「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

今回のミニツアーは、碧南市藤井達吉現代美術館(以下「当館」)で開催中の「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」(以下「本展」)を鑑賞しました。参加者は9名。解説は、大長(だいちょう)悠子学芸員(以下「大長さん」)でした。大長さんは「本展は彫刻家のデッサンに着目した展覧会です。画家は三次元を二次元で表現しますが、彫刻家は二次元の中で三次元をめざします。そのために触覚・手触りを働かせます。19人の戦後作家のデッサン・彫刻を紹介しますが、プロローグとして戦前の彫刻家・橋本平八のデッサン・作品を展示しています」と、本展の意図・構成を話してくださいました。

◆2階エントランスホール

本展の入口は2階。2階エントランスホールには青木野枝《雲谷(もや)2018-2》が展示されています。大長さんは「これはまさに『空間に線を引いた』作品です。展示室の壁に貼られたデッサンを見ると『デッサンを立体化』した作品であることが分かります。《雲谷》は目に見えない空気を表現したものですが、本展で紹介した彫刻家はいずれも形にならないものを彫刻するためにデッサンをしました」と解説してくださいました。

◆プロローグ 橋本平八から現代へ

会場入口近くに、橋本平八の彫刻《石に就いて》を印刷したハガキと彼の日記が展示されています。大長さんの解説は「《石に就いて》は自然石を木で彫った作品です。そして、この作品は『石を超越した存在』であるということから、作家は『仙』と呼んでおり、作品名も《石》ではなく《石に就いて》です。日記をみると、何枚も下図を描いて、どのような作品にするかを追求していたことがわかります。本展は平塚市美術館、足利市立美術館と巡回し、当館は3館目の展示なので《石に就いて》はハガキ、《少女立像》《裸形少年像》は下図だけの展示になりました。次の巡回先は町立久万美術館(愛媛県久万高原町)です」というものでした。

同じ場所の奥には、戸谷成雄の彫刻《襞の塊(ひだのかたまり)Ⅴ》《襞の塊Ⅵ》とデッサン《鉛のかたまり》《紙のかたまり》が展示されています。大長さんは「《襞の塊Ⅴ》は鉛板の塊、《襞の塊Ⅵ》は紙の塊を表現したもので、鉛板や紙をかたまりにした時に表面にできる襞(ひだ)がモチーフです。また、二つの彫刻はデッサン《鉛のかたまり》《紙のかたまり》に対応しています。重そうに見えますが中空なので意外と軽くて、それぞれの重さは30㎏です」と解説してくださいました。《石に就いて》は具象彫刻、《襞の塊》は抽象彫刻。分野は異なりますが「目指すものは同じ」ということなのですね。

◆第1章 具象Part1

「具象Part1」は柳原義達と佐藤忠良、舟越保武のデッサン・彫刻を展示しています。大長さんの解説は「三人は『具象彫刻の三羽烏』と呼ばれた作家で、新制作派協会彫刻部を創立しています。特に、柳原義達はデッサンを重視して何千何万というデッサンを描きました。細かい線で、周りの空間も含めて、触るように描いています。舟越保武はクリスチャンで信仰心が篤く、精神の気高さを彫刻で表現して、戦後の抽象彫刻が流行した時期に具象彫刻を牽引した作家です。佐藤忠良のデッサンには定評があり、ロシア民話をもとにした絵本『おおきなかぶ』の作者としても知られています。ロシア民話を取り上げたのは、シベリアに抑留された経験が関係しているかもしれません」というものでした。

この時ミニツアーの参加者から、柳原義達の彫刻《犬の唄》について「妊婦のような体型と《犬の唄》というタイトルの関係がわからない」という質問がありました。大長さんの回答は「《犬の唄》というタイトルは、普仏戦争で敗れたフランス人の心情を歌ったシャンソンの題名です。抵抗する気持ちを持ちながらも、表面上、プロイセンに対しては犬のように従順さを示す、とフランス人の心情を歌ったシャンソンに託して、作家は第二次世界大戦の敗戦で破壊された人間像を表現しました」というものでした。

