映画『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』

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豊田市美術館で開催中の「クリムト展」に並行して、伏見ミリオン座でドキュメント映画「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」(原題:KLIMT & SCHIELE EROS AND PSYCHE)が上映されています。

19世紀末から20世紀初頭にかけての「ウィーン黄金時代」に活躍した、画家、写真家、音楽家、作家、医学者の足跡をたどる映画で、最初のエピソードは1918年10月31日のスペイン風邪感染によるエゴン・シーレの死。その3日前に妻エーディトがスペイン風邪で死亡。シーレは、死の直前に妻をスケッチ。死の床のシーレを写真家マルタ・ファインが撮影、彫刻家アントン・ザンディヒがデスマスクを制作した、というものです。

クリムトについては、クールな男、ハンサムな変わり者と社会から見られていたこと、貧しかったが野心と努力で当代一の画家になったこと、精神的に素朴だったことが洗練された社交界の女性にとっては魅力であり、時に絵を描く以上のことを彼に求め、特にソニア・クニップスとは親密な関係だったこと、クリムトと社交界を結びつけたのは、作家、ジャーナリスト、芸術評論家のベルタ・ツッカーカンドルが主宰するサロンで、そのサロンには精神分析の創始者・ジークムント・フロイトも出入りしていたことなどが紹介されます。

クリムトの作品では、ウィーン美術史美術館の壁画を始め《ユディトⅠ》《ベートーヴェン・フリーズ》《ヌーダ・ヴェリタス》《接吻》などが紹介されました。

エゴン・シーレについては、クリムトの《接吻》を下敷きにした作品で「枢機卿と尼僧が接吻する姿」を描いたために非難を受けたこと、モデルを精神的、肉体的に限界まで追い込んで数秒のうちに完璧なデッサンに仕上げたことなどが紹介され、美術史家のジェーン・カリアが「シーレは女性のセクシュアリティを解放した」と解説していました。

クリムト・シーレ以外に建築家のオットー・ワーグナーや音楽家のシェーンベルク、作家のシュニッツラーなどが次から次に出てくるため、情報量が多すぎて映画の流れについていくのが大変でした。そのなかで衝撃的だったのが、①作家シュニッツラーは1000人以上の女性と関係を持ち、それを8000ページに及ぶ日記に記していたこと、②エミーリエ・フレーゲとの親密な関係はクリムトの浮気が原因で長く続かなかったこと、③音楽家シェーンベルクと親しくしていた画家リヒャルト・ゲルストルはシェーンベルクの妻と不倫関係になり、それがもとで自殺したこと、④当時のウィーンの中産階級の若者は下層階級の女性や娼婦と関係した後、中産階級の女性と結婚するのが普通であり、シーレも例外では無かったことです。

シュニッツラーの芝居のように、表向きは礼儀正しいが裏では裏切り、浮気、賭け事というダブルスタンダードなウィーンの黄金時代も、第一次世界大戦後の1918年11月12日にオーストリア=ハンガリー二重帝国が崩壊しオーストリア共和国が成立したことで幕が降ろされ、この年にクリムト(1918.2.6死去)オットー・ワーグナー(1918.4.11死去)、コロマン・モーザー(1918.10.18死去)、エゴン・シーレ(1908.10.31死去)といったウィーン分離派の巨匠たちも他界したことを紹介して、映画はエンディングに入っていきました。

19世紀末から20世紀初頭にかけてのウィーンの雰囲気を味わうことが出来たのは収穫です。また、映画ではフロイト理論のエロス(性本能・自己保存本能を含む生の本能)とタナトス(攻撃、自己破壊に向かう死の本能)の両面から、取り上げた人物の行動を分析していました。だから、原題に「EROS AND PSYCHE」という言葉が入っていたのでしょうね。

Ron.

読書ノート 角川新書「ミュシャから少女まんがへ」

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 「ミュシャ」と「少女まんが」が、どうやって結びつくのか不思議で、思わず買ってしまった本です。副題は「幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー」。明治30年代半ば=世紀末から20世紀初頭にミュシャのポスター等を借用して「明星」(与謝野鉄幹が発行した投稿雑誌)の表紙などを飾った一条成美(いちじょうせいび)の話が中心です。

少女まんがとミュシャの関係については、本書の「序」で「北米のロックミュージックシーンの中で『ミュシャの様式』と再会することがひとつの大きなきっかけとなる。そして少女まんがはその様式を再受容して現在の少女まんがの書式、OSが再構築されるのである」と書いています。そして終章では、本書の題名と同じ「ミュシャから少女まんがへ」と題して「少女まんがはミュシャの影響下にある」ことについて簡潔に述べています。

