展覧会見てある記「コスチュームジュエリー」愛知県美術館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

現在、愛知県美術館(以下「県美」)で開催中の「コスチュームジュエリー シャネル、ディオール、スキャパレッリ 美の変革者たち 小瀧千佐子コレクションより」(以下「本展」)に行ってきました。アクセサリーの展示が中心なので、女性の来館者が多く、子どもの姿もありました。

 なお、作品リストはスマホでQRコードを読み取る方式です。紙のリストが欲しい方は、事前に本展の公式サイト(URL:コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより (ctv.co.jp) )からダウンロードし、印刷しておくと良いでしょう。

◆第1章 ポール・ポワレとメゾン・グリポワ

★ポール・ポワレの作品

第1章の見どころは、何といっても、ポール・ポワレがデザインした夜会用マスク・ブレスレット《深海》(1919)です。写真ではよくわかりませんが、実物を見ると「マスクのモチーフは蛸だ」とわかります。目の隙間がとても細く「本当に前が見えるだろうか?」と心配になりました。作品のキャプションには「制作:マドレーヌ・パニゾン」と書かれています。

県美では他の会場と違い《深海》だけでなく、ポール・ポワレの《イヴニング・ドレス》(1933₋35年頃)や、デザイン画も併せて出品されています。ドレスやデザイン画も展示されているので、視野が広がった気がしますね。イヴニング・ドレスは、「ハーレムパンツの上から円錐状のスカートを着ている」という感じの奇抜なスタイルです。スカートの裾には輪が入っているので、きれいな円錐形のシルエットになりますが「歩きにくいのでは?」と心配になってしまいます。

なお、本展の出品作品は基本的に「撮影可能」ですが、ドレスやデザイン画は「撮影禁止」。ドレスの図版は、公式サイトでご覧ください。

★メゾン・グリポワの作品

第1章の解説によれば、メゾン・グリポワはポワレのコスチュームジュエリーの制作を担ったジュエリー工房のひとつ。後に、ガブリエル・シャネルやクリスチャン・ディオールのコスチュームジュエリーも制作しています。シャネルのために制作したものの中では、ブローチ“蜂”モチーフ(No.92:No.は作品番号、以下同じ)や“カエル”(No.93)が、ディオールのために制作したものの中では、ネックレス“葉と藤の花”モチーフ(No.131:写真)やイヤリング、ブローチ“すみれ”モチーフ(No.138)が目を引きました。いずれも、色ガラスや針金を使った、細かい細工の美しいものです。なかでも“蜂”や“カエル”は、とても小さくて可愛らしいと感じ、宝石や貴金属を使っていなくても、美しく着飾ることができるのだと思いました。

なお、第1章「ポール・ポワレとメゾン・グリポワ」は、県美独自の章立てです。他の会場では「美の変革者たち オートクチュールのコスチュームジュエリー」の中で《深海》を展示しています。

◆第2章 美の変革者たち

 第2章には本展の副題に書かれた「シャネル、ディオール、スキャパレッリ」が登場するので、先ずは、シャネルからご紹介します。

★シャネルの作品

本展に展示されている《デイ・スーツ》《カクテル・ドレス》は、いずれも1960年頃のものです。ジャクリーヌ・ケネディもアメリカ製のシャネル・スーツを愛用していましたね。ピンク色の花に緑の葉をあしらったネックレス“花”モチーフ(No.60:写真)は、メゾン・グリポワ制作ですが、第1章ではなく第2章に展示。首にかけた状態で展示しているので、身につけた時の感じが分かりやすいと感じました。葉の緑色が良いアクセントになっています。

★スキャパレッリの作品

 ポール・ポワレに才能を見出されたスキャパレッリの《ディナー・スーツ》(1935頃)は茶色のベルベット地で、襟とポケットに金色の飾りをつけた豪華なものです。黒い《イヴニング・ドレス》(1948)のキャプションには「デザイン:ユベール・ド・ジバンシィ」と書かれています。ひざ下から広がっている女性的なものでした。ジバンシイは、スキャパレッリに師事し、1952年に独立しています。映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘプバーンが着ていたブラックドレスは、彼のデザインでしたね。県美では、スキャパレッリだけでなく、ジバンシィのドレスも見ることが出来ました。

