2024.07.03 投稿
愛知県美術館(以下「県美」)で開催中の「アブソリュート・チェアーズ」(以下「本展」)と同時開催の「2024年度第2期コレクション展」(以下「第2期展」を見てきました。以下は、そのレポートと感想等です。
◆「アブソリュート・チェアーズ」
県美に入り、廊下の奥に目をやると木箱が見えます。それが本展の目印。木箱に近寄ると、本展の受付がありました。この木箱は、本展の出品作家・副産物産店が制作した《Absolute Chairs #1_rodin’s crate》(2024)。県美が使っていたロダンの彫刻の運搬箱に4本の脚をつけて「椅子」に仕立てた作品で、座ることも出来ます。運搬箱には彫刻の写真等が貼ってありました。
本展のタイトル「アブソリュート・チェアーズ:Absolute Chairs」は「唯一・絶対な椅子」という意味ですが、前記の《Absolute Chairs #1_rodin’s crate》を見ると「反語的なタイトル」と思われます。「椅子」を主題にした展覧会ですが、本年4/18-5/5にジェイアール名古屋タカシマヤで開催された「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」URL:椅子とめぐる20世紀のデザイン展 (takashimaya.co.jp) とは違い、岡本太郎《座ることを拒否する椅子》等が並ぶ「へそ曲がりの展覧会」です。でも、それが本展の魅力。「椅子とは何か」を考えさせる仕掛けがいっぱいでした。
★第1章 美術館の座れない椅子 Unsittable Chairs in Museum
本展は5章で構成。第1章のタイトルが「美術館の座れない椅子」。メインの作品がマルセル・デュシャン《自転車の車輪》(1913/1964)というのですから、挑戦的ですね。《自転車の車輪》と椅子の関係ですが、自転車の車輪の台座は4本脚の「丸椅子」なのです。見方を変えれば「椅子を使った作品」とも言えます。しかし、この丸椅子は「台座」ですから、人は座れません。その横に展示の竹岡雄二《マルセル・デュシャン「自転車の車輪」(1913)へのオマージュ》(1986)に描かれているのは「丸椅子」だけ、「自転車の車輪」は影も形もありません。シュールですね。
草間彌生《無題(金色の椅子のオブジェ)》(1966)は木製の椅子。しかし、詰め物の入った金色の小袋で覆われており、座ることは出来ません。なお、豊田市美術館の「コレクション展」では、この作品と同シリーズの《チェア》(1965)を、9/23まで展示中です。岡本太郎《座ることを拒否する椅子》(1963/c.1990)は5個で1組。「座ることを拒否」とはいえ、オレンジと黒だけは座ることができます。ジム・ランビー《トレイン イン ヴェイン: Train in Vain》(2008)は、切断した中古の椅子を組立て、バッグをぶら下げた作品。本展のチラシに使われていますが、椅子の機能としては「in vain=むだな」オブジェ。Absolute Chairsとは真逆ですが、それが狙いなのでしょう。
★第2章 身体をなぞる椅子 Tracing the Human Body
最初の作品は、フランシス・ベーコン《Triptych(三連画)》1974-77と《座れる人物》(1983)。崩れた人物を描いた作品ですが、ちゃんと椅子に座っています。アンナ・ハルブリン《シニアズ・ロッキング:Seniors Rocking》(2005/2010)は、ロッキングチェアに座った高齢者のエクササイズを撮った映像作品。水鳥の群れが水面に下りる場面もあります。