 ボリュームは364ページ。図版が小さいのでルーペが必需品です。著者は、現在Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ ― 線の魔術」(以下「みんなのミュシャ」)のアドバイザー。Bunkamuraザ・ミュージアムの「みんなのミュシャ」ホームページを見たら、本書に掲載されている図版のいくつかが「出品作」として紹介されていました。本書と併せて、ホームページも閲覧されることをお勧めします。何といってもカラーですから。

なお、先日発売された「週刊新潮 2019年8月1日号」巻末グラビアの展覧会評も「みんなのミュシャ」について、ミュシャとアメリカの若者文化との融合や日本の「少女まんが」「ゲームキャラクター」への影響について書いていました。ミュシャについて、新しい切り口を知ることが出来そうです。

「みんなのミュシャ」は2020年4月25日(土)~6月28日(日)に名古屋市美術館へ巡回する予定。今から待ち遠しいですね。

<基本データ> 題名:「ミュシャから少女まんがへ 幻の画家一条成美と明治のアール・ヌーヴォー」 著者:大塚英志(国際日本文化研究センター教授)  発行所:株式会社KADOKAWA (角川新書)   2019年7月10日初版発行  

Ron.

クリムト展 ウィーンと日本1900

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「クリムト展 ウィーンと日本1900」(以下「本展」)が開幕したので、JRと愛知環状鉄道(以下「愛環鉄道」)を乗り継いで豊田市美術館まで出かけました。今回、気持ち良かったのは愛環鉄道でも交通系ICカード(MANACA、TOICA等)が使えるようになったことです。切符を買う手間が不要なので、スムーズな乗り換えができました。

美術館に近づくと、平日の午前中というのに満車に近い状態の駐車場が見えてきました。そして、美術館のエントランス通路には巨大なテント。長い行列ができるのを見越して設置したのですね。当日、行列はありませんでしたが展示室の中には多くの人がいて、本展の人気の高さを実感しました。ただ「人が多い」といっても身動きが取れないほどではないため、作品に近づいてじっくり鑑賞することはできました。

◆展覧会の構成と見どころなど 本展は「Chapter1.クリムトとその家族」から「Chapter8.生命の円環」までの8章で構成されています。

◎Chapter1.クリムトとその家族 ボヘミア出身の金工氏師・エルンストの長男としてクリムトが生まれたということから、Chapter1には弟ゲオルクと合作による彫金のレリーフが出品されていました。また、弟エルンストの娘を描いた《ヘレーネ・クリムトの肖像》は、額縁に梅花の枝や様々な植物が描かれています。まさにジャポニスム。

◎Chapter2.修業時代と劇場装飾 男性のヌードが3点。クリムトは「女性を描く作家」として知られていますが、修業時代には男性ヌードも描いたのですね。アカデミックな画風を叩きこまれたことが分かります。《音楽の寓意のための下絵(オルガン奏者)》は、顔が描かれていないのが面白かったです。下絵なので、省略したのでしょう。《紫色のスカーフの婦人》には「古い写真を使って制作したのだろう」という解説が付いていました。

◎Chapter3.私生活 何といっても「14人の子どもがいた」ことにびっくり。また、弟エルンストの妻の姉エミーリエ・フレーゲとの関係について、解説には「プラトニックなものとされてきたが、近年発見された手紙から二人がある時期深い関係にあったことが推測されている」と書いてありました。

◎Chapter4.ウィーンと日本1900 東洋美術に関するクリムトの蔵書が出品されています。『日本の春画三十六選 菱川師宣、鈴木晴信、喜多川歌麿』の展示では、喜多川歌麿「歌まくら」のうち第8図、第10図のモノクローム図版も見ることができました。クリムトは、この絵から「肝心なところが見えそうで見えない」という描写を学んだのでしょうか。《赤子(ゆりかご)》には「遊女や武士が色鮮やかな着物姿で生き生きと描かれた歌川豊国の影響(略)」という解説が付いていました。

◎Chapter5.ウィーン分離派 この章の見どころは《ユディトⅠ》《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実》と《ベートーヴェン・フリーズ(原寸大複製)》。6月9日放送のNHK・Eテレ「日曜美術館」と6月22日放送のテレビ愛知「美の巨人たち」の両番組とも「《ユディトⅠ》のモデルはアデーレ・ブロッホ=バウアー」と解説していました。また、この章に出品されていたクリムトの赤いスケッチブックには《ヌーダ・ヴェリタス》のデッサンが描かれていました。

