ボストン美術館の至宝展 ミニツアー

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名古屋市美術館協力会主催のミニツアーで、名古屋ボストン美術館で開催中の「ボストン美術館の至宝展」(以下「本展」)に行ってきました。参加者は19名。午前9時45分に1階壁画前に集合。10時から5階・レクチャールームで山口由香学芸員の解説を聴いた後は自由観覧となりました。以下は、解説等の要約筆記です。(「注」は、私の補記)

◆山口学芸員の解説要旨
ボストン美術館として本展で伝えたいことは、英語の展覧会名 ”GREAT COLLECTORS : MASTERPIECES FROM THE MUSEUM OF FINE ARTS” が、はっきり示している。つまり、「Great collectors=偉大なる収集家のことを伝えたい」というのが、本展の狙い。

◎コレクション=collection とは
 コレクションとは「公的あるいは私的に収集する」こと。ただし、Amazonの倉庫にある商品は「コレクション」ではない。営利活動・経済活動によるものはコレクションから除かれる。コレクションとは単に「集めた」だけではなく人目にさらされることを前提としている。
「古代のコレクション」は、絶対的な権力者の愛玩品。権力を見せるためのもの。
「14世紀から19世紀以前までのコレクション」になると、美術品の収集が一般化され、君主や教会だけでなく一部の富豪もコレクションを持つようになる。
「19世紀以降のコレクション」になって、公共の美術館やギャラリーによる公共コレクションが始まる。

◎どうやってコレクションを増やすのか
コレクションンを充実させるには「購入」「寄贈」「寄付」という3つの方法がある。なお、「寄贈」「寄付」の違いであるが、「寄贈」は作品そのものを、まるっと美術館に渡すこと。「寄付」は、作品購入やコレクション拡大のための資金を美術館に渡すこと。
ボストン美術館は、公の機関から資金の援助を一切受けずに作品を収集してきた。そして、展示室内でスポンサーを招いたパーティを開催するなど、コレクターを大切にしている。
(注:つまり、ボストン美術館は、個人の寄贈や寄付によってコレクションを充実してきた。そして、ボストン美術館に「寄贈」「寄付」してくれた「偉大なコレクター」を称えるのが本展の趣旨、ということですね。なお、貴族制度のないアメリカでは、美術館に寄贈・寄付することは、市民から尊敬されるための重要な要素です。)

◎ボストン美術館には8つの部門がある
注:文字数が多すぎて、レクチャールームでは部門の名前をメモできませんでした。ネットで調べたところ、「古代」「ヨーロッパ」「アジア・オセアニア・アフリカ」「アメリカ」「現代」「版画・素描・写真」「「染織・衣装」「楽器」の8部門とのことです。

◎古代エジプト美術のコレクター・見どころ
ボストン美術館の古代エジプト美術は、カイロ美術館を除けば、世界最大のコレクション。「いつ・どこで・誰が」発掘したのかハッキリしており、コレクションの質が高い。
コレクターは、「ハーバード大学=ボストン美術館共同発掘隊」。盗掘から美術品を守るため、正規の発掘調査隊に対しては発掘品の半分を持ち帰ることが許可されていた。発掘は、1905年から40年間続き、現スーダン北部の「ヌビア」の発掘も実施。本展では、エジプトとヌビアの美術品を展示。
古代エジプト美術のイチオシは、《高官マアケルウの偽扉(ぎひ)》。実際に開けることが出来ない扉なので「偽扉(ぎひ)」と呼び、古代エジプト人の死生観を示す美術品。
古代エジプト人は、人間には5要素があると考えていた。それは、①イブ(肉体)、②シュート(影)、③レン(名前)、④バー(魂)、⑤カー(精神・生命力)の5つ。バーは夜ごと肉体から出入りする。カーは死後も不滅だが、カーを維持するためにはお供え物が必要。
偽扉は死後に出入りするための扉。偽扉にはカーの糧として、お供え物が描かれた。

◎中国美術のコレクター・見どころ
本展では、「宋」(注:北宋と南宋)を中心に、960~1300年の美術品を展示。
ボストン美術館では、日本美術に比べると中国美術の目覚めは遅く、周季常《施材貧者図(五百羅漢図のうち)》がコレクションの始め。
1894年にボストン美術館で展覧会が開催され、京都・大徳寺所蔵の五百羅漢図百幅のうち、44幅が展示された。当時、大徳寺は再建のために資金を必要としており、展示品の一部を売却。ボストン美術館が5幅、デルマン・ウォルト・ロスが5幅、その他の収集家が2幅購入。その後、デルマン・ウォルト・ロスが5幅をボストン美術館に寄贈したため、ボストン美術館の所蔵は10幅となり、うち2幅を本展で展示している。

