お知らせ

2017年10月15日

イベント情報

平成29年度これからのイベントの情報です

日時   11月19日(日)
豊田市美術館
ジャコメッティ展ミニツアー

日時   12月17日(日)
名古屋市美術館
シャガール展ギャラリートーク

会員のみなさまは、近日案内を送付いたします。ファックスまたはブログからお申込ください。

事務局

長沢芦雪展 ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor


今回の参加者は28名。愛知芸術文化センター12階のアートスペースEで約1時間、愛知県美術館の深山(みやま)美術課長の解説を聴き、その後は自由観覧となりました。

◆深山課長の解説(抜粋)
〇展覧会について
 長沢芦雪の展覧会は2013年の「応挙展」終了後から「次は芦雪」と、温めていた企画。
芦雪の展覧会は、2000年(千葉市美術館、和歌山県立博物館)、2011年(MIHO MUSEUM)以来の開催となる。開催当初の入場者は一日1500人程度だったが、SNSで「かわいい」と、人気が出てきて、11月3日には3400人の入場者があった。東京だったら、もっと多くの入場者となり、入場制限をする事態になっていたかも。展示室の作品解説も、「わかりやすい」と評判。

○長沢芦雪は、どんな人
 長沢芦雪は1754年生まれ。1799年に数え46歳で死去。円山応挙の弟子1000人の中でも「一番うまい」とされる人物。先生の真似だけでなく、新たな境地を拓いている。
今回の展覧会では応挙の入門する前の作品を4点展示。《関羽図》を見ると「面白い線を引きたい」という意欲を強く感じる。もともと表現意欲一杯だったが、十代の頃の技術は未熟。応挙の弟子となって表現技術を身に着け、大きく成長したと言える。

〇応挙との比較
《牡丹孔雀図》は応挙・芦雪ともに描いているが、応挙の孔雀は「動きが止まった一瞬」を描いているのに対し、芦雪は「動いている途中の姿」を切り取っている。《楚蓮香図》でも応挙は小柄で優しい女性を描いているが、芦雪は髪の毛が乱れた色っぽい女性を描くだけでなく、足元に蓮華草を配し「蝶は、花ではなく蓮香の香りに惹かれている」ことを表現。いずれも、先生である応挙の真似にとどまらず、工夫を加えた作品となっている。

〇和歌山県串本町・無量寺の空間を再現
 今回の展覧会では愛知県美術館の広い展示室を活かして、無量寺の空間を再現。
現在の無量寺ではレプリカの襖を使用。本物は無量寺の展示施設あるが、奥行きが足りないので、残念ながら虎も龍も、最後の襖は他の4枚と直角に交差する位置に展示。
展覧会では本物による襖絵の空間を体感してほしい。本尊の前に立つと、部屋の奥から虎と龍が出て来て両側から迫ってくるように感じる

○かわいい生きもの
 かわいいのは子犬だけでなく、子どもたちやスズメ、カエル、ナメクジなども。また、全身は黒色で、首と足先だけが白い子犬の後ろ姿が多くの作品に登場しているので、注目。

◆自由観覧
 お昼時にも関わらず、深山課長から話があったとおり、展示室は大勢の入場者で込み合っていました。とはいえ、鑑賞の妨げになるほどではありません。でも、土・日は朝一番を避けた方が良いかもしれませんね。

○無量寺・方丈の空間再現
 深山美術課長による解説のとおり、無量寺の空間再現は圧巻でした。3室分を再現しているので、《虎図》の裏に「魚を狙う猫」が描かれていることがよくわかります。《唐子遊図襖》ではネズミの姿もしっかり確認できました。
愛知県美術館における「空間再現」は、2013年3月~4月の「開館20周年記念 円山応挙展」における兵庫県美方郡香美町・大乗寺客殿以来。「開館30周年記念」というだけに、力が入っていますね。

〇《月夜山水図》はじめ、満月が4点
 深山課長「芦雪は、塗り残すことにより満月を描写。技術が無いとできない表現」と、解説していましたが、月夜の絵が見事に4つ並んでいました。

○《白象黒牛図屏風》エツコ&ジョー・プライスコレクション
 白象の上にカラス、黒牛の脇に子犬。対比が面白いですね。愛知県美術館で展示されるのは2007年4月~6月の「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」以来でしょうか?