ネックレス“葉”(1937:写真)も首にかけた状態でクリップ“葉”モチーフと一緒に展示されていました。キャプションには「デザイン/制作:ジャン・クレモン)」と書かれています。金色の葉がキラキラ光り、とても豪華な雰囲気があります。

スキャパレッリのコーナーには、当時のファッション雑誌も展示されており、ダリの記事も載っていました。「一見の価値あり」です。

★ディオール、イヴ・サンローランの作品

 クリスチャン・ディオールの作品は、黒の《ディナー・ドレス》(1952)とグレーの《イヴニング・ドレス》(1953)。ディナー・ドレスは腰を強く絞っているので、着る時は大変だったでしょうね。イヴニング・ドレスは一昔前のバッスル・スタイルで、お尻にボリュームがあります。復古調のスタイルですが、第二次世界大戦後ということで受け入れられたのでしょうね。ディオールに才能を見出されたイヴ・サンローランの作品は《パンツ・スーツ》(1982)です。男性のファッションであるタキシードを女性向けにアレンジしたもの。時代の空気を先取りしたファッションだと思います。

ディオール向けに制作されたジュエリーで目を引いたのは、ネックレス・イヤリング(No.115:写真はネックレス)。素材はガラスと模造パールですが、とても上品なアクセサリーです。キャプションには「デザイン:ロジェ・ジャン=ピエール、制作:ミッチェル・マイヤー」と書かれていました。

◆第3章 躍進した様式美

第3章ではパルリエ(宝飾師。宝石やコスチュームジュエリーなどを制作する職人)別に作品を展示。目を引いたのは、リーン・ヴォートラン:ブローチ“花の精”(No.206)、コッポラ・エ・トッポ:チョーカー“花火”(No.216:写真)、ロジェ・ジャン=ピエール:ネックレス(252)、リナ・バレッティ:ネックレス(No.296)などです。

◆第4章 新世界のマスプロダクション

第4章は、アメリカのコスチュームジュエリーを展示。目を引いたのは、ミリアム・ハスケル:ペンダント・ネックレス(No.324)、ケネス・ジェイ・レーン:ネックレス“ジャッキー・オナシス スタイル”(No.407)などです。

◆最後に

昨年度は名古屋市美術館「マリーローランサンとモード」でファッションの展示がありましたが、今回は展示されるファッションの点数が多いので、更に楽しむことができます。

Ron.

「吉本作次 絵画の道行き」記念講演会と「吉本さんを囲む会」

カテゴリ:作家を囲む会 投稿者:editor

現在、名古屋市美術館で開催中の「吉本作次 絵画の道行き」(以下「本展」)関連催事として、4月21(日)午後2時から記念講演会「吉本作次―絵画論」が開催されました。また、同日午後5時からは、名古屋市美術館協力会の「吉本さんを囲む会」も開催されました。以下は、その概要です。

◆記念講演会「吉本作次―絵画論」 pm2:00~3:30

会場は名古屋市美術館2階の講堂。定員180人の会場は、「見た目では満席」という状態でした。

講演会を始めるにあたり、吉本作次さん(以下「吉本さん」)は「全部乗せで行く」と宣言。講演会は、宣言どおり「盛り沢山」で、あっという間に1時間半が過ぎてしまいました。吉本さんが「全部乗せ」と言うだけあって、とても情報量が多いので、項目を絞って内容をご紹介します。

★芸術って、必要ですか?

講演の冒頭、吉本さんは講演参加者に「芸術って、必要ですか?」という質問を投げかけました。

そして、吉本さんのお答えは、「飢えている子どもや災害のときに、アートは無力。先ず必要なものは、食べる物。日本の終戦後、ガード下に登場したのは食べ物の屋台」というものでした。

ただ、それだけでは終わらず「1949年には、読売美術展(後のアンデパンダン展)が開催された。“衣食足りて芸術を知る”」と話されました。「衣食足りた状態になって、ようやく人は芸術を求める」ということですね。

「“猫を飼うことって、必要ですか?”という質問は、“芸術って、必要ですか?”という質問に似ている。どちらも、個人の嗜好性に関するものだ」という吉本さんの言葉も、含蓄の深いものでした。

★芸術もAIに乗っ取られる?

