豊橋市美術博物館の1階・特別展示室で開催中のコレクション展「令和3年度第1期“HAPPY YELLOW”」を見てきました。令和2年度のテーマ「赤」「白」「青」に続く、4回目の「色」をテーマにした展示です。解説では、黄色のイメージについて「やさしさ」や「あたたかさ」と書いています。また、“HAPPY YELLOW”については「黄色を効果的に用いた作品」に「ささやかな幸福感を見出していただければ幸いです」と書いていました。14点の作品が展示されていますが、うち7点について感想などを書いてみます。
◎入口の作品は
展示室の入口に展示の木村忠太《樹の下で》(1976)には、黄色の画面に4本の縦線や緑の点、白い長方形などが描かれています。題名から推測すると4本の縦線は二本の樹の幹で緑の点は森、白い長方形はトラックの箱型荷台かな。そうすると、トラックの左に描かれているのは乗用車で、青く塗られた所は道路のように見えます。奥行きの無い、子供が描いたような絵ですが、画家の記憶にあるイメージは確実に表現していると思いました。
◎女性の存在感が圧倒的な《男女》
中村正義《男女》(1963)は、名古屋市美術館も同時期の制作で、同じ題名の作品を所蔵しています。名古屋市美術館所蔵の作品は横長で、男女同じサイズの顔が並んでいますが、コレクション展に出品されているのは縦長で、画面中央に日本髪・和服の女性が大きく描かれ、男性は画面右の僅かな余白に身を潜めるような感じで立っています。「原始女性は太陽であった」という言葉を思い起こさせる作品でした。
◎パウル・クレー? ジョアン・ミロ?
星野眞吾《地図による作品》(1953)は、黒い画面に黄色を基調にした菱形が幾つも描かれ、その上に赤や黒の線を重ねた作品です。菱形を見ているとパウル・クレーの作品を連想し、篆書のような赤や黒の線はジョアン・ミロを連想させます。「地下鉄の路線図からイメージを得た」という解説が付いていました。
◎アプリコット・イエローの家
荻須高徳《黄色い家》(1984)の主題は、こげ茶の屋根の二階建の家。二階の壁は白色一階はオレンジ色です。一瞬「オレンジ色でも黄色?」と思ったのですが、よく見るとアプリコット・イエロー=黄赤色の壁でした。黄色が表す範囲は広いのですね。一階の窓越しに見える棚には籠が置かれ、パンのようなものが入っています。
◎ディック・ブルーナの絵本のような
笠井誠一《室内(観葉植物のある)》(1986)は、クリーム・イエローの壁に囲まれた、灰色の床のアトリエに置かれた白い丸テーブルと観葉植物、うす茶色のイーゼルとこげ茶色の額縁を描いた作品。いずれも、太い褐色のシンプルな輪郭線で囲まれています。ディック・ブルーナの絵本を思わせますが、絵本とは違って原色ではなく、柔らかな色彩で塗られているので穏やかな気持ちになる作品です。
◎砂漠? 砂浜?
大場厚《雲》(1975)は、画面上部7分の1ほどが空で、その他の大部分は黄色く塗られています。砂漠なのか、砂浜なのか分かりません。画面右下には、カトレアを挿したコップが描かれています。不思議なのは、このコップが空中に浮いているように見えることです。花と風景は別々の世界に存在しているのでしょうね。
◎スーパーリアルなのに感じる「作り物感」
上田薫《玉子にスプーンA》(1986)は、殻の上部を取った半熟玉子にスプーンを突き刺したところを描いた作品です。スプーンはピカピカに磨かれているので、凹面鏡のように周囲の様子を写しています。展示室に駆け込んできた幼児が、この絵を見て「写真だ!」と叫び、追いかけてきた母親から「静かにしなさい」と注意されていました。黄身のトロっとした触感や殻の割れ目、スプーンの光沢など、まさにスーパーリアリズムです。ただ、写真と違って「作り物感」があるのは何故でしょうか。写真だとスプーンに撮影者も写り込みますが、この作品に撮影者は写っていません。とはいえ、撮影者の写り込みが描かれた作品を想像しても「作り物感」は残ります。なぜなのでしょう?絵に不純物が描かれていないからでしょうか?
◎最後に
4月25日(日)付の日本経済新聞「美術館常設展 広がる世界」という記事は、美術館常設展の魅力について以下のように書いています。
〈常設展の入場料はたいがい数百円程度。人気企画展のように人の頭越しでなく、ピカソやモネの名画とも対面できる。(略)美術品は年齢を重ねるごとに見え方も変わる。その時々の気分や時代の状況で印象が異なることもある。(略)いつでもそこにあるのがコレクションの魅力。人生に伴走してくれる(略)そんな「人生の伴走者」を見つけに、行ってみませんか、常設展へ。〉
なお、“HAPPY YELLOW”の会期は7月11日(日)まで。入場無料です。
Ron.