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これまでに制作された協力会オリジナルカレンダーのまとめページを作りました。右側サイドメニューの「オリジナルカレンダー」からご覧ください。
事務局
2022年
12月13日
テレビ愛知「新美の巨人たち」(2022.12.10 PM10:00~10:30放送) は、モデルの堀田茜さんがArt Traveler、西田ひかりさんの語り、テーマは「岡本太郎がTAROになるまで」。東京都美術館(以下「都美」)で開催中の「展覧会 岡本太郎」を紹介するものでした。以下は、番組のあらましです。
◆展覧会の映像
堀田茜さんが都美の展示室を進むと、頭上には《光る彫刻》(1967)。顔と腕だけの彫刻《若い夢》(1974)や陶器の《犬の植木鉢》(1955)、旧東京都庁舎壁画原画(1956)、井の頭線・渋谷駅の壁画《明日の神話》とその原画(1968)、パリ時代に岡本太郎が描いたと考えられる今年発見された3点の抽象画も登場します。
◆第一の出会い(ピカソの抽象画)
次に登場したのは、21歳の岡本太郎が運命的な出会いをした、パブロ・ピカソの抽象画《水差しと果物鉢》。線と形を抽象化したピカソとは違い、有機的な、人間に近い形を描こうとした岡本太郎。番組では、赤いリボンと握りしめた腕を描いた《傷ましき腕》(1936/49)についての解説もありました。
◆第二の出会い(未開社会の文化)
27歳の岡本太郎は、パリ大学でマルセル・モースの講義に強く惹かれ、アフリカの彫刻など未開社会の文化に目を開かれた、との解説がありました。
その後、ドイツがフランスに侵攻したことにより、岡本太郎は帰国。徴兵され、中国戦線で終戦を迎えて復員。戦後の作品として《夜》(1947)、《重工業》(1949)、《森の掟》(1950)が紹介されます。
◆第三の出会い(縄文土器)
40歳の岡本太郎は、東京国立博物館の「日本古代文化展」で縄文土器の過剰さに衝撃を受け、土器や土偶を多数、カメラに収めたとの説明がありました。
◆タロタロユッケ(馬肉のタルタルステーキ)
新聞の番組欄には「縄文土器&馬肉の秘話」と書かれていたので何のことかと思ったら、東京・台東区日本橋の桜鍋の名店「桜なべ 中江」が紹介され、岡本太郎が特注した料理・タロタロユッケ(牛肉を刻んだ卵を載せたもの)が出てきました。堀田茜さんは、タロタロユッケを食べて「おいしい!」と感激。岡本太郎はこの頃、縄文土器に日本人の原点を見出し、東北や沖縄など日本各地を旅し、土着の暮らしや人々を撮影。カメラの手ほどきは、パリ時代に友人だったマン・レイやロバート・キャパから受けた、とのことでした。
◆番組のラストは《雷人》
番組もラストに近づき、数寄屋橋公園の彫刻《若い時計台》(1966)、万博記念公園の《太陽の塔》(1970)が映され、遺作で未完の《雷人》(1995)の紹介で番組は終了。
◆写真家・岡本太郎
東京都美術館「展覧会 岡本太郎」の作品リストを見ると、岡本太郎が撮影した写真を「スライドショー」という形で、多数展示しているようです。
「どんな機材を使っているのか?」気になって番組終了後に検索したら、愛用したカメラとして、レンジファインダーのNIKON S2、一眼レフのペンタックスSP、Miranda 、ハーフサイズ一眼レフOLYMPUS Pen FT、コンパクトカメラの OLYMPUS XA2など様々なカメラが紹介されていました。
また、2018年に川崎市岡本太郎美術館で開催された「岡本太郎の写真-採集と思考のはざまに」について、「あらためて、岡本太郎はいい写真家だと思う」と書いた、飯沢耕太郎の展覧会評も発見しました。
◆最後に
協力会でも2023年に愛知県美術館で開催される「展覧会 岡本太郎」のミニツアーを予定しているようです。今から待ち遠しいですね。
Ron.