生成AIが描いた絵画が話題になる時代になりましたが、吉本さんは「世界最速の男ウサイン・ボルトと言っても、競走すれば犬より遅い。将棋のAIソフトと対局すれば、人間が負ける時代。一定のルールの中で競うことで感動が生まれる。人と人の対決は無くならない」と話されました。生成AIが商業デザインの仕事に利用されるようになるとは思われますが、芸術家の役割は無くならないだろう、と少し安心しました。

★芸術は客観性だけでは測れない

吉本さんは、美の優劣は判断基準によって変わることを、セザンヌの名作を例に話されました。古典主義の絵画が全盛時代なら、セザンヌの良さは評価されない。芸術作品の鑑賞には「見るポイント」を持つことが必要、ということでした。

「千利休の茶器の“わび・さび”の価値は、主観の為せる技。美の価値は、客観性だけでは測れない」という言葉も、心に響きました。

★現代アートは“親殺し”、一代限りのもの

ダダイズムの作品で、既製品の便器に“泉”というタイトルをつけたものがありますが、吉本さんは「現代美術は“親殺し”、前の世代の否定。絶えず“アンチ”を出すことには限界が出てくる」と話します。この言葉には、衝撃を受けました。

★吉本さんが辿ってきた道

講演会の話題は、吉本さんの経歴に移っていき、吉本さんは以下のような話をされました。

高校生の時、月刊漫画誌『ガロ』に嵌(はま)り、受験勉強は真剣に取り組まなかったので、何校も受験したけれど合格したのは名古屋芸術大学だけ。若い頃は、キース・ヘリングやバスキアが流行しており、倉庫のようなギャラリーで作品が展示されている時代。巨大な作品用のキャンバスは、既製品では手に入らないので、麻布(あさぬの)を業者に縫ってもらい、それを板に貼りつけて作品を制作。作品が雑誌『BRUTUS』の目に留まり、特集号の表紙を飾った。当時は、桑名市の鋳物工場で作品を制作。油絵具ではなくアルキッド系のインクを使用。本展に出品している当時の作品は《中断された眠りⅠ》《中断された眠りⅡ》(いずれも1985)。《Bone》(1986)は油絵具で描いた。ニューヨークに渡り、メトロポリタン美術館のブリューゲルの作品に感動。透明色を塗り重ねる「グレージング」を知る。また、ジャスパー・ジョーンズやジョン・ケージのアトリエの近くのコテージで《Goodbye Tomato》(1986)を制作した。インスタレーションの制作を繰り返し、1989年にニューヨークで個展をやってもうれしくなかった。個展のお客は少なく、落ち込むばかりで「俺は何をやっているんだ?」と思った。

★「書の勉強」が転機となった

吉本さんは「NHK教育テレビで放送していた榊漠山“書の歴史講座”が転機となった」と語ります。

講座は甲骨文字から始まり、「削る」が書の原型だそうです。粘土に甲骨文字を削る時、最初に刃物を沈め、その後、浮かせるように使うとのこと。筆と墨を使って紙に文字を書くようになると、沈めたり浮かせたりを複数回行う「多節法」が生まれる。吉本さんは「これは、そのまま絵に使える」と思ったそうです。

吉本さんは「藤原佐理(注:ふじわら・すけまさ=小野道風・藤原行成と並ぶ三蹟(三跡とも言う)の一人。藤原行成は大河ドラマ「光る君へ」に登場しましたね)が好き」とのことで、褚遂良(注:ちょ・すいりょう=唐初期の書家。虞世南・欧陽詢と並ぶ初唐の三大家・楷書の完成者の一人)、黄庭堅(注:こう・ていけん=北宋の書家・詩人)、傅山(注:ふ・ざん=明末・清初の書家・画家。唐の顔真卿、晋の王羲之の書に取り組む)、倪元璐(注:げい・げんろ=明末の書家・官僚、書を王羲之、北宋の蘇軾に学ぶ)についても紹介されました。

★テンペラから油絵へ

「書」の続きは、油絵の起源についての話です。

吉本さんによれば「油絵はフランドルが起源」とのこと。それまでの絵は、絵の具を卵の黄身を混ぜ合わせて板に絵を描くテンペラが主流。イタリアのヴェネツィア派になると、カンヴァス(帆布)を使った大きな絵を油絵具で描くようになる。ティツィアーノは白(鉛白)でハイライトを描き、その上にグレージングで透明色を塗る。北方ルネサンスもヴェネツィア派と同じとのことです。