◎日本美術のコレクター・見どころ
日本美術のコレクターといえば、フェノロサが有名。彼は「お雇い外国人」として来日。現在の東京大学で政治経済学を教える傍ら、日本各地を旅行して1000点以上の絵画からなるコレクションを集めた。外に、ビギローは工芸品を5500点、モースは陶器のコレクションを集めた。フェノロサは1896年にボストン美術館の日本美術部・初代部長に就任している。
本展の見どころは、英一蝶《涅槃図》。高さ286.8㎝、横168.5㎝の大作だが、これは絵の部分だけのサイズ。お軸・ケースを入れるともっと大きくなる。この作品は、170年ぶりに本格的な解体修理を受けて展示された。修理期間は1年以上かかった。1911年から現在に至るまで、展示は1回だけ。展示回数が少ない理由は「大きすぎて展示ケースが無い」こと。本展終了後にボストン美術館に戻るが、大きすぎて展示スペースがないのが悩み。なお、ボストン美術館のホームページで修理の様子を見ることが出来る。

◎フランス絵画のコレクター・見どころ
フランス絵画の有力コレクターは、ジョン・テイラー・スポルディング。彼の浮世絵コレクションは有名だが、収蔵された作品を見ることはできない。
スポルディングは、ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》からヨーロッパ美術の収集を始めた。セザンヌの熱心なファンで、《卓上の果物と水差し》は彼のお気に入りだった。
晩年のスポルディングは、資産を売り払ってリッツ・カールトン・ホテルに5年間住んでいた。典型的な「お金持ち」で、ボストン市民のあこがれだった。
ロバート・トリート・ペイン2世は、量より質を重視したコレクター。《郵便配達人ジョセフ・ルーラン》(1888)は、ボストン美術館が収蔵した最初のゴッホ作品。ゴッホは同じモチーフの作品を何枚も描いているが、ボストン美術館が収蔵しているのは最初に描いたもの。本展では、郵便配達人の夫人を描いた《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》(1889)も展示。ゴッホは何枚も夫人の絵を描いているが、ボストン美術館が収蔵しているのは最後に描いたもの。
ルーラン夫妻は、南フランスのアルルに移住後のつらい時期のゴッホを支えた人物。ゴッホは、夫妻の家族の肖像も20種類以上残している。なお、本展展示の夫の肖像を描いた時期と妻の肖像を描いた時期の間に、有名な「耳切り事件」が起きている。

◎アメリカ絵画のコレクター・見どころ
 アメリカ絵画の有力コレクターは、マーサ・コッドマン・カロリック(1858-1948)&マキシム・カロリック(1893-1964)夫妻。マーサはボストンの大富豪の娘。夫のマキシムはモルドバ共和国に生まれ、ロシア・アメリカで活動したテノール歌手。妻70歳・夫34歳の時に結婚。夫は、妻の死後も30年間にわたってアメリカ絵画をコレクション。
 ボストン美術館への寄贈は3期に分かれ、第1期は1935年で18世紀アメリカ美術、第2期は1945年で19世紀アメリカ美術、第3期が1962年で19世紀アメリカの水彩画・素描。いずれも、ボストン美術館の学芸員と相談して、計画的に収集したもの。
 本展に展示の肖像画、コプリ《ジョン・エイモリ―夫人》(1763)と《ジョン・エイモリ―》(1768)は、マーサの先祖を描いた作品。コプリは、アメリカ独立前のアメリカ出身画家として、初めて世界的な評価を得た。

◎版画・写真のコレクターと見どころ
版画・写真の有力コレクターは、ウィリアム・レーン(1914-1995)&ソンドラ・ベイカー・レーン(1938-  )夫妻。1990年に、ウィリアム・H・レーン財団を設立し、夫・ウィリアムが亡くなった後に2回、ボストン美術館にコレクションを寄贈している。
見どころは、画家・写真家のチャールズ・シーラーの作品。レーン夫人が2500点以上の写真を購入してボストン美術館に寄贈。本展では絵画《ニューイングランドに不釣り合いなもの》(1953)と写真《白い納屋、壁、ペンシルベニア州バックス郡》(1915頃)を展示。

