アートツアー アンゼルム・キーファー:ソラリス(京都)

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名古屋市美術館協力会のアートツアーで、京都・元離宮二条城で開催されている「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展(以下、ソラリス展)と、京都国立近代美術館で開催されている「若きポーランド」展(以下、ポーランド展)を訪問しました。以下で簡単に、「ソラリス展」の様子をご紹介します。

会場入口

アンゼルム・キーファーは、名古屋市美術館の名品コレクション展(常設展)でも、毎回、彼の作品が展示されるので、とても親近感のある作家です。特に、今回の「ソラリス展」は、世界遺産である元離宮二条城を会場とし、スケールの大きな作品が野外にも展示されます。また、主催者であるファーガス・マカフリーのスタッフによる本アートツアーのための作品解説もあり、とても楽しみにしていました。

作品解説の様子

作品保護と展示室内の導線を残すため、作品解説は途中から2つのグループに分かれました。会員からは、「作品タイトルを見ると女神の名前が多いが、男神の名前の作品はあるのか」、「重そうな作品だが、どうやって展示したのか」、「作品の表面に張り付けられた材料はなにか」など、活発な質問が出ました。

作品解説の様子

作品解説では、第二次世界大戦で敗戦国となったドイツと日本の共通性、フランスにあるアンゼルム・キーファーのアトリエの様子、元離宮二条城で展示する意義についても、話題が出ていました。おもしろかったのは、江戸時代のものと思われる「落書き」が残されていたことです。「落書き」した本人は、まさか2025年の「ソラリス展」で、大勢の観客に見られるとは、思ってもいなかったことでしょう。

作品解説の様子

中庭に面した展示室では、麦のような作品の穂先が窓からの光で金色に輝いていました。これらは、もちろん本物の植物ではありません。ここでも、「作品タイトルのモーゲンソー計画とは」、「砂の上にどうやって植えているのか」、「通路のほうに斜めに傾けているのはなぜか」、「砂の上に置かれた蛇や陶器の破片の意図は」、「麦の種類はなにか」など、活発な質問が出ました。

作品解説の様子

前日からの雨も上がり、前庭の≪ラー≫を背景に記念撮影をしました。中庭にも、鉛で作られた多くの作品が並んでいました。

元離宮二条城 台所前庭にて
元離宮二条城 御清所中庭にて
元離宮二条城 御清所中庭にて

アンゼルム・キーファーの作品には、大量の鉛が使用されています。古代から中世にかけて、盛んに研究された錬金術は、卑金属の鉛から貴金属の金を精錬できませんでしたが、現代アートの世界では鉛の作品から、とても貴重な、金にも勝る鑑賞体験をすることができました。

杉山 博之

璃月ゆあ ≪同業者コミュニティの形成と印刷産業発展の可能性について-インタビュー分析による他己紹介をワークショップの契機として-≫

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情報科学芸術大学院大学(以下、IAMAS)の修了研究発表会/プロジェクト研究発表会は、ソフトピアジャパン・センタービルで開催されている。このビルは、大垣駅周辺で一番の高層ビルらしく、最上階の展望エリアからは市街の景色を一望できる。この時期、西の方角には雪をかぶった伊吹山もよく見える。

情報科学芸術大学院大学修了研究発表会/プロジェクト研究発表会にて (その1)

璃月ゆあ ≪同業者コミュニティの形成と印刷産業発展の可能性について-インタビュー分析による他己紹介をワークショップの契機として-≫

研究成果をまとめたポスターが、ずらりと並んでいる。他の美大、芸大でも論文の概要展示は見かけるが、IAMASでは修了要件として作品と論文の両方に取り組むため、論文の本数が多いみたいだ。

その中で、衰退する印刷産業に関するアートっぽくない研究論文に目が留まった。市中のニュースでも書店の減少について見聞きすることがある。自分の周りでも、いろいろな資料や書類が電子データ化され、紙の印刷物はずいぶんと減った。そのような状況下、印刷産業が生き残るためにはどうするか、ひとつの会社のみでは解決できない課題にどのように取り組むかを検討した研究論文だ。

展示風景

研究中に始めた実験的な取り組みは、実験に参加した会社間の関係性にゆっくりと、明らかな変化をもたらすという、明るい未来も見え始めている。しかし、本研究では、決して短期的な解決策を求めていない。効果が見えてくるのは、10年先か、20年先か、ひょっとすると30年先かもしれない、そのような長い目で業界を見渡した提言がまとめられている。

