展覧会見てある記 「HAPPY YELLOW」豊橋市美術博物館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

豊橋市美術博物館の1階・特別展示室で開催中のコレクション展「令和3年度第1期“HAPPY YELLOW”」を見てきました。令和2年度のテーマ「赤」「白」「青」に続く、4回目の「色」をテーマにした展示です。解説では、黄色のイメージについて「やさしさ」や「あたたかさ」と書いています。また、“HAPPY YELLOW”については「黄色を効果的に用いた作品」に「ささやかな幸福感を見出していただければ幸いです」と書いていました。14点の作品が展示されていますが、うち7点について感想などを書いてみます。

◎入口の作品は

 展示室の入口に展示の木村忠太《樹の下で》(1976)には、黄色の画面に4本の縦線や緑の点、白い長方形などが描かれています。題名から推測すると4本の縦線は二本の樹の幹で緑の点は森、白い長方形はトラックの箱型荷台かな。そうすると、トラックの左に描かれているのは乗用車で、青く塗られた所は道路のように見えます。奥行きの無い、子供が描いたような絵ですが、画家の記憶にあるイメージは確実に表現していると思いました。

◎女性の存在感が圧倒的な《男女》

 中村正義《男女》(1963)は、名古屋市美術館も同時期の制作で、同じ題名の作品を所蔵しています。名古屋市美術館所蔵の作品は横長で、男女同じサイズの顔が並んでいますが、コレクション展に出品されているのは縦長で、画面中央に日本髪・和服の女性が大きく描かれ、男性は画面右の僅かな余白に身を潜めるような感じで立っています。「原始女性は太陽であった」という言葉を思い起こさせる作品でした。

◎パウル・クレー? ジョアン・ミロ?

 星野眞吾《地図による作品》(1953)は、黒い画面に黄色を基調にした菱形が幾つも描かれ、その上に赤や黒の線を重ねた作品です。菱形を見ているとパウル・クレーの作品を連想し、篆書のような赤や黒の線はジョアン・ミロを連想させます。「地下鉄の路線図からイメージを得た」という解説が付いていました。

◎アプリコット・イエローの家

 荻須高徳《黄色い家》(1984)の主題は、こげ茶の屋根の二階建の家。二階の壁は白色一階はオレンジ色です。一瞬「オレンジ色でも黄色?」と思ったのですが、よく見るとアプリコット・イエロー=黄赤色の壁でした。黄色が表す範囲は広いのですね。一階の窓越しに見える棚には籠が置かれ、パンのようなものが入っています。

◎ディック・ブルーナの絵本のような

笠井誠一《室内(観葉植物のある)》(1986)は、クリーム・イエローの壁に囲まれた、灰色の床のアトリエに置かれた白い丸テーブルと観葉植物、うす茶色のイーゼルとこげ茶色の額縁を描いた作品。いずれも、太い褐色のシンプルな輪郭線で囲まれています。ディック・ブルーナの絵本を思わせますが、絵本とは違って原色ではなく、柔らかな色彩で塗られているので穏やかな気持ちになる作品です。

◎砂漠? 砂浜?

大場厚《雲》(1975)は、画面上部7分の1ほどが空で、その他の大部分は黄色く塗られています。砂漠なのか、砂浜なのか分かりません。画面右下には、カトレアを挿したコップが描かれています。不思議なのは、このコップが空中に浮いているように見えることです。花と風景は別々の世界に存在しているのでしょうね。

◎スーパーリアルなのに感じる「作り物感」

上田薫《玉子にスプーンA》(1986)は、殻の上部を取った半熟玉子にスプーンを突き刺したところを描いた作品です。スプーンはピカピカに磨かれているので、凹面鏡のように周囲の様子を写しています。展示室に駆け込んできた幼児が、この絵を見て「写真だ!」と叫び、追いかけてきた母親から「静かにしなさい」と注意されていました。黄身のトロっとした触感や殻の割れ目、スプーンの光沢など、まさにスーパーリアリズムです。ただ、写真と違って「作り物感」があるのは何故でしょうか。写真だとスプーンに撮影者も写り込みますが、この作品に撮影者は写っていません。とはいえ、撮影者の写り込みが描かれた作品を想像しても「作り物感」は残ります。なぜなのでしょう?絵に不純物が描かれていないからでしょうか?