◎現代美術は1971年にできた新しい部門
現代美術部門は1995年以降の作品なら何でも収集。スライドは「村上隆展」の光景。スライドの人物は上司の吉田俊英・名古屋ボストン美術館特別顧問(注:前豊田市美術館長)。
見どころは、ケヒンデ・ワイリー《ジョン・初代バイロン男爵》(2013)。ウィリアム・ドブソン《ジョン・初代バイロン男爵》をもとに描いた作品。ドブソンの絵には従僕の黒人少年が描かれているが、ワイリーは黒人を主人公に置き換えて描いた。
ワイリーは「オバマ大統領を描いた肖像画が2018年2月12日にスミソニアン博物館・国立肖像画美術館でお披露目された。」ことで、アメリカで話題に。ボストン美術館では、話題提供のために、ワイリーの《ジョン・初代バイロン男爵》を現代美術部門で展示しようとしたが、現物は名古屋ボストン美術館で展示されていたため本家・ボストン美術館では展示できず、現地ではとても残念がっていた。

◆自由観覧
山口学芸員から「本展では自分の好みを探り、好きな作品をひとつ、好きな分野をひとつ見つけてください。また、7月24日(火)から10月8日(祝)までのハピネス展もよろしく。」という言葉を受け、各自、自由に観覧しました。

◎「モネ それからの100年」に関連する作品も
 フランス絵画では、モネの作品を4点展示しています。この4点を市美の「モネ それからの100年」(以下、「モネ展」)と強引に関連付けるとすれば、どうなるでしょうか。
先ず、エドワース家から寄贈された2点ですが、名古屋初お目見えでヒナゲシの赤が鮮やかな《くぼ地のヒナゲシ畑、ジヴェルニー近郊》(1885)は、モネ展の《ジヴェルニーの草原》(1890)と似たモチーフではないでしょうか。また、海とヨット、城、遠くの山脈と広い空を描いた《アンティーブ、午後の効果》(1888)は、「海岸の風景」という点でエトルタ海岸を描いた《アヴァルの門》(1886)と無理やり関連付けてみましょう。
 次に、サミュエル・デッカー・ブッシュ寄贈の《ルーアン大聖堂、正面》(1894)は、「積みわらの連作」と「ロンドンの連作」とに挟まれた連作のうちの1点と、位置付けることが出来ます。
 最後に、エドワード・ジャクソン・ホームズ寄贈の《睡蓮》(1905)は、1909年にパリで開催された睡蓮の展覧会後に購入された作品です。モネ展の《睡蓮》(1906)と制作年が近く、ギャラリートークで保崎学芸係長が解説してくれた名古屋市美術館2階、第4章の「睡蓮の部屋」に展示されていてもおかしくない作品です。
 以上のように、ほぼ同時期開催の2つの展覧会でモネの作品を見比べることが出来るという機会は、なかなかありません。今回は、またとないチャンスです。
 また、モネ展と直接の関係はありませんが、《グレーの上のカラー・リリー》と《赤い木、黄色い空》を本展で展示している画家のジョージア・オキーフ(1887-1986)は、モネ展で写真を展示している画商・写真家のアルフレッド・スティーグリッツ(1864-1946)と1924年に結婚しています。
                            Ron.

名古屋市博物館 レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展 ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

名古屋市博物館で開催中のレオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展(以下、「本展」)鑑賞の名古屋市美術館協力会・ミニツアーに参加しました。参加者は19名。当日は横尾学芸員(以下「横尾さん」)の解説を聴いた後、自由観覧となりました。

◆横尾さんの解説(あらまし)
本展の主題
 本展は、未完成の大壁画「アンギアーリの戦い」を主題とした展覧会。主題の一つは《ターヴォラ・ドーリア》を手掛かりに、ダ・ヴィンチがどんな壁画を描こうとしたのかを探ること。もう一つは、ダ・ヴィンチが「アンギアーリの戦い」で成し遂げた絵画の革命。「ダ・ヴィンチ以前」と「以後」を比較して、その後の絵画に与えた影響を明らかにすることです。