一番目立つのは檜皮(ひわ)一彦《Knitting_record [SPEC_APMoA]》(2023-2024)ですね。本展は「walkingpractice/CODE:Kitting_record [SPEC_APMoA]」という「ワークショップ」の参加者を本展のチラシで募集。その内容は、本展出品作家・檜皮一彦と共に「車いす編み機」を連れて名古屋の街を歩くというもので、実施は7/27(土)でした。本展では、ワークショップで使用した車いす編み機(車いすの動きに連動して円筒状のマフラーを織る機械)と編んだマフラーを展示。名古屋市の観光名所(名古屋城、名古屋市科学館、名古屋市美術館、愛知県美術館、セントラル・ブリッジ等)を巡ったワークショップの記録映像も併せて展示しています。当然ですが、本展チラシに掲載の画像は7/27に実施のワークショップのものではなく、埼玉県立近代美術館で実施した「荒川河川敷から埼玉県立近代美術館を目指して約7㎞の道のりを歩いた」イベントの写真です。
★第3章 権力を可視化する椅子 Chairs to Visualize Authority
最初の作品は、有名な現代美術コレクター夫妻を石膏で型撮りした肖像=ジョージ・シーガル《ロバート& エセル・スカルの肖像》(1965)です。夫妻が座っているソファが玉座(ぎょくざ)の役割を持ち、二人の権威を可視化する、という仕掛けになっているようです。クリストヴァオ・カニャヴァート《肘掛け椅子》(2012)は、写真だと分かりにくいのですが、実物を見れば、銃の部品を組み立てたアームチェアだと分かる作品です。アンディ・ウォーホル《電気椅子》(1971)は、新聞記事を元にしたシルクスクリーンの版画が10点。Wikipediaによると、電気椅子は絞首刑に代わる「人道的な死刑執行方式」として採用されたもの。映画『グリーン・マイル』(主人公の看守は死刑執行も担当)では、木製の椅子に被執行者を座らせて革ベルトで拘束し、高圧の電気を流す様子も描かれており、刑を執行する手順を一つ抜いて悲惨な結果になった場面は衝撃的でした。
ミロスワフ・バイカ《φ51×4, 85×43×49》(1998)は、電気コードで宙吊りになった椅子。作品名のφ51×4は、腕輪(椅子に取付け)と足元の足輪のサイズでしょうか? また、85×43×49は椅子のサイズでしょうか? 足元の大きな輪の中には塩。拷問具の雰囲気が漂っています。渡辺眸(ひとみ)の《東大全共闘 1968-69》は、安田講堂に立て籠もった全共闘の記録写真です。安田講堂の長椅子を取り外してバリケードにした写真は、見るからに痛々しいものでした。
★第4章 物語る椅子 Narrative Chairs
一番目立つ作品は宮永愛子《waiting for awaking – chair》(2017)。大原美術館を創設した実業家・大原孫三郎の別邸(有隣荘)で使われていた椅子をナフタリンで造形し、透明な樹脂に封じ込めた作品です。作品の説明には「樹脂に貼られたシールをめくるとナフタリンが気化する」と書いてあります。ナフタリンが全て気化すると、椅子の跡は空洞。シールで封印されている間、作品は目覚めを待っている(waiting for awaking)ということでしょうね。
潮田登久子(うしおだ・とくこ)《マイハズバンド》シリーズから、10枚(9/2021~1984/2023)の写真を展示。写真は、夫(島尾伸三・写真家、作家。父親は作家・島尾敏雄)と娘(しまおまほ・現在は漫画家)の日常風景を撮影したものですが、本展では、出品作に写り込んだ椅子に焦点を当ててるようです。確かに、写り込んだ椅子には存在感があります。
名和晃平《PixCell-Tarot Reading (jan.2023)》は、無数の透明な球体で覆われた椅子。韓国の作家YU SORA《my room》(2019)の連作4点は、綿を入れた白布に黒糸で、椅子に掛けた衣服を刺繍した作品。椅子に掛けられた衣服が何かを語りかけてくるようです。
★第5章 関係をつくる椅子 Chairs Which Establish Relationships
6展示室から8展示室に作品を展示していますが、オノ・ヨーコ《白いチェス・セット/信頼して駒を進めよ》(1966/2015)の展示場所は廊下の突き当り。タイトルどおり、チェスの駒は白・黒のセットではなく白・白のセットなので、先手・後手の駒を区別するには、自分の記憶と対戦相手への信頼だけが頼りです。正に、信頼の上に成り立つ「平和的なチェス・セット」ですね。