ポスター展示の傍らに、「月の声を聴くための言葉」という題名の小冊子が置かれていた。

展示風景

ページを開くと飾りのスリットがあったり、微細な感情の表現のため、ページごとの行間が微妙に変えてあったり、多くの工夫が凝らされている。この小冊子には、ひとつの印刷会社ではカバーできない印刷・製本技術が詰め込まれている。この小冊子を作る時の経験が、本研究の出発点になっているようだ。

展示風景

作家によれば、本研究には「宝物を探す」ような気持ちで、誠実100%で取り組んだそうだ。また、修了にあたり作品は制作していないが、論文自体が作品でもあると感じているそうだ。

アートっぽくない、異色な展示だが、とても有意義な「作品」を見ることができた。

杉山

對中優 ≪Drifting≫

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研究発表会の会期中、「IAMAS JUNCTION」というトークプログラムが複数回、実施された。今年の卒業生が自身の制作の説明をしたり、学生時代の思い出を話すのだが、学生時代を振り返り「楽しかった」という学生が多かった。きっと充実した時間を過ごしたからに違いない。

情報科学芸術大学院大学修了研究発表会/プロジェクト研究発表会にて (その2)

對中優 ≪Drifting≫

入口の手前に置かれた注意事項を読み、順番を待つ。モニターの表示が「空室(vacant)」に変わったら、ドアを開ける。右側の壁面の中央付近に椅子を見つけた。ひとまず椅子に座り、何が起こるのか、ドキドキしながら待つ。

展示会場入口

目の前のモニターにアバターが映り、いろいろな身振り、手振りを見せてくれる。しばらくすると、モニターの背後の壁の上から、何かが飛んでくる。時折、光るものも飛んでくる。床に落ちたものを見ると、飛んできたのは紙飛行機だった。

≪Drifting≫(部分)

モニターに映るアバターは時折、手をこちらに差し出す。ジェスチャーで何かを伝えようとしているようだ。また、紙飛行機に使われている色紙の裏側に、記号の書かれたものが混じっている。これも何かの伝言だろうか。

≪Drifting≫(部分)

對中は、壁と紙飛行機などで構成されたインスタレーションで、アバターが象徴するバーチャルな空間と観客が存在するリアルな空間の二重性を提示している。壁の向こうのパフォーマーは沈黙しているが、紙飛行機は伝言用のメモ用紙にも変わりうる。観客は飛んでくる紙飛行機を静かに眺めていればいいのだろうか。もし紙飛行機がコミュニケーションの手段であるならば、観客が紙飛行機を壁の向こうに飛ばし返すことで、双方向のコミュニケーションが成立するだろう。作家は、観客がインスタレーションに介入することを期待しているだろうか。あるいは、ただ静かに座っていることを期待しているだろうか。どちらを期待するかにより、作品が示唆するコミュニケーションの展開は、その様相を大きく変えるのではないか。

杉山

松井美緒 ≪残波 – Echoing waves≫

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情報科学芸術大学院大学(以下、IAMAS)の修了研究発表会/プロジェクト研究発表会を見に行こうと知人を誘うと、「遠いから」と断られることが多い。とは言え、名古屋駅からIAMASまでの所要時間は、長久手にある愛知県立芸術大学に行くのと、さほど変わらない。愛知県から岐阜県へ、県境を超えることが「遠い」という思い込みになるのかもしれない。

情報科学芸術大学院大学修了研究発表会/プロジェクト研究発表会にて (その3)

松井美緒 ≪残波 – Echoing waves≫

≪残波 – Echoing waves≫は音の作品だ。音の作品を写真と文章で紹介することには限界がある。可能なら実際に展示会場で体験してもらいたいのだが、既に展示終了のため、記録として簡単に紹介する。

入口のモニターに表示された注意事項を読み、予約表に記名して順番を待つ。モニターの表示が「入室可能です」に変わったら、ドアを開け、真っ暗な室内に入る。右側の壁面の所々に蓄光テープでマークがあるので、部屋の奥まで進み、蓄光テープでマークされた椅子に座り、開演を待つ。

展示会場入口

座った場所の正面あたりの割と近いところから、時々「コーン」という音が聞こえる。日本庭園で見かける、流水と青竹を組み合わせてリズミカルな音を聞かせてくれる「ししおどし」のような音だ。ビルの中の一室で、疑似的に日本庭園の風雅を体験する作品だろうか。

時間がたつにつれ、「コーン」の音の他に、遠くを走る自動車の騒音のようなノイズが混ざり始める。だんだん、不快感を覚えるほどにノイズが強くなる。突然、照明が灯り、部屋の中央に仕掛けられた「ししおどし」が、その姿を現す。

≪残波 – Echoing waves≫(部分)