第1章 歴史的背景「アンギアーリの戦い」とフィレンツェ共和国
 1500年頃、メディチ家がフィレンツェ共和国(以下、「フィレンツェ」)から追放され修道士のサヴォナローラが実権を握るが、サヴォナローラもローマ教皇から破門され、ピエロ・ソディリーニが国家主席となる。この時期、イタリアはローマ教皇領、ナポリ王国、ヴェネツィア共和国、ミラノ公国など幾つもの国に分かれており、フィレンツェは対外的な危機状況にあった。
 フィレンツェの書記官マキャヴェッリは外交に奔走するとともに、徴兵制を採用するなど「強いフィレンツェ」への立て直しを進めていた。そして「強い国をつくる」という思いを鼓舞するため、過去にフィレンツェが輝かしい勝利をあげた「アンギアーリの戦い」と「カッシーナの戦い」の壁画をシニョーリア宮殿大評議会広間(現在のヴェッキオ宮殿五百人大広間)に掲げようとした。

第2章 失われた傑作、二大巨匠の幻の競演
 「アンギアーリの戦い」の制作は当時50歳代のダ・ヴィンチに、「カッシーナの戦い」の制作は当時20歳代のミケランジェロに依頼された。しかし、ダ・ヴィンチは「アンギアーリの戦い」の彩色の途中で制作を中断し、ミラノに向かった。壁画はしばらくの間未完のまま放置され、多くの画家が模写をした。ミケランジェロは原寸大の下絵を描いた段階でローマ教皇に招聘されたため、壁画を描いていない。
 第2章で展示の《ターヴォラ・ドーリア》は「ドーリア家の板絵」という意味、16世紀前半の作品。ダ・ヴィンチの構想を伝える最良の模写で、軍旗争奪の場面を描いたもの。当時の戦争は「相手の軍旗をとったほうが勝ち」というもので、軍旗争奪は壁画の中心となる場面。
 絵を見ると人馬が渦のような動きをしており、馬のしっぽなどの細部にも渦がある。本展では立体復元模型も展示している。ダ・ヴィンチも粘土の模型を造って、構図を研究したようだ。
 一方、「カッシーナの戦い」の下絵には、フィレンツェ軍の兵士が水浴びをしているところを敵軍に襲われた場面が描かれている。いわば「変化球」だが、ミケランジェロは男性の裸体像を描きたかったようだ。裸体像は、システィーナ礼拝堂の祭壇画《最後の審判》にもつながる。

第3章 視覚革命「アンギアーリの戦い」によるバロック時代への遺産
 ダ・ヴィンチ以前の戦争画は、装飾的で華麗だが激しい戦闘の場面は描いていない。
 15世紀に戦われた「アンギアーリの戦い」の実態は、死者1名。当時は、傭兵同士の「力の見せ合い」が中心で、「のどかな戦争」であった。しかし、16世紀になると各国は殺し合いで領土を広げるようになる。ダ・ヴィンチが見たのも血なまぐさい戦争。ダ・ヴィンチは「アンギアーリの戦い」で、自分の見たリアルな戦争を描いた。ダ・ヴィンチ以降、バロック時代の戦争画ではこれがスタンダードとなる。「時代を変えた」というのが、ダ・ヴィンチの凄さ。

幕間 優美なるレオナルド
 戦争の絵ばかりだと暗くなるので、ダ・ヴィンチの美人画(模写)も展示しています。

質疑応答
 解説終了後、「2015年から2016年にかけて、東京富士美術館、京都文化博物館、宮城県美術館と巡回した展覧会と本展は同じ名前ですが、どういう関係ですか。」という質問がありました。
横尾学芸員の答えは、「同じものです。前回の巡回から1年ほど期間を空けて、再度、巡回を始めたのが本展。ただ、展示作品は大分ちがっています。なお、関係者は前回の図録を第1シーズン、今回の図録を完全版と呼んでいます。本展は「アンギアーリの戦い」に関する研究成果の発表という側面もあるので、是非、完全版の図録を買ってください。」と、いうものでした。

◆自由観覧
第1章
 会場の入口には、ミケランジェロ《ダヴィデの頭部(石膏模造)》が展示されています。間近で見るダヴィデの頭部には迫力があります。《シニョーリア広場におけるサヴォナローラの処刑》は火炙りの様子を描いたもの。失脚した権力者の末路は哀れなものです。《シニョーリア広場での「敬意の祝祭」》には、ミケランジェロ《ダヴィデ像》が描かれています。《ビュドナの戦い》は、横尾さんの解説どおり、装飾的ですが迫力には欠けていました。