◎Chapter6.風景画 東京で本展を見た協力会会員のMさんが「クリムトの風景画が素晴らしかった」と絶賛していたのでワクワクしながら見ましたが、その通りでした。壁一面にクリムトの風景画を2点だけという、特別待遇の展示です。 《アッター湖畔のカンマー城Ⅲ》の解説には「おそらく望遠鏡を用いて描かれた(略)」と書いてありました。写真で言うところの「望遠レンズの圧縮効果」を利用して、奥行きを縮めた作品ですね。この作品、「奪われたクリムト」(エリザベート・ザントマン著、永井潤子・浜田和子訳、梨の木舎発行)によれば、1910年にアデーレ・ブロッホ=バウアーが夫フェルディナントと共同で購入。アデーレの死後、1936年に夫がオーストリア国立絵画館に寄贈。その後、ナチスが強奪した《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ》をオーストリア国立絵画館が引き取る見返りとして、クリムトとマリア・ウチッカーとの間の子どもで映画監督のグスタフ・ウチッカーに「グスタフの死後はオーストリア国立絵画館に寄贈する」という条件で渡った、とのことです。

◎Chapter7.肖像画 《オイゲニア・プリマフェージ》と、その習作が並んでいます。習作の段階では、少し右を向いていたのですね。《白い服の女》は未完成ですが、「このままでもすばらしい」と思える作品でした。

◎Chapter8.生命の円環 生後わずか81日で急死した息子を描いた《亡き息子オットー・ツィンマーマンの肖像》には胸が痛みました。見どころは《女の三世代》ですが、デッサンも見逃せません。ただ、《横たわる恋人たち》《右を向く恋人たち》は上の方に展示されているため、何が描いてあるか、よくわかりませんでした。(図録を買って納得しましたが……)

◆クリムトが生きた時代(「ハプスブルク帝国」岩﨑周一著 講談社現代新書2442 から抜粋) P.314~316

(略)1873年に来墺した岩倉使節団の記録書『米欧回覧実記』には、「人民ノ品位ニヨリテ、接遇ノ異ナルコト、我明治以来ノ光景ニ異ナラズ」と記されている。また、世紀転換期にオーストリア=ハンガリー駐在大使を務めた牧野伸顕(大久保利通の次男。内相、宮相、外相などを歴任)の叙述によれば、「すべてが宮廷中心に出来ているウィーンの社会は、フランス革命後に取り残された欧州の貴族階級によって維持され、従ってウィーンという都会には、或る特殊な雰囲気があった」。

 こうした大貴族に加え、中小の貴族と有産市民が工業化の進展によって台頭したことは、消費文化の進展を促した(「ミナ貴族豪家ノ奢侈ヲ競フヲ以テ、製作ミナ精微ヲ極メタル」〈『米欧回覧実記』〉。成功した有産市民―クリムトによる夫人アデーレの肖像画が有名な製糖業者フェルディナント・ブロッホ=バウアー、哲学者ルートヴィヒとピアニストのパウルを息子にもった鉄鋼業者カール・ヴィトゲンシュタインなどの実業家たち―は、貴族の行動・生活様式(召使の雇用、芸術活動の後援、フランス語の習得など)を模倣して、「顕示的消費」(ソーステイン・ヴェブレン)に走った(カフカや詩人トラークルはこのような事情から、少年期にフランス語を学ばされている。)また彼らは、ホーフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスが(時代設定こそマリア・テレジア期だが)楽劇『ばらの騎士』で活写したように、差異化を意識し打算を絡めながらも貴族と交流し、結びつきを強めた。

 富裕層の要求に応えるべく、主要都市には貴族の邸宅を模して、ネオ・ルネサンスもしくはネオ・バロック様式の瀟洒な高級アパートメントが多数建てられた。ウィーンのリングシュトラーセ沿いに林立するアパートメント群はその好例で、ここに居住した富裕層は「リングシュトラーセ男爵」と呼ばれた。まさしくこの呼び名が示す通り、このアパート群は、「ブルジョワと貴族の和解」(カール・ショースキー)の象徴であった。(抜粋、終わり)  クリムトの活躍は、ブルジョワの台頭を背景にしていたのですね。

◆最後に

 本展は、この夏お勧めの展覧会です。 ただし、当日、2時間ほど展示室の中にいたら体が冷えて困りました。外気温が高いので、どうしても薄着になります。その上に汗をかいて美術館に入ると、冷気に襲われること確実です。羽織るものを用意するなど、冷房対策をお忘れなく。また、土日に来場する方は、長い行列ができる可能性もあるので熱中症対策も必要です。  Ron.