◎最後に

 4月25日(日)付の日本経済新聞「美術館常設展 広がる世界」という記事は、美術館常設展の魅力について以下のように書いています。

〈常設展の入場料はたいがい数百円程度。人気企画展のように人の頭越しでなく、ピカソやモネの名画とも対面できる。(略)美術品は年齢を重ねるごとに見え方も変わる。その時々の気分や時代の状況で印象が異なることもある。(略)いつでもそこにあるのがコレクションの魅力。人生に伴走してくれる(略)そんな「人生の伴走者」を見つけに、行ってみませんか、常設展へ。〉

なお、“HAPPY YELLOW”の会期は7月11日(日)まで。入場無料です。

Ron.

展覧会見てある記  特別展「海を渡った古伊万里」 愛知県陶磁美術館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

昨年放送のNHK・Eテレ「日曜美術館・アートシーン」(12/06)や「週刊文春」(12/17号)で紹介された展覧会が、瀬戸市の愛知県陶磁美術館(以下「陶磁美術館」)で開催されています。展覧会名は、特別展「海を渡った古伊万里 ~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」(以下「本展」)。陶磁美術館で受付を済ませて第1展示室に進むと、入口に一対の壺が展示されていました。壺は水を入れる円柱状の内筒と、亀甲の透かしが入り色絵で装飾された外筒の二重構造。展示されている二つの壺のうち、奥の壺は外筒の一部が欠けて内筒が見える状態で「部分修復」という説明がありました。なお、破損した断面は素地で薄く覆い、滑らかになっています。本展のみどころの一つは「破片を接合して修復した作品」ということをアピールする展示でした。

第Ⅰ部 日本磁器誕生の地―有田(第1展示室)

本展の第1部は古伊万里の歩み。「古伊万里」の範囲は人により違いがあるようですが、本展では「明治期も含める」としています。以下、「作品リスト」に従って見ていきます。

1.日本磁器の誕生、そして発展 

1 染付磁器

染付(そめつけ)というのは、素焼きした白い磁器に呉須(コバルトを含んだ鉱物)で文様を描き釉薬をかけて焼成した磁器。青花(せいか)とも呼ばれ、青味のある素地に浮かぶ青い線が爽やかです。中国・景徳鎮で焼かれたものは祥瑞(しょんずい)とも呼ばれます。

最初の《染付唐獅子文大皿》(1630~40年代)は素地がくすんでおり、発色も良く言えば「味がある」もの。裏面には文様がなく、小さな高台です。次の《染付山水唐草文輪花大皿》(1640‐50年代)になると中国の技術が入って、青の発色が鮮やかになっています。皿の縁も型を使って高く折り紙のようになり、裏にも文様が描かれています。高台は大きくなり、ハリで支えた三点の跡があります。中国からの技術導入により、見違えるほどに出来映えが良くなっていました。

2 色絵磁器の誕生

色絵は、五彩手(ごさいで)赤絵、錦手、金襴手(きんらんで)とも呼ばれ、釉薬の上から色を塗って焼き付けたものです。最初の《色絵松唐人文輪花大皿》(1640年代)は、中国・明末の色絵祥瑞(祥瑞の上に色を塗って焼き付けたもの)に倣った作品とのこと。絢爛豪華とはいえないものの、色がつくと華やかです。《色絵牡丹鳥文大皿》(1650年代)は素地に青味があるためか、渋めの緑、紫、黄色の色絵です。

3 食のうつわ

ロクロ成形しただけの器は円形ですが、ここに展示されているのは丸みを帯びた六角皿や、細長い八角皿、花びらのような形の皿などの変形皿です。ロクロで成形した粘土板を型に乗せ、縁を切りとって成形した製品とのことでした。型に乗せて、凹凸を付けた皿もあります。