ダ・ヴィンチ、ラファエロからアングルまで、筆跡を消すスフマートが主流ですが、ルーベンスの作品には筆跡が残されています。ルーベンスの魅力は、筆跡のS字カープ。なお、日本人の描く線はS字ですが、西洋人はS字ではなく、“C”と“裏返しのC”の組み合わせ、という違いがある。

★線について

吉本さんは、レンブラント《解体された牛》(1655)の線について「激しいストローク(注:大きく腕を振るって筆を動かすような運動間のある行為)は、長谷川等伯《松林図屏風》(1568-1600)と共通する、と話します。また、ストロークの白眉は、マネ《フォリー・ベルジェ―ㇽのバー》(1882)のチョーカーの中のストローク。「線が似ている」と感じるのは、ヴェロッキオの作品の髪と《平治物語絵巻(三条殿焼討)》(13世紀後半)の炎、ダ・ヴィンチの髪と尾形光琳《紅白梅図屏風》(18世紀)。

また「線の良し悪しは漫画を読めばいい」と話し、上村一夫の作品を投影しました。

★遠近法について

講演会の最後は、各種の遠近法=「平行遠近法」「ジグザグ遠近法」「逆行き遠近法」と絵画の構図についてのお話と、「画家は60過ぎてから!」「打ち上げでは、宴会を開く」という話をされて、講演会は終了しました。

◆「吉本作次 絵画の道行き Ⅱ」KENJI TAKI GALLARY

記念講演会の終了後、協力会の「吉本さんを囲む会」の開始までは時間があったので他の会員と連れ立って、美術館の近所(中区栄三丁目20-25、本町通の東側)のケンジタキギャラリー(URL: ケンジタキギャラリー (kenjitaki.com))で開催中の「吉本作次 絵画の道行き Ⅱ」を見てきました。

◆吉本さんを囲む会

会場は名古屋市美術館1階のスギヤマコーヒー。最初にビールやシャンパン、日本酒、ソフトドリンクで乾杯。軽食を食べながら歓談を楽しみました。吉本さんから「講演会では顔真卿の話も予定していたが、時間の関係で割愛。残念だった」という話を聞きました。「顔真卿の書は建築的」と話され、好奇心が湧きましたね。最後に吉本さんとのQ&Aタイムもあり、「宴会好き」の吉本さんだけでなく、参加した皆さん方も満足されていました。

◆「吉本作次 絵画の道行き」のレビュー(Web記事のご紹介)

本展の概要については、「美術展ナビ2024.04.21」に記事(URL:【レビュー】特別展「吉本作次 絵画の道行き」 ~重厚長大な画面を経て、線がもたらす視覚的愉しみへ~ 名古屋市美術館 – 美術展ナビ (artexhibition.jp))が載っています。分かりやすい解説で、図版も入っているご紹介します。

◆補足(岡本太郎と北大路魯山人、顔真卿の書が親子三代にわたる関係をつなぐ)

吉本さんから「顔真卿」という名前を聞いて、数年前に読んだWeb記事(URLは下記のとおり)を思い出しました。岡本太郎の祖父・岡本竹次郎は、顔真卿の書を基本とする書道家で、「岡本可亭」と名乗っていました。北大路魯山人(本名:福田房次郎)は22歳の時、可亭に弟子入り。顔真卿に憧れ30代で「魯卿」40代で「魯山人」と名乗ります。魯山人は可亭の内弟子を2年で終えて独立。「福田鴨亭」と名乗り、書・篆刻(看板彫り)で生計を立てますが、岡本家との関係は、内弟子を終えた後も親子三代にわたって続いたとのことです。

出展:■北大路魯山人と岡本家の人びと | 政治・文化情報2017 (kousin242.sakura.ne.jp)

Ron.

吉本作次さんを囲む会

カテゴリ:作家を囲む会 投稿者:editor

令和6年4月21日、名古屋市美術館協力会は、現在名古屋市美術館にて開催されています展覧会の作家である吉本作次さんを美術館のカフェにお迎えして、作家を囲む会を開催しました。

吉本さんは、彼の作品の中でもしばしば酒盛りの様子が描かれているのですが、大のお酒好きとお聞きしました。そこで、お酒とお料理を用意しますとお誘いしたところ、出席を快諾してくださいました。

吉本さんは酒盛り中もいたくご機嫌で、参加した会員たちとにこやかに食事とお酒を楽しまれ、思い出に残る会となりました。お酒、お強そう。お飲みになってもあまり顔色も変わりません。

