お知らせ

2025年3月4日

2025年協力会イベント情報

現在、下記のイベントの申し込みを受け付けています。

1.珠玉の東京富士美術館コレクション 西洋絵画の400年展 会員向けギャラリートーク 名古屋市美術館 令和7年4月12日 午後5時より

参加希望の会員の方は、ファックスか電話でお申し込みください。ホームページからの申し込みも可能です。

参加の際は、感染症対策にご協力をお願い致します。体調の優れない場合は、参加をご遠慮ください。

最新の情報につきましては随時ホームページにアップしますので、ご確認ください。また、くれぐれも体調にはご留意ください。

これまでに制作された協力会オリジナルカレンダーのまとめページを作りました。右側サイドメニューの「オリジナルカレンダー」からご覧ください。

事務局

新保あさひ ≪a small world≫

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:members

名古屋芸術大学卒業・修了制作展にて (その2)

新保あさひ ≪a small world≫

展示室には、児童公園にある遊具に似た「ブランコ」、「シーソー」、「砂場」が並んでいる。公園で見かける遊具は、赤、青、黄など、はっきりした色で塗られているが、作品はいずれも、薄い灰色で塗られている。

≪pendulums(振り子たち)≫を見ると、横並びではなく、縦並びになっている。2人で遊ぶと、ぶつかってしまいそうだ。

左から ≪pendulums(振り子たち)≫、≪see/saw(見る/見えた)≫、≪a small world(小さな世界)≫

≪a small world(小さな世界)≫を見ると、中に小石のようなものが散らばり、小さな砂山もある。小石のようなものは、床のあちこちにも散らばっている。しかし、砂遊びに使う小さなスコップやバケツのようなものはない。

左 ≪a small world(小さな世界)≫、手前 ≪see/saw(見る/見えた)≫、奥 ≪pendulums(振り子たち)≫

≪see/saw(見る/見えた)≫は、一方が上がれば他方は下がり、お互いに見える景色は異なる。この「シーソー」には、持ち手がなく、片足の壊れた平均台のようだ。

これらの遊具は、どうやって遊ぶのだろう。どれを見ても、公園で聞こえてくる子供たちの歓声が聞こえそうな気配はない。

作家によれば、これらの作品は遊具の模型ではなく、「他者の存在」、「視点や立場の相違」、「無意識からの気づき」のメタファーになっている。ぶつかりそうなブランコから「他者の存在」を知り、持ち手のないシーソーから「視点や立場の相違」を知り、砂だけの砂場から「無意識からの気づき」を得る。

また、あいまいな色使いも「自分には薄い灰色に見えるが、他者には薄い水色(紫色)に見える」ことへの気づきを導くための仕掛けだそうだ。子供の遊具のような見た目とは異なり、とても思索的な作品だった。

杉山

吉田一真 ≪道を横断する≫

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:members
京都の岡崎公園で展覧会を見た後、京都駅近くに移転した京都市立芸術大学の作品展に立ち寄った。驚いたことに、この大学では卒業予定者だけでなく、全学生が作品展示を行うようだ。終了時間に追われながら、多くの展示を見た中で印象に残った作品を紹介する。

京都市立芸術大学作品展にて(その1)

吉田一真 ≪道を横断する≫

展示会場の方向から「ガラガラ」と大きな音が聞こえてくる。近所で工事中かと思うほどの音量だ。その音を道案内にして、建物の間を奥へ奥へと進む。

作品は、人間が入れる大きさの黒い回し車(超大型のハムスターホイール)。響き渡っていたのは、作家がハムスターのように回し車を回転させる音だ。

≪道を横断する≫

回し車の横のモニターをみると、地図アプリのストリートビューが映し出されている。その中央あたりに赤色と灰色に塗られたホイールがあり、作家がランニングをすると画面のホイールも回転し、地図がスクロールされてゆく。表示されているエリアは、琵琶湖の東側あたり。テレビゲームの勇者のパーティーが行進するように、ホイールは滋賀県の中を進んでいく。時折、作家がランニングを中断し、回し車の奥のパソコンに向かい、何か作業をしている姿が気になった。なにかしら作品の調整だろうか。

