織田憲嗣さんのギャラリートーク
・シーン1(コージーコーナーにて)
4月20日からジェイアール名古屋タカシマヤ10階催事場のコーナーで始まった「ていねいに美しく暮らす北欧デザイン展」(以下「本展」)に行ったところ、「間もなく、織田憲嗣さん(注:本展に出品の“織田コレクション”を収集された方です)のギャラリートークが始まります」というアナウンスがあり、指定された場所で待っていると、織田憲嗣さん(以下「織田さん」)が登場されました。
織田さんの話では、我々が見ているのは「コージーコーナー」の展示。コージーコーナーというのは「居心地の良いコーナー」という意味で、家のなかに必要な場所。必要なのは、先ず専用の椅子。それも質の良いもの。安楽椅子なら30万円から50万円。無理することで、慎重に品物を選び、長く使えるそうです。次は、小さなカーペット・小さなコーヒーテーブル・部分的に照らす小さな灯り。観葉植物や写真・絵画を飾って自分の居場所を作るには、一畳ほどでOK。ただし、クオリティは統一。同じグレードのものをそろえないと、駄目だそうです。デンマークでは、初任給で自分の椅子を買うという習慣、結婚〇〇周年や退職祝いなどに椅子を贈る習慣があり、ダイヤの婚約指輪の代わりに自分用の椅子をもらった花嫁もいるとのこと。ハンスJ・ウェグナー (Hans Jørgensen Wegner) やフィン・ユール(Finn Juhl)の椅子なら、値上がりはあっても値下がりは無いそうです。
・シーン2(フィン・ユールのコーナー)
次に、フィン・ユールのコーナーまで移動。フィン・ユールは、本展で紹介する10人のデザイナーの一人で、織田さんとは6年間交流があったそうです。「1989年5月9日の夕方、デンマークの彼の自宅を訪ねると『その日の正午に亡くなった』と、伝えられた」と話されました。
織田さんが紹介したのは、革張りの古びた椅子。フィン・ユールがデザインした《チーフティンチェア》(1949)で、最初に製作された5脚の一つ。ワシントン条約により、現在では使うことのできないブラジリアン・ローズウッド製。オークションにかければ、1脚1億円以上の値がつくとのことでした。
織田さんもオークションで手に入れたそうですが、手ごわい競争相手がいたので見る見るうちに値段が高騰。落札価格は手持ち資金を超え、急遽、借金して支払い、ローンを組んで借金を返済したそうです。
なお、フィン・ユールは建築家なので、椅子の製作は家具職人に依頼。現在は、4代目の職人が製作していますが、織田さんは4世代にわたる《チーフティンチェア》をそろえている、とのこと。
ハンスJ・ウェグナーなど、椅子デザイナーの多くは家具職人の修行を経て、マイスターの資格を得てからデザイナーになるのですが、フィン・ユールは家具職人ではなく、自らのアイデアあふれる構造により、デンマーク家具のデザインに広がりをつくった人物です。手前にある、カラフルな引出しの《グローブチェスト》(1961)は、折りたためる構造。「ワン・コレクション社」が復刻していますが、復刻に当たり、織田さんがコレクションを貸して、復刻に協力したそうです。肘掛けに穴の開いた真鍮の金具が付いた《ウィスキーチェア》(1948)は、丸い穴でグラスを固定できます。ヒョウタンのような天板の《バタフライテーブル》(1949)も天板が折りたためる構造で、遊び心があります。ワン・コレクション社では16~17のモデルを復刻していますが、そのすべてにコレクションを貸したとのこと。
・シーン3(心の居場所)
最後は「第3章 心の居場所」。夜明けから、真昼、日没、深夜までの、北欧のリビングルームの明るさの変化を再現したコーナーです。窓から見える景色や室内照明の移り変わりを、10分ほど時間に短縮していました。
織田さんが指差したのは、ポール・ヘニングセン(Poul Heningsen)が1958年にデザインした《PH アーティチョーク》(注:6枚のシェードを12段に重ねた、とても高価な照明器具)です。織田さんが言うには「日本では、戦後、蛍光灯の普及で天井に取り付ける“シーリングライト”が一気に広まったが、北欧に、シーリングライトは無いそうです。北欧は多灯主義で、必要なところに照明を置きます。部屋の隅々に照明を置くことで、部屋に奥行きが出るそうです。今、日本で流行りのダウンライトは、光が目に入って眩しいけれど、《アーティチョーク》は光源が目に入らない」とのことでした。
デンマークの食器棚については「食器棚から引き出せる棚板がありグラス等が置ける。棚板の持ち手は日本の箪笥を真似たもの。食器棚に脚がついているので床掃除が楽」と解説。更に「北欧の家具は日本の箪笥に影響を受けておりデザインはジャポニスムの影響が色濃い。以前、” Learning from Japan” という展覧会が2年間の会期で開催されたが、人気が出て会期が3年間に延長された」という話がありました。(注:現在、愛知県美術館で開催中の「近代日本の視覚開化 明治」第4章は、とても参考になります)
・シーン3のQ&A
Q1 展示されている椅子は3本脚ですが、なぜですか?
A1 北欧の居間の床は石畳のことが多く、4本脚では1本が宙に浮いて不安定になりやすい。そのため、3本脚の机・椅子にしています。なお、3本脚の椅子はポール・ケアホルム(Poul Kjæholm)の《ダイニングチェアPK9》(1960)。椅子の座面は、奥さんのお尻で型を取ったそうです。
Q2 車輪が付いた、テーブルのようなものは何ですか?
A2 紅茶などを運ぶときに使うワゴンです。我が家では、50年以上使っています。車輪が付いているので運ぶのが楽。後部は板状の脚なので、安定が良いです。
(注:このワゴンは、2018年に名古屋市美術館で開催された「アルヴァ・アアルト展」に出品されていた《900ティートロリー》。名古屋市美では「作品」なので何も載っていませんでしたが、本展は「居間の再現」。家具は「生活の場」に展示し、グラスなどが置いてあると親しみが湧きますね。
以上で、織田さんのギャラリートークは終了。会場の入り口に戻って、展示品を見直しました。
印象に残った展示内容
・コージーコーナー
最初のコージーコーナーの安楽椅子は、ブルーノ・マットソン(スウェーデン)の《シェーズロング》(1933)、《コーヒーテーブル》(1936)もブルーノ・マットソンのデザイン。照明はエリック・ハンセン(デンマーク)の《ブラケットモデル332》でした。コージーコーナーは、この外、2カ所にあります。
・ハンスJ・ウェグナーのコーナー
本展に興味を持ったのが、テレビ愛知「新美の巨人たち」で取り上げた、ハンスJ・ウェグナーの《ザ・チェア》ですから、このコーナーは見逃せませんでした。《ザ・チェア》の試作品だけでなく、その後のモデル3脚とカット・モデルも展示。製造法を説明する動画もありました。《ザ・チェア》のルーツである、《チャイニーズ・チェア》、《ザ・チェア》と同時期にデザインされた《Yチェア》も展示。《ウィンザーチェア》《ピーコックチェア》の展示もあります。
・「座れる椅子」のコーナー
「第3章 心の居場所」には「座れる椅子」8脚を展示しています。休憩場所を兼ねているので、座れるタイミングはなかなか来ませんでしたが、なんとか、Yチェア(ハンスJ・ウェグナー)と69チェア(アルヴァ・アアルト)の二つには、座って休憩することができました。
・映像コーナー
会場の最後には、北欧の暮らしを映像で紹介するコーナーがあります。椅子は、全てアルヴァ・アアルトの《スツール60》でした。
最後に
スツール60を提供するなど、Artek社の気前が良いので「何かあるのでは?」と思っていたら、会場を出たところで、映画「アアルト AALT」のチラシとArtek社を紹介する新聞サイスの広告を配っていました。映画のキャッチ・コピーは「アルヴァの隣には、アイノがいた」。アルヴァ・アアルトと最初の妻アイノ・アアルト(アルヴァを残して病死)の関係を描くもので、2023年10月に全国ロードショー。名古屋では、伏見ミリオン座で上映予定です。
グッズ売り場では、スツール60やムーミングッズのほか、北欧の製品を多数、販売していました。
Ron.