2022年
12月6日
「女性に自信を サンローランの精神」とは、日本経済新聞「The STYLE / Fashion」(2022.12.04付) に掲載された井上聡子記者の署名記事(以下「署名記事」)の見出しです。
◆展覧会の概要
署名記事は、東京・天王洲の寺田倉庫B&C HALL / E HALLで12月11日まで開催中の「BETTY CATROUX – YVES SAINT LAURENT 唯一無二の女性展」の展覧会評です。展覧会名の Yves Saint Laurent は、服飾デザイナーのイヴ・サンローラン(以下「イヴ」)。また、Betty Catroux(ベティ・カトルー、以下「ベティ」)は1967年以来の、サンローランの盟友。183㎝の長身、スレンダーでシャープな体形のモデル、「イヴが生み出すスタイルの体現者だった」77歳の女性です。展覧会は、ベティがピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団に寄贈した衣装とベティの写真・動画で構成。署名記事は、イヴが男性の略式礼服タキシードをイブニングドレスに代わる女性の正装に進化させた「スモーキング」の写真も掲載。更に「私が着るものは男ものの服ばかり。自分の感覚は、男でも女でもない」とベティが言い、イヴは「服装を通じて男性と対等になり、時代遅れの古典的な女性像を覆す」と話している、とも記載。
展覧会のURLは、Betty Catroux | Saint Laurent サンローラン | YSL.com。他に、サンローランの永遠のミューズ、ベティ・カトルーと水原希子 共鳴し合う精神 (fashionsnap.com) や、イヴ・サンローランが惚れ込んだふたりのミューズ。ベティ・カトルーとルル・ド・ラ・ファレーズ | Precious.jp(プレシャス) というネット記事もあります。画像も掲載されていますよ。
◆イヴは、クリスチャン・ディオールが希望した後継者だった
「芸術新潮」2022年12月号の記事によれば、まだモード学校の生徒だったイヴは、1955年6月20日にクリスチャン・ディオール(以下「ディオール」)に招かれ、ディオールはその場でイヴの採用を決めたとのこと。1957年にディオールは心臓発作で急逝。ディオールが生前希望していた通り、21歳のイヴがチーフ・デザイナーとして後を継ぎ、ディオールでの初コレクション「トラベラーズライン」は熱狂的に迎えられ、「それまでディオールはウエストを絞ったデザインを多く制作していたが、トラベラーズラインは身体を生地の中で遊ばせるようなデザインで、非常に新しく、斬新に受け取られた」との解説がありました。自分の名を冠したブランドの初コレクションで発表したピーコート(船乗りの服から着想を得たマリンルック)は「シャネル以来の最高の出来栄え」と称賛を受け、「スモーキング」の後もジャンプスーツ(落下傘部隊の「つなぎ」の制服にちなんだ名前)やサファリジャケット(アフリカで白人男性が着ていた衣服)など、女性のパンツスタイルを定着させた、との解説もあります。
◆ガブリエル・シャネルも、イヴを自分の後継者だと公言
署名記事には「ジャージーやツイードを用い、コルセットなど動きを制限する服から女性を解放したガブリエル・シャネル(以下「シャネル」) は68年、イヴこそ自分の後継者だと公言している」という記述もあります。それは「シャネルはイヴのデザインを支持していた」ということですね。
◆シャネルは、ディオールに我慢できなかった
山口昌子著「シャネルの真実」(新潮文庫 平成20年4月1日発行)によれば、シャネルは71歳になってモード界に復帰。その理由は「自分が一掃したコルセットに女性を閉じ込めたディオールに我慢できなかったのだと思う」とシャネルの友人・作家クロード・ドレイが分析しているとのこと。当時、ディオールはウエストを極端に絞った長いフレアスカートが基準の《ニュールック》を発表。ショーに登場したマヌカンは、全員10センチのハイヒールを履いていた、とも書いています。また、ディオールの目的は上流階級の限られた女性が着る服で、大衆を相手にするつもりがなかったこともシャネルが反発した理由だったとか。
「シャネルの真実」は、シャネルの復帰後、米国の週刊誌『ライフ』は、彼女が発表した「ヤング・ルック」を「着心地が良く、簡素でエレガントである」と強調して「大衆が影響を受けるのは明白だ」と評し、シャネルも《本当に仕立ての良い服とは、女性が歩いたりダンスをしたり、乗馬したりできる服》と述べ、ディオールら男性デザイナーを批判した、とも書いています。
◆最後に
2023年は「マリー・ローランサンとモード」だけでなく、東京都現代美術館「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」、東京・国立新美術館「イヴ・サンローラン展」が開催されます。シャネル、ディオール、イヴ、三人の間には「反発の対象」「後継者と希望・公言」といった関係があった、と知りました。
Ron.
2022年
12月2日
先日、Amazonで「美術展 完全ガイド 2023」(2023.01.01発行 発行所/株式会社晋遊舎 以下「本誌)を見つけ、直ちに注文してしまいました。掲載されていたのは2023年に開催される45の美術展の情報ですが、なかでも「マリー・ローランサンとモード」の記事に引き付けられました。
〇「マリー・ローランサンとモード」Bunkamura ザ・ミュージアム
他の雑誌では数行の記事でしたが、本書では2ページも割いています。マリー・ローランサン関係では作品の図版を4点、モード関係ではココ・シャネルの肖像写真1点と《デイ・ドレス》《帽子》の図版に加えて、マドレーヌ・ヴィオネ《イブニング・ドレス》の図版を掲載しています。
ガブリエル・シャネルとマドレーヌ・ヴィオネといえば、豊田市美術館で開催された「交歓するモダン」の「ファッションのモダニズム」で展示されていたのが二人の作品でした。(下記の写真参照)
豊田市美術館「交歓するモダン」の展示

注:左から、シャネル《イヴニング・ドレス》、ヴィオネ《ディ・ドレス》、シャネル《イヴニング・ドレス》、ヴィオネ《イヴニング・ドレス》
本書の図版は「交歓するモダン」に出品されたものとは違いましたが、二人の作品をもう一度見ることができるというのは、今から楽しみです。(他の雑誌によれば、名古屋市美術館に巡回予定とのこと)
〇 上記の外、本書で注目の展覧会
・豊田市美術館「ゲルハルト・リヒター展」
2022年から開催している展覧会ですが、本誌は4ページの記事を掲載しており、豊田会場だけで公開の《ムード》シリーズの図版もあります。
・愛知県美術館「展覧会 岡本太郎」
「ゲルハルト・リヒター展」と同様、他の雑誌では昨年発行の「2022年の展覧会」の中で取り上げていますが、本誌は2ページの記事を掲載。6章からなる展示内容を章ごとに紹介しており、事前勉強に役立つと思われます。
Ron.
2022年
12月1日
2023年の協力会オリジナルカレンダーの作家は安藤正子氏に決定しました。
安藤正子氏は愛知県出身で、愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻を修了。2009年に名古屋市美術館と愛知県美術館で開催された「放課後のはらっぱ 櫃田伸也とその教え子たち」にも参加しています。
会員の方には、準備が整い次第、順次、発送させていただきます。お手元に届くまで、もうしばらくお待ちください。

☆
名古屋市美術館協力会では、毎年、地元作家によるオリジナルカレンダーを配布しております。そのほかにも特典がいっぱいです。まだ会員でない方は、是非、この機会にご入会ください。
お問い合わせは、名古屋市美術館協力会、中村(052-212-0001)まで。
2022年
11月29日
一宮市三岸節子記念美術館(以下「美術館」)で開催中の「河鍋暁翠展」の協力会ミニツアーに参加しました。参加者は19名。美術館主催の「学芸員によるギャラリートーク」(事前申込不要)を他の入場者と一緒に聴く、という企画です。ミニツアー前後の過ごし方は自由ですから、早めに美術館に行き、作品を見てからミニツアーに参加することにしました。
◆第一展示室 第1章 暁翠と暁斎 - 父の手ほどき
美術館2階ロビーに集合。作品リスト、チラシなどをもらい、大村菜生学芸員(以下「大村さん」)の案内に従って、開始予定時刻の14時よりも少し前に第一展示室へ入ると、部屋は参加者でいっぱいとなりました。50人は居たでしょうか。あまりの人数で、押されてもいないのに圧力を感じます。
〇 河鍋暁翠と暁斎について(解説の概略、以下同じ)
大村さんによれば「河鍋暁翠は、明治元(1869)年、東京・本郷生まれ。本名は豊(とよ)。父の河鍋暁斎(1831-1889)は一時期、忘れられていたが、2008年の展覧会(注:京都国立博物館「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai」)で再評価。暁翠(1868-1935)は、上村松園(1875-1949)と同時代の画家。河鍋暁斎の陰に隠れがちな存在だったが、165回直木三十五賞を受賞した澤田瞳子『星落ちて、なお』(2021)で注目を集めている」とのことです。『星落ちて、なお』は、面白かったですからね、納得です。
〇 父・河鍋暁斎の作品
最初の作品《極楽大夫図》では「極楽大夫の着物に描かれた寿老人は閻魔大王、福禄寿は補佐官、布袋と唐子は賽の河原で水子を救いに来る地蔵菩薩、というように極楽と地獄を重ね合わせている」と説明がありました。本展のチラシ等に使われている《猫と遊ぶ二美人》は、意外に小さな作品。「暁斎が描いた下絵を元に、暁翠が描いたもの。背景の調度品を双六にするなど、下絵と変えている」と解説があり、《霊山群仙図》については「暁斎の死によって未完成のまま残されたものに、暁翠が仙人などを加筆した」と解説。「暁翠は暁斎から学び、その画業を引き継いだ画家だ」と、よく分かりました。
◆第二展示室
第2章 土佐・住吉派に学ぶ
第2章では、「暁翠は明治21(1888)年に土佐・住吉派の山名貫義(1836-1902)に弟子入り。物語を優しい色彩で描く「やまと絵」を学んだ」と説明があり、養老の滝の伝説を描いた、山名貫義《養老》と暁翠《養老の滝図》の対比の外、伊勢物語の一場面を描いた《東下り》に見られる「やまと絵」と「狩野派」の描き分けなどについての解説もありました。また、《五節句之内 文月》については「小説『星落ちて、なお』のカバーになった作品」とのことです。
第3章 教育者として
島田友春《木蘭》について「父の代わりに戦争で手柄を立てた少女「木蘭」を描いた作品。暁翠は、島田友春(1865-1947)の後任として、1902年に女子美術学校の教師になった」との解説がありました。
朱色の《鐘馗》について「絵に算用数字を書き込み、絵を描く際の手順を示している」と説明されるなど、熱心な教育者、生徒から慕われた教師としての暁翠を知ることができました。
第4章 受け継がれた伝統
《能 石橋》《松風・羽衣》について「能を描くには知識が必要で、能をテーマにした絵を描ける人は限られていた」と解説され、《百福図》《百福の宴》については「暁翠が描いたお多福の絵は、この外に、大英博物館所蔵の作品がある。暁斎・暁翠の作品は、海外で人気があった」との解説がありました。
《鐘馗図》については「狩野派では修行の一環として鐘馗を描く」ことや「暁翠が61歳の時、鐘馗を描いて、展覧会で一等賞金牌を受賞」したこと、「暁翠が最後に描いたのも鐘馗」など、暁翠と鐘馗との深い結びつきを知ることができました。それで、《鐘馗図》が最後に展示されていたのですね。
◆最後に
一宮市三岸節子記念美術館のミニツアーは、4月の「貝殻旅行」に次いで2回目。「伝統的な日本画」が展示されており、参加者から「来てよかった」という声を聞くことができました。
Ron.
2022年
11月29日
11月25日に発売された「芸術新潮」12月号の特集「これだけは見ておきたい2023年美術展」に、面白い記事が載っていました。それは「推し展 in 2023」と題する、東京都美術館館長の高橋明也さん(以下「高橋さん」)、マンガ家・コラムニストの辛酸なめ子さん(以下「辛酸さん」)、アートテラーの「とに~」さん(以下「とに~さん」)の鼎談です(p.39~43)。「2023年の推し展を検討する」という内容で、各人が三つずつ「推し展」出し合うのですが、名古屋市美術館で開催予定の展覧会が二つありました。
〇 マリー・ローランサン展(p.40、p.128)
辛酸さんが推したのは「マリー・ローランサン展」。「2023年が生誕140年ということで、2つ展覧会があるんですね。特に、モードを切り口にしたBunkamuraザ・ミュージアムの展示は盛り上がるんじゃないでしょうか。マリー・ローランサン美術館所蔵の作品がたくさん出るようです」と、話していました。マリー・ローランサン美術館については、高橋さんが「ローランサンの名を冠した世界唯一の美術館で、非常に質の良いコレクションを持っていますが、現在は非公開になっています」と解説。
マリー・ローランサン展については、p.128の特集でも取り上げており、展覧会名は「マリー・ローラサンとモード」。京都市京セラ美術館と名古屋市美術館(6/24~9/3)に巡回するようです。
なお、「美術の窓」2022年12月号p.118の特集には「ともに1883年にフランスで誕生したマリー・ローランサン(1883~1956)とココ・シャネル(1883~1971)。美術とファッションの境界を交差するように活躍した二人を中心に、ポール・ポワレやマン・レイなどの時代を彩った人々との関係にも触れながら、両大戦間のパリの芸術界を俯瞰する」という解説がありました。
〇 福田美蘭展(仮称)(p.41、p.114~115)
辛酸さんの「現代アートはどうでしょう?」という質問に、高橋さんは「福田美蘭展かな」と答え、とに~さんが「福田さんの創作意欲はハンパない。来年の展覧会も異常な事態になるのでは?」と続けています。福田美蘭展(9/23~11/19)については、p.114~115の特集でも取り上げており、「新作のプランはまだ検討段階ですが、名古屋市美術館に所蔵も多いエコール・ド・パリの画家に注目し、なかでもモディリアーニに関わる作品を作りたいと思っています」という福田美蘭さんの言葉が紹介されていました。
このほか、名古屋市美術館の常設展で展示されているフランク・ステラの作品について「フランク・ステラは戦後、世界の美術をリードし、絵画と空間について考えてきた現代美術界の巨匠です。そんな遠い存在の彼と、私は会って写真を撮ったことがあり、その時の不思議な感覚を基に、《フランク・ステラと私》(2001)を描きました。今回はこの二作を結びつける新作を作れたらと思うのですが。これが非常に難しい」という福田美蘭さんの言葉を紹介しています。
以上、二つの展覧会、どちらも開催が待ち遠しいですね。
〇 展覧会の入場料高騰も話題に(p.43)
鼎談の最後、辛酸さんの「このところ、展覧会の入場料が上がっている気がするのですが」という質問に、高橋さんが「確実に上がっていますよ。大規模展なら2000円台が普通」(略)「円安の影響で海外からの輸送料や保険料も高くなっていますから、どうしても影響が出てしまいます」と答えていました。
入場料高騰について、日本経済新聞・窪田直子編集委員の署名記事(2022.11.15付)は「海外美術展のチケット代高騰」という見出しを付けて、「チケット代値上げの理由の一つが輸送費の高騰だ。(略)航空路線の減便で需給が逼迫。ロシアによるウクライナ侵攻後は、ロシア上空を迂回することに伴うコスト増、燃料価格の高騰ものしかかる。(略)コロナ下で時間あたりの入場者を制限する日時指定の事前予約制が広がった。これもチケット代値上げの一因となっている。(略)美術展の主要な来場者であるシニア層はオンライン予約を敬遠する傾向にあり『観客のボリュームゾーンがまるごと失われた』(大手テレビ局の文化事業担当者)」と書き、「国内にいながら海外の名品を鑑賞できる。こうした貴重な体験を持続可能なものとする知恵が今求められている」という言葉で締めくくっています。
Ron.