≪道を横断する≫(部分)

作家に教えてもらい、モニターの下側のQRコードをスマホで読み込んだ。すると、スマホの画面にも地図アプリが表示され、その場所の風景にちなんで詠まれた俳句が添えられていた。とても風流な仕掛けになっている。

昔、東北を巡り、有名な「おくのほそ道」を残した俳人は、紙に筆で俳句をしたため、徒歩で移動した。一方、現代の俳人は、パソコンで俳句をしたため、デジタル地図で移動する。それぞれの「横断」の対比が、とてもユーモラスに表現されている。

杉山

立花光 ≪無人配達≫

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:members

京都市立芸術大学作品展にて (その2)

立花光 ≪無人配達≫

白い台に乗せられた茶色の段ボール箱が、展示室にまばらに置かれている。箱の大きさは大小様々。中央あたりに直径3cmくらいの穴が開けられていて、その穴から箱の中をのぞく仕掛けになっている。

部屋の中ほどにある大きめの箱の中をのぞいてみると、既視感のある、不思議な世界が垣間見えた。順番に他の箱の中も見て回ると、見える景色はそれぞれ異なるが、どれもどこかで見たような光景だった。

展示風景

箱の中の入っているのは、エレベーターや倉庫、階段など、私たちが日常的に通り過ぎる場所をリアルに再現したミニチュア模型だ。模型のサイズが小さいので、とても遠くから眺めているような距離感がある。なかには、作家が通う大学内の施設の模型もあるそうだ。

箱の外側には、いわゆる宅配荷物に貼る荷札が残っている。また、段ボールの表面にも配達中の汚れや、つぶれた跡があるので、てっきり自分あてに届いた荷物の箱を再利用しているのかと思ったが、箱も立派な作品。真新しい段ボールから、ミニチュア模型の大きさにあわせて切り出し、新規に制作しているそうだ。汚れや、つぶれた跡も再現されたものと聞くと、そのリアルさに驚く。

左から ≪無人配達_エレベーター#01≫、≪無人配達_通路#01≫、≪無人配達_通路#03≫

≪無人配達≫というタイトルに込めた制作の意図を作家に聞いたところ、「違和感」という答えがあった。普段、何もないドアの前や、宅配ボックスの中に、突然、段ボール箱が届くことで景色が違って見える感覚を表現しているそうだ。

その答えを聞き、それまで感じていたモヤモヤがすっきりした。箱の中をのぞいた時の驚き、箱の外の汚れを手作りしていると知った時の驚き、どちらも「違和感」そのものだった。

杉山

大西珠江 ≪ワタシヲ流ルル君≫、≪時を集めて≫

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:members

京都市立芸術大学作品展にて (その3)

大西珠江 ≪ワタシヲ流ルル君≫、≪時を集めて≫

展示室の床に、表面がデコボコで、白い楕円形の筒と、割れたお椀の欠片のようなものが置かれている。奥の壁面には、同じような素材の端切れのようなものが掛けられている。

手前の筒は、作品名を≪ワタシヲ流ルル君≫という。これを見て、不思議に思ったのは、陶の地肌から横に伸びた氷柱のような透明な部分。その形状から、持ち手ではないし、装飾としても一体感がない。いったい、作家の制作の興味、問題意識はどの辺にあるのだろうか。

手前 ≪ワタシヲ流ルル君≫

奥側の横に寝かせた筒の作品名は、≪時を集めて≫という。この筒にも、細くて透明な棘のような部分がある。開いた筒の口の前に立つと、長い棘が触手のように思われ、深海魚が大きく口を開け、触手で獲物をおびき寄せている場面を連想した。

≪時を集めて≫

作家によれば、作品は陶とガラスで作られていて、焼成は2度行う。陶の部分は釉薬をかけずに焼成し、2度目の焼成で陶の内側に置いたガラスが溶け、ひび割れから垂れてくると、氷柱や触手のようになる。この制作方法は、焼成を止めるタイミングが難しく、何度も実験を重ねたそうだ。