4 鍋島藩窯のデザイン

 徳川家への献上品として、1650年代に始まった最高級品です。《色絵有職文皿》(1660‐70年代)は、細密に描かれた花模様に埋めつくされ、黄、赤、緑、青の発色も鮮やかな皿です。《色絵棕櫚葉文皿・染付棕櫚葉文皿》(色絵:1690‐1720年代、染付:1700-30年代)は、同じデザインの色絵と染付のセット。色絵は華やかで、青色だけの染め付けには爽やかさがあります。色絵と染付、それぞれの良さを感じることができるセットです。また、素地の色も、色絵は赤色の発色を良くするために乳白色ですが、染付だと釉薬の関係で青味があります。

陶磁美術館のコレクションも、2点を追加出品していました。さすが、陶磁器の美術館です。

2.世界を魅了した古伊万里

2 柿右衛門様式

リストの順番は「2」ですが、並んでいる順番は「柿右衛門様式」の方が先です。染付のような青味のある素地ではなく、「濁し手(にごしで)」という、温かみのある乳白色の素地が特徴です。素地に青味があると、赤色が沈んでしまいますが、素地が濁し手だと赤色の発色が鮮やかです。このコーナーには《色絵松竹梅岩鳥文輪花皿》(1670‐90年代)のように、余白を生かした繊細な図柄の作品が並んでいるほか、女性像や狛犬もありました。陶磁美術館のコレクションは、3点が追加出品されています。

1 宮廷を彩った花瓶と壺、華やかな皿

宮廷の展示風景を再現した展示が見ものです。展示ケースの中に金襴手の壺や皿が並び、壮観です。また、このコーナーには陶磁美術館のコレクションが16点追加出品されています。ただ、全てが宮廷の展示風景が再現された中に並んでいる訳ではなく、オランダ東インド会社のロゴ(VOC)がデザインされた大皿やオランダ・デルフト焼の盤など、別個に展示されている作品もあります。とはいえ、陶磁美術館のコレクションを多数追加しているので、再現された宮廷コレクションの展示風景の豪華さは、半端ではありません。

3 瀟洒な器たちーーコーヒー、紅茶、チョコレート

 有田焼のポットや取っ手の無いカップとソーサーのセット等と並んでドイツ・マイセン窯やイギリス・ウースター窯、フランス・セーヴル窯の皿や取っ手のあるカップとソーサーのセット等も展示されています。

コーナー 輸出の終息~国内向け製品

 1684年以降に清朝が陶磁器の輸出を再開すると、古伊万里は景徳鎮窯の製品との価格競争に敗北して、輸出量が減ったため、18世紀中ごろに海外貿易は終息し、有田は実用品の生産に方向転換したとのことでした。なお、このコーナーの展示品5点は、全て陶磁美術館のコレクションによる追加出品です。

3.万国博覧会と有田焼

1 幕末、明治初期の輸出品

終息していた海外貿易が復活するのは1840年代です。有田の豪商・久富家が始め、1856年には田代家が引き継ぎ、1867年のパリ万博には幕府とは別に薩摩藩・佐賀藩が共同で出品。パリ万博を契機に有田焼が再び脚光を浴びるようになります。1869年にはドイツ人の科学者、ゴットフリート・ワグネルが有田に招かれ、①呉須に替わるコバルト顔料の使用、②釉薬の研究、③石炭窯の開発を伝えています。

2 香蘭社の創業

1876年のフィラデルフィア万博に向けて1875年に「合本組織香蘭社」が創業します。香蘭社が製造した《色絵丸文大花瓶》(1875-79)等は、デザインを古伊万里に倣っているものの、精緻な文様と鮮やかな発色には近代の息吹を感じました。

3 コラム 古伊万里、西洋へ (通路)

以上で、第1展示室の展示は終わり、第8展示室に通じる通路には有田焼の瓶を改造したランプ台や時計などが展示されていました。

第Ⅱ部 海を渡った古伊万里の悲劇―ウィーン、ロースドルフ城(第8展示室)

2.ロースドルフ城の悲劇 破壊された陶磁コレクション 

 第2部は第二次世界大戦後、ウィーンのロースドルフ城を接収した旧ソ連軍が破壊した陶磁器コレクションの破片、修復品、破壊を免れたコレクションを展示しています。作品リストでは2番目ですが、第8展示室に入って最初に目に飛び込むのは、破壊された陶片と、修復された白磁の壺2点です。壺はいずれも20世紀初期のマイセン窯とのこと。修復の跡が分からないような出来でした。

