2017年 秋のツアー北陸

カテゴリ:アートツアー 投稿者:editor
富山県立美術館にて

富山県立美術館にて

9月23日(土)から24日(日)まで、名古屋市美術館協力会の秋のツアーに参加しました。参加者は30名。今回の目的地は、2013年(北陸新幹線開業前)のツアーと同じ富山・金沢。見学先は、富山県美術館(ただし、今回は移転後の建物)、石川県立美術館、金沢21世紀美術館が前回と同じものの、發電所美術館と毛利武士郎(もうりぶしろう)記念美術館は前回と異なります。
◆車両事故による大渋滞に遭遇するも、昼食後には10分遅れまで回復
秋の行楽シーズンとあって、名古屋駅はエスカ地下街の通路、太閤通り口の噴水前広場のいずれもツアー客ですし詰め。集合時刻には参加者全員が集まり、名古屋市美術館の橘総務課長に見送られて、観光バスは名古屋駅を8時頃出発。バスガイドさんの「土曜日が秋分の日なので、普段の土・日よりも人出が多く、渋滞でバスが遅れるかもしれません。」というアナウンスを聞いていたら、いきなり大渋滞に遭遇。「運が悪い」と嘆いていたところ、運転手さんは「一宮ICから一般道路に下り、一宮ICから高速道路へ入り直す」という奇策を取り、IC出口からIC入口までの渋滞を回避。高速道路通行料は増えましたが、時間のロスを縮めるほうが大事ですよね。

魚津にて昼食

魚津にて昼食

一宮ICを入ると間もなく事故現場を通過。休憩した長良川SAでは「7時55分頃に車2台による衝突事故」との放送が流れていました。事故現場を通り過ぎた後、バスは順調に走行。昼食会場の魚津港・海の駅「蜃気楼」に到着したのは、当初予定よりも27分遅れの12時27分。食事時間を切り詰めて、予定から10分遅れの12時50分には發電所美術館に向け出発できました。

◆下山芸術の森 發発電所美術館 (Nizayama Forest Art Museum) =富山県入善町
ツアー1番目の見学先は「NEW・BALANCE TETSUYA NAKAMURA SOLO EXHIBITION」。学芸員さんによれば、題名は「世界の新しいバランス」という意味。作家の中村哲也氏は、東京藝術大学漆芸科出身。ただし、今回出品作の塗装に漆は使っていないとのことです。

発電所美術館内

発電所美術館内

發電所美術館は北陸電力株式会社から譲り受けた「旧黒部川第二発電所」を改装した美術館。天井高約10メートルの展示室に、「独立した形体」というロボットの外、大砲の玉・爆弾で出来た(という想定の)「師範アルファ」から「師範デルタ」まで5体のロボットと「危」と書いた「危険サイン」、1メートル四方のサイコロ型ロボット「ヒーローズ」5体(ピンク、ブルー、レッド、イエロー、グリーン)、蝶の羽を貼った「タイタニック」が、2階(ロフト?)にはスーパーカー、超長大なリムジン、金色のカメの剥製が展示されていました。

アクション・ムーヴィーに出てきそうです

アクション・ムーヴィーに出てきそうです

学芸員さんによれば、「師範」は、爆弾の爆発力を使わないよう自制している姿。「ヒーローズ」は「戦隊シリーズ」のヒーローたちの40年後、50年後の古びて、すり切れた状態をイメージした姿で、サイコロ型に折り畳まれた状態で展示している、とのことでした。
なお、2階に展示の自動車は、シャープな形態だけでなく、塗装が見事でした。自動車用塗料を使っているとのことですが、「フランケン」の鮮やかな赤、黒、ガンメタルや、「レプリカカスタム」の玉虫色には「さすが、漆芸科」と感心しました。展望塔の眺望も素晴らしかったです。

◆毛利武士郎記念館 =富山県黒部市
ツアー1日目、2番目の見学先は保崎係長の提案で、「シーラカンス毛利武士郎記念館」。緩やかな山道を登ると、アトリエらしき建物。周囲は田んぼで、美術館があるとは想像できません。造形作家の柳原幸子さんが出てきて、我々を美術館に招き入れて下さいました。

中はこんな感じです

中はこんな感じです

保崎係長によれば、毛利武士郎(1923-2004)は1950年代、活発に抽象彫刻を発表した作家で、「シーラカンス」は1953年に第5回読売アンデパンダン展に出品した代表作の題名(現在、東京都現代美術館が所蔵)。高く評価されていたが1960年代から新作の発表を絶った後、1983年開催の富山県立近代美術館「現代日本美術の展望―立体造形」展に出品したレリーフ状の新作《哭Mr.阿の誕生》によって再び脚光を浴びた。当時の展覧会を担当した学芸員は、現在、独立行政法人国立美術館理事長の柳原正樹氏。毛利氏と柳原氏の交流はその後も続き、1992年に毛利氏は東京から富山県黒部市へアトリエ兼住居を移転。移住後に、金属の塊をコンピュータと連動した工作機械で加工した新作を発表するようになる。毛利武士郎記念館は毛利氏死去10年後の2014年に、柳原氏が毛利氏の遺志に従ってポケットマネーでアトリエ・工作機械室を改装した美術館。柳原幸子さんは柳原氏の奥様、とのことでした。(毛利武士郎記念館のパンフレットで一部補足)

美術館には《哭Mr.阿の誕生》を始めとする毛利氏の作品が展示されていました。柳原幸子さんは「毛利氏は新作の発表を絶っていた期間、作家仲間の向井良吉が社長を務める、京都のマネキン制作会社「七彩」の東京支社を任されていた。《哭Mr.阿の誕生》には、マネキンの型取りに使っていたアルギン酸(海藻を原料にした糊)を使用。また、工作機械で加工した新作は、金属の表面と内部を削った後、内部の空間に金属を埋めるという凝った作り方をしているが、2つのパーツに分かれている《絶作》(2004年)は、合体して金属を埋めるという工程前の未完成品なので、内部が埋まっておらず、その構造がよくわかります。」と、話されました。
◆富山県美術館の概要
ツアー1日目、最後の見学先は、富山県美術館。富山県立近代美術館の収蔵品を引き継ぎ、本年8月27日にリニューアル・オープンしたばかりです。屋上には大勢の人影が見えました。