この作家は、陶芸作品で釉薬として使われるガラスを、まるで異なる扱い方で土と組み合わせる。そうすることで、土は土、ガラスはガラスとして存在を主張する作品ができる。

作家のテーマは、ガラスと土の素材としての関わり方を、どのように作品として見せるか、というあたりにあるらしい。伸びた氷柱や触手の先に、どのような新しい展開があり、次回はどのような作品を見せてくれるか、とても楽しみだ。

杉山

山本千愛 ≪線の上をあるく≫

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:members
例年、この時期は各地の芸術大学、美術大学で「卒業制作展」、「修了制作展」が開催され、見た目もコンセプトも奇抜な作品を鑑賞する機会に恵まれる。
名古屋市美術館の話題からは離れるが、最近見た「卒業制作展」、「修了制作展」の作品の中から、特に目を引いた作品を、数回に分けて紹介したい。普段の美術展とは様相の違う世界を楽しんでいただければ幸いだ。

東京藝術大学卒業・修了作品展にて

山本千愛 ≪線の上をあるく≫ (2020年代/東アジアのアーティスト/往路)

展示されているものは、大判のモノクロ写真、長さ3mくらいの木材、ビデオモニターなどで構成されたインスタレーション。モノクロ写真の横には、地図が添えられ、地図の上に打たれたピンの間に糸が張られている。

展示風景

モニターに映された映像を見ると、作者と思われる人物が、長い木材を引きずり、ひたすら歩いている。長い木材の持ち手と反対側(地面に接する側)に、カメラを取り付け、歩く人物の後姿を記録するパフォーマンスだ。地図の地名を見ると、日本以外にドイツ、オーストリア、中国でパフォーマンスを実施したようだ。しばらく見ていて、左側の一番上のモノクロ写真に目が止まった。何かの壁に長い木材を立てかけた様子が映っている。

展示風景

実は、この壁は観光用に残された「ベルリンの壁」の一部で、その下の森の中のランニングコースの風景は撤去された「ベルリンの壁」の跡地らしい。この高さ3mくらいの壁は、壊された後も多様な社会問題の影を象徴する存在として、人々の記憶に残っている。

美術作家と言えば、アトリエでキャンバスに向き合うか、粘土や木材のかたまりと力比べをするイメージを思い浮かべがちだが、本作の作家は文字通り「我が道を往く」スタイルで軽妙に国境をまたぎ、世界の今を体験して見せている。展示会場に置かれた他の絵画や彫刻の間に混ざり、軽やかで、とても面白い作品だ。

それにしても、長い木材を引きずりながら街中を歩いていると、不思議がられたり、不審がられたりして、「何をしているのか」と止められたりしないのだろうか。作家によると、そのような時は「私は作家です」と、あいさつするそうだ。この儀式が、この作家の身分証らしい。

杉山

「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展 ギャラリートーク

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館(以下「市美」)で「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展(以下「本展」)が開催されています。1月24日(金)付・中日新聞「Culture欄」に本展の特集記事が掲載されていましたね。
さて、3週間ほど前になりますが、1月11日(土)に開催された協力会向けギャラリートークに参加しましたので、レポートします。ギャラリートークは、17:00から18:00まで開催され、参加者は〇〇名でした。講師は久保田舞美学芸員(以下「久保田さん」)。受付は2階講堂で、開始時刻の17:00に1階へ移動。展示室の中で久保田さんのギャラリートークを聴き、その後は自由観覧・自由解散でした。
以下は久保田さんのトークの概要を箇条書きにして、私の補足・感想を加えたものです。

◆久保田さんのトークの概要
1 エントランス・ホールでのトーク
・本展は30年ぶりの大回顧展です(補足:前回は1995年。静岡、東京、京都で開催)。
・ジャン=ミッシェル・フォロン(以下「フォロン」)は、もともと建築家志望。ブリュッセルの芸術学校で学んだ後、1960年に彼の描いた作品が米国の雑誌『ザ・ニューヨーカー』『タイム』などの表紙に掲載されて、広く名前が知られるようになります。その後、イタリア「オリベッティ社」のタイプライターのポスターを手がけました(補足:1970年に開催の、日本初となるフォロン展は、毎日新聞社とオリベッティ社の共催でした)
・フォロンはマルチアーティスト。本展では230点を紹介。本展の構成は、年代順ではなく、「空想旅行」という趣向で、テーマ別に章立てをしています。
・本展の巡回先は、①東京ステーションギャラリーから始まり②名古屋市美術館、③あべのハルカス美術館の3館です。

