展覧会見てある記 愛知県美術館「近代日本の視覚開化 明治」 2023.05.01 投稿

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愛知県美術館(以下「県美」)で開催中の「近代日本の視覚開化 明治」(以下「明治展」)に行ってきました。展示室には300点を越える品物が犇(ひし)めき合い、駆け足で見ても1時間半近くかかりました。明治展は品数の多さと、展示品が持つ迫力に圧倒されて疲れます。疲れないように鑑賞するコツは、ズバリ「見たいものを見る」ということです。

ただし、体力に自信のある方は「何でも見てやろう」と駆け回ってください。何時間見ても、飽きることがありません。それは、明治展が「展示物が持つ迫力を、サーフィンするように楽しむ」展覧会だからです。以下、展示品のなかから幾つかをご紹介します。

◆第1章 伝統技術と新技術

 見ものは、先ず「五姓田派」(ごせだは:横浜を拠点とした絵師の集団)の作品が「これでもか」と、並んでいることです。渡辺崋山の国宝《鷹見泉石像》へのオマージュが並んでいるような感覚を覚えました。《鷹見泉石像》は、西洋絵画と同じ技法・テーマを目指した幕末の肖像画、五姓田派の肖像画は日本の伝統技法を土台にした油絵への挑戦ですから、気持ちが通って当然。「幕末と明治は、一続きのものだ」と感じました。

次に、東京国立近代美術館で開催中の「重要文化財の秘密」では高橋由一の《鮭》を展示していますが、県美でも小さな作品ながら「鮭」を鑑賞できます。それは、五姓田義松の油絵です。池田亀太郎の《川鱒図》も見もの。ただ、作者の説明を見落としたのは残念。

最後に、明治展では、名古屋市美術館で開催中の「コレクションの20世紀」(以下「20世紀展」)と同じ画家の作品が鑑賞できました。画家の名前は野崎華年。20世紀展の出品は1点ですが、明治展は3点。しかも、明治展のうち1点は名古屋市美術館蔵でした。

◆第2章 学校と図画教育

 思わず立ち止まったのは、小栗令裕の石膏像《欧州婦人アリアンヌ半身》と寺内信一《裸婦像》です。しかも、《裸婦像》は「陶」つまり「せともの」なのです。

◆第3章 印刷技術と出版

 きれいな地図や昔の写真がたくさん並んでいる中で、岡田三郎助《ゆびわ》に目が留まりました。岡田三郎助の原画を元に、多色石版の技術で印刷したもの。雑誌の付録として印刷されたものですが、明治の終わりごろの印刷技術の高さに感心しました。

◆第4章 博覧会と輸出工芸

 何といっても高度な技術を凝らした陶磁器や七宝、錦絵が目を引きます。でも、個人的には寄木細工の「チェステーブル」に注目。用途はチェスですが、寄木細工の柄は日本調。面白いと思ったのは、二つの工夫です。一つは、折りたたみ式の天板。折りたたむとチェス盤、広げるとテーブルに早変わりします。もう一つは、引出しの一番下の板。引き出すと、飲み物などが置ける棚になるのです。この「折りたたみ式の天板」と「引き出せる棚」、二つともジェイアール名古屋タカシマヤで開催された「北欧デザイン展」で見ました。食器棚で「引き出せる棚」を、テーブルで「折りたたみ式の天板」を取り入れていました。いずれの工夫についても「日本の箪笥の影響を受けている」との説明がありました。

Ron.