屋上オノマトペ

屋上オノマトペ

富山県美術館の丸山学芸員に案内されて2階へ上がり、天井高11メートルの吹き抜けのホワイエで、レクチャーを聞きました。丸山学芸員によれば、美術館の建物は地上3階建。屋上はグラフィックデザイナーの佐藤卓さんがデザインした遊具で遊べる「オノマトペの屋上」(入場無料で、開館時間8:00~22:00)。どのフロアからも立山連峰が見えること、地元産の素材(窓枠の装飾に三協アルミのアルミニウム、廊下の壁に氷見の里山杉)を多用していることが特色。2階の展示室1は、常設展。展示室2~4は、開館記念の「LIFE」展。屋外広場には彫刻家・三沢敦彦氏のクマ(ブロンズ・ウレタン塗装)を展示(写真撮影可)。ただし、木彫のクマは屋内。3階の展示室5は、ポスターと椅子を中心としたデザインコレクション。展示室6は、富山県出身の美術評論家・瀧口修造と世界的なバイオリニスト・ゴールトベルクのコレクションを展示。ホワイエから見える池の周辺は富岩運河の船溜まりを再整備した富岩運河環水公園(ふがんうんがかんすいこうえん)。池の畔にはフランス料理店「ラ・シャンス」がある、とのことでした。
また、バスの中で聞いた保崎係長の話では、開館記念展は「ご祝儀」の展覧会で、日本国中の美術館から名品が集まっており、常設展も充実しているので、2時間あっても見学時間が足らないと思います。見たいものを絞って見学してください。また、瀧口修造はシュールレアリズムを日本に紹介した重要な評論家、とのことでした。
◆開館記念展、コレクション展、屋上広場など
保崎係長の言葉どおり、開館記念の「LIFE」展は、まさに「ご祝儀」の展覧会でした。日本国中の美術館の名品が、「これでもか」と言うほど集結しています。今まで他館の展覧会に貸し出して来た恩を、今回返してもらったということでしょうか。「ご祝儀」のなかでも、デユ―ラー《騎士と死と悪魔》、クリムト《人生は戦いなり》は、特別待遇。美術館の白い壁に黒い台座を貼った上に額を取り付けており、とても目立ちました。富山県美術館のコレクションも多数展示。
本来なら2つの展示室を使うコレクション展は、開館記念展にコレクションを出品しているため1室に縮小。それでも、ピカソ《肘かけ椅子の女》、シャガール《山羊を抱く男》アンディ・ウォーホル《マリリン》、ジョージ・シーガル《戸口によりかかる娘》などは常設展に残しています。なかでも、藤田嗣治《二人の裸婦》は、隣に寄付した会社・個人の名前が掲示され、作品の前にはA5版の解説が積まれていました。
3階の展示室5には、平場だけでなく壁に設置した3段の棚にも椅子が置かれていました。ポスターは壁でなく天井から吊るした透明なパネルの中に収められ、宙に浮いているような展示です。また、展示室6の瀧口修造コレクションは真っ暗な部屋。壁に設置された4段の棚に収められたコレクションだけに光が当たっており、とてもおしゃれな展示でした。
見学時間が残りわずかとなりましたが、屋上に上がると大勢の家族連れと若い男女が遊んでいました。広場の西側に行くと、足元に「いたち川」の細い流れ、その向こうに「神通川」の雄大な流れ、目を上げると正面に加賀藩と富山藩の境、「呉羽山」が見えます。1階まで下りて芝生に出たら、コウモリが飛んでいました。川辺なので、餌になる虫が飛んでいたのでしょうね。
◆石川県立美術館

ツアー2日目、午前中の見学先は石川県立美術館。保崎係長はバスの中の事前説明で、企画展「燦(きら)めきの日本画 石崎光瑤と京都の画家たち」について、「石崎光瑤(いしざきこうよう)は、花鳥画尾を得意とする作家で、画力があり技術も高いが、戦後は忘れられた作家となっている。現在、石崎光瑤のような『主流ではない、もう一つの美術史の流れ』に光を当てようという動きがある。この企画展は注目したい。」と話していました。
石川県立美術館の前田学芸員からは「上村松篁は17歳の時に見た、石崎光瑤《燦雨》(さんう)(1919)に憧れて画家を目指した。石崎光瑤と同じテーマの絵を描くためインドに取材し、約50年後に同じ題名の《燦雨》(1972)を発表。なお、石崎光瑤は現在の富山県南砺市福光の出身で、17歳のとき金沢市に出て江戸琳派の流れを汲む山本光一に学んだ後、19歳で京都の竹内栖鳳に師事した画家。」との解説がありました。また、常設展の見どころは国宝《色絵雉香炉》と重要文化財《雌雉香炉》で、「現在の石川県立美術館を建設する際、寄贈を受けた《色絵雉香炉》の展示室を設けることが条件になっていた。また、雄だけでは可哀そうだということから東京の水野富士子さんから《雌雉香炉》の寄贈があり、300年ぶりの雌雄対面となった。」との説明がありました。
「燦めきの日本画」では、上村松園《花》に惹かれて展示室7に入り、右へ右へと展示を見たのですが、何か変。展示室入口の戻り、順路を逆に見ていたと気付きました。順路に従い、山本光一《時代江屏風》から順に見て、流れがつかめました。
展示室8の土田麦僊《髪》、村上華岳《二月の頃》は、いずれも京都市立絵画専門学校の卒業制作ですが、若い時から上手いですね。竹内栖鳳は百匹の雀と洋犬・仔犬を描いた《百騒一睡》、船の舳先に烏が止まっている《春雪》、水墨画の《水村》の3点が展示されていました。石崎光瑤《燦雨》は展示室8で、上村松篁《燦雨》は展示室9だったので、何度も行ったり来たりしました。二つの作品、同じテーマですが、見た印象は全く違います。何故か解りませんが、石崎光瑤は煌(きら)びやかで、上村松篁はさっぱりしていました。
常設展では、「前田家の名宝」の岸駒《松下飲虎図》と「北陸ゆかりの画聖Ⅱ」の岸駒《虎図》と《兎福寿草図》、久隅守景《四季耕作図》が印象的でした。また、鴨居玲の展示室の奥に郷土の作家の風景画が展示されており、一瞬、「鴨居玲の風景画?」と思ってしまいました。
◆金沢21世紀美術館 館長さんからのレクチャー