2 プロローグ 旅のはじまり(1階)
・本展のタイトル「空想旅行案内人」(AGENCE DE VOYAGES IMAGINAIRES)は、フォロンが使っていた名刺の肩書によるものです。最初に展示の《二重の視覚(千里眼)》は、眼鏡をかけて空想の旅に出発しようと、来場者を誘っている作品。(補足:コート姿でシルクハット、眼鏡の案内人は“リトル・ハット・マン=Little Hatted Man”とのこと)
・「プロローグ」には、コートを着た人物の頭部に、金属製のフックをコラージュした《無題》を始めとして、日常の物を顔に見立てた作品が多数展示されています。その中には、頭部がドリルの先端になった彫刻もあります。
(感想:以上の外、人の顔のように見える建物やドア、スイッチ、蛇口などを撮影した写真の数々にも目を引かれました。ゼンマイ式掛け時計に使うネジ巻きのハンドルのようなモチーフを描いた作品にも興味が湧きました)

3 第1章 あっち・こっち・どっち?(1階)
・この章では、思考を惑わせる沢山の矢印が登場。フォロンは、矢印だけでなく堅牢な都市のビルも描いています。
・フォロンはルネ・マグリットの《見せられた領域》という壁画に出会い、絵が世界を再発見させてくれることを知ります。
(感想:フォロンの作品にシュールな感じがするのは、ルネ・マグリットの影響を受けているからだと思いました。作品を理解するには、絵が問いかけて来る謎を解く必要があると感じましたね)

4 「第2章 なにが聴こえる?」(1階)
・この章では、現実の世界で起こっている出来事、戦争や環境破壊などのほか、宇宙についても描いています。
・白と黒のシンプルなドローイングを描いていたフォロンは、最初の妻であるコレット・ポルタルに触発されて美しい水彩画を描くようになります。シンプルで、マンガっぽい表現。
(感想:荒波に飲み込まれそうになる船を描いた《波》は、北斎《神奈川沖浪裏》を想起させる作品でした)

5 「第3章 なにを話そう?」(1階・2階)
第3章のトークは2階。主にポスターと「世界人権宣言」の解説でした。
・フォロンはオリベッティ社のためにタイプライターのポスター原画を描いただけでなく、アニメーションも制作。また、オリベッティ社の外、「死刑反対」「人種差別反対」、美術展、映画、音楽祭などのポスター原画も手がけました。
・「世界人権宣言」の挿絵は、人権宣言の内容をイメージで表現したものです。なお、「世界人権宣言」の日本語訳は谷川俊太郎が手がけています。
(感想:タイプライターのポスターについて、最初見た時は何も感じなかったのですが、自由観覧のときに間近で見たら、何と、タープライターのキーボードの部分にタイピングをしている人物がひしめいていました。びっくりです)

6 「エピローグ つぎはどこへ行こう?」(2階)
・この章には船の絵がいくつも出品されています。船と言えば、フォロン自身も“ブルー・シャドウ=Blue Shadow”と名付けた船にアトリエを作っていました。展示室の壁に映している映像作品「イメージの誕生(水彩画制作風景)」でも船を描いています。
・人の眼のような太陽が人物を見つめる《対話》は、フォロンの実体験を描いたものです。
(感想:フォロンが1970年開催の大阪万博で来日し、箱根・宮ノ下や東京から友人に送った《メイル・アート》(複製)は、封筒に「太陽」という文字の印鑑が朱肉でいくつも押されるなど、ユーモア溢れる作品でした。また、久保田さんが解説した《対話》を始めとする、最後の部屋に展示されている作品の数々は風景画というよりも、フォロンの心象風景を描いたものだと感じました。参加者の多くはいつまでも作品を眺めていましたね)

最後に
フォロンについては全く知りませんでしたが、1970年には来日していたのですね。不思議な作品が多く、その一つ一つに新鮮な発見がありました。お勧めです。
Ron

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