○《方寸五百羅漢図》
 一寸角の画面に五百羅漢が描いてあるというのですが、小さすぎて見えません。隣の拡大図を見て、「これだけの人物を、どうやって一寸角の画面に納めたのだろう。」と、感心してしまいました。

◆最後に
 長沢芦雪は茶目っ気たっぷりというか、絵にいろいろな仕掛けを凝らすのが大好きな人だったようです。数え46歳で亡くなったのは、あまりにも惜しい。北斎ぐらい長生きしたらどんな絵を描いたのか、見てみたかったですね。
北斎といえば、「長沢芦雪展」の終了(11/19)と入れ替わりに、「北斎 だるせん!」が名古屋市博物館で始まります。(11/18~12/17)こちらも、楽しみです。
           Ron.

深山学芸員による1時間にも及ぶ解説、ありがとうございました。

深山学芸員による1時間にも及ぶ解説、ありがとうございました。

ランス美術館展 ギャラリートーク

カテゴリ:協力会ギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館で開催中の「ランス美術館展」のギャラリートークに参加しました。担当は深谷克典副館長(以下「深谷さん」)と保崎裕徳学芸係長(以下「保崎さん」)、参加者は71人。参加人数が多かったので、1階から始めるグループと2階から始めるグループに分かれて開始。1階の担当は深谷さん、2階の担当は保崎さんでした。

◆「ランス美術館展」が7館も巡回する理由など(深谷さん談)
ランス美術館展は、ランス市と名古屋市の姉妹都市提携(調印式は2017.10.20)を記念する展覧会。ただ、ランス美術館展そのものは、名古屋市が動き出す前から開催準備が進んでおり、名古屋市は割り込む形で参加。巡回の最終・7番目の会場となりました。
なお、姉妹都市提携を考慮し、ランス美術館は名古屋市美術館だけの特別出品として、ドラクロア、コラン、ブーダンの作品を貸出。2階・企画展示室2の展示です。

◆ランス市のこと、ランス美術館のこと(深谷さん談)
ランス市はパリの東、特急で40~50分の距離=日帰り圏の人口20万人弱の都市。歴代フランス王の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂(ランス大聖堂)が有名です。
現在のランス美術館は、修道院の建物を改築して1913年に開館したもの。収蔵品は1800年から公開していますが、当初は市庁舎内に展示。建物老朽化のため別の場所に移転し、2018年リニューアルオープンという計画が進んでいましたが、現市長の判断で中止。今は、現建物を改築する計画が2020年着工予定で進んでいます。
ランス美術館は、絵画だけでなく、工芸品のコレクションも豊富。シャンパーニュ地方の中心都市なので、シャンパン会社社長からの寄贈により収蔵品の総点数は5万点超。