金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館

ツアー最後の見学先は金沢21世紀美術館。レクチャーホールで待っていると登場したのは、何と、島敦彦館長。自己紹介によれば、ご本人は富山県出身で富山県立近代美術館に勤務後、国立国際美術館に長く務め、2015年4月から2017年3月末まで愛知県美術館館長、同年4月に金沢21世紀美術館に就任されたとのことでした。3月まで名古屋市にお住まいだったこともあり、終始フレンドリーな雰囲気でお話をされました。

レクチャーは、金沢21世紀美術館の目指すものは「新たな文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」という話から始まりました。「新たなまちの賑わいの創出」という美術館としては珍しい目的が掲げられた理由は、美術館が金沢大学附属小学校・中学校の跡地に建っていることにある。付属小学校・中学校だけでなく金沢大学も移転することから、美術館には大学移転による賑わいのロスを挽回することが求められていた、とのことのでした。
現代美術の美術館という構想を立てたのは初代館長の長谷川裕子氏(前任は水戸芸術館)で、レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》は建物の建設と並行して作品の構想・整備を行うという離れ業で完成させたとのことです。
金沢21世紀美術館の入場者数について、当初目標は年間30万人でしたが、開館10年後の2014年には年間150万人を超え、昨年度は年間250万人を突破。入場者の増はうれしい反面、チケットを買うために長蛇の列ができる(入場者の4分の1から5分の1が有料入場者)こと、入場者の靴についた細かい砂が《スイミング・プール》に落ちて、透明アクリル板に細かいキズが付くことなど、悩みもあるそうです。
◆金沢21世紀美術館 企画展・コレクション展など

金沢21世紀美術館ではいくつもの企画展・コレクション展が並行して開催されており、一番賑わっていたのは「ヨーガン・レール 文明の終わり」でした。島館長によれば、ヨーガン・レールは4年前、事故で亡くなった作家で、晩年は石垣島に暮らしていた。作品は浜辺に打ち寄せられた廃品のプラスチックから作った美しい照明。死因は、廃品を採集するため浜辺に向かう途中で起こした自動車事故とのこと。「文明の終わり」のうち展示室13は、鏡代わりのステンレス板が壁に貼られた薄暗い部屋で、薄暮のランタン・フェスティバルという風情。「インスタ映え」する展示なので、若い男女がひしめき合い、誰もが自撮りに夢中でした。また、展示室5に展示の、表面に縞模様のある瑪瑙(めのう)の小石にも目を惹かれました。
「日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念展」では、針金で作った照明器具に紙袋を被せただけの、イサム・ノグチ《あかり 1P》や二つの「曲げわっぱ」で布を挟んだ《パン籠》が印象に残りました。このパン籠なら、焼き立てのトーストが湿ることはないでしょう。
この外、コレクション展「死なない命」や無料エリア「長期インスタレーションルーム」で開催されていた「アペルト07 川越ゆりえ 弱虫標本」などを楽しみました。金沢21世紀美術館は「小さなテーマパーク」でしたね。
◆帰路、渋滞の影響は僅か
2013年の北陸ツアーでは、車両事故による北陸自動車道通行止めというアクシデントに遭遇して、予定から1時間半遅れの午後8時半に名古屋到着したので、「ひょっとして今回も」と恐れていましたが渋滞の影響は僅か。名古屋駅到着は予定から10分遅れの午後7時10分でした。
企画の松本さま、ツアー・コンダクターの小山さま、運転手さま、バスガイドさま、ありがとうございました。また、ツアー参加者のみなさま、おつかれさまでした。       Ron.

2017春の美術館見学ツアー 神戸

カテゴリ:アートツアー 投稿者:editor


 5月21日(日)に日帰りの美術館見学ツアーに参加しました。今回は神戸市博物館(以下「市博」)の「遥かなるルネサンス」と兵庫県立美術館(以下「県美」)の「ベルギー 奇想の系譜」(以下「ベルギー展」)を見学。参加者は27名。快晴に恵まれ、バスは午前7時30分に名古屋市美術館(以下「市美」)から名古屋駅経由で神戸市を目指して出発しました。
◆行きのバス:今年度の美術展の見どころ等
 今回のツアーから、市美の案内役は保崎裕徳学芸係長(以下「保崎さん」)に交代。行きのバスでは保崎さんから交代の挨拶を兼ねて、今年度の美術展の見どころについての話と、ツアーで見学する展覧会の簡単な解説がありました。
先ず、今年度の美術展の見どころは、①フランドル絵画の名品、②仏像、③アルチンボルドの3つ。うち、①フランドル絵画は国立国際美術館(7/18~10/15)の「ブリューゲル『バベルの塔』展」←東京都美術館は(~7/2)。②仏像は大阪市美術館「木×仏像(きとぶつぞう)」展(~6/4)、奈良国立美術館「快慶」(~6/4)。秋には東京国立博物館「運慶」(9/26~11/26)、京都国立博物館「特別展覧会 国宝」(10/3~11/26)。③アルチンボルドは国立西洋美術館に四季4作が揃う(6/20~9/24)ほか、「ルドルフ2世 驚異の世界展」が福岡市博物館(11/3~12/24)、Bunkamura(2018.1/6~3/11)、佐川美術館(2018.3/21~5/27)で開催。
次に、展覧会の解説ですが、市博の「遥かなるルネサンス」というタイトル、展示している作品は、「ルネサンス」と「バロック」に挟まれた「マニエリスム」の時代に属するので、西洋美術史的には「遥かなるマニエリスム」が正しい。しかし、それでは人が呼べないから「遥かなるルネサンス」にしたのだろう。展覧会企画者の気持ちは良くわかる。また、「天正遣欧少年使節」という副題だとメインヴィジュアルは2014年発見のドメニコ・ティントレット《伊東マンショの肖像》になるはずだが、実際は、マニエリスムを代表する作家ブロンスィーノの《ビア・デ・メディチの肖像》。私の一押しも同じ。この作品を日本で鑑賞出来るのは奇跡。外にはヤコボ・ティントレット《レダと白鳥》も見逃せない。とのお話でした。
保崎さんの前説に加えて、協力会員のボギーさんから提供された「天正遣欧少年使節」と「小磯良平《斉唱》」のDVDも鑑賞。ボギーさんのおかげで、予習は万全です。

