向けて出発しています。それまでの見学で体が疲れ切っており、「施設がコンパクトで体が楽」「きれいな作品が多く、アール・ヌーヴォーデザインの家具に座ることもできたので、心も体も癒された」という印象が強く、申し訳ないのですが、油彩画の《ハーモニー》(1908)以外の記憶は残っていません。

記憶を呼び覚まそうとミュシャ館のホームページを検索したら、館内風景の画像に女優サラ・ベルナール主演の《ジスモンダ》や《メディア》《ハムレット》のポスターのほか《モナコ・モンテカルロ》も写っています。また、ミュージアムショップでは「当店で人気の高い作品を用いた」として《黄道十二宮》と《夢想》のA4サイズ・クリアファイルを紹介しています。Bunkamuraザ・ミュージアム「ミュシャ展」のホームページに《夢想》の画像はありませんでしたが、夢見るような眼差しの《夢想》が「当店で人気の高い作品」ということは、十分に納得できます。なお、ミュシャ館ホームページのURLは、下記のとおりです。

https://mucha.sakai-bunshin.com/

◆堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)協力の「ミュシャのすべて」(角川新書)

ミュシャ館のホームページを検索していたら、Amazonが推薦図書を知らせてきました。それが「ミュシャのすべて (角川新書)」(協力: 堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)、出版社: KADOKAWA、発売:2016.12.10)です。内容は、2017年に国立新美術館で開催され66万人近い入場者があった「ミュシャ展」(会期:2017.3.8~6.5)の構成に沿ったもので、「ミュシャのすべて」というタイトルは「アール・ヌーヴォーの寵児」としてのミュシャだけでなく、長い間忘れられていた「壮大な歴史画の連作《スラヴ叙事詩》の作者」としてのミュシャにも光を当てていることによります。

◆複数の「ミュシャ展」が全国を巡回中 もしかして、ミュシャブーム?

現在、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ―線の魔術」(以下「みんなのミュシャ」)を始め、下記のとおり複数の「ミュシャ展」が全国を巡回しています。

◎「ミュシャ展~運命の女たち~」:http://event.hokkaido-np.co.jp/mucha/

美術館「えき」KYOTO(2017.10.14~11.26)から巡回が始まり、そごう美術館(横浜)(2019.11.23~12.25)が11館目となります。なお、URLは北海道展公式ホームページのものです。

◎「ミュシャと日本、日本とオルリク」:http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2019/0907_1/0907_1.html

 千葉市美術館(2019.9.7~10.20)から和歌山県立近代美術館、岡山県立美術館、静岡市美術館に巡回。

◎「サラ・ベルナールの世界展」:https://www.sunm.co.jp/sarah/

 1館目は群馬県立近代美術館で、横須賀美術館(2019.9.14~11.4)が5館目。渋谷区立松濤美術館に巡回。

 以上のほか、「アール・ヌーヴォーの華 ミュシャ展」はハウステンボス美術館(2019.2.9~6.29)で、「夢のアール・ヌーヴォー アルフォンス・ミュシャ展」は高岡市美術館(2019.7.13~9.1)で巡回が終了しています。

◆山田五郎氏が語るミュシャ様式

多数の「ミュシャ展」のなかで、私は「みんなのミュシャ」に惹かれます、それは「日本のマンガへと続くミュシャ様式」をテーマとした展覧会だからです。なお、「ミュシャ様式」については、カドカワエンタメムック「みんなのミュシャ」の中で山田五郎氏が分かりやすく解説していますので、以下に引用させていただきました。

ミュシャは後にミュシャ様式と呼ばれる独自の画風も、数多く開拓しています。勝手に名付けさせていただくと、日本美術に影響されたと思われる「縦長構図」にはじまり、円形の装飾背景を人物にかかるように配した「Q字構図」や、マンガのコマのような「分割画面」、複雑に絡み合う髪を太い輪郭線で囲って平面的な装飾効果を生む「髪唐草」などなど。正統派の画力を活かした「ミュシャ美人」も、もちろんミュシャ様式の大きな要素のひとつです。(引用終わり)                                  Ron.