気になる展覧会

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 2019年も半ばを過ぎてしまいましたね。今後、名古屋周辺で開催予定の美術展の中から「気になる展覧会」を会期の近いものから順番に書いてみました。

◆キスリング展 エコール・ド・パリの夢  岡崎市美術博物館 2019.7.27~9.16  2019年6月23日放送のNHK・Eテレ「日曜美術館」アートシーンで、東京都庭園美術館で開催中の展覧会(7月7日まで)を紹介していました。2007年以来、12年ぶりに開催される個展とのことです。キスリングといえば、名古屋市美術館所蔵の《マルセル・シャンタルの肖像》が頭に浮かびますが、東京都庭園美術館のホームページ(注1)のイチ押しはフランスの女性小説家コレットの娘を描いた《ベル=ガズー(コレット・ド・ジュヴネル)》で、静物画も出品されるようです。滞米時代の作品を含む約60点の作品が出品されるので、見逃せませんよ。

注1 キスリング展のURL=https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/

◆空間に線を引く 彫刻とデッサン展  碧南市藤井達吉現代美術館 2019.8.10~9.23 2019年6月30日放送のNHK・Eテレ「日曜美術館」アートシーンで、足利市立美術館で開催中の展覧会(7月28日まで)を紹介していました。足利市立美術館のホームページ(注2)には、「彫刻家は(略)描くことがすなわち触れることであり(略)画家のデッサンにはない様々な要素が見出せる」と書いてあります。アートシーンでは柳原義達、青木野枝、大森博之のデッサンと彫刻を紹介していましたが、読売新聞のベテランアート記者・高野清見氏のコラム【きよみのつぶやき】第16回(注3)では舟越直木(1953-2017:舟越保武の三男)の作品紹介にページを割いています。【きよみのつぶやき】第16回によれば、本展を企画したのは「リアル(写実)のゆくえ展」(2017年)等を手がけてきたベテラン学芸員のコンビとのことです。「リアルのゆくえ展」はとても面白かったので、本展も大いに期待できると思います。

注2 足利市立美術館・彫刻とデッサン展のURL=http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/

注3 【きよみのつぶやき】第16回のURL =https://artexhibition.jp/topics/features/20190604-AEJ83154/

◆シャルル=フランソワ・ドービニー展  三重県立美術館 2019.9.10~11.4  

これは、協力会・2018秋のツアーのトークで名古屋市美術館の保崎学芸係長(以下「保崎さん」)が「お勧めの展覧会」として紹介していたものです。保崎さんが紹介したのは山梨県立美術館で開催中の展覧会でしたが、本年9月に三重県立美術館へ巡回してきます。  

巡回先のひとつ・東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(本展は6月30日終了)のホームページ(注4)によればドービニーの作品約60点の外、コロー、クールベなどドービニー周辺の画家たちの作品約20点も出品されるとのことです。ホームページには作品リストの外、約6分の動画もアップされていますので、一見の価値があります。  

なお、【きよみのつぶやき】第6回(注5)は「ゴッホが敬愛した画家」と副題をつけて本展を紹介しています。山梨県立美術館での展示風景画像もありますよ。

注4 ホームページのURL=https://www.sjnk-museum.org/program/current/5750.html

注5 【きよみのつぶやき】第6回のURL https://artexhibition.jp/topics/features/20181203-AEJ51978/

Ron.

展覧会見てある記 「印象派からその先へ」

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名古屋市美術館(以下「市美」)で「印象派からその先へ ― 世界に誇る吉野石膏コレクション」(以下「本展」)が開幕しました。展覧会のチラシには、こんなことが書いてあります。

(略)石膏建材メーカーとして知られる吉野石膏株式会社は、1970年代から本格的に絵画の収集を開始し、2008年には吉野石膏美術振興財団を設立。(略)そうして形成された西洋近代美術のコレクションは、質量ともに日本における歴代のコレクションに勝るとも劣らぬ内容を誇っています。現在、その多くは創業の地、山形県の山形美術館に寄託され、市民に親しまれています。本展ではバルビゾン派から印象派を経て、その先のフォーヴィスムやキュビズム、さらにエコール・ド・パリまで、大きく揺れ動く近代美術の歴史を72点の作品によってご紹介します。とりわけピサロ、モネ、シャガールの三人は、各作家の様式の変遷を把握できるほどに充実しており、見応え十分です。(略)中部地方では初めて。知られざる珠玉の名品を、どうぞこの機会にご堪能ください。