1.ウィーン、ロースドルフ城のコレクション

1 城内に伝えられた日本陶磁

最初に展示されていたのは、周りに透かしの輪違い文がある皿が3点。ところが、そのうち一つは破壊されて、周囲の透かし文が無くなり無残な姿になっていました。また、1750年代から1830年代までの陶磁は作品リストに見当たりません。第Ⅰ部のコーナー「輸出の終息」に書かれているように「1684年以降に清朝が陶磁器の輸出を再開すると、古伊万里は景徳鎮窯の製品との価格競争に敗北」したためだと思われます。

2 城内に伝えられた中国陶磁 

ロースドルフ城のコレクションでは中国・景徳鎮の陶磁の割合が一番大きいとのことです。また、出品リストの陶磁は、景徳鎮窯が輸出を再開し日本陶磁との価格競争に勝利した17世紀後半以降のものでした。

3 城内に伝えられた西洋陶磁

展示を見て、ウィーンの宮廷を彩った陶磁器は、中国・日本だけでなく、オーストリア・ウィーン窯、イギリス・ウェジウッド窯、デンマーク・コペンハーゲン窯、ドイツ・マイセン窯など多岐に渡っていたことが分かりました。中国・日本の意匠をもとにした製品でも、それぞれに個性があるので見飽きません。

4 伝世品に見られる文様の交流史 

 景徳鎮窯で焼いた器をオランダで絵付けした《五彩花鳥文鉢(組み上げ修復)》(18世紀後半)や古伊万里の金襴手を真似た《色絵唐獅子牡丹文様蓋付壺》(19世紀)など、文様の東西交流がわかる展示でした。

3.「破壊」から「再生」へ  蘇った陶片 

陶片を組み上げて元の壺や皿を修復する工程がパネルと動画で紹介されていました。修復された陶磁器も一緒に展示されています。陶磁器の破片は、割れた時に少し変形するので、ズレなく接合するのはかなり難しいようです。繊細で根気のいる仕事によって修復された陶磁器を見ると、感動してしまいますね。

最後に 

予想以上に充実した展覧会でした。陶磁美術館のコレクションも多数出品されているので、展示に奥行きが出ているように感じます。陶磁美術館は常設展示も充実しており、世界の陶磁器や人間国宝が制作した陶磁器を鑑賞できます。常設展を見ると、江戸時代には瀬戸でも青花や色絵の磁器を生産していたことが分かります。ベトナムの《青花草花文盤》(15‐16世紀)もありました。お勧めの展覧会です。

Ron.

ランス美術館コレクション展解説会

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

4月18日日曜日、朝から不安定なお天気のもと、名古屋市美術館協力会会員向けのランス美術館展解説会が開催されました。

参加した会員たちは、講堂に集まって、担当学芸員の勝田琴絵さんの解説を静かに傾聴しました。

ランス美術館は、コロー作品を多数所蔵しており、その数はルーブル美術館に次ぐものだとのこと。今回は、ランス美術館が大規模な改修を行うのに伴い、コローをはじめ多数の風景画の画家の傑作を見ることが出来るのだということです。

今回展示されている油彩画のほとんどが、地元の資産家アンリ・ヴァニエの遺贈や寄付によるもので、ヴァニエは、シャンパンで有名なポメリの経営に携わっていたと背景を説明してくれました。

時代背景としては、それまで王侯貴族が楽しんできた絵画芸術が、フランス革命を機に民衆により親しまれるものとなり、神話や宗教を題材としてものよりも自然をありのままに描く風景画が好まれるようになっていきます。絵具がアトリエの外でも使えるようになる技術的な進歩もあいまって、戸外で実際に自然を観察して風景を描くことがバルビゾン派や印象派への流れに繋がって行ったなど、説明を受けました。

解説会の後、実際に展示室でこれら風景画を観覧しました。解説のとおり、色使いや筆づかいが素晴らしい作品ばかりで、心がなごむ、夕べとなりました。

展覧会見てある記 「ランス美術館コレクション」名古屋市美術館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