神戸市立博物館

神戸市立博物館


◆市博:遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア
 当日は、「神戸まつり」の最終日。市博の入口は「神戸まつり」の目玉・サンバ・パレード会場のフラワー・ロードに面しており、バスでは交通規制中のフラワー・ロードへの乗り入れが出来ないため、少し離れたところで下車し、市博には徒歩で移動。100m先にサンバ・チームの姿がチラッと見えますが、パレード見物は諦めざるを得ません。
 展示品で面白かったのは、《日本地図》初版1595年。原題は“IAPONIAE INSVLAE DESCRIPTIO”。京都の位置には”MEACO”の表記。この外、堺”Sacay”、伊勢”Hixe”、美濃”Mino”、駿河”Surunga”などが確認できます。ただ、大阪、名古屋は見当たりません。当時は、どちらも、まだ無かったのだと納得しました。貴石のモザイクで模様を描いた《リヴォルノ港の景観を表したテーブル天板》は色鮮やかで豪華、ちょっと触っても傷がつきそうで怖くなる天板です。
 天正遣欧少年使節の正使・伊東マンショと舞踏会で踊ったと伝えられる、トスカーナ大公妃《ビアンカ・カペッロの肖像》は2点。一方は肉食系、一方は清楚、明らかに違いますが制作した工房はどちらも同じ。この差は責任者の感性によるのでしょうか。
 保崎さんお勧めの《ビア・デ・メディチの肖像》は、美しく気品があります。手には5歳の感じが出ていました。(展覧会のHPによれば、この作品は5歳で病死したビアの死後に描かれたもので日本初公開)《レダと白鳥》も納得です。保崎さんによれば《伊東マンショの肖像》も「顔と襟の描写はさすが」とのことでした。

蔵のような外観のお食事処

蔵のような外観のお食事処


◆昼食:神戸 酒心館 酒蔵
 昼食は、その名のとおり「酒蔵」のような場所で頂きました。天井板が無く太い梁がむき出し。出てきた料理は、野菜中心のヘルシーなもの。動物性タンパクは、鮭の切り身の塩焼きと茶碗蒸し。茶碗蒸しの具にサイコロ状の餅が入っていたので、「お餅が余った時にはサイコロ状に切り分け、大きめの器で茶碗蒸しにして皆で食べると美味しいのよ。」という会話で盛り上がりました。
中はこんな感じです

中はこんな感じです


お食事

お食事


◆県美:ベルギー展と常設展の概要解説
 行きのバスで保崎さんは、この展覧会について「“奇想”は、Bunkamuraの好きな企画。“だまし絵”も同じ発想だった。チラシのメインヴィジュアル・ヒエロニムス・ボス工房《トゥヌグダルスの幻視》について言うと、ボス自ら描いた作品は40点余り、そのうち油彩は二十数点しかない。《トゥヌグダルスの幻視》がボス自身の制作なら大発見。」とのお話でした。
先ず、1階の《トゥヌグダルスの幻視》の巨大複製画の前に集合。県美の西田学芸員の解説を聞いてから、展覧会の鑑賞が始まりました。なお、解説の主な内容は以下の通りです。
レクチャしてくださった、兵庫県立美、西田さん