自分が聞いていたのは、竹で作られた本物の「ししおどし」ではなかった。聞いていたのは、配管などに使われる塩化ビニール製の偽物の「ししおどし」だった。

本日以降、「ししおどし」の音が聞こえてきたら、それは本物の竹の音か、竹以外の筒の音か、録音再生の音か、聞き耳を立てることになりそうだ。ただし、それは社会を飛び交う真偽不明の情報と同じく、容易には判別がつくまい。

杉山

上田麟太郎 ≪視聴者の部屋≫

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今年の情報科学芸術大学院大学(以下、IAMAS)の修了研究発表会/プロジェクト研究発表会の特色として、展示作品のまとまりの良さがある。他の美大、芸大の展示を見ると、「百花繚乱」的な展示が多いが、本研究発表会は優秀なキュレーターが丁寧に準備した展覧会のような心地よさがある。

情報科学芸術大学院大学修了研究発表会/プロジェクト研究発表会にて (その4)

上田麟太郎 ≪視聴者の部屋≫

研究発表会の受付で渡されたリーフレットを見ると、一番近い展示は2階らしい。階段を上り、展示作品「15」のマークの貼られた部屋を見つけた。元々の部屋の用途は「男子仮眠室」らしい。ホワイトキューブの展示室や、アトリエではないあたりが目新しい趣向だ。上がり框で靴を脱ぎ、襖をあけ、仮眠室に静かに入る。

展示会場入口

室内は消灯され、壁面にライブ配信のログ画面が映っている。その他に敷かれたままの布団、使用中のノートパソコン、タブレット、布団の上にはスマホが転がっている。薄暗い室内で、明るく光るモニターがデバイスを使用する人間の存在を暗示している。

作品は映像だけではなく、ログに対応する数名の男性のたわいない会話が聞こえてくる。会話を聞くと、かみ合っているような、ずれているような微妙な調子が続く。

≪視聴者の部屋≫(部分)

作家は、ライブ配信のコミュニケーションと対面のコミュニケーションの相違に興味があるようだ。≪視聴者の部屋≫の登場人物たちは、思い出話や噂話をして、画面の向こうの見えない相手とコミュニケーションをとる。その内容がすれ違っていても、お構いなしだ。

本作は、様々なコミュニケーションとディスコミュニケーションを例示することで、コミュニケーションにおける人間存在の必要性への疑問を提起しているのだろうか。すれ違う会話の様子は、まるで生成AIとの会話に似ている。

杉山

樋口絢女 ≪百花為誰開≫

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愛知県立芸術大学の卒業・修了制作展を見るため、「藤が丘」駅から「リニモ (Linimo)」(愛知高速交通株式会社の磁気浮上式鉄道路線)に乗り、最寄りの「芸大通」駅で降りた。「芸大通」駅から東側の丘陵を眺めると、愛・地球博記念公園の大観覧車が見える。その麓には有名な「ジブリパーク」がある。来月、春休みが始まると、「リニモ」も大混雑するのだろうなと思いながら、芸大への坂道を歩き始めた。

愛知県立芸術大学卒業・修了制作展にて (その1)

樋口絢女 ≪百花為誰開≫

色とりどりの花々が、金色の背景の中に浮かびあがるように描かれている。花々には蝶やとんぼ、バッタが集まり、それらを狙う蜘蛛もひっそりと張られた巣の真ん中で待ち構えている。朝顔が開いているところを見ると、穏やかな早朝の花畑の風景のようだ。

近づくにつれ、画面の所々に、こすれたような跡やモザイクのような模様があることに気がついた。

≪百花為誰開≫

画面の左から右へ、ゆっくりと移動しながら画面を見ると、流れたような跡やモザイクのような模様が、かくれんぼするかのように、あちこちに隠れている。題名を見ると≪百花為誰開≫とある。禅語にちなむ題名のようだが、単に花を題材とした古典的な作品というわけではなさそうだ。

≪百花為誰開≫(部分)

樋口によると、本作は古典絵画と現代的表現の技法を融合させて制作しているそうだ。テレビを見ていると、突然、社会的配慮により解像度を落としたモザイク映像に切り替わることがある。スマホの使用中に電波が届かなくなると、画面の更新が遅れ、色が流れた映像になることがある。そのような視覚体験を古典絵画の上で再現するという、樋口の発想には驚いた。

そのような制作の背景を聞くと、題名の≪百花為誰開≫に込めた作家の思いが気になる。「花は誰かのために咲くのではない。ただ無心に咲くのだ。」という意味の題名は、一時的な人気や流行に一喜一憂せず、自分の制作スタイルに自信を持ち、これからもなお一層、果敢に絵画に取り組む気概を込めた作家の独立宣言のように思われる。

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