吉本さん、ほんとうにありがとうございました。

吉本作次展 絵画の道行き ギャラリートーク

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館では、4月6日より、1980年代以降の日本の現代美術を代表する作家である吉本作次さんの展覧会「絵画の道行き」が開催されています。4月13日土曜日は、この展覧会の協力会会員限定のギャラリートークが、閉館後の美術館にて開催されました。

今回の展示作品数は多く、初期の荒々しい力強さの目立つ作風から、次第に彼独特のかわいらしい人々の登場する作風に変貌していく過程が展覧会を通して見て取れます。

展覧会の担当学芸員の清家さんの解説を聞きながら、会員たちも作品を1つ1つ興味深そうに鑑賞しました。展覧会は6月9日日曜日まで、開催されます。

読書ノート 「コスチュームジュエリー」小瀧千佐子 著

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

―美の変革者たち― シャネル、ディオール、スキャパレッリ 発行日2023.10.15 発行 世界文化社

今回、ご紹介するのは、近所の図書館で借りてきた本です。一般書籍という体裁でしたが、巻末の「おわりに」に「全国5カ所に巡回する展覧会の図録」(ただし、巡回先の記載なし)と書いてありました。著者については「ムラーノガラス(ヴェネチアンガラス)、ヴェネチアンビーズ、コスチュームジュエリー、三つのジャンルの研究者・コレクター。前勤務先のエールフランス航空在籍中からコレクションを開始。1983年には日本ではじめてのムラーノガラスの専門店をオープン、2014年にショップchisa(チサ)をスタート」との紹介があります。

◆「はじめに」 コスチュームジュエリーとは

コスチュームジュエリーという言葉について、著者は「貴金属を用いず合金、銀、ガラスや半貴石などで作られたネックレス、プローチ、イヤリング、ブレスレットをはじめとするファッションジュエリー」と定義。そして「金やダイヤのように素材そのものに市場価値がないことから、流行の終焉と共に消え去る運命にある」のですが「二つの大戦を経てなお生き残ったコスチュームジュエリー」には「デザインしたアーティストたちの先鋭的で独創的な、ゆるぎないスタイル(様式美)があった」「20世紀の誕生から100年を迎える今、アートとして認識されるべきものであろう」と書いています。

◆ポール・ポワレ《夜会用マスク・ブレスレット”深海“》(1919)

本書はp.5に、ポール・ポワレがデザインした夜会用マスク・ブレスレット“深海”の写真を掲載。とてもインパクトのある作品です。制作者は、1928年までポワレと共に働いていた帽子職人のマドレーヌ・パニゾンです。本書は「100年を超えて、悲惨な状態であったポワレのマスク」と書くだけですが、2023.11.26付の日本経済新聞「The STYLE」には、「ベルギーの収集家から届いた時はチュール(薄い網状布)がボロボロ。ビーズを通した糸も今にも切れて、ビーズが落ちそうな状態。似たチュールを探し染めるところから始め、ビーズ一粒一粒、一針一針、2年がかりで修復した」と書いてありました。一見の価値がある作品だと思います。“深海”の画像・動画は、下記の展覧会公式サイトで検索できますが、是非とも実物を見てみたいですね。

公式サイトのURL:コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより (ctv.co.jp)

◆Chapter 1 美の変革者たち オートクチュールのコスチュームジュエリー

Chapter 1では、「“本物の偽物”を公言してジュエリーの概念を覆したシャネルと、コスチュームジュエリーにアートの要素を取り入れたスキャパレッリ、そしてフェミニンなドレスに合わせて優美な作品を発表したディオールというモード界を代表する三人の初期作品群」をはじめとする作品を掲載しています。ただし、展覧会のタイトルとは違い、スキャパレッリ、シャネル、ディオールという順番に並んでいます。なお、上記・公式サイトでは、以下の作品を掲載しています。

スキャパレッリ:《ネックレス“葉”》(1937)本書p.14(デザイン/制作:ジャン・クレモン)、

《ブローチ》(1951頃)本書p.35(デザイン:サルバドール・ダリ、製作国アメリカ)

シャネル:《ネックレス“花”モチーフ》(1938頃)本書p.39(制作:メゾン・グリポワ)

ディオール:《ネックレス、イヤリング》(1954頃)本書p.64(デザイン:ロジェ・ジャン=ピエール、製作:ミッチェル・メイヤー)