第2章
 本展の目玉《ターヴォラ・ドーリア》(《アンギアーリの戦い》の軍旗争奪場面)では、白馬が2頭、茶色の馬が2頭、馬に乗っている人間が4人、地面で戦っている人間が3人いることまでは分かります。しかし、未完成の壁画をそのまま模写しているので彩色してない部分があり、細部は、よくわかりません。しかし、「未完成部分を想像力で補った」模写や東京富士美術館所蔵《ターヴォラ・ドーリア》の立体復元彫刻の展示もあるので、大丈夫。特に立体復元彫刻は、水平方向360度だけでなく真上からも見ることが出来るので、横尾さんの解説にあった「渦巻いている」様子がよくわかります。
 第2展示室に向かう途中の通路にはパネルによる「アンギアーリの戦い」の解説があり、ダ・ヴィンチの全体構想では右から順に、①フィレンツェの援軍がテヴェレ川に架かる橋に到着した場面、②軍旗争奪戦、③敗走するミラノ軍を描く予定だったようです。

第3章、幕間および同時開催の「天才 レオナルド」
 ピーテル・パウル・ルーベンスに帰属《アンギアーリの戦い》は、ダ・ヴィンチの作品をもとにした作品ですが、バロック時代らしく《ターヴォラ・ドーリア》よりもハイライトと暗部との明暗の差が大きく、ドラマチックな構図になっています。《キモンの戦い》のタピスリーも展示されていました。第3章に続いて、《レダと白鳥》等の美人画の外、はばたき飛行機などの展示もあります。

◆最後に
 横尾さんが「研究成果の発表という側面もある。」と話していたように文書資料の展示もあり、絵画を鑑賞するだけでなく「勉強もできる展覧会」でした。
 Ron.

木彫りどうぶつ美術館ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

 記録的な寒波に見舞われるなか、2月4日日曜日に名古屋市美術館協力会のミニツアーとして、市内のヤマザキマザック美術館で開催されている『木彫りどうぶつ美術館』を鑑賞しました。
 当日は15名が見学に参加し、学芸員の吉村有子さんに解説をしていただきながら展示室を観覧しました。展覧会場は混みすぎることもなく、ときおり吉村さんの解説に一般の入場者の方も耳を傾けながら、みなゆっくりと展覧会を見て回りました。
 展示されている動物の種類は実に多様で、最初「どうして?」と疑問に思っていましたが、吉村さんのていねいな解説に納得。はしもとさんが制作されたどうぶつの作品は、もちろん彼女が興味を持って取材し、制作されたものもありますが、彼女の作品に様々な場面(インターネットや展覧会などでしょう)で出会った方々が、ご自分の飼っているどうぶつの作品制作を彼女に依頼したというケースもあったとのこと。あの動物たちの彫刻は、はしもとさんと依頼主さんたちとの出会いや、はしもとさんご自身の、取材を通じてのどうぶつたちとの出会いの記録のようなものではなかったのかなと感じました。
 作品は、実物大ほどのものも多く、木の厚みや質感がまるでどうぶつたちが生きているような錯覚を起こさせるようです。そして、半数ほどの作品が触ってもよいと表示されているので、みんな作品をなでるように優しく触っていました。癒されます。

展示室で解説を受ける会員たち

展示室で解説を受ける会員たち

 最後に、展示室を案内してくださり、作品を情熱をもって解説してくださった学芸員の吉村さんに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

名古屋市美術館協力会

豊田市美術館「ジャコメッティ展」ミニツアー

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豊田市美術館で開催中の「ジャコメッティ展」(以下「本展」)のミニツアーに参加しました。参加者は19名。1階の講堂前で待ち合わせ、豊田市美術館の千葉学芸員から約30分の解説を聴いた後は自由観覧でした。