ランス美術館のコレクションが再び名古屋市美術館にやってきました。約3年半前、2017.10/7~12/3に名古屋市とランス市の姉妹都市提携を記念して開催された「ランス美術館展」(以下「前回展」)は藤田嗣治の作品をメインに、17世紀から20世紀までの作品が出品されていましたが、今回の「ランス美術館コレクション」のテーマは「風景画のはじまり コローから印象派まで」。年代でいえば前回展の第2章「革命の中から近代の幕開けを告げる」と第3章「モデルニテ(注:近代性)をめぐって」に該当しますが、前回展とダブるのはブーダン《ベルク、船の帰還》(姉妹都市提携記念特別作品)とシスレー《カーディフの停泊地》(第3章)の2点だけ。爽やかな気分になる作品が並び、文字どおり「コローから印象派まで」の流れがわかる展覧会です。

◆1 コローと19世紀風景画の先駆者たち

受付を済ませ、記念撮影ができるエントランスを抜けると5点の風景画が並ぶ小部屋です。解説によれば、風景は歴史画の背景として描かれていましたが、19世紀になると戸外に出て目の前の風景を描くようになり「風景画」が独立したとのこと。この部屋には「風景画の先駆者たち」の作品が出品されていました。

◆1の続き カミーユ・コローの作品が16点

小部屋を出て左に進むと、カミーユ・コローの作品が16点も並ぶ本展のメイン展示室。最初の作品は噴水と立木が作るトンネルの向こうに大聖堂のドームが見える《ヴィラ・メディチの噴水盤》。噴水と立木が真っ暗なので、自然と大聖堂のドームに目が引き付けられます。順路に沿って進むと4点目の《川を渡る》から、右上に空を描いた作品が続きます。青い壁の特等席に飾られているのは《イタリアのダンス》、中日新聞で紹介されていましたね。この作品の空は、真ん中のやや上でした。さらに進むと《突風》から空が左上に移り、最後の《地中海沿岸の思い出》まで、同じ構図の作品が続きます。展示の仕方が工夫されていて、面白いです。

◆2 バルビゾン派

コローに続くのは、バルビゾン派の作品。最初はジュール・デュプレ《風車》。地平線が真ん中よりも下なので、空が広く、雲の淡い感じが爽快です。地面に描かれた2台の風車、牛、アヒルなど、どれもバランスよく配置されているので、絵に安定感と動きがあります。アンリ=ジョセフ・アルビニー《ヨンヌの思い出、サン=プリヴェからブレノーへの道》は、青い空と白い雲が印象的で、点景の女性がアクセントになっていました。穏やかな風景に心が和みます。印象主義を思わせる画面の明るさが、心地よい良いです。

◆3 画家=版画家の誕生

ドービニーの版画は三重県立美術館のドービニー展(2019.9/10-11/4)でも見ましたが、ほかの画家の作品もエッチングによる細密描写なので、写真みたいです。サイズが小さくてモノクロで地味なのですが、油絵のような雰囲気は出ているので、コレクターは作品を手に持ち、眺めて楽しんだのでしょうか。

展示室の最後に油絵の絵の具の進化が展示されていました。①中世からルネサンスまでは、絵を描く都度、顔料と油を練り合わせ、②17世紀には練り合わせた絵の具を豚の膀胱に入れ、③1828年には注射器の形をした絵の具の容器が発明され、④1841年に錫製のチューブが発明され、1860年代にはかなり普及したとのことです。 

◆4 ウジェーヌ・ブーダン

2階の展示はブーダンの作品7点から始まります。最初に《ベルク、出航》と《ベルク、船の帰還》が並んでいますが、《船の帰還》が朝なのか夕方なのか判然としません。出航した船に照明設備が見当たらないので、昼間に漁をして夕方に帰還したのではないか、と考えたのですが、それで良かったでしょうか?