 「でも、大したことないんじゃないの」と、少し馬鹿にして市美に出かけたのですが、結果は良い方に大ハズレ。「へへー、おみそれいたしました」と、なりました。本展を舐めていたことを大いに反省しています。「見応え十分」というだけでなく、コレクターの感性によるのでしょうか、「見ていて気持ちが良い」のです。 「印象派」だけでなく、「その先」の展示も充実しています。また、わかりやすくて簡潔な「子供向け解説」は大人でも十分、読み応えがあります。本展は、見逃せません。

◆1章:印象派、誕生 ~革新へと向かう絵画~ ◎エントランスホールでモネ《睡蓮》と《サン=ジェルマンの森の中で》が出迎え  市美1階の橋を渡って企画展示室のエントランスホールに入ると、正面の壁に拡大されたモネ《睡蓮》と《サン=ジェルマンの森の中で》が並んでいます。「ピサロ、モネ、シャガールの三人」のうち、先ず、モネが出迎えてくれました。展示は、バルビゾン派からクールベ、マネ、ブーダンと続き、印象派はシスレーから始まります。作品は年代順に並んでいますが、《モレのポプラ並木》の前で思わず足が止まってしまいました。  続くのはモネ。なかでも《サン=ジェルマンの森の中で》は不思議な作品です。見ていると、絵の中に引き込まれそうになります。映画「となりのトトロ」に出てきた“秘密の抜け穴”を思い出しました。《睡蓮》と《テムズ河のチャリング・クロス橋》は、「モネ それからの100年」以来1年ぶりの再会。去年の展覧会を思い出します。

◎特等席はルノワール、ドガ、ゴッホ  1章では、ルノワール《シュザンヌ・アダン嬢の肖像》とドガ《踊り子たち(ピンクと緑)》が水色の壁、ゴッホ《静物、白い花瓶のバラ》が茶色の板の特等席に展示されていました。ルノワールとドガが特等席なのは納得できますが、ゴッホの静物画が特等席なのは何故でしょうか?重要な作品だとは思うのですが……。

◎パステル画を堪能 コレクターの好みなのか、本展ではパステル画が目立ちました。水色の特等席の2作品だけでなく、メアリー・カサット《マリー=ルイーズ・デュラン=リュエルの肖像》、ピカソ《フォンテーヌブローの風景》がパステル画です。鮮やかな中間色のふわっとした感じがいいですね。癒されます。

◆2章:フォーブから抽象へ ~モダン・アートの諸相~  2章で強烈な印象を受けたのはヴラマンク。《セーヌ河の岸辺》は「どこがセーヌ河?」という感じの赤と緑のコントラストが目に飛び込んでくる作品。しばらく眺めていて「左上の白っぽいところがセーヌ河?」とわかりました。でも、このめちゃくちゃな色使いは癖になりますね。静物画が2点並んで、最後の《村はずれの橋》は正に「万緑叢中紅一点」。ワンポイントの赤が効いています。 マティス《緑と白のストライプのブラウスを着た読書する若い女》はストライプが印象的な作品。「子ども向け解説」を読みながら鑑賞することをお勧めします。

◎2章は、アンリ・ルソーから2階に展示 2階は抽象画が中心。カンディンスキーの作品は「音楽」を感じさせます。また、ルソー《工場のある風景》も、ここで見ると抽象画のような感じがします。

◆3章:エコール・ド・パリ ~前衛と伝統のはざまで~ ◎ユトリロとマリー・ローランサン 3章はユトリロとローランサンから始まります。ヴラマンクと違って、ドキドキせず、安心してみることのできる作品が並びます。この中では、群像を描いたローランサン《五人の奏者》がいいですね。

◎これは「小さなシャガール展」です  本展の最後を飾るのは、吹き抜けの上の広い空間に展示されたシャガールの作品です。数えると、シャガールだけで10点。そのうち3点に「子ども向け解説」が付いていました。シャガールは学芸員さんの「お気に入りの作家」なのでしょうか?それとも、「子どもを引き付ける作家」なのでしょうか?いずれにせよ、吹き抜けの手すり近くから、L字型の壁に並ぶシャガールを眺めるのは壮観です。

◆最後に  名古屋市美術館協力会では4月14日(日)午後5時から、会員向けに「印象派からその先へ ― 世界に誇る吉野石膏コレクション」のギャラリートークを開催します。詳しくは、名古屋市美術館協力会のホームページをご覧くださいね。                             Ron.

展覧会見てある記「名古屋市美術館 名品コレクション展Ⅱ」など

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名古屋美術館の地下1階常設展示室1・2では「名品コレクション展Ⅱ」が、常設展示室3では「名古屋市庁舎竣工85年 建築意匠と時代精神」が開催されています。最終日は11月25日(日)。概要は以下のとおりです。

◆名品コレクション展Ⅱ 
◎エコール・ド・パリ
目玉は、新収蔵品・藤田嗣治《ベルギーの婦人》1934年制作 です。常設展のパンフレットによれば「1933年11月に日本に帰国した藤田。(略)《ベルギーの婦人》は、この時期の藤田が懇意にしていた、在日ベルギー大使館関係者の妻の肖像と思われる。(略)背後に散りばめられた霊芝、珊瑚、巻子などの吉祥文様との組み合わせが面白い。恐らくモデルの婦人を寿ぐ意味が込められているのだろう」とのことです。また、開館30周年を記念して団体・個人からの寄付金をもとに「夢・プレミアムアートコレクション」として購入した作品です。
看板娘のモディリアーニ《おさげ髪の少女》が「ザ ベスト コレクション」に出張しているため「淋しくなったのではないか」と危ぶんだ「エコール・ド・パリ」のコーナーですが《ベルギーの婦人》の初お目見えに加え、マリー・ローランサン《アポリネールの娘》を始めとする女性像が勢ぞろいしているので華やかな一角となっています。
また、《ベルギーの婦人》の隣には、同じく藤田嗣治《家族の肖像》と寄託作品《那覇》が展示され「藤田コーナー」ができていました。

◎現代の美術
「ザ ベスト コレクション」の「現代の美術」では河原温の「Todayシリーズ」ではなく、あえて「変形キャンバス」の《カム・オン・マイハイス》と《私生児の誕生》を展示していましたが、「名品コレクション展Ⅱ」では「Todayシリーズ」を1966年から1980年まで、毎年1作品ずつ15作品をずらりと並べており、壮観です。
寄託作品のサイモン・パターソン《大熊座》は、一見すると地下鉄路線図ですが、路線が「哲学者」あり、「イタリアの芸術家」あり。駅名も「プラトン」や「レオナルド」があり、英語を訳しながら路線をたどると面白い作品です。難を言えば「急いでいる人にはお勧めできない」ことですね。

◎メキシコ・ルネサンス
 渋い作品ですが、ティナ・モドッティの写真が6点展示されています。
「ザ ベスト コレクション」展示のティナ・モドッティの写真2点とマニュエル・アルバレス・ブラボの写真3点と合わせて鑑賞すると良いのではないでしょうか。

◎現代の美術
浅野弥衛の油絵と銅版画、杉本健吉の《名古屋城再建基金ポスター原画》と《新・水滸傳挿絵原画》の特集です。壁のほとんどが浅野弥衛の作品で埋まるというのは壮観です。
「ザ ベスト コレクション」で様々な作品を展示しているので、常設展では逆に、思い切ったことが出来るということでしょうか。

◆名古屋市庁舎竣工85年 建築意匠と時代精神
 名古屋市役所本庁舎は洋風建築の上に中華風の塔を配した「帝冠様式」の建築ですが、常設展のパンフレットによれば「帝冠様式」にも「塔を配したもの」「城郭を配したもの」の二つの様式があったようです。
先ず「塔を配したもの」として〇名古屋市庁舎(現:名古屋市役所本庁舎)、〇神奈川県庁本庁舎、〇東京市庁舎(実施されず)の外観図などが展示されています。
 また「城郭を配したもの」として〇大禮記念京都美術館(現:京都市美術館)、〇軍人会館(現:九段会館)、〇東京帝室博物館(現:東京国立博物館本館)の外観図などが展示されています。今回の展示にはありませんが、愛知県庁本庁舎や昨年度の「異郷のモダニズム展」で紹介された関東軍司令部庁舎(現:中国共産党吉林省委員会本館)は「城郭を配したもの」に分類されるのでしょうね。
解説が常設展のパンフレットしかないのは残念ですが、面白い展示です。
 
◆最後に
今期の常設展「名品コレクション展Ⅱ」は、同時開催の企画展「ザ ベスト コレクション」とのコラボ企画。常設展・企画展の二つを合わせて鑑賞するのがベストだということが分かりました。
Ron.

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