千葉学芸員のレクチャー(要旨)
 ジャコメッティは、スイスのイタリア語圏生まれの人。20歳でフランスに出て、フランスで活躍したが、スイス国籍は変えなかった。スイス人が誇りとする芸術家。本展では、南仏のマーグ財団美術館の収蔵品を中心に、日本の美術館の収蔵品も加えて展示している。
ジャコメッティの父親は、スイスを代表する印象派の画家。父親はキャンバスにうまく収まる大きさでリンゴを描くのに、ジャコメッティが見えるとおりに描くと小さくなってしまう。丁度よい大きさで描けないため、画家ではなく彫刻家を目指したという話がある。
ジャコメッティは当初、キュビズムやアフリカ彫刻に影響を受け、シュルレアリスム運動に参加したこともあったが満足できず、1935年頃からモデルを使った彫刻を試みるようになる。だが、困ったことに作品がどんどん小さくなってしまう。本展で展示している《小像(女)》(メナード美術館)は、台座も入れた高さが3.3㎝。小さすぎる作品には「すぐ壊れるため、残せない」という大きな問題があるため、ジャコメッティは、作品の高さを1mに維持しようとする。高さを維持すると、今度は、細く・薄い作品になってしまった。なお、細いけれど、胸・腰にはボリュームがあるという作品もある。
 「見えるものを、見えるままに」が、ジャコメッティのキーワード。ディエゴ(弟)、アネット(妻)、矢内原伊作(やないはら・いさく:1918-1989、友人)の像だと、モデルに似ているものもある。ジャコメッティの作品は「細くて、写実的ではない」と思われているが、リアルなもの、抽象度の高いもの等、様々。
ジャコメッティは彫刻家を選んだが、晩年にはドローイングにも回帰。ドローイングでは、顔に集中して手が入っている。ジャコメッティのドローイングは、リアルなもの、小さなもの、細長いもの等、様々だが、枠取りをして描くという特性がある。ジャコメッティは「枠取りした空間の中に、人物をどう配置する」に関心を持っている。本展では、枠取りしているもの、枠取りのないものを並べて展示しているので、比べてほしい。
展示室1の「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」で展示している作品は、銀行から依頼されたものの実現しなかったプロジェクトで、マーグ財団美術館の庭に展示されている彫刻。油絵具で彩色されたが、風雨に晒されて色が落ち、古代遺跡のような存在感がある。美術館の中庭に置かれている作品なので本展でも自然光の入る展示室1に置いた。
20世紀の彫刻は抽象彫刻が多く、人体を表現する作品は少ない。ジャコメッティの彫刻は、古代彫刻から続く流れに乗ったもの。
本展では展示室のサイズに対応して展示している。そのあたりも楽しんでください。

自由観覧
◆観覧順路
 本展は、いつもとは逆に3階の展示室4が入口で、展示室3、展示室2と見てから2階の展示室1に下りて展示室5で終了という順路になっています。16のセクションで構成されていますが、千葉学芸員が解説されたように、作品リスト順ではなく「展示室のサイズに応じた展示」なので作品リストの配置図と見比べながら鑑賞することをお勧めします。

2017_ジャコメッティ_1

2017_ジャコメッティ_1


◆展示室4
 展示室4は三つの部屋に分かれています。
最初の部屋は「7.マーグ家との交流」。本展の展示作品を所蔵するマーグ財団美術館の創設者であるマーグ夫妻の肖像画とともに高さ21cmの《裸婦立像》(富山県美術館)と高さ167cmの《大きな像(女:レオーニ)》が展示されています。2つとも別のセクションに属しますが、ジャコメッティが「細長い彫刻」を始めた転換期の作品であり、マーグ夫妻がジャコメッティの作品の購入を始めた頃の作品でもあることから、ここに展示しているのでしょう。
なお、マーグ夫妻の肖像画はいずれも普通のプロポーション。マーグ夫人の肖像は、千葉学芸員の解説にあった「枠取りした絵」です。また、「顔の部分は、修正のため、何回も絵の具を塗り重ねているので盛り上がっている。」と、同行の参加者に教えてもらいました。
二つ目の部屋は「1.初期、キュビズム・シュルレアリスム」。1911年制作の《葛飾北斎《うばがえとき》模写》(神奈川県立近代美術館)は、10歳頃の作品とは思えない出来。作品リストでは「8.矢内原伊作」のセクションなので、矢内原伊作がジャコメッティから貰ったのでしょうね。
この部屋の作品は、1917年制作の《シモン・ベラールの頭部》を始め「細長い彫刻」とは別物ばかり。《カップル》、《女=スプーン》、《キューブ》など、「細長いスタイル」を確立するまでの作風の変化を楽しめました。
最後の部屋は、「2.小像」と「3.女性立像」。「2.小像」では作品の高さが23.5cmから3.3cmに至るまで、どんどん縮む様子が面白く、「3.女性立像」ではマーグ夫妻の肖像画と同様に、デッサンやエッチング、リトグラフでは普通のプロポーションというのが印象的でした。また、千葉学芸員が解説されたように、女性立像には、「細く・薄い像」と「細いけれど、胸・腰にはボリュームがある像」との2種類あることが確認できました。