赤い壁の特等席に飾られた作品は中日新聞で紹介された《水飲み場の牛の群れ》。この作品以外は全て海の風景で、順路に沿って進むと少しずつ明るい絵になり、最後の《上げ潮》は印象主義の絵のような明るさです。

◆5 印象主義の展開

 最初の作品フェリックス・ジェム《コンスタンティノープル(イスタンブール)》は、ブーダンの作品と同じ雰囲気。順路に沿って進むうちに「いかにも印象主義の作品」と分かる、カミーユ・ピサロ《ルーヴル美術館》にたどり着きます。この部屋の展示も、工夫していますね。

◆地階では

地階では、特別展「アートとめぐる はるの旅」を開催していました。ここでも風景画を展示していますが、「ランス美術館コレクション」の出品作とは、感じが違います。「どこが違うのか」と問われてもうまく表現できないのが、もどかしいです。エッチングの作品もあります。面白いのは、同じ版を使い、陽画と陰画の両方を刷っている浅野弥衛の作品。エッチングの版を凸版として印刷すると、真っ黒な画面の中から彫った線が白く浮き出て「写真のネガ」のようになるのですね。

         Ron.

読書ノート 「週刊文春」(2021年4月15日号)ほか

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◆「週刊文春」 名画レントゲン(14) 秋田麻早子 

抽象画の見どころとは? ピエト・モンドリアン「大きな赤の色面、黄、灰色、青色のコンポジション」(1921)

 SOMPO美術館で「モンドリアン展」を開催している(3/23~6/6)関係か、《大きな赤の色面、黄、灰色、青色のコンポジション》を新聞や雑誌で見かけます。中学校の美術の時間で見たことのある有名な作品ですが、「見た」と言うだけの薄っぺらな知識しか持ちあわせていない作品でもありました。

さて、「名画レントゲン」は〈このような抽象画を味わうポイント〉の一つについて〈線・色・サイズなどの要素同士のバランスの取り具合〉と書いています。〈モンドリアンは、画面中で一つの要素が優位にならず、色や大きさが違っても等価的に均衡し、全体として調和する絵画を目指して〉いた、と言うのです。もう一つのポイントについては〈実物を目にする機会があったら、右下角の赤い部分を手で隠してみてください。急に絵が止まったような印象を受けるから不思議です〉と書いています。一度、試してみたいですね。

 さらに〈このような制作態度の背景には、神智学という哲学と宗教を融合した思想への共鳴もあります〉と続きますが、この部分は、知識不足でよくわかりませんでした。

◆「日本経済新聞」(2021.04.03)  生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて

 上記のとおり「神智学」でつまずいたため、少し前の新聞を読み返してみました。紙面2ページを使った、SOMPO美術館「モンドリアン展」のPR記事です。主な内容は、以下の通りでした。

モンドリアン(1872-1944)は当初、ハーグ派の風景画を制作していたのですが、1908年、36歳のときに最初の転機があり、1909年制作の《砂丘Ⅲ》では〈スーラがたどり着いた点描の技法〉を取り入れています。そして、〈同じころには神智学協会の影響も受けた。1875年に米国でヘレナ・P・ブラヴァツキーらによって結成された神智学協会は、「ギリシャ哲学や仏教、バラモン教など幅広い宗教や思想を参照しながら、宇宙や生命の神秘にたどり着こうとした」(豊田市美術館の石田大祐学芸員)〉とのことでした。「神智学」が出てきましたね。〈神智学に沈潜しながら、1911年にピカソやブラックらのキュービスムと出会ったことが第二の転機〉となり、画家テオ・ファン・ドゥースブルグが〈モンドリアンに新しい芸術雑誌を創刊することを提案。こうして1917年に雑誌「デ・ステイル(様式)」が誕生した。モンドリアンは同誌に「絵画における新しい造形」という題名の連載を執筆し(略)相反する諸原理を均衡、調和、統一に導く「コンポジション(構成)」を確立することこそが新しい造形の目的だと説く〉との内容でした。ようやく「週刊文春」の名画レントゲン(14)の記事に繋がり、一安心しました。