レクチャしてくださった、兵庫県立美、西田さん


《トゥヌグダルスの幻視》の画面左下に描かれているのは、天使と主人公のトゥヌグダルス。描かれているのは、キリスト教の七つの大罪・傲慢、嫉妬、貪欲、怠惰、大食、激怒、邪淫と、それに対する懲罰。首を切り落とすなど残酷な表現がありますが、戦争で殺戮が行われた時代の制作であり、現実世界の反映です。また、この複製画には、マグネット板で出来た“吹き出し”を貼ることが出来ます。“吹き出し”にセリフを書いて登場人物に会話させたり、自分が絵の中に入ったりして遊べます。写真撮影もO.K.で、人気スポットです。
企画展の会場は3階ですが、1階・2階では常設展を開催中。2階は所蔵作品による特集・“「リアル」からの創造/脱却”を開催しています。常設展の特集を宣伝用のパネルは、澤田知子《ID400》の一部を使ったもので、作家本人がいろいろな扮装をして証明写真機で撮影した写真を並べています。展示室には、顔が4つ写った証明写真を100枚貼ったパネルを4点展示。面白い作品が並んでいるので時間があれば是非、常設展を見てください。
とのお話でした。急なお願いにも関わらず、西田学芸員は快く解説を引き受けてくださいました。改めて、お礼を申し上げます。ありがとうございました。
◆ベルギー展:第1章 15-17世紀のフランドル美術
 ヒエロニムス・ボスと彼の模倣者の作品(15世紀)、「第二のボス」と言われたブリューゲルの原画による銅版画(16世紀)、ルーベンスの原画による銅版画(17世紀)が並んでいます。ボスが描いたユーモラスな怪物は絶大な人気を得ていたようで、同時代の模倣者やブリューゲルにもボスのキャラクターが引き継がれています。
 会場では、若い男女が目立ち、ブリューゲル原画の銅版画の前で、「《大食》というのは絵にしやすいけど、《傲慢》や《嫉妬》は予備知識が無いと分からないね。何で、鏡や孔雀が傲慢を表すの?」などと、会話しています。突っ込みどころ満載の作品ばかりなので、会話が途切れません。デートには最適ですが、渋滞の列は長くなるばかり。時間内で見終わるためには列を離れて入場者の頭越しに作品を鑑賞するしかないと、覚悟を決めました。
 展示室の一角では《大きな魚は小さな魚を食う》など、ブリューゲル作品のアニメーション映像を展示。大きな魚の腹から小魚が飛び出る様子や空飛ぶ魚、歩く魚を見ていたら、残り時間が、ますます減っていきました。
◆ベルギー展:第2章 19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派・表現主義
 最初に出会うのが、フェリシアン・ロップスの《舞踏会の死神》。顔が骸骨で、男女の区別がつきませんが、足元はパンプス。なので、女性ですね。教会への風刺でしょうか、気味の悪い作品です。目隠しをした裸婦が豚を連れて、彫刻、音楽、詩、絵画と書かれたレリーフの上を歩く《娼婦政治家 Pornocrates》は、思わず二度見してしまいます。
彫刻を撮影したクノップフの一連の作品を見ていると、不思議な気分になります。アンソールの作品はシニカルで、ヴァレリウス・ド・サードレール《フランドルの雪》は、人物がいないブリューゲル《雪中の狩人》のようでした。
◆ベルギー展:第3章 20世紀のシュルレアリスムから現代まで
 午後3時からレオ・コーベルス《ティンパニー》が動くというので駆け付けると、既に10人以上が待機。開始時刻が来たので、どうなるか見ていると、口に絵筆をくわえて、ティンパニーの上で逆さ吊りにされた骸骨が、その場で上下してティンパニーの演奏を始めました。連打を期待していたのですが、3回ほど叩くとしばらく休むという緩慢な動き。「こんなものか。」と、直ぐ席を立ちましたが、保崎さんに聞くと、その後、人の出入りが多くなったら連打を始めたそうです。センサーで人の流れを感知し、骸骨を動かしていたようです。
この外、デルボーとマグリットの作品や、捻じ曲げられたキリストの磔刑像を伸ばして繋いだ・ウィム・デルヴォワ《プレッツェル》、大きな頭を支えることができない人間のブロンズ像・トマス・ルルイ《生き残るには脳が足らない》などが印象的でした。
◆常設展:2階の小磯良平記念室・金山平三記念室など
 ボギーさんの案内で、小磯良平の《斉唱》と《T嬢の像》を鑑賞。《斉唱》のモデルは、小磯良平が洋画同好会の講師を務めていた、キリスト教系の松陰高等女学校の女生徒。(制服は今も同じです)DVDは「描かれた音楽」と、この絵を解説していましたが、全員が裸足で、視線はバラバラ、どの女生徒も背丈や顔が同じなど、見れば見るほど不思議な作品です。
 隣は金山平三記念室で風景画ばかりですが、画面のターコイズ・ブルーが綺麗です。また、常設展示室6の阿部合成《見送る人々》は、北川民次のような画風でした。
◆常設展:「リアル」からの創造/脱却
 森村泰昌《肖像(九つの顔)習作》は、顔を撮った九つの写真。保崎さんは「元ネタは、レンブラントの《テュルプ博士の解剖学講義》ですね。仰向きは解剖されるご遺体。」などと解説してくれました。《セルフポートレート 女優/ビビアン・リーとしての私》には笑ってしまいました。千円札の夏目漱石が森村泰昌の顔になっている《肖像、経済》は、赤瀬川原平へのオマージュでしょうか。赤瀬川原平といえば、高松次郎の作品もありました。
 見学時間2時間15分と、余裕があったはずなのに集合時刻間際。あとは駆け足です。
兵庫県立美術館

兵庫県立美術館


さわやかな風にふかれて

さわやかな風にふかれて


◆帰路
 摩耶ICから阪神高速道路に入ると渋滞でノロノロ運転。とはいえ、西宮JCTで名神高速道路に入ってからは順調。東名阪自動車道の亀山JCT・四日市IC間が渋滞というので、土山SAまでノンストップ。土山SAでは、お土産と渋滞時の食糧を調達。最悪1時間の遅れは覚悟していましたが、終わってみれば予定時刻よりも15分ほど早い午後7時34分に名古屋駅(桜通り)に到着。ツアーを堪能して全員解散。運転手さん、ガイドさん、添乗員さん、旅行担当の松本さん、ありがとうございました。最後に、参加された皆さま、お疲れさまでした。
Ron.

秋のツアー箱根 2016

カテゴリ:アートツアー 投稿者:editor

9月24日(土)から25日(日)まで、名古屋市美術館協力会の秋のツアーに参加しました。参加者は31名、全員がツアーを満喫することが出来ました。今回のツアー、目的地が「箱根」だったこともあり、「ツアーの楽しみは、美術鑑賞と観光」だという、きわめて当たり前のことに改めて気付かされました。行程順に書かせていただきます。

旅行に参加したみなさん、ポーラ美術館にて

旅行に参加したみなさん、ポーラ美術館にて


◆箱根町「宮の下」三叉路で渋滞に遭遇するも、予定通りの時刻に到着
 秋雨前線や台風の影響で降り続いていた雨も止み、「よかったね。」と話しながら出発。しかし、無情にも静岡県に入ったあたりから本降り。「雨ニモマケズ」順調に走り続けたものの、最初の目的地、富士屋ホテル前の箱根町「宮の下」三叉路を目の前にして突然停止。見ると、三叉路で車がひしめき合って、なかなか前に進めない状況です。十数分間の我慢。バスを降りてホテルの玄関前で腕時計を見たら、12時。渋滞に遭遇するも、みごと予定通りの到着でした。
◆豊田JCT~浜松いなさJCT 間の新東名開通で時間短縮
静岡SAで配布しているパンフレットには「2016年2月の新東名高道路愛知県区間開通で、豊田JCT~御殿場JCT間の所要時間が約60分短縮」とあります。10年近く前に団体旅行で箱根に行ったときは丸子の丁子屋で昼食でしたから、「1時間の差」は大きいです。助かりました。
なお、東名高速道路の豊田JCT~音羽蒲郡IC間は、現在の暫定3車線を2車線に戻す工事が10月上旬まで実施され、工事完了後は制限速度60㎞/hが100㎞/h に戻るようです。
◆富士屋ホテルで食べたビーフカレー
昼食は、箱根町宮ノ下「富士屋ホテル」のメインダイニングルーム「ザ・フジヤ」でビーフカレー。格天井、欄間、雪洞という日本趣味の、天井高のある広いダイニングルームで庭を見ながらの昼食はクラシックホテルならではのものでした。静かで、落ち着いています。どこからか「コーヒーやサラダは付かないの?」という声が聞こえましたが、後で富士屋ホテルのホームページを見たら、ビーフカレー単品でもサービス料込2,290円+消費税、サラダ、コーヒーなどの付くセットメニューだとサービス料込4,480円+消費税なので「ビーフカレー単品でも大盤振る舞い」だったと納得。「お肉」もたっぷり入っていたし、文句は言えませんね。
天井の装飾も美しい富士屋ホテルにて