展覧会見てある記「北欧デザイン展」ジェイアール名古屋タカシマヤ

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織田憲嗣さんのギャラリートーク

・シーン1(コージーコーナーにて)

4月20日からジェイアール名古屋タカシマヤ10階催事場のコーナーで始まった「ていねいに美しく暮らす北欧デザイン展」(以下「本展」)に行ったところ、「間もなく、織田憲嗣さん(注:本展に出品の“織田コレクション”を収集された方です)のギャラリートークが始まります」というアナウンスがあり、指定された場所で待っていると、織田憲嗣さん(以下「織田さん」)が登場されました。

織田さんの話では、我々が見ているのは「コージーコーナー」の展示。コージーコーナーというのは「居心地の良いコーナー」という意味で、家のなかに必要な場所。必要なのは、先ず専用の椅子。それも質の良いもの。安楽椅子なら30万円から50万円。無理することで、慎重に品物を選び、長く使えるそうです。次は、小さなカーペット・小さなコーヒーテーブル・部分的に照らす小さな灯り。観葉植物や写真・絵画を飾って自分の居場所を作るには、一畳ほどでOK。ただし、クオリティは統一。同じグレードのものをそろえないと、駄目だそうです。デンマークでは、初任給で自分の椅子を買うという習慣、結婚〇〇周年や退職祝いなどに椅子を贈る習慣があり、ダイヤの婚約指輪の代わりに自分用の椅子をもらった花嫁もいるとのこと。ハンスJ・ウェグナー (Hans Jørgensen Wegner) やフィン・ユール(Finn Juhl)の椅子なら、値上がりはあっても値下がりは無いそうです。

・シーン2(フィン・ユールのコーナー)

次に、フィン・ユールのコーナーまで移動。フィン・ユールは、本展で紹介する10人のデザイナーの一人で、織田さんとは6年間交流があったそうです。「1989年5月9日の夕方、デンマークの彼の自宅を訪ねると『その日の正午に亡くなった』と、伝えられた」と話されました。

織田さんが紹介したのは、革張りの古びた椅子。フィン・ユールがデザインした《チーフティンチェア》(1949)で、最初に製作された5脚の一つ。ワシントン条約により、現在では使うことのできないブラジリアン・ローズウッド製。オークションにかければ、1脚1億円以上の値がつくとのことでした。

織田さんもオークションで手に入れたそうですが、手ごわい競争相手がいたので見る見るうちに値段が高騰。落札価格は手持ち資金を超え、急遽、借金して支払い、ローンを組んで借金を返済したそうです。

なお、フィン・ユールは建築家なので、椅子の製作は家具職人に依頼。現在は、4代目の職人が製作していますが、織田さんは4世代にわたる《チーフティンチェア》をそろえている、とのこと。

ハンスJ・ウェグナーなど、椅子デザイナーの多くは家具職人の修行を経て、マイスターの資格を得てからデザイナーになるのですが、フィン・ユールは家具職人ではなく、自らのアイデアあふれる構造により、デンマーク家具のデザインに広がりをつくった人物です。手前にある、カラフルな引出しの《グローブチェスト》(1961)は、折りたためる構造。「ワン・コレクション社」が復刻していますが、復刻に当たり、織田さんがコレクションを貸して、復刻に協力したそうです。肘掛けに穴の開いた真鍮の金具が付いた《ウィスキーチェア》(1948)は、丸い穴でグラスを固定できます。ヒョウタンのような天板の《バタフライテーブル》(1949)も天板が折りたためる構造で、遊び心があります。ワン・コレクション社では16~17のモデルを復刻していますが、そのすべてにコレクションを貸したとのこと。

・シーン3(心の居場所)

最後は「第3章 心の居場所」。夜明けから、真昼、日没、深夜までの、北欧のリビングルームの明るさの変化を再現したコーナーです。窓から見える景色や室内照明の移り変わりを、10分ほど時間に短縮していました。

織田さんが指差したのは、ポール・ヘニングセン(Poul Heningsen)が1958年にデザインした《PH アーティチョーク》(注:6枚のシェードを12段に重ねた、とても高価な照明器具)です。織田さんが言うには「日本では、戦後、蛍光灯の普及で天井に取り付ける“シーリングライト”が一気に広まったが、北欧に、シーリングライトは無いそうです。北欧は多灯主義で、必要なところに照明を置きます。部屋の隅々に照明を置くことで、部屋に奥行きが出るそうです。今、日本で流行りのダウンライトは、光が目に入って眩しいけれど、《アーティチョーク》は光源が目に入らない」とのことでした。