◆展示室4から展示室3への連絡通路
展示室3から展示室4に向かう連絡通路には2階の展示室1を見下ろす窓があり、通路の両側には写真が展示されています。写真はジャコメッティが粘土で作品を制作している姿を撮影したもの。制作しているのは、展示室1に展示している「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」の作品。窓から展示室1を見ると、写真と実物との比較ができます。
写真で面白かったのは、粘土が付いてズボンやジャケットが汚れることを全く気にせず、作品の制作に夢中になっているジャコメッティの姿でした。

◆展示室3
展示室4は「4.群像」と「13.ヴェネツィアの女」。「4.群像」では、同行の参加者から「《3人の男のグループ(3人の歩く男たちⅠ)》は、彫刻を一回りするように見ると、3人の男たちが歩きながらすれ違っているように見えて面白いですよ。」と教えてもらいました。また、9体並んだ《ヴェネツィアの女》は、別の参加者から「立って鑑賞するよりも、長椅子に座って鑑賞するほうが良い作品に見える。」との声。

◆展示室2
3階の小部屋・展示室2は「5.書物のための下絵」と「11.スタンパ」。ですが、「4.群像」や「9.パリの街とアトリエ」のセクションに属する作品も展示されています。特に《アトリエⅡ》、《犬、猫、絵画》には、展示室1に展示の《犬》、《猫》が描かれています。ジャコメッティは、どちらの作品も手元に置いていたのですね。
千葉学芸員が解説されたように、この部屋では「枠取りしているもの、枠取りのないものを並べて展示」していました。

2017_ジャコメッティ_2

2017_ジャコメッティ_2


◆展示室1
展示室2を出て階段を降りた展示室1は、「10.犬と猫」「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」。この部屋の展示作品は3体の小さな彫刻を除き、全て写真撮影可能。スマホやタブレットで撮影している人が沢山います。本展のメイン。粋な計らいですね。
私の周りからは、「《猫》はジャコメッティの飼い猫、《犬》はジャコメッティの分身」と話す声や、「《歩く男Ⅰ》は細長いけれど、骨格や筋肉は正確に表現しているんだよね。」と話す声が聞こえて来ました。

◆展示室5
最後の部屋は展示室5。「6.モデルを前にした制作」「8.矢内原伊作」「9. パリの街とアトリエ」「12.静物」「15.ジャコメッティと同時代の詩人たち」「16.終わりなきパリ」と、6つのセクションに属する作品を展示。ジャコメッティの弟・ディエゴをモデルにした胸像が3体展示されていますが、うち1体は豊田市美術館の収蔵品。いずれも、「ブールデルに師事した」ことを再認識させる作品です。また、写真しかありませんでしたが《矢内原伊作の胸像》は普通のプロポーションの彫刻。千葉学芸員が解説されたように、「ディエゴ(弟)、アネット(妻)、矢内原伊作(やないはら・いさく=友人)の像だと、モデルに似ているものもある」というか、いずれも実にリアルな作品でした。
余談ですが、写真の矢内原伊作はヘアスタイル、顔の造作、背格好、どれをとってもジャコメッティによく似ていました。

◆最後に
 千葉学芸員に入場者の状況を聞いたところ、「ぼちぼち。鑑賞するには丁度よいですよ。」との回答。その言葉どおり、まずまずの入場者があり賑やかな雰囲気の中で楽しくジャコメッティ展を鑑賞することができました。入場者が多すぎると人に押されて鑑賞どころではありませんが、かといって「貸し切り状態」も寂しいですからね。
 コレクション展は、青木野枝、毛利武士郎、草間弥生など、現代彫刻の特集。千葉学芸員が解説された「20世紀の彫刻は抽象彫刻が多く、人体を表現する作品は少ない。ジャコメッティの彫刻は、古代彫刻から続く流れに乗ったもの。」という言葉を再確認しました。
 会期は、12月24日(日)まで。
Ron.

「回生の苗床」 光内惟奈 燃やせないもの 夢見たものは 展示室で解説を受ける会員たち プティパレ まずはエントランスホールでの解説 2017_ジャコメッティ_1 富山県立美術館にて BankART_大霊廟Ⅱ プライウッド新地 ヨコトリ_パオラ・ピヴィ_まだ誰も来ない