天井の装飾も美しい富士屋ホテルにて


確かに値段は高いのですが、お陰で雰囲気を壊す「招かれざる客」などの要素は排除され、いい気持ちで昼食を楽しむ事ができました。今回のツアーでは各美術館でも、この「箱根ブランドに支えられた高価格帯戦略」を目にしました。でも、高いサービス料を払っただけの価値はあります。ホテルを出るとき、「また、あの三叉路を通るのか。」と、暗い気持ちになったのですが、ホテル従業員の交通整理で何の障害もなく「宮の下」の三叉路を抜けることが出来ました。
◆「残念」と思った雨が、思わぬ演出効果を
 ツアー最初の美術館は、観光客に人気の箱根彫刻の森美術館。野外彫刻を広い庭に展示しているのが「売り」ですが、あいにくの雨。バスを降りる前、参加者に聞くと「傘をさしても野外彫刻が見たい。」という参加者は31名中11名。「残念」な気持ちを抱えての入場となりました。
雨の彫刻の森美術館

雨の彫刻の森美術館


「雨なので、2、3点だけ解説します。」との前置きだったのですが、気分が乗って来たのか学芸員さんは30分近く解説して下さいました。何故か?鮮やかな芝生の緑と雨に煙る白い空をバックにした「雨に濡れた野外彫刻」がとても魅力的だったのです。強い日差しも無くて涼しく、傘をさしていても快適に聞けました。私の頭の中には、ジーン・ケリーの「雨に唄えば」が流れていましたね。同行した名古屋市美の山田学芸課長が、この日に見た彫刻について「名古屋市美術館のブログに書きたい。」と話していましたので、そちらもご覧ください。
雨の中でも解説に聞き入る参加者たち

雨の中でも解説に聞き入る参加者たち


◆篠山紀信の写真も
 彫刻の森美術館では「篠山紀信写真展 KISHIN meets ART」と題した特別展も開催されていました。「緑陰ギャラリー」では若林奮、イサム・ノグチ、フランク・ステラなどのアーティストやその仕事場を撮影した複数の写真を結合した「シノラマ」を展示。何の期待も持たず会場に入ったのですが、「シノラマ」の面白さに興奮しました。名古屋市美に収蔵されている作品の作家が多く、親近感が持てました。こんな写真なら、作品と一緒に展示したいですね。
一方、本館ギャラリーでは、篠山紀信が撮影した彫刻の森美術館の野外彫刻の写真を展示していました。最初の展示室には、さっき見てきたばかりの「雨に濡れた彫刻」の写真。同じ彫刻を二度楽しめたことで、とても得した気分になりました。
◆またも「宮の下」三叉路で
 次のポーラ美術館での観覧時間を増やそうと、彫刻の森美術館を予定より20分早く出発したのですが、今度は「宮の下」三叉路のはるか手前で渋滞にはまり、移動時間10分の予定が45分もかかってしまいました。しかし、文句を言う人は誰もいません。きっと、さっきまで見ていた彫刻の森の「雨に濡れた野外彫刻」の余韻に浸っていたので気にならなかったのでしょう。これも「芸術の力」の成せる技ですね。
◆水気たっぷりの森に抱かれたポーラ美術館
 ポーラ美術館に着いたのは午後3時25分でしたが雨が降っているため、夕暮れ時と錯覚するほどの薄暗さ。傘をさして窪地の上に架かる橋を渡り入館。そのまま、地下1階のレクチャールームに向かいました。学芸員の解説は「今月の日照時間は、まだ20分」という話で始まり、「ポーラ美術館のある仙石原は霧が深く、水気の多い土地で、ブナ(橅or山毛欅:樹皮は灰色で滑らか。ドングリは三角錐形で柔らかいトゲのある総苞に包まれる)が多い。ヒメシャラ(姫沙羅:ツバキ科の落葉高木。山中に自生し、庭木にする。樹皮は淡赤黄色で平滑)は、他の土地ではあまり大きくなることはないが、仙石原では巨木になる。美術館と駐車場の間の窪地に自生しているので、帰りに見てほしい。当美術館は原生林に囲まれ、自然との「共生」をコンセプトにしている。館内に居ながら自然の中にいるような気持ちになれます。」と続き、特別展、常設展の解説もありました。
特別展は「ルソー、フジタ、写真家アジェのパリ 境界線への視線」で、見どころは「パリ郊外の“詩情”。絵画と写真により現実を写し、また超えていく、普通の「芸術家」ではない型破りの3人の表現」とのこと。いずれの作家もポーラ美術館の所蔵品を中心に展示しているのは「すごい」と思いますね。先ずは、ルソーの「ヘタウマ」を堪能。フジタ関係の展示は、名古屋市美で今年開催した「藤田展」と来年開催予定の「ランス美術館展」を結ぶようなもので、「乳白色のフジタ」より前の作品と戦後の渡仏後の作品を展示。「藤田展」で見た作品もありました。
名古屋市美の山田さんの話では、アジェの展示は当初予定していなかったようで、展覧会開催が当初予定より遅れたため展示が可能になったとのことです。我々には、それが幸運でした。キャプションを読むと、アジェの写真はフジタも資料として購入していたようです。20世紀初頭のパリの風景、それも「蚤の市」や「くず屋」などの、あまり「芸術的」でない写真が面白いですね。18㎝×24㎝の写真乾板(ちなみにB5サイズは18.2㎝×25.7㎝)を使う木製カメラで撮影したということですから、カメラ、三脚、写真乾板の重さを考えると、撮影はかなりの重労働だったと思います。後で調べると、カメラはレンズボードを上下に動かすことができたということから、建物の線が垂直になっている理由や、画面の上方が弧を描くように切れてその上が黒くなっている写真があった理由がわかりました。納得。
アジェの展示で最初にあったのは、ベレニス・アボットが撮影したアジェのポートレート。調べてみると、彼女はアジェの死後、プリントと写真乾板を購入して世界にアジェを紹介しただけでなく、自身も8インチ×10インチ(20cm×25cm)のネガを使う大型カメラで撮影していたということです。彼女は余程、アジェの写真が気に入っていたのでしょうね。
常設展では、黒田清輝《野辺》、岡田三郎助《あやめの女》、岸田劉生《麗子像》、村山槐多《湖水の女》などの作品を見ることが出来ました。なかでも、里見勝蔵《女》には、「なんじゃ、これは。」と思いました。なお、近代日本画の作品が一つもなかったので、美術館の人に聞いたところ、「今回は展示しておりません。」との回答。これは、残念でしたね
ホテルでの宴会の様子