◆第2章 抽象Part1

「具象Part1」の部屋は、最後に「抽象Part1」の展示に変わります。森堯茂のデッサン・彫刻について大長さんは「視覚が通り抜けていく内部空間を表現しようとした作家です」と解説。デッサンと彫刻を見比べると、森堯茂のデッサンはまさに設計図だと思いました。森堯茂の彫刻《罠》については「ブロンズ彫刻ではなく鉄の針金と石膏で制作して漆を塗ったものです。経年劣化が進んで、今はボロボロ」との解説がありました。砂澤ビッキについては「ビッキはアイヌ語で『虹』。《午後三時の玩具》の玩具は、足を動かすことが出来ます」という解説でした。原裕治については「戸谷成雄と同世代の作家で、学年は違いますが二人とも愛知県立芸術大学の同窓生です。原は水脈をモチーフにした、立体と平面の間のような作品を制作しています。また、《けもの道1》《けもの道2》などのデッサンに描かれた白い線は、練りゴムなどで削ったものです。平面なのに彫刻のような雰囲気があります。紙が波打っているのは、屋外で制作したことによる湿気の影響だと思われます」という解説があり、若林奮の《1999.2.21》というタイトルのドローイング2点については「若林奮はドローイングを『薄い彫刻』と捉えていた」と解説してくださいました。

◆第3章 抽象Part2

「抽象Part2」は舟越直木のデッサン・彫刻の展示から始まります。大長さんは「舟越直木は舟越保武の三男で、舟越桂の弟。舟越保武の長男は幼い頃に亡くなっています。直木は絵画でスタートしましたが、兄の舟越桂は『直木の方が造形力がある』と評価しています」と解説し、長谷川さちについては「本展では一番若い作家です。1階フロアには重さ500kgの石の彫刻を展示しています。彼女は『石は何千回もハンマーを振って削らないと形にならなくて不自由だが、デッサンは自由』と言っています」と解説。大森博之については「《背後の手間》は、ネバネバした光がテーマです。素材は石膏ですが、表面に蜜蝋を塗って質感を出しています。彼は『ネバネバ度が高いのものが彫刻で、ネバネバ度の低いものがデッサン』と言っており、《昼休み》については『座薬を入れる感覚』と表現しています」と解説。青木野枝のデッサンについては「鉄のモノトーンな彫刻と違って、色彩豊かな作品が多い」と解説してくださいました。

◎1階フロア

1階フロアに降りると、大長さんが「重さが500kg」と紹介した長谷川さち《mirror》が置かれています。見ただけでは重量を実感できませんが「2階に上げることが難しかったので、仕方なく1階フロアに置きました」という大長さんの話を聞いて、如何に重いか納得できました。

◎1階 手前の展示室

「抽象Part2」の展示は1階展示室にも続いています。床に置いてある4個の立方体について、大長さんは「4個の鉄の塊は多和圭三《無題》で、1個あたりの重量は280kg。表面の模様はハンマーで何回も叩いて作った槌目です。ドローイングは木炭で描いています。一見すると前面を真っ黒に塗りつぶしているように見えますが、目を凝らすと六角形を描いていることが分かります」と解説してくださいました。

◆第4章 具象Part2

多和圭三のドローイング・彫刻の奥に「具象part2」舟越桂と高垣勝康のデッサン・彫刻が並んでいます。大長さんによると「舟越桂は、戦後の具象彫刻を代表する作家で、1980年代に発表された作品は衝撃をもって迎えられました。終わったと思われた具象彫刻に光を当てたのです。《冬の木》の眼は大理石の玉眼です。彫刻の目線と鑑賞者の目線が交わらないので、不思議な雰囲気があります。また、作家のドローイングを見ると、輪郭線をしっかりとつかもうとしていることが分かります。また、高垣勝康は今回の展覧会で発掘した作家です。金沢工美術工芸大学を卒業していますが、彼の生前は作品をほとんど発表していません。彼のデッサンは、顔の中心から描き始めるのが特色です」とのことです。高垣勝康のデッサンは平面なのに、何故か立体感があり、レリーフのように見える不思議な作品でした。

◎1階 

奥の展示室 奥の展示室では三沢厚彦と棚田康司のデッサン・彫刻を展示していました。大長さんの解説は「二人とも舟越桂の影響を受けて彫刻家を目指した作家です。棚田康司《少女》は、3.11の震災後、舟を漕ぐ少女のイメージを夢でみて制作した作品です。棚田康司は一本の木から人間を彫り出す「一木造り」で作品を制作しています。先ず、木材の表面にドローイングします。ドローイングを描いたら、表面部分を剥いで手元に置き、それを見ながら彫刻する、という独特の制作スタイルです。そのため、ここでは紙ではなく木材の表面に線画を描いたドローイングも展示しています」というものでした。

◆最後に

 抽象彫刻の鑑賞は苦手でしたが、大長さんの解説を聞きながら作品を見ると、分かってきたような気がしました。やはり「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」(徒然草 第五十二段)ですね。大長さん、ありがとうございました。

 Ron.

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