作品の写真のほか、「『戦前』と『戦後』で異なるスキャパレッリの作風」「スキャパレッリとシャネル その作風の違い」などのコラムもあり、スキャパレッリはポール・ポワレに類まれなセンスを見出され、1927年にはパリで自身の小さな店を開くに至ったこと、スキャパレッリとシャネルはライバル関係にあったことなどを知ることができます。

◆Chapter 2 躍進した様式美 ヨーロッパのコスチュームジュエリー

Chapter 2では、パルリエ(宝飾師。宝石やコスチュームジュエリーなどを制作する職人)別に、主な作品を紹介しています。なお、上記・公式サイトでは以下の作品を掲載しています。

リーン・ヴォートラン:《ブローチ“花の精”》(1945頃)本書p.100

コッポラ・エ・トッポ:《チョーカー“花火”》(1968)本書p.112

ロジェ・ジャン=ピエール:《ネックレス》(1960頃)本書p.135、《クリップ》(1960頃)本書p.139

シス:《ネックレス》(1950頃)本書p.144,《ネックレス》(1960頃)本書p.142

メゾン・グリポワ:《ブローチ》(1960年代)本書p.156、《ブローチ》(1989)本書p.159

◆Chapter 3 新世界のマスプロダクション アメリカのコスチュームジュエリー

Chapter 3は、アメリカのコスチュームジュエリーを取り上げています。本書p.164に「ヨーロッパとアメリカのコスチュームジュエリーの比較表」があり、ヨーロッパは「比較的上流階級の少人数に対して手作りによる小ロット」、アメリカは「広く一般大衆向けで機械による大量生産」など、両者は大きく異なっていることがわかります。なお、上記・公式サイトでは、以下の作品を掲載しています。

ミリアム・ハスケル:《ペンダント“エンジェルストランペット”モチーフ》(1930年代)本書p.166

《ネックレス、クリップ“フラワー”モチーフ》(1938)本書p.176

トリファリ:《ブローチ“枝に二羽の鳥”》(1942)本書p.186、

《ペアクリップ“テノールフィッシュとマーメイド”》(1940)本書p.189

ケネス・ジェイ・レーン:《ネックレス“ジャッキー・オナシス スタイル》(1970)本書p.197

トリファリについては「おわりに」本書p.206に、「約40年前にロンドンのフリーマーケットでオレンジ色のガラス製ペンダントに魅了され、裏を返すと「Trifari」という刻印があり、説明を聞いてすぐに購入した」というエピソードが書いてあります。トリファリがコレクションの原点だったのですね。

◆図、年表など

本文、コラム、作品写真の外、コスチュームジュエリー展事務局・編の「デザイナーたちの相関関係」(本書p.86)、「セレブリティとデザイナーの相関関係」(本書p.200)、「用語解説」(本書p.201~203)、「コスチュームジュエリークロニクル」(=年表、本書p.204~205)等もあり理解の助けになりました。

◆愛知会場限定の展示

上記・公式サイトによれば、愛知会場は愛知県美術館、会期は2024.4.26~6.30とのこと。会場が広いため、愛知会場限定で、コスチュームジュエリー展に関係するシャネル、ディオール、スキャパレッリなどのファッションの展示があるようです。

なお、上記「デザイナーたちの相関関係」は、デザイナーたちの師弟関係、ライバル関係を書いています。この相関関係を頭に入れて展示作品を見るのも、一興ではないでしょうか。面白いのは、シャネルとディオールはライバル関係ですが、ディオールの後を継いだイヴ・サンローランの「パンツ・スーツ」を見ると、「シャネルとの相性が良いのでは」と思えることです。

① 師弟関係(その1)ポール・ポワレ(才能を見抜く)→ スキャパレッリ ←(師事)ジバンシィ

② ライバル関係(その1)スキャパレッリ ←(対極の発想)→ シャネル

③ ライバル関係(その2)シャネル ←(対極の発想)→ ディオール

④ 師弟関係(その2) ディオール(私の後を継ぐのはイヴしかいない)→ イヴ・サンローラン

◆最後に

昨年度は名古屋市美術館「マリーローランサンとモード」でファッションの展示がありましたが、今回は展示される作品の点数が多いので、今から楽しみですね。

Ron.