ホテルでの宴会の様子


◆ホテルの裏手一帯は森に囲まれた別荘地
 宿泊は、仙石原のパレスホテル箱根。着いたときは真っ暗だったので、どんなところにあるかよくわかりませんでしたが、翌朝、朝食に行こうと部屋を出たら、廊下の突当りの窓から、富士山のシルエットが見えるではありませんか。しばらくのあいだ見とれていましたが、その後、雲に隠れてしまいました。9月26日(月)の新聞には「山梨県富士吉田市は25日、富士山の「初雪化粧」を宣言した。(略)昨年より16日早い。気象台は『25日山頂付近が朝から雲に覆われ、冠雪を確認できない。』として発表を見送った。」とあります。帰宅後に検索したら、御殿場でも初雪が見えたようです。あの時、双眼鏡があれば初雪が確認できたかもしれないと思うと、残念。
 朝食後、ホテルの裏手に回ると「庭園公園散歩道入口 →」という看板。矢印の方向に進むと「中央通り」「一番通り」などの看板があり、中央通りを進むと駐車場にいっぱい乗用車が止まっている施設がありました。看板は「花王ファミリーセンター千石」の文字。他にも「キャノン箱根館」「DNP 創発の杜 箱根研修センター2」など、立派な施設が目白押しでした。
また、「見晴通り」という標識があったので進んでいくと、「金太郎岩展望台 →」という看板。木の枝でトンネルのようになっている道を抜けると、やがて空が開け、眼下に芦ノ湖が見えました。下の方から車の走行音が鳴り響き、それまで聞こえていた鳥の声は、もう聞こえません。「晴れて良かったな。」と、深呼吸してからホテルに戻り、帰り支度をしましたが、後の予定がなければ姥子温泉を経由して大涌谷まで行っていたかもしれません。
◆仙石原すすき草原を横目に岡田美術館へ
 出発時、ホテルの玄関前には2台のバス。一台はもちろん協力会、もう一台は前夜の風呂で一緒になったイタリア人の団体さんだったようです。「大人と中学生」くらい体格が違います。
岡田美術館に向かう途中、仙石原すすき草原の横を走っていると、ハイキング姿の若い女性が何人も見えたので、「ここで止まって、しばらく散策したいな。」という声がありました。雨上がりなので、殊の外ススキが綺麗です。早朝だったので、魔の「宮の下」三叉路はあっけなく過ぎ、バスは「箱根マラソン」のコースを軽快に登っていきます。「こんなに急な坂で何人も抜いたとは、柏原竜二や今井正人は、まさに“山の神だ”。」と、感動しました。

◆「最新の美術館はここまでやるのか!」と、びっくり
岡田美術館に着くと、我々がバスを下車する前に岡田美術館の職員が乗車して美術館の概要を説明。「テーマパークでも、ここまではやらないのに。」と、びっくり。しかし、驚くのは、まだ早かったのです。入場すると、「携帯電話は持ち込みできません。ロッカーに入れてください。」という案内。携帯をロッカーに入れて受付に行くと、金属探知機で手荷物検査という空港並みのセキュリティー。「ここまでやるか」と、口をあんぐりした次第です。
今回のお目当ては「生誕300年を祝う 若冲と蕪村 - 江戸時代の画家たち」。目玉は、「若冲展」に出品された「孔雀鳳凰図」。5階ホールまで上がって30分の解説。解説が終わって扉が開くと、庭が見えました。美術館の人の話では「9月になって初めての晴れ」ということで、眩しいくらい緑が映えています。昔は「開化亭」という旅館で、その当時も庭だったそうです。その後、持ち主が変遷し2013年10月に岡田美術館が開館するに至ったとのことでした。
岡田美術館にて

岡田美術館にて


5階は、仏像・仏画の展示。4階は特別展。「江戸時代の画家たち」という副題なので、円山応挙や長沢蘆雪の作品も見ることが出来ました。驚いたのは、立って鑑賞するときに見やすくするように掛け軸専用の展示台があったことです。後方に少し傾けた真っ黒な板に掛け軸を懸け、絵が持ち上がらないよう、絵の四隅に直径7、8ミリぐらいの金属製の丸いボタンのようなものが置いてあります。ピンなのか、別の方法で止めてあるのか、よくわかりませんでしたが、お陰でガラスケースの反射も気にならず、快適に鑑賞することが出来ました。
3階は、絵画・漆芸の展示です。肉筆の浮世絵もありました。2階は仕切りが無く、デパートの陶磁器売り場のような感じですが、ここにお目当ての「孔雀鳳凰図」がありました。人だかりはありましたが、せいぜい10人ほどなので、じっくり鑑賞することが出来ました。1階には、白玉を削り出して造った直径30㎝ほどの《白玉双耳八角花形洗》が展示されていました。器の耳には輪が付いています。どうやって輪を削り出したのかが謎のお宝でした。
ゆったりできる足湯カフェもありました