 新聞には、モンドリアンの作品のほかに、ヘリット・トーマス・リートフェルトがデザインした豊田市美術館所蔵の「アームチェア」と「ジグザグ・チェア」の写真も載っています。記事には〈デ・ステイルには様々な作家らが参加した。その一人が建築家・ヘリット・トーマス・リートフェルトだ。(略)本展にはリートフェルトがデザインした椅子も展示される。幾何学的なデザインや、椅子の究極の形とも言われる「ジグザグ・チェア」などにモンドリアンの影響が見て取れる〉と書いてありました。「アームチェア」「ジグザグ・チェア」は、2019年に豊田市美術館で見たことがあるので、興味をそそられますね。

なお、展覧会情報の最後に〈※7月10日~9月20日、豊田市美術館へ巡回〉と表記されていました。

(参考)豊田市美術館 リニューアルオープン「世界を開くのは誰だ」(2019.6.1~6.30)に出品された椅子

豊田市美術館のリニューアルオープン記念展「世界を開くのは誰だ」にも、今回の「モンドリアン展」と同様、椅子が展示されていました。当時のメモを読み返すと、椅子のデザイナーは、ヘリット・トーマス・リートフェルト(以下「リートフェルト」)、マルセル・ブロイヤー、ルートヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエの三人。いちばん点数が多かったのはリートフェルトの作品で、「アームチェア」2点、「ジグザグ・チェア」「ベルリン・チェア」のほか、監視員さんの許可を得れば座ることができた「635レッド アンド ブルー ラウンジチェア」「280ジグザグ アームレスチェア」の展示もありました。なかでも「635レッド アンド ブルー ラウンジチェア」は、赤(背面)、青(座面)、黄色(肘掛けなどの木口)、黒(その他の面)に塗り分けられた椅子で、モンドリアンの作品みたいな感じでした。モンドリアン展にはぴったりです。

なお、SOMPO美術館「モンドリアン展」の出品リストで確かめたら、アームチェアが3点(うち、「635レッド アンド ブルー ラウンジチェア」は参考出品)ジグザグ・チェア、ベルリン・チェアは各1点でした。

 Ron.

展覧会見てある記 ボイス+パレルモ 豊田市美術館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

コロナ禍で延期されていた「ボイス+パレルモ」(以下「本展」)が、ようやく開催されました。年間パスポートも再開したので、3000円払い、年間パスポートを使って会場に入りました。入口は、1階・展示室8にあります。順番に展示を見ながら3階に行くと、展示室2~4では「コレクション:ドイツと日本の現代美術」(以下、「コレクション展」)を開催していました。コレクション展を見た後、階段を降りて展示室5に入ると本展の展示。本展とコレクション展は一体化していたのです。

1F:展示室8

プロローグ

ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys、以下「ボイス」)とブリンキー・パレルモ(Blinky Palermo、以下「パレルモ」)が写った写真《プリンキーのために》を展示しています。

1 ヨーゼフ・ボイス:拡張する彫刻

最初に映像作品が2点。《シベリア横断鉄道》(1970)と《ユーラシアの杖:82分のフルクソム・オルガヌム》(1968)でした。いずれも、ボイスが登場するパフォーマンスです。《シベリア横断鉄道》では毛皮のコートを着用し、裏返したキャンバスに向って何かしています。《ユーラシアの杖:82分のフルクソム・オルガヌム》ではベストを着用して、部屋の隅の床に脂肪(ワックス)を塗ったり、柱を立てたり、壁に立てかけたりしていました。また、映像の中で使用されたと思われる、フェルトで包まれた木材(断面はL字型)と鉄棒も展示しています。このほか、折りたたんだフェルト、懐中電灯、脂肪を載せたソリや、鉛筆の描きこみのある箱など、「彫刻」の概念には収まらない作品ばかりで面食らいました。豊田市美術館のコレクション《ジョッキー帽》は「帽子のつばを切り取ってジョッキー帽の形に仕立てた」ものだ、ということも知りました。

2 パレルモ:絵画と物体のあわい

パレルモの作品は、キャンバスを二色に塗り分けたものや単純な線画などです。こういった作品は、いわゆるミニマル・アートに分類されるのでしょうか?