 

展覧会見てある記「ブルターニュの光と風」豊橋市美術博物館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

2024.03.07 投稿

大規模改修工事のため2022年6月から休館していた豊橋市美術博物館(以下「美術館」)ですが、3月1日にリニューアルオープンしたので早速行ってきました。リニューアルオープン記念の展覧会は「ブルターニュの光と風」(以下「本展」)。以下は、本展の概要と感想などです。

◆リニューアルで変わったのは?

美術館の玄関を入ると、正面にガラス張りのエレベーターが新設されていました。本棚が無くなり、ミュージアムショップも模様替え。エントランスホールが明るくなりましたね。各展示室の出入り口には自動扉が設置されています。なお、詳細は次のURL〔r60103.pdf (toyohashi.lg.jp) 〕をご覧ください。

◆本展について

カンベール美術館

本展のチラシ〔URL: 1215ブルターニュの光と風A4 (toyohashi-bihaku.jp)〕によれば、本展はフランス北西部・ブルターニュ地方の西端にあるカンベール美術館のコレクションを中心に、ブルターニュの風土や人々を描いた近現代の絵画を紹介しているとのこと。全3章で構成されていました。

ブルターニュ地方の位置

◆第1章 ブルターニュの風景-豊饒な海と大地(展示室1,2)

〇展示室1

目を引いたのは、131.5cm×202.5cmの大画面に描かれたテオドール・ギュダン《ベル=イル沿岸の暴風雨》(1851)です。画面中央の海にヨット、左下の大岩の上に人物、右下の岩陰には海鳥が飛んでいます。何れも点のようで、描かれた風景の雄大さが強調されています。図版は美術館のホームページ(URL: https://toyohashi-bihaku.jp/bihaku03/brittany/)に掲載されていますので、ご覧ください。

外にも、荒々しい海を描いた作品が目を引きました。荒波に揺られる小舟)の上で網を引き揚げる様子を描いた、テオフィル・ディオール《鯖漁》(1881)、嵐に遭遇して難破した親子を描いたアルフレッド・ギュ《さらば!》(1892)は、息子の亡骸に口づけする父の厳粛な姿に引き付けられました。同作家の《コンカルノーの鰯加工場で働く娘たち》(1896頃)は荒海ではないものの、漁港の生き生きとした様子とブルターニュの女性の民族衣装が印象的でした (2作品ともチラシに図版)。

〇展示室2

 展示室1からの連絡通路を歩いて展示室2に入ると、アレクサンドル・セジェ《プルケルムール渓谷、アレー山地》(1883年頃、ホームページに図版)を始め、穏やかな風景を描いた作品が並んでいました。

展示室2の最後の壁に掲げられたリュシアン・レヴィ=デュルメール《パンマールの聖母》は、ブルゴーニュの海岸を背景にした母子像。額縁が立派なので、思わず撮影してしまいました。

第1章は、名前を聞くのも初めての作家ばかりでしたが、いずれもサイズが大きく、描写力もあって見ごたえのある作品が並んでいます。

◆第2章 ブルターニュに集う画家たち-印象派からナビ派へ(展示室4)

第2章にはブルターニュに来て絵を描いた、ポール・ゴーギャン、モーリス・ドニ、ピエール・ボナールなどの作品が並んでいます。なかでも目を引いたのが、タヒチに旅立つゴーギャンとの別れを描いたポール・セルジエ《さようなら、ゴーギャン》(1906、ホームページに図版)とピエール・ボナール《アンドレ・ボナール嬢の肖像 画家の娘》(1890、チラシに図版)です。

◆第3章 新たな眼差し-多様な表現の探求(展示室3)

第3章には、新しい時代の作品が並んでいます。アンドレ・ドーシェ《ラニュロンの松の木》(1917)は、浮世絵のような作品。リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》(1907)は、強い光を浴びた女性の赤いリボンが目に焼き付きました。

◆最後に

冒頭にも書きましたが、リニューアル後の美術館は、内装にはガラスが多用され、近代的な雰囲気が増しています。

ロッカーが「コイン式」から「4つの数字を組み合わせる方式」に替わりました。100円玉が不要になったのは良いのですが、鍵がありません。どのロッカーに荷物を入れたのか忘れ、一瞬、あせりました。ロッカーを使った時は、「ロッカーの番号」と「セットした4つの数字」をメモすることをお忘れなく。

なお、本展は4月7日(日)まで。開催期間が短いので、ご注意ください。

Ron.

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