「みんなのミュシャ」関連の番組・書籍など

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

◆「みんなのミュシャ」名古屋展のチラシに印刷された少女

 あいちトリエンナーレで賑わっている名古屋市美術館に「みんなのミュシャ」(2020.4.25~6.28)のチラシが置いてありました。会期などが印刷されたチラシの表面には、衣装をなびかせる少女が、裏面には夢見るような表情の少女が描かれています。表面の作品はアルフォンス・ミュシャ《舞踏―連作(四芸術)より》(部分)、裏面は《モナコ・モンテカルロ》(部分)。どちらもピンナップしたくなる作品です。

◆「新美の巨人たち」(2019.9.7)「今日の一枚」は《モナコ・モンテカルロ》でした

9月7日放送のテレビ愛知「新美の巨人たち」、「今日の一枚」はアルフォンス・ミュシャが制作した鉄道会社のポスター《モナコ・モンテカルロ》(1897)でした。当日朝刊のテレビ欄には「鉄道のポスターなのに列車を描かない深い訳」という説明が付いていました。

番組で旅人・要潤さんが向かったのは、東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアム。美術館に向かう途中「要潤さんは、ミュシャの《黄道十二宮》(1896)を持っています」と紹介され、「ミュシャの作品とは知らず、きれいだったから買いました」と答えていました。

《モナコ・モンテカルロ》は展示の後半にあり、「ミュシャの黄金期、37歳の時の作品。モナコ公国の中心地モンテカルロを紹介するPLM鉄道のポスターで右下には小さく、往復チケット、周遊チケット、家族旅行チケット、16時間の豪華鉄道旅行、と印刷されています」「また、この絵には仕掛けがあり、第一は美女を囲む花輪で、それはキリストの光輪。人物を円で囲むことで、その人物に格調の高さと神々しさが生まれる」との解説がありました。第二の仕掛けは緻密な描きこみで、「ミュシャと同時代のロートレックはポスターを芸術の域に引き上げた画家で、単純化した構図を少ない色数で描いています。それに対し、ミュシャが描いたポスターの克明な描写は、当時としては異例の表現でした」との解説。第三の仕掛けは「視線の誘導」で「《モナコ・モンテカルロ》では左下の花輪から延びる茎で少女の顔へ、次に少女が見ている ”MONACO・MONTE-CARLO” という文字に視線が導かれます」と、解説がありました。

番組では、この「ミュシャのスタイル」を借りて、作家の「べつやくれい」さんが《うどんを祝福する要潤》(2019)を制作するというシーンもあります。出来上がった作品は、番組のホームページが紹介しているとおり、格調高く神々しいものです。べつやくれいさんは「ミュシャの描きこみはすごい」と話していました。

 また、広告の専門家・箭内道彦さん(東京芸術大学)が登場して「少女の背景にコート・ダジュールの海岸線とカジノが描かれているが、よく見ないと分からない。ミュシャは、直接的な描写ではなく、暗喩で『気分』を描いた。『そうだ 京都 行こう』を先取りしたポスターとも言える。花輪は汽車の車輪、茎は鉄道線路で、鉄道旅行の楽しさを伝えているという説明が一般的だが、花輪はルーレットなのでは等、いろんな読み方ができる。ミュシャの真似はできそうで、できなさそうで、できる」という解説がありました。

 以上のほか「黒田清輝が日本にミュシャを紹介。その教えを受けて三越呉服店のポスターを描いた杉浦非水(すぎうら・ひすい)を始めとして、日本のグラフィック・デザインはミュシャの影響を受けてきた」という説明もありました。番組のURLは、下記のとおりです。 https://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/index.html?trgt=20190907

◆「みんなのミュシャ Special」(カドカワエンタメムック)2019.7.29 株式会社KADOKAWA発行 現在、書店の店頭には数種類の「みんなのミュシャ」関連書籍が並んでおり、たまたま手に取ったのが、この本です。「ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集」という副題のとおり、山田五郎が「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ-線の魔術」を解説した本です。おぎやはぎも登場します。展覧会の構成に合わせた作品紹介に加えて「展覧会に展示されるマンガ家プロフィール」「ミュシャと世界・美術のヒストリー」「ミュシャにまつわるキーワード」「山田五郎×みうらじゅん対談」など、肩の凝らない記事ばかりです。表紙が《ヒヤシンス姫》、表紙裏の広告が《黄道十二宮》、中表紙が《ジスモンダ》、見開きページが《舞踏―連作(四芸術)より》(部分)と《モナコ・モンテカルロ》(部分)という構成。ミュシャのポスター・装飾パネルというと、この5作が代表作ということなのでしょうか。

なお、「ミュシャと世界・美術のヒストリー」を読むと、ミュシャは1928年、68歳の時にプラハ市に移り、《スラブ叙事詩》全20点をプラハ市に寄贈することを発表。1939年、78歳の時にドイツがチェコスロバキア共和国に侵攻した際、ゲシュタポに拘束され、5日間の尋問ののち釈放されるが健康状態が悪化し、7月14日、プラハで死去(注1)、ということが分かります。

注1:ゲシュタポが拘束したのは「ムハ(注2:ミュシャはフランス語の読み方。チェコ語ではムハ)の絵画は退廃的で、チェコの民族自決を促す危険なものというのが理由だった。そのため、ナチスの占領中は、彼の作品を展示することがいっさい禁止された」(「図説 プラハ 塔と黄金と革命の都市」ふくろうの本 2011年1月30日発行 著者 片野 優・須貝典子 発行所 河出書房新社 より)

◆Bunkamuraザ・ミュージアムのホームページ

内容は、PR動画のほかに「みどころ」「章解説」などです。

「みどころ」では、「みどころ3 こんなところにもミュシャの影響が?」のアルフォンス・ミュシャ《ジョブ》(1896)と、その色を変えたロック・コンサートのポスター(1966)の比較や、「みどころ4 文芸誌のデザインからマンガまで――日本で生き続ける“ミュシャ”」のアルフォンス・ミュシャ《黄道十二宮》(1896)と藤島武二『みだれ髪』(与謝野晶子)の表紙との比較が面白いと思いました。

「章解説」は、Section1からSection5までの各章ごとの解説です。なお、《モナコ・モンテカルロ》の図版はSection5で紹介しています。Section5には、また「ミュシャは近代の女性たちの内面と身体を表現するアイコンとして、この国の文化史の中にある」という文がありました。展覧会ホームページのURLは、下記のとおりです。 https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_mucha/

◆最後に 「みんなのミュシャ」が名古屋市美術館に巡回するのは、2020年4月25日(土)~6月28日(日)と半年以上も先のことですが、東京展開催中ということもあり、展覧会の情報は書籍やインターネット等であふれていますので御紹介いたしました。

なお、BS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」では、去る8月13日(火)にBunkamuraザ・ミュージアムの「みんなのミュシャ」を紹介ずみです。とはいえ、できれば来年の名古屋展開催時には名古屋地区で「ぶらぶら美術・博物館」の再放送を実現していただきたいですね。

Ron.

あいちトリエンナーレ2019の新聞記事について

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

先日の合同鑑賞会で学芸員さんから「トリエンナーレについて、肝心の作品の話はどこかに行ってしまいました」という嘆き節を聞きましたが、ようやく「作品の話」を書いた新聞記事を二つ見ることが出来ました。

一つ目の新聞記事は、8月29日(木)から31日(土)まで中日新聞朝刊「Culture」欄に連載された「見る歩く あいちトリエンナーレ」の上(以下「C上」)、中(以下「C中」)、下(以下「C下」)です。C上は作家・高山羽根子さんが登場する谷口大河記者の署名記事、C中は元名古屋ボストン美術館館長・馬場駿吉さんが登場する栗山真寛記者の署名記事、C下は評論家・藤田直哉さんが登場する中村陽子記者の署名記事。二つ目は、8月31日(土)日本経済新聞「文化」欄の窪田直子・編集委員による署名記事(以下「日経」)です。 項目別に、二つの記事をまとめてみました。

◆ジェンダーバランス(トリエンナーレ参加アーティストの男女比率)について

 ジェンダーバランスについては合同鑑賞会でも話がありましたが、日経では「今回、芸術祭の芸術監督を務めたジャーナリストの津田大介氏の強い意向で、参加アーティストの男女比率が同数になった。美術館長などの主要職、大型芸術祭の出品作家の多くをいまだ男性が占める状況に一石を投じたといえる」と、好評価でした。C上でも「『一つの試みとして興味深い』と高山さん。美大で日本画を学んでいたころを振り返り『結婚や出産、育児で創作を離れる人、キャリアが中断される人はいるが、芸術分野に限らず、それを経験したからこそできる仕事もあるはず。(男性偏重を解消する)ジェンダーバランスは、そういった人も能力を評価されるチャンス』と話す」と、今回の対応に賛同しています。  確かに、合同鑑賞会で見たN01 碓井ゆう(注:アルファベットと数字は公式ガイドマップの通し番号。以下同じ)やN07 青木美紅の作品は女性ならではのものです。また、女性作家が多いことで「多様性が増している」と感じました。合同鑑賞会に参加した人は誰でも、同じような感想を持ったのではないかと思います。

◆「表現の不自由展・その後」の中止について

 日経では「芸術祭のテーマは『情の時代』。『情報によってあおられた“感情”に翻弄された人々が世界中で分断を起こしている』との危機感から津田氏が選んだ。『表現の不自由展・その後』の中止は、図らずもその分断の深さを露呈してしまった。テロ予告や脅迫ともとれるファクスや電話が殺到し『不自由展』が打ち切られたことに対して、芸術祭の出品作家72人(注:正しくは、声明発表時12人。その後、田中功起氏が加わり13人)が声明を発表した。一部の作家は自作の展示を中止、あるいは内容を変更して抗議の意思を表明。自主運営スペースを開設して公開ディスカッションなどを企画する動きもある。他者への共感をもって排外主義にあらがう作品のメッセージは、この一件を契機にかえって強固になったように感じる」と、多くのスペースを割き、「共生・分断 世相映す芸術祭」という大見出しに加え「『不自由展』中止の余波続く」という小見出しをつけています。

 C上では「(注:高山さんは)小説家として『表現の不自由展・その後』の中止の問題も考えずにはいられない。『賛否のどちらが正解で、もう一方が不正解とは簡単に言えない。間で困惑する人の目線も絶えず考えていきたい』(略)人の心のグラデーションを表現した書き手として『どちらか一方ではなく、間で踏みとどまって、その上で考えるのが大切だと思う』と語った」と書いています。また、C下ではトリエンナーレに対する評価について「藤田さんは『とりわけジャーナリスティックな方向で特色を出し、成功してきた印象がありますね』と語る。現代社会で起きている問題を映し出す作品が、一番の見どころだったとの指摘だ」とした上で、不自由展の中止について「藤田さんは『世界の芸術祭を見れば、政治色の強い、議論を巻き起こすアートも、珍しくありません』と解説する。(略)『不自由展の企画は、その後の経緯を含めて、社会の分断を可視化する作品と見ることもできます。ただ個人的には、その一歩先、対立を超える知恵も、表現してもらいたかったなぁ』」と書いていました。

 いずれの記事も「間で踏みとどまって」(C上)、「対立を超える知恵」(C下)など、その言葉からは「共生」(日経の見出し)を望んでいる姿勢が感じられました。ただ、9月1日(日)中日新聞の記事は「とはいえ再開には、困難もつきまとう。このままの状態では、政治家や匿名の抗議の再燃は避けられない。電話対応や警備体制の変更など、新たな工夫が必要になる」と、厳しい見方をしています。

◆ジェンダー(社会的、文化的に形成される男女の差異)をテーマにした作品について

◎N04 モニカ・メイヤー「The Clothesline」

 日経では、「現在は、内容を変更して展示中」という説明文の写真を付け、「『痴漢被害を父に相談したらジョークで返されショックを受けた』『小2の時、女はサッカーをやるなと男子に蹴られた』メキシコのモニカ・メイヤーによる観客参加型のプロジェクトを展示する一室では、こんな体験が書かれたメモ用紙に鑑賞者たちが見入っていた」と紹介していました。

◎S08 キュンチョメ

 四間道・円頓寺会場の幸円ビルに展示している作品で、C下は「藤田さんは『ぜひ見ておきたい』と、男女二組ユニット『キュンチョメ』が出品するビルに足を向けた。性同一性障害の当事者へのインタビューを中心にした映像作品。『性別の境界を超えることの難しさを分かりやすく伝える快作ですね』と満足そうだ」と紹介していました。日経でも、多くのスペースを割いて紹介しています。

◆国籍や文化の差異をテーマにした作品について

◎N03 藤井 光

 日経では写真付きで「展示室内では、ふんどし・鉢巻き姿で水につかって身を清め、整列行進する男たちが映るモノクロ映像と、彼らの動作をまねる外国人の集団のカラー映像が流れる。戦前の日本が統治下の台湾に設置した『国民道場』に着想した新作だ。(略)外国人労働者の受け入れが今後拡大する日本では、文化の異なる他者との共生は大きな課題だ。日本社会への同調を強いるのではなく、多様な存在を包容できるか。同じ動作を繰り返す無表情の外国人男女の映像は、そんな問いを突きつける」と、多くのスペースを割いて紹介していました。C下でも「この人が出しているなら行ってみよう」という作家として紹介しています。

◎A11 田中 功起

 日経では「(略)映像に登場するのはボリビア、朝鮮半島、バングラディシュ、ブラジル出身の親を持つ4人の男女。(略)わずかな外見上の違いなどから好奇の目にさらされたりした生い立ちを淡々と語り合う。『日本には、日本人は単一民族であるという幻想がある』と田中は作品の解説に記す。日本人像が多様化している現実に。社会は追いついていないのである」と紹介していました。C下でも「この人が出しているなら行ってみよう」という作家として紹介しています。

◎A04 レジーナ・ホセ・ガリンド

 日経の記事は「県内のラテン系の労働者たちと映像を撮った」と短めですが、文化の異なる他者を扱った作品の最初に紹介されています。「共生・分断」という切り口に合致した作品、という評価でしょうか。

◎S03 梁志和・黄志恆

 C下では「展示作品の手前に、祖国(注:香港)のデモ弾圧に対する声明を張り出している」と説明し、「中部地域は、製造業に従事する外国人も多く、世界の都市と、移民や差別の問題で通じ合える可能性がある。そこに芸術で迫るという方向性は、間違っていないように思いますよ」という藤田さんの意見を掲載していました。

◆豊田市駅周辺の作品について

◎T02 小田原のどか「→(1923-1951)」

 C上では新豊田駅近くの作品を、「空白の台座 気づき促す」と、大見出しを付け「造形物は、屋外彫刻の台座を模している。戦前、同じ形の台座が、東京・三宅坂にあり、馬に乗った軍人の像が飾られていた。だが、この作品には、本来なら彫刻が置かれているはずの部分に何もない。(略)戦後、日本では、あちこちにあった軍人の像に代わって、『平和』と冠した裸婦像の彫刻が増えた。三宅坂の台座には『平和の群像』と題し、三人の裸婦像が飾られた。これが全国の裸婦像の先駆けとされる。彫刻とはいえ、女性の裸が街頭に乱立していった歴史を鋭く見つめているのだ。高山さんは『背景を知るといろんなことを考える。例えば少年漫画雑誌の表紙を飾る水着の女性、女性の体をほめる「曲線美」という言葉。否定的な違和感ではないが、なぜだろうという気づきがある』と話す。台座は空白だからこそ『多くの人に気づきを促すはず』」と、台座の写真も付けて紹介しています。  私がこの作品を見て分かったことは「戦後、裸婦像が軍人の像と入れ替わった」という事実だけでした。高山さんの言葉によって「背景を知って、いろんなことを考える必要があるのだ」と気づかされました。

◎T03 和田 唯奈(しんかぞく)「レンタルあかちゃん」

 これもC上です。「赤ちゃんが描かれた絵を手に、物語性の高い絵が飾られた『レンタルあかちゃん』の会場を巡る」という説明文の写真を付け、「会場内の手紙などから、子に込めた願いを知る仕掛けになっており、女性の体と切り離せない出産、役割とされてきた育児について考えさせられる。体験した高山さんは『ポップさとの対比が面白いですね。物語を自分の手で完成させた感じがした。赤ちゃんの絵も複数の種類があり、誰かと一緒に回ると楽しい作品』と笑った」と紹介しています。  この作品、私が豊田市に行ったときは時間切れでパス。記事を読み、その時パスしたことが悔やまれました。

◆パフォーミングアーツについて

◎A01ab、N11 ドラ・ガルシア 「THE ROMEOS」

 C中では「ガルシアさんは壇上に並んだ九人のロミオたちに質問を投げかけていく(略)馬場さんは『自己と他者の境界をあいまいにするような作品。かつて寺山修司が劇場から街へ出ていったよう』と思い起こす」と紹介していました。また、不自由展の中止については「ガルシアさんは抗議の意思として、展示を一時中止したが、ロミオたちは継続して活動している」と書いています。

◎A63 劇団うりんこ+三浦 基+クワクボリョウタ「幸福はだれにくる」

 C中では「トリエンナーレは国際的であると同時に、愛知で開催する意味合いを考える上で、地元の劇団がこのような作品を上演したことを(注:馬場さんは)喜ぶ」と書いていました。

Ron.

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