3 フェルトと布

フェルト製のスーツ、丸めたフェルトなど、フェルトを使った作品が並んでいます。

4 循環と再生

 銅製の箱が幾つも並んで、銅のテープで繋がっている《小さな発電所》や旅行カバンの中にマギーソースのビンが収まっている《私はウィークエンドなんて知らない》、ガラス製のメスシリンダーに造花の赤いバラを挿した《直接民主主義の為のバラ》などの作品が並んでいます。

1F:展示室6  5 霊媒的:ボイスのアクション

マンモスの化石の前で立っているボイスの写真《芸術=資本》には迫力ありました。また、ショベルや鎌などをケースに納めた《ヴィトリーヌ:耕地の素描》については「物を並べるだけでも作品になるんだな」と、思わず納得してしましました。

1F:展示室7  6 再生するイメージ:ボイスのドローイング

ドローイングが並んでいますが、《あるヒロインのためのバスタブ》は錆びたブロンズ製のバスタブ(ミニチュア)の中に、ハンドルのついた携帯電熱器を入れた作品でした。他にも4冊の本が、作品《「西洋人プロジェクト」(1958)》の一部として展示されています。

2F:展示室1

8 流転するイメージ:パレルモの金属絵画 

 アルミニウムを単色で塗ったり、2色、3色に塗り分けたりする作品が並んでいました。

エピローグ

 「帽意子」「墓異州」「暮椅子」と、漢字を縦書きした黒板が展示されていました。さらに、「帽」にはBo、「意」にはi、「子」にはSuという文字が右に書かれ、「帽」と「子」を繋げてhetと書いています。漢字はどれも「ボイス」を日本風に表記したもの。「帽意子」にはトレード・マークの「帽子」が隠れているということなのでしょうね。ユーモアを感じます。

3F:第2展示室  コレクション:ボイス+パレルモ以前:1950‐60年代のデュッセルドルフ

ボイスがデュッセルドルフ芸術アカデミーの教授に就任したのは1961年。展示室2では、戦後ドイツの前衛的な表現の一大拠点となっていた1950-60年代のデュッセルドルフで活動していた作家の作品を展示しています。ギュンター・ユッカー《変動する白の場》は板に無数の釘を打ち付けて白く塗った作品。昨年公開された映画「ある画家の数奇な運命」のデュッセルドルフ芸術アカデミーには、木の板に釘を打ち付けて作品を制作している学生・ハリーが登場していました。

3F:通路~展示室3  コレクション:ドイツの現代美術

通路に展示されているのは合板を3枚重ねた作品、イミ・クネーベル《蓄光サンドイッチ》No.1~No.3でした。実際に光を放つのではなく「光を放つことを想像しながら鑑賞する作品」とのことです。

展示室3のイミ・クネーベル《DIN規格1 B1-B4》を見て、展示室1にあったパレルモの金属絵画を思い出しました。展示室3の床には、平べったくて白く四角い物体が置かれています。ヴォルフガング・ライプ《ミルクストーン》という作品で、表面は牛乳で覆われています。この牛乳については「毎日取り換えている」という説明がありました。

3F:展示室4 

コレクション:ドイツと日本の現代美術

日本の現代美術では、ボイスが生まれた1921年、パレルモが生まれた1943年、それぞれ同世代の作家を取り上げていました。ボイスと同年代の作家のうち、水谷勇夫(1922-2005)と三上誠(1919-1972)は豊橋市美術博物館のコレクション展「从会の作家たち」でも見ました。パレルモと同年代の作家としては、小清水之漸(1944- )などの作品が展示されています。

コレクション:師弟関係-まなぶ? まねる?

エゴンシーレとクリムト、大澤鉦一郎と宮脇晴といったコレクション展の常連は、このコーナーで展示されています。さて、小堀四郎、宮脇綾子も登場しますが、「師」は誰でしょう?

2F:展示室5  7 蝶番的:パレルモの壁画 

 壁画そのものを展示することは無理なので、壁画のデザイン画と壁画の写真を展示していました。

感想など 

巡回展「ボイス+パレルモ」だけでなく「コレクション:ドイツと日本の現代美術」も連続して鑑賞することができるので、得した気分になりました。7/10~9/20に「モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて」が開催されますから、年間パスポートが復活したのも朗報です。

Ron.

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