6展示室のミシェル・ドゥ・ブロワン《樹状細胞》(2024)は会議用の椅子で組み立てた球体。椅子の脚は全て外を向いているので、コロナウイルスのような攻撃的な物体に見えます。
7展示室には、本展受付の前に置かれていた《Absolute Chairs #1_rodin’s crate》(2024)と同じ、副産物産展が制作した廃材を使った作品が並んでいます。ダイアナ・ライヒ《Interventions》(2020-)の連作写真は、人が公園ベンチに寝そべることを防ぐため、わざわざ中央部に肘掛けを取り付けたベンチなど、いわゆる「排除アート」を撮影したものです。花で装飾したベンチもありますが、底意地の悪さが透けて見えます。
8展示室は、映像作品《Re:ローザス!》を展示。《Re:ローザス!》はTVモニターで上映。この外、壁面にダンスワークショップ 「《Re:ローザス!》を踊る!」で募集したメンバーによるパフォーマンスを投影しています。上記のワークショップは本展のチラシで参加者を募集し、7/23~7/25に開催。ローザス創設メンバーの一人・池田扶美代氏が講師となって椅子を使ったダンスを講習。ワークショップに参加したメンバーは、覚えたダンスを芸文センター1階、2階、10階のロビーで披露。8展示室の映像は、ダンスワークショップで撮影したものを編集したようです。知り合いが写っているかもしれませんね。
(参考資料)埼玉県立美術館で開催された「アブソリュート・チェアーズ」展覧会評のURL
本展が巡回した埼玉県立近代美術館の展覧会評はネットで検索することができます。なかでも、以下に掲げた2つのURLは会場写真も掲載されているので、参考になると思われます。
「アブソリュート・チェアーズ」(埼玉県立近代美術館)レポート。ウォーホルやベーコン、名和晃平らの作品を通じて「椅子の絶対的魅力」に迫る|Tokyo Art Beat
芸術家たちは椅子を使って何を表現したか。 「アブソリュート・チェアーズ」 | FEATURE【アートニュース・特集記事】 | 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ (artagenda.jp)
◆2024年度第2期コレクション展
本展を鑑賞した後、同時開催の第2期展も鑑賞しました。通常なら企画展を開催する展示室を使っているので会場が広く、内容も見ごたえのあるコレクション展でした。いつもより質・量ともに多く「推し」の展覧会ですね。以下のとおり、4つの章で構成されています。
★県美の名品、裏話(展示室2)
グスタフ・クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》(1903)、マックス・エルンスト《ポーランドの騎士》(1954)などの名品が目白押しですが、ポール・デルヴォー《こだま(あるいは「街路の神秘」)》(1943)の隣には、キャンバスの裏に描かれたものの、黒く塗りつぶされたデルボー夫妻の肖像画のX線写真も展示しています。正に「裏話」です。
★木村定三コレクション 加藤孝一のセラミック(展示室2)
作品リストには「木村定三が愛好した多数の焼き物作品をご紹介する、当館で受贈後初となる特集展示です」と書かれていました。
★明治から昭和初期の洋画(展示室2)
黒田清輝《暖き日》(1891)の解説を読み、高橋由一《厨房具》(1878-79)と見比べて「旧派」「新派」の違い(断絶?)を実感しました。古賀春江《夏山》(1927)、藤田嗣治《青衣の女》(1925)、里見勝蔵《裸婦》(1928₋29頃)、猪熊弦一郎《馬と裸婦》(1935)など、「また会えて良かった」と感じる作品が並んでいました。
★明新制作派協会彫刻部の創立メンバーたち(展示室3)
本郷新、柳原義達、舟越保武、佐藤忠良という重鎮の作品が並ぶ中、舟越桂の作品は《つばさを拡げる鳥がみえた》(1985)、《肩で眠る月》(1996)の2点。故人を追悼する思いを込めて作品を鑑賞しました。
Ron.