ゆったりできる足湯カフェもありました


美術館の出口には足湯カフェ。足を湯につけると足の裏を新品に張り替えたようになり、すっかり疲れが取れました。コーヒーやスイーツを注文する時間がなかったのが、唯一の心残りです。
◆世界文化遺産「韮山の反射炉」を見ながらの網焼きバーベキュー
 岡田美術館の見学後、バスは世界文化遺産「韮山の反射炉」の隣の「蔵屋鳴沢」を目指して走りました。車窓には富士山や芦ノ湖、全長400m、日本最長の歩行者用吊橋《三島スカイウォーク》などが次々に現れては、消えていきます。
網焼きバーベキューランチ

網焼きバーベキューランチ


昼食は「蔵屋鳴沢」の網焼きレストランで、韮山反射炉を見ながらの網焼きバーベキュー。牛、豚、鶏に鯵の干物と、とてもボリュームがあり、皆、大満足。300円の入場料を払って反射炉見学をした人もいました。反射炉では、鉄を熔かして大砲を作っていたようです。
◆コンクリート造の本堂に安置された五体の国宝
見学の最後は、伊豆の国市の願成就院。北条政子の父、北条時政が建立した寺院で、阿弥陀如来坐像を始め、平成25年に国宝指定された運慶作の五体の仏像を安置しています。我々が本堂に入るのとほぼ同時に、住職が登場。「法事があって寺に戻るのが遅れたけれど、皆様方のご到着に間に合ったのは、御仏の助け。」という挨拶を皮切りに「この阿弥陀如来は体格が良くて男らしい仏様で、両掌を前に向ける説教印を結んでいるのが特徴。地震で螺髪、鼻、目が損傷し、玉眼ではなくなった。体内から五輪塔型の木札が見つかり、運慶作であることが確認された。現在の本堂は、50年ほど前に再建された。」などの解説がありました。

また、見学後のバスでは、今回参加された藤井さんから阿弥陀如来の仏像などに関する解説があり、知識を深めることが出来ました。藤井さま、ありがとうございました。
◆渋滞なしの復路、関係者の皆様に感謝、感謝です
帰り道でも富士山がよく見えました。新東名高速道路、伊勢湾岸自動車道、名古屋高速道路と乗り継ぎましたが、いずれも順調に走行。帰路で一度も渋滞に遭うことなく、無事到着できたのは久しぶりのことです。参加者は皆、笑顔でバスを後にしました。
ツアーを企画していただいた松本さま、ありがとうございました。これからも、よい企画をお願いします。また、「仕事ですから。」と言われるかもしれませんが、終始安全運転を続けていただいた運転手さま、ありがとうございました。添乗員さん、お疲れ様ありがとうございました。
   Ron.

「春のアートツアー」に参加しました

カテゴリ:アートツアー 投稿者:editor

5月29日(日)名古屋市美術館協力会主催の「春のアートツアー」に初参加しました。
今回訪問したのは、①国立国際美術館「森村泰昌:自画像の美術史」展 ②大阪市立東洋陶磁美術館「宮川香山」展 ③アサヒビール大山崎山荘美術館「終わりなき創造の旅」展の3つの美術館。アート三昧の充実した一日となりました。

①森村泰昌の作品を観るのは、昨年、名古屋市美術館所蔵のゴヤ作≪1808年5月3日、マドリードにて:プリンシペ・ピオ山での銃殺≫をオリジナルとした2作品≪兄弟(虐殺Ⅰ)≫と≪兄弟(虐殺Ⅱ)≫(1991年)以来です。
今回の展覧会は、約130点の作品(約50点が新作& 未発表作)と75分の映像作品で構成され、森村が美術史の中の著名な自画像に扮し「私/わたし」とは何かを探求しています。いろいろな解説や難しい理屈は抜きにして、とにかく面白かった!が私の感想です。でもこの展覧会を一番楽しんでいたのは森村本人ではないでしょうか。どの作品も細部まで考え抜かれていますので、作品のオリジナルや歴史的背景などを知っているとより楽しめると思いました。
私が一番興味深かったのは、ベラスケスの≪ラス・メニーナス≫をテーマとした8枚連作≪侍女たちは夜に蘇る≫(2013年)です。画家とモデルと鑑賞者の視線が複雑に絡み合う空間を縦横無尽に行きかいながら、作品と展示される場所(美術館)との関係も問い直しているようでした。

森村泰昌≪侍女たちは夜に蘇る≫会場風景

森村泰昌≪侍女たちは夜に蘇る≫会場風景


②陶磁器とは思 えない超絶技巧の宮川香山の作品に釘付けになりました。どのようにしてこれらの作品を創ったのでしょうか???タイムスリップして香山の工房を覗いてみたくなりました。

③大山崎山荘美術館で一番気になった作品は、モディリアーニ≪少女の肖像≫です。この作品は、名古屋市美術館の看板娘と同じ1918年頃に制作されました。モディリアーニが亡くなる一年ほど前で、恋人との間に娘が生まれ、子供の肖像をたくさん描いていた時期の作品です。≪少女の肖像≫は、少し大人びた優しいお姉さん風の姿で描かれていますが、美術館ホームページによると「少女が誰であるかは不明ですが、ジャンヌ、あるいはユゲットとよばれていた」そうです。
次回の来訪時には素敵な庭園の散策も楽しみたいと思い ます。

「終わりなき創造の旅」展チラシ、右下がモディリアーニ≪少女の肖像≫

「終わりなき創造の旅」展チラシ、右下がモディリアーニ≪少女の肖像≫


最後になりましたが、ツアーを企画してくださった協力会役員の皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました。
会員  境 徳子

富山県立美術館にて BankART_大霊廟Ⅱ プライウッド新地 ヨコトリ_パオラ・ピヴィ_まだ誰も来ない MOTサテライト 目印はこれ! 河村るみさんをお迎えして 急遽解説してくださった角田学芸員 アルテピナコテーク さいたまトリエンナーレ 交流会にて 240の棺/Arigatou Sayounara 《帰ってきたJ.L.》は扉の向こう アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト