現在、申し込みを受け付けているイベントはありません。
これまでに制作された協力会オリジナルカレンダーのまとめページを作りました。右側サイドメニューの「オリジナルカレンダー」からご覧ください。
事務局
2017年
3月24日
名古屋市美術館で開催中の「アドルフ・ヴェルフリ展」のギャラリートークに参加しました。担当は笠木日南子学芸員(以下「笠木さん」)、参加者は34人でした。

◆アドルフ・ヴェルフリ(以下「ヴェルフリ」)って、どんな人?
笠木さんによると「ヴェルフリ(1864-1930)は、日本でいえば江戸時代(幕末)生れの人。父は石工で、彼は7人兄弟の末子。家は貧しく、ヴェルフリが8歳の時に一家離散。ヴェルフリは里子に出されて里親の下で働かされた後、各地を転々とし、1885年、31歳の時に精神病院に収容された。今回の展示は、病院の中で描かれた作品。」とのことでした。
ヴェルフリは、とても悲惨な境遇の人だったのですね。
◆第1章 初期の作品
笠木さんによると「ヴェルフリは、自分を作曲家だと思っており、作品を楽譜と呼んだ。ただし、楽譜は五線譜ではなく六線譜で、初期の作品には音符がなかった。ヴェルフリの特徴は、初期から晩年までスタイルが不変であること。」とのことでした。
確かに、画面を隙間なく直線や曲線、人の顔、丸、ナメクジのような形、文字、数字などで埋め尽くすというスタイルはどの作品にも共通していますね。それにしても、下書き無しで大画面を破綻なく描き切るヴェルフリの才能は大したものだと思います。
◆第2章 揺りかごから墓場まで(1908-1912)
笠木さんによると「第2章の作品が最も色鮮やか。1908年に研修医のモルゲンターラーが赴任して、ヴェルフリの作品を価値あるものと認め、色鉛筆を与えたことによりカラフルな作品が生まれた。ヴェルフリは色彩感覚に優れており、描いているうちに色鉛筆がどんどん短くなって使える色鉛筆が減っていっても、残った色をうまく使い、色彩のバランスが崩れない。”揺りかごから墓場まで“は、世界各地を旅して、お金を稼ぎ、自分の領地を広げるという冒険物語。ただし、文章と絵の内容は一致していない。また、稼いだお金の1973年から2000年までの利息を計算した表もある。」とのことでした。
「物語を書いて、絵も描く。」という行為は、想像の世界に羽ばたき、ヴェルフリの過酷な境遇を忘れさせるもので、彼の生活に欠かせないものであったと分かりました。
◆第3章 地理と代数の書(1912-1916)
笠木さんによると「第3章でヴェルフリは、自分が得た資本財産の利子計算をして、画面を膨大な桁数の数字で埋め尽くすとともに、多くの楽譜を描いている。楽譜のもとになっているのは、教会で聞いた音楽や、教会で見た楽譜、軍隊で聞いた音楽、フォークダンスの曲など。」とのことでした。
たとえ、机上の計算であっても、自分の資産がどんどん増えていくことは楽しいものです。膨大な桁数の数字を書き続けることは、ヴェルフリの生き甲斐だったのでしょう。
◆第4章 歌と舞曲の書(1917-1922)、歌と行進のアルバム(1928-1924)
笠木さんによると「第4章では、絵が減ってコラージュが増えていく。また、神の名の頭文字のアルファベットを装飾的に描き、人の顔や丸、曲線などのモチーフで埋め尽くした作品もある。」とのことでした。
笠木さんは、芸者の写真のコラージュやキャンベル・スープの缶詰のイラストのコラージュがある作品などについて解説。ヴェルフリの美的センスを実感しました。
◆第5章 葬送行進曲(1928-1930)
笠木さんによると「第5章は、言葉と数字の繰り返しで、“16.シェアー.1.ヴィーガ,16.シェアー:1.ギーイガ.16.シェアー:1.シュティーガ,16.シェアー.1.シーイガ,……”というように、ヴィーガ(Wiiiga:方言で「揺りかご」)を、韻を踏んで少しずつ変形させながら、ラップのように繰り返し書いている。」とのことでした。
ヴェルフリは、語呂合わせ等の言葉遊びが好きな人だったのですね。
◆第6章 ブロートクンスト―日々の糧のための作品(1916-1930)
笠木さんによると「“揺りかごから墓場まで”等は自分のための作品で売りに出すことは無かったが、当時、ヴェルフリは売れっ子で、作品を買う人がいた。ブロートクンストは販売用のもので、色鮮やかで分かりやすく、画用紙に描いた作品。額装のような装飾が施され、作家のリルケや精神科医のユングも所蔵していた。」とのことでした。
自分の作品が売れて小遣い稼ぎができたことで、ヴェルフリは大きな自信を得たことでしょう。今見ても、ブロートクンストは可愛いと思います。
◆アドルフ・ヴェルフリの再評価
笠木さんによると「ヴェルフリの死後、1945年にジャン・デュビュッフェが病院を訪れて、ヴェルフリの作品を発見し、Art Brut (アール・ブリュット=生の/未加工の芸術)と名付けて高く評価した。1950年代には、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンもヴェルフリを評価。1970年代には、スイス出身のキュレーターのハラルト・ゼーマンがベネチア・ビエンナーレやドクメンタで紹介。ヴェルフリの作品はモダン・アートのアーティストたちを刺激した。」とのことでした。「モルゲンターラーが赴任するまで、ヴェルフリの作品は「価値がない」として捨てられていた。」との解説もありました。
現在、日本経済新聞に、伊藤若冲をはじめとする江戸美術の収集家、ジョー・プライスが「私の履歴書」を書いています。連載の第1回は、若い頃に一目見て思わず買った絵が若冲の作品だったという話でした。江戸美術の収集を進めるうちに、辻惟雄や小林忠といった研究者と知り合い、コレクションの輸送費や保険料をプライスが負担して、江戸美術の展覧会開催に協力したという話もありました。ヴェルフリや若冲の例を見ると、芸術作品が評価されるには審美眼を持った人物との出会いが必要なのだな、と思いますね。
◆最後に
この展覧会が始まるまで、アドルフ・ヴェルフリという人の名前すら知らなかったので、ギャラリートークも参加者は少ないだろうと思っていたのですが、意外に人数が多かったのでびっくりです。ギャラリートークでは、不思議な魅力のある作品を数多く見ることが出来ました。

解説してくださった笠木学芸員、ありがとうございました!
2017年
3月8日
「これはいったい何だろう。」と、2017.3.1付中日新聞で紹介された展覧会(以下「本展」)が始まりました。会場は名古屋市美術館。記事にあった「何を描いたものか理解しようとするより、子どものように理屈抜きで見る方が楽しめるかもしれません」という名古屋市美術館・笠木日奈子学芸員の言葉を参考にして、見てきました。
◆アール・ブリュット(Art Brut「生の芸術」、outside art)の先駆け
本展は日本で初めての、スイスの美術家アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)の本格的な回顧展です。ヴェルフリは、専門な美術教育を受けていない人による芸術「アール・ブリュット」を代表する作家で、31歳の時に統合失調症と診断されて精神病院に入院し、後半生を過ごしました。本展には、病院で描かれた膨大な作品の一部、74点が展示されています。
◆「これは何だ」:驚きの根気と集中力
最初の展示は1904~1905年の作品。どれも、74.5×99.6cmの白紙の新聞用紙全面に顔や、装飾帯、文字を鉛筆で描き、これでもかというくらいまで埋め尽くしたものです。鉛筆の線は、ほぼ同じ太さで丁寧に描かれており、装飾帯や線で囲まれた所は、細かい格子模様や斜線、点、短い線などを描きこんだり、様々な濃さで塗りつぶしたりしています。きっと、1枚仕上げるのに相当な時間と労力を要したことでしょう。その根気と集中力には驚くばかりです。
また、大画面であるのに、画面構成が破綻していません。作品を描く前に、そのイメージが頭の中に完成しており、ヴェルフリは何の迷いもなく、そのイメージを黙々と紙に定着させたのではないでしょうか。たぶん、描かずにはいられなかったのでしょう。
中日新聞の記事のとおり、「これは何だ」と、作品に目が釘付けになります。ただ、長い時間見ていると頭がクラクラしてきますね。
◆色鉛筆がキレイ
1910~1912年の『揺りかごから墓場まで』のシリーズ以降は、色鉛筆も使われたカラフルな作品になります。色鉛筆の発色がキレイなので、安物ではないと思います。また、五線譜ではなく「六線譜」に音符を描いた楽譜も登場します。
◆芸者の写真のコラージュも
1917~1919年の『歌と舞曲の書』や1929年の『葬送行進曲』のシリーズは、雑誌などに載っている写真のコラージュの周囲に額装を模した装飾を施し、余白を文字や記号で埋め尽くした作品です。日本の芸者や長火鉢を前にして座る日本女性をコラージュした《芸者-お茶と小笛〔小煙管〕》やアンディ・ウォーホルでお馴染みのキャンベル・スープの缶詰をコラージュした《無題(キャンベル・トマト・スープ)》など、どれもセンスの良さを感じさせます。
◆ブロートクンスト(パンのための美術)
最後の展示は、色鉛筆やタバコと交換したり、病院の職員や来訪者に売っていた絵です。売り物だっただけに、「これなら買ってもいいかな。」と感じました。
◆最後に
絵描きを職業とした人の作品ではありませんが、アルタミラ洞窟の壁画のような芸術性を感じます。ヴェルフリの作品を保存管理する財団があることにもびっくりしました。
3月19日(日)の協力会ギャラリートークでの笠木学芸員の解説が楽しみです。
Ron.
2017年
2月22日

名古屋市美術館で開催中の「永青文庫 日本画の名品」が2月7日から後期展示になったので、名古屋市美術館の保崎学芸員(以下「保崎さん」)に無理なお願いをして、後期展示作品のギャラリー・トークも開催されることとなりました。急遽の決定で周知期間が短かったにも関わらず、参加者は47名。1月15日のギャラリー・トークの参加者48人に迫る人数でした。
午後2時からの解説会に引き続いてのダブルヘッダーでしたが保崎さんは元気で、トークにも熱が入っていました。90分にわたって楽しく解説を聴いた後、参加者一同による保崎さんに対する感謝の拍手で、ギャラリー・トークは「お開き」。
◆後期展示の作品
後期の展示となったのは10作品。解説のあった順に並べると、以下の通りです。
寺崎廣業(てらさき・こうぎょう)《月夜山水(げつやさんすい)》、横山大観《野の花》《柿紅葉(かきもみじ)》《山窓無月(さんそうむげつ)》、菱田春草《六歌仙(ろっかせん)》《黒き猫》、小林古径《髪》、堅山南風(かたやま・なんぷう)《霜月頃(しもつきころ)》、上村松園《月影(つきかげ)》、松岡映丘(まつおか・えいきゅう)《室君(むろぎみ)》
◆後期の主役は《黒き猫》………
保崎さんによれば、「前期の主役は菱田春草の《落葉》、後期の主役は同じ作者の《黒き猫》。それを念頭に置いて作品の配置を考えました。前期は《落葉》の枯れ葉と被らないよう、横山大観《柿紅葉》を後期に回し、同じ作者の《雲去来(くもきょらい)》を展示。紅葉つながりで、堅山南風《霜月頃》も後期展示となりました。その結果、『紅葉があるので、後期の方が華やか』という声が聞かれます。意図した訳ではありませんが、確かに声のとおりですね。」とのことでした。
後期の主役《黒猫》。一幅の掛け軸ですから、六曲一双の屏風《落葉》に比べると遥かにちっちゃいですが、迫力は十分。黒のぼかしだけで猫の身体つきがわかるという描写は、さすがです。
保崎さんは「焼き芋屋からネコを借りてきて、五日間で描いた。ネコがじっとしていないので苦労したようだ。展覧会で評判となり、注文に応じて何点も黒猫の絵を描いている。それらの作品を見ると、このネコは柏の木から地面に跳び降り、逃げて行ったらしい。」とも解説。
◆クールな描写の《髪》
《黒猫》の隣は、同じく重要文化財の小林古径《髪》。保崎さんによれば「線描中心のクールな描き方をしている、線描の美しさに目が行くようになった昭和初期の日本画を代表する作品。左側の半裸の女性は伝統的な女性美、腰巻の青緑色が爽やか。右の女性は妹とも女中ともいわれるが当世風のキリッとした姿。川端龍子は、この作品を『隙がない』と評価。また、落款が無いので『未完成では?』という声もあるが、落款が無いのは『落款に失敗して作品を台無しにすることを恐れたのではないか』という声もある。」とのことでした。
◆上村松園と鏑木清方、美人画の競演
上村松園《月影》とは2013年の「上村松園展」以来、四年ぶりの再会。保崎さんも懐かしそうに解説してくれました。2階に展示の鏑木清方《花吹雪》と同じ文化文政頃の風俗、母・若い娘・幼女という組み合わせも同じであり、《花吹雪》についての解説もありました。
◆最後に
今回のように会期の途中で主要作品の入れ替えがあるときは、名古屋市美術館には世話を掛けますが、後期にもギャラリー・トークがあると良いですね。 Ron.

保崎学芸員、2度の講演ありがとうございました!
2017年
1月20日
名古屋市美術館で開催中の「永青文庫 日本画の名品」(以下「本展」)のギャラリー・トークに参加しました。前日からの大雪で欠席者が続出したものの48名が参加。展覧会への期待の高さが伺えました。JR東海道線の運行停止で、保崎学芸員(以下「保崎さん」)が開始時刻に間に合わず、代わりに角田学芸員(以下「角田さん」)のレクチャーでスタート、中盤から保崎さんへバトンタッチとなり、「二人から話が聞けて、お得なギャラリー・トーク」となりました。

◆本展について
角田さんによれば、「永青文庫は、熊本藩の藩主・細川家の家宝を所蔵する財団。明治維新、敗戦という二つの危機で多くの藩主がお宝を散逸させた中、細川家は財産を持ちこたえた稀有な存在。特に、永青文庫の現理事長である細川護熙氏(元総理大臣)の祖父、細川護立氏は「美術の殿様」と呼ばれるほどの審美眼があり、永青文庫のコレクションを充実。本展は、護立氏による収集作品のなかから、近代日本画の名品と江戸時代の禅画を展示。近代日本画は、作家が画壇で認められるきっかけとなった見どころの多い作品ばかりなので、じっくりと鑑賞して欲しい。白隠、仙厓の禅画は、今でこそ人気だが、つい先ごろまでは「知る人ぞ知る」見向きもされないものだった。それを、護立氏は白隠・約千点、仙厓・約百点所蔵。見る目の確かさが窺えます。本展では、日本画の技法を解説したパネルも用意したので、是非、見てください。照明にも凝っており、全て、外注。」とのこと。会場に入ってみると、その言葉どおりでした。
■第一部 近代の日本画
◆日本美術院の大家たち
展示の冒頭は、岡倉天心が日本美術院を茨城県五浦海岸へ移したときに同行した画家の作品。
角田さんによれば、「下村観山は「うまい」作家で、《女》は「技巧の極致」。帯にナデシコの花と「やまと」の文字。これで「大和撫子」を暗示。木村武山《祇王妓女》は平家物語のエピソードを絵にしたもので、やまと絵と狩野派の統合を図っている。横山大観《山路》は修復を終えており、復活した鮮やかな色彩を見てほしい。熊本県美所蔵の三幅対《焚火》は、禅画の画題として好まれた「寒山・拾得」を描いたもの。巻物を手にしているのが寒山、箒を持つのが拾得で、煩悩の塊である落ち葉を燃やしている図。《老子》は、先生である岡倉天心へのオマージュ。下村観山・横山大観合作の《寒山拾得》は観山が寒山を、大観が拾得を描いている。個性豊かな二人なのに調子を合わせて描いているのが面白い。なお、観山は「寒山」のもじり。菱田春草の《平重盛》は、清盛が上皇を討とうとするのを、息子の重盛が諫めようと駆け付けた場面を描いたもの。有職故実をしっかりと押さえて描いている。また、とても早描き。重要文化財の《落葉》は、日本画の技法「ぼかし」「たらしこみ」をうまく使って描いている。横に広がる「無限感」がこの絵の魅力。落ちる木の葉で時間を表現している。」とのことでした。
◆再興日本美術院展の画家たち
午後6時少し前に、ようやく保崎さんが到着。大観たちの次の世代、再興日本美術院展の作家から保崎さんの解説になりました。保崎さんによれば、「今村紅紫の三幅対《三蔵・悟空・八戒》は、南画風の自由奔放な作品。小林古径の二曲一双《鶴と七面鳥》は、琳派の《風神雷神》を意識している。川端龍子は、当初洋画を描いていたが日本画に転向し、再興日本美術院展で入賞。その後、「会場芸術」としての日本画を主張して青龍社を旗揚げした作家。本展では三面の《霊泉由来》を展示している。」とのことでした。
◆京都画壇の作家
解説は続きます。「円山応挙の系譜に連なる竹内栖鳳は、写実と筆の技術に西洋風の色使いや写真の構図も取り入れた作家。三幅対《松竹梅》のなかの《梅》は、モネの睡蓮に近い描写が見られる。西村五雲の六曲一双《林泉群鶴図》は、非常にうまい。堂本印象《調鞠図》は彼の出世作。」とのことです。鍋鶴と丹頂鶴を描いた《林泉群鶴図》は、まさに「酉年のお正月」の絵です。
本展では向かい側に作品が無く、ただの壁になっているという展示が多いと感じました。おかげで、大きな作品を見るために後ろへ下がっても支障がなく、ガラス面の写り込みも目立ちません。とても快適です。保崎さんも「展示方法には、こだわった。」と言っていました。
◆2階には
2階にも近代日本画の展示が続きます。保崎さんは鏑木清方の双幅《花吹雪・落葉時雨》について、「この作品は、文展に対抗して開催された国画玉成会主催の展覧会で三等賞第三席を受賞。因みに一等賞、二等賞は該当作がなく、三等賞は、外に前田青邨、今村紫紅が受賞。また、上村松園が文展で三等賞を受賞。なお、描かれた女性の衣装は文化文政頃のもので、花吹雪は京都、落葉時雨は江戸の風俗。」と解説。平福百穂《「豫譲(よじょう)》については「『史記列伝』の『刺客列伝』に登場する人物を題材にしたもの。文展で特選となり、千五百円の値が付きました。ただ、現在に換算した値段は見当がつきません。」という話になり、角田さんが「家が一軒建つ値段です。」と補足してくれました。
■第二部 白隠と仙厓の禅画
◆白隠
保崎さんの解説では「護立氏は若い頃、大病を患ったときに知人の阿部無仏氏から白隠の「夜船閑話」を読むよう勧められ、その教えを実践して回復。それがきっかけとなり、十代の頃から白隠の禅画収集を開始。当時は、禅画を収集する人は少なく、比較的容易に収集できたようだ。白隠は沼津の禅僧で絵はアマチュア、禅の教えを広めるための手段として禅画を描き、人々に与えた。絵と画賛(絵に添えられた文章、詩句)を、ともに味わうのが禅画の楽しみ方。」とのことでした。
◆仙厓
保崎さんの解説では「仙厓は岐阜県関市の生まれで、博多の聖福寺(しょうふくじ)の住職の住職を務めている。《寒山拾得》のような伝統的な禅画も描いているが、最近は「ゆるキャラ」というか子どもが描いたようなユーモラスな絵が人気。《朧月夜》は画賛に「切れ縄に口ハなけれど朧月」とあり『暗いところでは縄を蛇と勘違いすることがある、先入感を捨て真実をとらえる必要がある』という教えを説いている。《絶筆》は、あまりに絵の注文が多いので「今後、絵は描きません。」と知らせるもの。ただ、この《絶筆》、実は何枚も描いている。」とのことでした。
◆最後に
見て回った点数は多くないのに、終わってみればタップリ2時間あまり。角田さん、保崎さんの展覧会にかける意気込みが伝わりました。ありがとうございます。参加者一同、大満足でした。
近代日本画はお殿様の収集品らしく、大広間で見たくなる豪華なものが多くて、お正月らしい展覧会です。一方、禅画は、絵はへたウマでも画賛は禅の教えに裏打ちされており、味わい深いものばかりです。どちらも、もう一度、じっくり鑑賞する必要がありますね。
後期のみの展示が菱田春草《黒き猫》や上村松園《月影》な十点もあるので、後期(2月7日(火)~26日(日))も見逃せませんね。
Ron.
2017年
1月18日
1月15日日曜日、昨日から全国的に大雪に見舞われるなか、名古屋市美術館では協力会の会員限定ギャラリートークが開催されました。当日解説してくださる予定だった保崎学芸員が公共交通機関のトラブルに巻き込まれ開始時間に間に合わず、急遽副担当の角田美奈子学芸員による助っ人解説がはじまりました。

急遽解説してくださった角田学芸員

保崎学芸員到着!ここで交代です
2016年
11月30日
2017年の協力会オリジナルカレンダーの作家は庄司達氏に決定しました。
庄司達氏は京都市生まれ、京都市立美術大学専攻科彫刻専攻を修了。現在は、名古屋芸術大学で後進の指導に当たっています。その作品は、白い布によるインスタレーションが多く、名古屋市美術館の所蔵作品点でも時折、展示されます。
制作されたカレンダーは布製ではありませんが、たくさんの布が重なり合い、風になびく様子がカラフルな77本の波線で表現されています。
会員の方には、準備が整い次第、順次、発送させていただきます。お手元に届くまで、もうしばらくお待ちください。
☆
名古屋市美術館協力会では、毎年、地元作家によるオリジナルカレンダーを配布しております。そのほかにも特典がいっぱいです。まだ会員でない方は、是非、この機会にご入会ください。
お問い合わせは、名古屋市美術館協力会、中村(052-212-0001)まで。