デンマークの食器棚については「食器棚から引き出せる棚板がありグラス等が置ける。棚板の持ち手は日本の箪笥を真似たもの。食器棚に脚がついているので床掃除が楽」と解説。更に「北欧の家具は日本の箪笥に影響を受けておりデザインはジャポニスムの影響が色濃い。以前、” Learning from Japan” という展覧会が2年間の会期で開催されたが、人気が出て会期が3年間に延長された」という話がありました。(注:現在、愛知県美術館で開催中の「近代日本の視覚開化 明治」第4章は、とても参考になります)

・シーン3のQ&A

Q1 展示されている椅子は3本脚ですが、なぜですか?

A1 北欧の居間の床は石畳のことが多く、4本脚では1本が宙に浮いて不安定になりやすい。そのため、3本脚の机・椅子にしています。なお、3本脚の椅子はポール・ケアホルム(Poul Kjæholm)の《ダイニングチェアPK9》(1960)。椅子の座面は、奥さんのお尻で型を取ったそうです。

Q2 車輪が付いた、テーブルのようなものは何ですか?

A2 紅茶などを運ぶときに使うワゴンです。我が家では、50年以上使っています。車輪が付いているので運ぶのが楽。後部は板状の脚なので、安定が良いです。

(注:このワゴンは、2018年に名古屋市美術館で開催された「アルヴァ・アアルト展」に出品されていた《900ティートロリー》。名古屋市美では「作品」なので何も載っていませんでしたが、本展は「居間の再現」。家具は「生活の場」に展示し、グラスなどが置いてあると親しみが湧きますね。

以上で、織田さんのギャラリートークは終了。会場の入り口に戻って、展示品を見直しました。

印象に残った展示内容

・コージーコーナー

最初のコージーコーナーの安楽椅子は、ブルーノ・マットソン(スウェーデン)の《シェーズロング》(1933)、《コーヒーテーブル》(1936)もブルーノ・マットソンのデザイン。照明はエリック・ハンセン(デンマーク)の《ブラケットモデル332》でした。コージーコーナーは、この外、2カ所にあります。

・ハンスJ・ウェグナーのコーナー

本展に興味を持ったのが、テレビ愛知「新美の巨人たち」で取り上げた、ハンスJ・ウェグナーの《ザ・チェア》ですから、このコーナーは見逃せませんでした。《ザ・チェア》の試作品だけでなく、その後のモデル3脚とカット・モデルも展示。製造法を説明する動画もありました。《ザ・チェア》のルーツである、《チャイニーズ・チェア》、《ザ・チェア》と同時期にデザインされた《Yチェア》も展示。《ウィンザーチェア》《ピーコックチェア》の展示もあります。

《ザ・チェア》の試作品
《ザ・チェア》のモデル3種類
サヴォイベース、椅子、家具など
サヴォイベースの吹き型、木製工具など

・「座れる椅子」のコーナー

 「第3章 心の居場所」には「座れる椅子」8脚を展示しています。休憩場所を兼ねているので、座れるタイミングはなかなか来ませんでしたが、なんとか、Yチェア(ハンスJ・ウェグナー)と69チェア(アルヴァ・アアルト)の二つには、座って休憩することができました。

・映像コーナー

会場の最後には、北欧の暮らしを映像で紹介するコーナーがあります。椅子は、全てアルヴァ・アアルトの《スツール60》でした。

映像コーナーのスツール60

最後に

 スツール60を提供するなど、Artek社の気前が良いので「何かあるのでは?」と思っていたら、会場を出たところで、映画「アアルト AALT」のチラシとArtek社を紹介する新聞サイスの広告を配っていました。映画のキャッチ・コピーは「アルヴァの隣には、アイノがいた」。アルヴァ・アアルトと最初の妻アイノ・アアルト(アルヴァを残して病死)の関係を描くもので、2023年10月に全国ロードショー。名古屋では、伏見ミリオン座で上映予定です。

 グッズ売り場では、スツール60やムーミングッズのほか、北欧の製品を多数、販売していました。

Ron.

読書ノート 『図解 はじめての絵画』小学館の図鑑 NEOアート

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 近所の書店で分厚い図鑑が平積みになっていました。「見本」を開くと、何と名古屋市美術館・常設展の写真が載っています!「いつでも楽しい常設展」というページで、「地下にある常設展示室。モディリアーニ《おさげ髪の少女》や、カーロ《死の仮面を被った少女》など、貴重な作品に出会える」と、説明がありました。最後のページの「協力」欄には「名古屋市美術館」という名前があります。すべての漢字が「ふりがな付き」で、あきらかに「子ども向けの図鑑」でしたが、思わず買ってしまいました。

図鑑の名前は「小学館の図鑑 NEOアート 図解 はじめての絵画」(以下「本書」)。2023年2月11日初版第1刷発行の新刊書ですが、私が買ったのは「4月1日発行」の第2刷。2カ月で増刷というのは、ベストセラーなのでしょうね。Amazonを検索すると、値下げした中古本を「送料無料」で販売中。監修は映画「テルマエ・ロマエ」を監修しただけでなく、国立西洋美術館館長、文化庁長官も歴任した青柳正規氏です。本書は、ナスカの地上絵から、浮世絵、現代アートまで、世界の名画を約360点も掲載。じっくり読んでみたところ、「オトナの図鑑」としても使える「優れもの」でした。

○ どこが「優れもの」なのか?

美術書というと、美術史などについて書いているものが多いのですが、本書の目的は「絵画の見方を、楽しく解説する」ことです。表紙カバーには、こう書かれていました。

<この本では、絵画を始めて見る子どもたちに向けて、絵画の見方を5章に分けてわかりやすく、楽しく解説します。

第1章 何が描かれているのか

1枚の絵に何が描かれているかじっくり鑑賞したり、同じものが描かれている絵を見比べたりします。

第2章 どう表現しているのか

 絵には、人や物が実際とは異なる姿で描かれていることがあります。どんなふうに描かれているのか探っていきましょう。

第3章 絵画をもっとよく知ろう

 長い歴史のなかで生まれた、絵を描くときや見るときの約束事をわかりやすく伝えます。

第4章 素材と技法

 絵を描くための道具、用いられる素材や技法を写真やイラストで紹介します。

第5章 美術館に行こう

 絵のあらゆることがわかる場所、美術館を探検してみましょう。> 引用終わり

○ 本書の第5章で、美術館を探検する

 特に第5章には、「美術館の図解」がたっぷり詰まっています。その、主なものをご紹介します。

① 美術館へようこそ!

美術館に行っても、荷下ろし場や学芸員室を見る機会は滅多にないので、本書のイラストは貴重です。

② 展覧会ができるまで

以前に雑誌で「展覧会ができるまで」を紹介した記事がありましたが、本書で見ると分かりやすいですね。

③ 絵を見せるための工夫がいっぱい!

昨年の「布の庭にあそぶ 庄司達」や「クマのプーさん」展は、作品を見せるための工夫がいっぱいありましたが、本書のイラストを見るとどんな作業をしているのか、よくわかります。

④ いつでも楽しい常設展

 本書では、名古屋市美術館のほかに、4館の常設展を紹介しています。

⑤ どれだけ知ってる?絵に関わる仕事

 本書を読むと、画家、版画家、写真家だけでなく、学芸員、キュレーター、美術輸送業、展示施工業など様々な仕事をする人たちが関わっていることが分かります。

○ 最後に

 「美術教育」というと「作品を制作する」ことが中心で、「作品を鑑賞する」ことはなおざりにされて来たような気がします。協力会の解説会やミニツアーは「作品鑑賞」の又とない機会です。ご参加をお待ちしています。

Ron.

新美の巨人たち「世界一有名な椅子と北欧ライフ」(テレビ愛知2023.03.18)ほか 2023.03.20 投稿

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

2023.03.18  PM10:15~10:45放送のテレビ愛知「新美の巨人たち」は、Art Traveler 美村里江さん、ナレーター 貫地谷しほりさん。ケネディやオバマにも愛された「椅子の中の椅子」ハンス・J・ヴェグナー(デンマーク)設計の《ザ・チェア》と北欧ライフを紹介する番組でした。

◆ザ・チェア

番組のテーマ《ザ・チェア》は、椅子研究家の織田憲嗣(のりつぐ)さん(東海大学名誉教授)が収集し、北海道・東川町が所有する「織田コレクション」の椅子。世界に2点だけのプロトタイプ(試作品)から市販品まで、何点もの《ザ・チェア》が紹介されました。《ザ・チェア》は全て手造りの高級品ですが、番組では機械加工による普及品の椅子も紹介しています。

◆織田コレクションの展示

番組では、織田コレクションを展示しているギャラリーとして、旭川市の東の東川町複合施設 せんとぴゅあⅠ・Ⅱの常設展示、JR旭川駅構内の中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館 ステーションギャラリーでのテーマ展示(不定期)、旭川市の商業施設 旭川デザインセンターの展示(毎月14日に入替)の三か所の紹介がありました。

◆織田憲嗣さんの自宅

織田さんは自宅(北海道東神町の森の中)にも数多くの椅子を置き、自然の風景と椅子に囲まれた「自分だけのくつろげる場所」に住んでいました。まさに「北欧ライフ」です。

◆新橋髙島屋開店90年記念 「ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展」について

 NHK・Eテレ「日曜美術館・アートシーン」(2023.03.19 20:45~21:00)でも、北欧の家具を展示する展覧会の紹介がありました。どうやら、織田コレクションの展覧会のようで、椅子などの家具、インテリアアクセサリー、食器まで幅広いジャンルの製品を紹介していました。

 「新美の巨人たち」で見た《ザ・チェア》だけでなく、名古屋市美術館の「アルヴァ・アアルト展」で見た《カンチレヴァーチェア》《サヴォイベース》も展示。《サヴォイベース》は「アルヴァ・アアルト展」の動画で見た《サヴォイベース》用の木製・吹込み型も展示。丸椅子の《スツール60》(現行品)なら、座ることも可能なようです。(ニュース・リリースによる)

 なお、ニュース・リリースは、右のURL 221215c.pdf (takashimaya.co.jp)

北欧デザイン展のホームページは、右のURL 北欧デザイン展|高島屋 (takashimaya.co.jp) です。2023.04.20(水)~05.07(月)には、ジェイアール名古屋タカシマヤ10階特設会場に巡回予定です。

「アルヴァ・アアルト展」で見たのは、フィンランドのデザインでしたが、今回の「北欧デザイン展」は、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの4か国のデザイン。美術館の展示ではありませんが「一見の価値あり」と思います。

Ron.

展覧会見てある記 豊田市美術館「ねこのほそ道」ほか 2023.03.06 投稿

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豊田市美術館(以下「豊田市美」)で開催中の「ねこのほそ道」(”Cat’s Narrow Road”、以下「本展」)に行ってきました。当日は本展と「徳富満―テーブルの宇宙」「コレクション展 小さきもの―宇宙/猫」も開催。以下、印象を書きます。

◆「ねこのほそ道」1階・展示室8

落合多武   CAT Carving                  

 展示室に入ると目に飛び込んで来るのは、キーボードの上に寝そべった猫。落合多武《CAT Carving(猫彫刻)》(2007/2022)です。2019年に豊橋市美術博物館で開催された「国立国際美術館コレクション:美術のみかた自由自在」でも同じ作家の作品《cat sculpture》(2007)を見ました。ただし、本展は「個人蔵」。キーボード本体の色も黒→灰色、作品名も “cat sculpture” → “CAT Carving” と違っています。とはいえ、のんびりとした猫の表情と、切れ間なく鳴るキーボードの音は変わっていません。

左から、タオル(オレンジ)、バスマット、バスタオル(赤)、タオル(青)
佐々木健 ふきん

次に対面したのは、本展のメイン・ビジュアル=佐々木健《ねこ》(2017)。現代美術展では珍しい具象の作品です。面白いのはキャンバスに描いた油彩画、《タオル(オレンジ)》(2018)、《バスマット》(2018)、《バスタオル(赤)》(2019)、《タオル(青)》(2018)という4つの作品です。タオルやバスマットの肌触りを再現しようと試みた一種の「だまし絵」ですが気の抜けたような雰囲気があり、思わず「クスッ」としました。「ふきん」や「ぞうきん」、「のれん」も描いています。中山英之 + 砂山太一《「きのいし」の建築模型》(2023)は、ミニチュアの岩石やミース・ファン・デル・ローエが設計した椅子のミニチュアを使った作品。近くで見ると、岩石は石材の模様をプリントした合板で組み立てたものでした。

大田黒衣美  springler(左)

次の区画は全て大田黒衣美の作品。《springlet》(2023)は、ホログラムシートにウズラ卵の殻や絵の具で描いたもの。丸くなった猫らしき姿があります。《旅する猫笛小僧》(2013)は題名のとおり、「猫を描いた」とわかります。ポケットティッシュに絵を描いた作品が、たくさん展示されていました。

岸本清子     空飛ぶ猫3(左)

その次の区画は全て岸本清子(さやこ、1939-88)の作品。《空飛ぶ猫》シリーズ、《[アリス]》(1980頃)、《[骰子の自画像]》(1988)、《[赤猫の自画像]》(1988)だけでなく、なんと《政見放送》(1983)まで「アート作品」として展示されています。

泉太郎のインスタレーション《クイーン・メイヴのシステムキッチン(チャクモールにオムファロスを捧げる)》(2023)は、「ゲルハルト・リヒター展」で《カラー・チャート》等を展示していた空間を「そのまま」使ったもの。キャプションも残っています。最初は「え、《カラー・チャート》の展示は無いのに」と驚きましたが、それも作家の茶目っ気。ほほえましい気持ちになりました。

◆「ねこのほそ道」(つづき)2階・展示室1~3階・展示室2

五月女哲平 black,white and others

 2階の展示室1には、巨大な作品が並んでいました。五月女哲平《black, white and others》(2023)は、短冊状の黒い板に白線を描いたり、丸い穴を開けたりして何枚も並べたもの。巨大な写真・大田黒衣美《sun bath》(2020)は、何を撮ったものか分かりませんでしたが、作品リストには「野良ねこのうえに、ガムで象った人形を置いて撮影したもの」と書かれていました。3階に上る階段の近くには巨大な岩(模型)があります。中山英之 + 砂山太一《きのいし かみのいし》(2019/2017)でした。

 展示室2の入口脇には、五月女哲平のカラフルな立体作品《sunset town》(2023)が置かれています。

◆「コレクション 小さきものー宇宙/猫」 3階・展示室4~2階・展示室5

アルベルト・ジャコメッティ  ディエゴの頭部

 3階・展示室3「徳富 満―テーブルの上の宇宙」の展示を見た後、展示室4に入ると佐藤克久のカラフルな作品や岡崎乾二郎の作品がならんでいます。アルベルト・ジャコメッティ《ディエゴの頭部》(1953-54年頃)やジャン・アルプの作品も目を引きます。

ジャン・アルプ ひげー時計、へそ、ひげー帽子、数字の8、泡だて器、へそ-びん、海

 2階・展示室5では、荒木経惟(のぶよし)《冬の旅》(1989-90)などの作品を展示。「陽子夫人の闘病・旅立ちから30年以上の歳月が過ぎたのだな」と思いつつ、《冬の旅》を一枚一枚見返しました。

◆最後に

 3つの展覧会はどれも現代アートなので、好みは分かれるかもしれませんね。会期は長く、5月21日(日)まであります(前期・後期で作品の入れ替えあり)。

Ron.

INAXライブミュージアム「常滑の岡本太郎1952」ミニツアー

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常滑市のINAXライブミュージアムで開催中の「常滑の岡本太郎1952 タイル画も陶彫も、1952年の常滑から始まった」(以下「本展」)のミニツアーに参加しました。参加者は8名。本展の会場「窯のある広場・資料館」2階に集合して、INAXライブミュージアムの後藤泰男学芸員(以下「後藤さん」)から本展の解説を聞いた後、自由観覧・自由解散となりました。

◆ 後藤さんの解説(PM2:00~2:30)

 以下は、後藤さんの解説を私なりにまとめたものです。

〇 岡本太郎が制作した最初のタイル画は《太陽の神話》(1952)

岡本太郎(以下「太郎」)が制作した最初のタイル画《太陽の神話》は、《人々》というタイトルで制作を開始、《朝昼夜》、《夜と晴れを捕える太陽》と次々にタイトルが変わり、《太陽の神話》に落ち着いたとのことです。後藤さんは「太陽は万物に平等に降り注ぐことから、タイトルが《太陽の神話》になりました。そういう意味で、《太陽の神話》は大阪万博の《太陽の塔》の原型です」と解説しています。また「《太陽の神話》の中央は太陽で、向かって右は木、左は鳥」とのことです。

〇 《太陽の神話》制作のきっかけは、岡本太郎が世田谷の自宅に作ったタイルの浴槽

1951年、岡本太郎は世田谷の自宅に風呂を作りました。タイル張りの浴槽を気に入った太郎は、伊奈製陶(現:INAX)の営業社員・小林凱金氏(よしかね、以下「小林さん」)から、太郎の作品をタイル画で表現してはどうかと持ち掛けられます。伊奈製陶は1947年、羽田空港ターミナルビルのロビーに10mm角のタイルを組み合わせたタイル壁画を制作しています。小林さんは太郎に、伊奈製陶のタイル画を宣伝したのです。常滑に送られた《群像》(1949)を伊奈製陶の職人がタイル画にして、小林さんが送り届けたところ太郎は気に入り、自分でもタイル画の制作を考え始めました。

〇 《太陽の神話》の制作

1951年12月11日、太郎は《太陽の神話》の原画を描き始め、1952年1月14日、小林さんに「原画ができた」と連絡。2月12~15日、太郎は常滑の伊奈製陶に滞在してタイル画を制作。同月23日、太郎は伊奈製陶の東京事務所に行き、出来栄えを確認。同月27日、東京都美術館でタイル画の目地に色付け、28日には同館で開催の「第4回アンデパンダン展」に出品。後藤さんは「通常よりも短期間で制作しています。伊奈製陶も張り切っていたのでしょう」と付け加えました。太郎はタイル画を制作するだけでなく、3月1日付の博報堂月報に「芸術の工業化」というタイトルで、タイル画に関する投稿をしています。

〇 建築家・坂倉準三からタイル壁画《創生》制作の依頼を受ける

1952年3月3日、岡本太郎は付き合いのあった建築家・坂倉準三からタイル壁画(地下鉄日本橋駅に面する高島屋地下通路の壁画)の依頼を受けます。3月5日、デザイン制作。4月10~13日、常滑に滞在して伊奈製陶でタイル壁画を制作。「常滑の岡本太郎 1952」フライヤー(URLは下記のとおり)に掲載の《創生》制作風景を撮った写真を見ると、タイルを並べているのは伊奈製陶の職人ですが、太郎も手伝っています。なお、これらの写真のいくつかは、雑誌『毎日グラフ』のために撮影されたものです。PRが上手な太郎は、写真家・記者を常滑に呼んだのです。完成した壁画は2m×15mと大きなもので、当時の『毎日グラフ』には土門拳が撮影した壁画の写真と記事も掲載されています。

INAXライブミュージアム「常滑の岡本太郎1952」フライヤーPDF

同じく1952年に制作した高島屋大阪店・大食堂のタイル壁画《ダンス》は、5月20日に30㎝四方のベニヤ板に貼りつけた状態で東京に運ばれ、東京都立美術館で組み立てられた後、同館で5月22日に開会した「第一回日本国際美術展」に出品。展覧会終了後、大阪に運ばれました。この《ダンス》は2011年に再生されましたが、LIXILのホームページに詳しい記録が載っていますので、リンクを張っておきます。

INAX|INAXについて|News Release 蘇れ!岡本太郎の「ダンス」プロジェクト 岡本太郎が常滑で制作したタイル画再生の記録 (lixil.co.jp)

〇 岡本太郎が初めて取り組んだ陶彫《顔》(1952)

1952年4月、岡本太郎は初の立体作品にして、最大の焼き物《顔》を三体制作します。太郎の養女・岡本敏子氏の話によれば三体も作ったのは、伊奈製陶から「割れるから予備として三体作ってほしい」とお願いされたからとのこと。現在は、一体が太郎の父・一平の墓に、一体が川崎市岡本太郎美術館蔵(「岡本太郎展」に出品)、一体が個人蔵(本展に出品)。伊奈製陶が「割れる」と言った理由は、《顔》が中空でなく、作品の中まで土が詰まっているからです。中空だと軽く、内側と外側から乾燥、焼成ができるので均一な乾燥・焼成ができます。しかし、作品の中まで土が詰まっていると重いだけでなく、外側は乾燥しても中は湿ったままという状態になりやすく、乾く過程で表面から崩れてしまいます。そのため、作品を濡らした布で覆い、徐々に乾燥させないと、均一になりません。焼成時も、表面と内部で縮み方が違わないように気を付けないと、窯のなかで割れてしまいます。三体とも無事に完成したのは、伊奈製陶の技術が優れていたからだと、後藤さんは言われました。なお、《顔》が納品されたのは、ようやく9月になってからです。

岡本太郎が「焼き物」に取り組んだのは、1951年11月に東京国立博物館で縄文土器を見て衝撃を受けたから、とのこと。太郎は、縄文土器を見た衝撃を「四次元との対話―縄文土器論」として『みずゑ』1952年2月号に発表。縄文土器で「焼き物」に興味を抱き《顔》を制作したのだと、後藤さんは言います。

《顔》を制作したのは、《創生》制作のために常滑に滞在した4月10~13日の4日間です。しかし、4日間で三体も作品を制作するのは無理と思われます。実は、2月12~15日の常滑滞在時、太郎はマケット(試作品)を4体制作し、釉薬を検討しています。この時に制作したマケットを元に、伊奈製陶が大まかな形を作って用意しておいたようです。仕上げなら、4日間でも可能だったと思われます。

現在展示されている《顔》の頭からは、草が一本伸びています。本展開始時には無かったのですが、花器として使うために開けた穴に草の種が入り、展示中に発芽したと思われます。《顔》は長い間、屋外に置かれていました。展示前に十分洗浄したのですが、穴に詰まった小石と土は取り切れなかったようです。

なお、大阪万博《太陽の塔》と同じように《顔》の裏にも顔があるので、鑑賞時は両面を見てください。

《顔》の展示 後ろの写真は、制作中の岡本太郎(ネクタイ着用なので、写真撮影用のポーズか?)
《顔》のマケット(左は裏、右は表。表・裏の両面に顔がある)

◆ 自由観覧

 後藤さんの解説を聞いた後、参加者は「世界のタイル博物館」の展示やミュージアムショップなどを見学して、帰路に就きました。

          Ron.

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