◆第1章~第3章のみどころ(深谷さん談)
 1階の展示は、年代順に第1章から第3章まで。
第1章は17世紀からフランス革命前の時代の絵画。マールテン・ブーレマ・デ・ストンメ《レモンのある静物》は、今回唯一のオランダ絵画。単に、レモン、食器、クルミ、貝殻を描いた絵だと思ったら大間違い。ヨーロッパでは意味のない絵画は描けないので、描いているものは五感の象徴。「メメントモリ=世の儚さ」が、絵の主題です。
ランス美術館のコレクションは19世紀以降のものが充実。それは、19世紀以降に寄贈された作品が多く、制作時期も同時代=19世紀以降のものが多いためです。
第2章は、フランス革命期から印象派前の絵画。ダヴィッド(および工房)《マラーの死》のオリジナルはベルギー・ブリュッセルの王立美術館が所蔵。評判が良く、ダヴィッドの工房は3~4枚のコピーを作成。展示されている作品は、そのうちの一つ。マラーはジャコバン党(急進派)に属するフランス革命の指導者。ダヴィッドはマラーの友人で、入浴中にナイフで刺されて暗殺されたマラーの死を悼んで制作したのが、傑作《マラーの死》。惨たらしいはずの殺人現場をキリストのように描くことで、マラーを殉教者・救済者に見せている。画面の上半分を真っ黒に塗ることでマラーの姿が浮き出ており、ドラマチックな効果を与えています。ダヴィッドは「新古典派」に属する画家で革命期に活躍しましたが、ナポレオンの死とともに表舞台を去り、その後、ドラクロワなどのロマン派が台頭。
カミーユ・コロー《川辺の木陰で読む女》は、一見、同じトーンの画面構成ですが、女の髪飾りの赤がアクセントを与えています。これは、コローの絵の特徴。ランス美術館はコローの作品を27点所蔵、ルーブル美術館に次ぐ作品点数です。
エドゥアール・デュブッフ《ルイ・ポメリー夫人》、右手に手袋を持っている理由をランス美術館の学芸員に尋ねたところ、「急な来客と握手をするために手袋を外し、待っている姿」との回答でした。
第3章は、印象派以降の絵画。印象派ではシスレー《カーディフの河岸》、ピサロ《オペラ座通り、テアトル・フランセ広場》を展示。《オペラ座通り》は、ホテルの窓から見た風景を描いた7~8枚の連作の一つ。連作の中では、今回展示作品の出来が一番。影や服装を見ると、描かれた季節や時刻が分かります。因みに、答えは寒い時期の早朝。
ゴーギャン《バラと彫像》、テーブルの上の花瓶を描いただけに見えますが、彫像の頭に花を重ねるなど、絵にした時の効果を狙い画面構成や色彩に工夫を凝らした作品です。

当日、解説してくださった深谷副館長

当日、解説してくださった深谷副館長


◆自由観覧
深谷さんのトーク後は、15分間の自由観覧。元々が自宅などを飾るための個人コレクションだったためか、ゆったりと鑑賞できる作品が多いと感じました。訪問先の応接間に案内され、壁の絵を眺めているといった感覚でしょうか。
自由観覧後は2階に上がり、もう一つのグループと場所を交替しました。

◆フジタとランスの関係(保崎さん談)
 藤田嗣治の略歴ですが、東京美術学校卒業後、1913年に渡仏。エコール・ド・パリの画家と交流する中、1920年代に自分のスタイルを確立。白い下地に細い線で描いた裸婦によってパリの寵児となる。1929年に日本へ帰国後、南米・米国を旅行し、一時日本に滞在して渡仏。1940年、戦火を避けるように帰国。第2次世界大戦後は、居辛くなった日本を脱出し米国経由でフランスに定住。1955年にフランス国籍を取得。1959年にはランス大聖堂で洗礼を受けカトリックに改宗。洗礼名はレオナール・フランソワ・ルネ。洗礼名の「ルネ」はランスのシャンパン会社GHマム社会長・ルネ・ラルー(以下「ルネ」)に因る。
ルネとフジタの交流は、1956年にパリの画廊で開催されたフジタの個展をルネが見て、感銘を受けたことから始まる。ルネの依頼により、フジタはシャンパン(ロゼ)用のバラの絵を描いた。この時のバラの絵は今も使われている。改宗の半年前、フジタはルネの招きでランス市を訪問。サン・レミ修道院を訪れた時、「改宗せよ」との啓示を受けた。
平和の聖母・礼拝堂(通称、フジタ・チャペル)の建設資金と土地を提供したのもルネ。フジタは、1966年6~8月の3カ月で、礼拝堂内部の壁画を一人で描き切った。

◆第4章のみどころ(保崎さん談)
 ランス美術館のフジタ・コレクションは絵画800点、資料も合わせると2300点。その多くは、戦後、フランスに定住してからの作品。1920年代の作品としては、熊本県立美術館所蔵の《ヴァイオリンを持つ少年》、ひろしま美術館所蔵の《十字架降下》を展示。
 《フジタ、7歳》は戦争画を描いていた時代の作品。《マンゴー》は南米を旅行中、ブラジル・リオで描いた作品で、1920年代と打って変わった土着的・土俗的な作風。《猫》の中央上部に描かれた猫は名古屋市美術館所蔵の《自画像》の猫にそっくり。なお、額縁の左には「1949」という数字が彫られており、縦長用だったものを横に寝かせて使用したと思われる。額縁上部に釣竿を持った少年、下部に虫取り網を持った少年の彫刻がある。
 《十字架降下》は日本画のスタイルで描かれた1927年の作品。改宗後に描いた左右の聖母と対比すると面白い。向かって右の《マドンナ》は、映画「黒いオルフェ」に出演したマルペッサ・ドーンがモデル。周囲の天使も黒人。
フジタ・チャペルの壁画は、下絵のほうが素晴らしい。80歳とは思えない迫力を感じる。また、よく見ると、壁に転写した時に素描の線をなぞった跡が見られる。

◆特別出品の3点(保崎さん談)
 ドラクロアは、ご存じ「ロマン派」の画家。ブーダンはモネの師匠で、印象派に先駆けて移り変わる光と大気を描写した画家。ラファエル・コランは黒田清輝の先生。アカデミスムの画家で、本国では忘れられつつあるが、白馬会の久米桂一郎、岡田三郎助、和田英作の先生でもあり、「西洋画と日本を繋いだ画家」として展示。

◆自由観覧
 《十字架降下》を見て、深谷さんが《マラーの死》について語った「マラーをキリストのように描いている」ということの意味が分かりました。フジタの描くキリスト、表情・ポーズ・胸の傷の位置、どれも《マラーの死》のマラーを思い起こさせますね。
《父なる神》は両手両足を広げた、歌舞伎の「見得」のポーズ。私の隣の参加者は、これを見て「《風神雷神図》みたい。」と、話していました。
フジタは、壁画を一人で描き切った後に体調を崩し、1968年1月にスイス・チューリッヒで逝去されました。80歳という高齢の身で、過労死ラインの重労働を成し遂げた後での死去。最後の仕事に命を注ぎ込んだのだと思うと、作品を見る目が変わりました。
最後、コラン《思春期》を見てポーラ美術館の黒田清輝《野辺》を思い出しました。

◆マラーになりきる
 グッズ売り場向かいの奥まったスペースに「なりきりマラー」のコーナーがありました。《マラーの死》に出て来るナイフや羽根ペン、帽子などの小道具があり、マラーに扮して《マラーの死》の再現写真が撮影できるコーナーです。ギャラリートーク参加者も「マラーになりきる」挑戦をしていました。果たして、出来栄えやいかに。

会員ジョニーさんの協力で

会員ジョニーさんの協力で


◆最後に
 フランス・ブラジル・イタリア合作、1959年公開の映画「黒いオルフェ」は見たことがありませんでしたが、Youtubeの動画(10:32)を見て粗筋がつかめました。映画の主題歌「カーニバルの朝」はボサノヴァの名曲で、様々な演奏家・歌手がカバーしています。
Ron.

映画『ゴッホ~最期の手紙~』

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

 先日、未公開映画の特別上映会がありました。映画の題名は『ゴッホ ~最期の手紙~』(原題:LOVING VINCENT)。英国・ポーランド共同制作・96分のカラー作品で、一旦実写撮影した映画をゴッホ・タッチの油絵アニメーションに再構成したアート・サスペンスです。
ストーリーは、ゴッホの死から一年後、郵便配達人の息子アルマンが「ゴッホの最期の手紙」を届ける旅の先々で様々な人からゴッホについての話を聞き、ゴッホの死の真相に迫るというもの。
重く切ない話ばかり続くので居ても立ってもいられないはずなのですが、「謎解き」の面白さと、ゴッホの油絵に描かれた人物がゴッホの絵の中を動き回るという衝撃で、映画の中にぐいぐい引き込まれます。最後に少しだけ、「救い」もありました。
映画のURLはwww.gogh-movie.jp。「ゴッホ 最期の手紙 映画」と入力しても検索できます。11月3日からイオンシネマ名古屋茶屋(港区)で公開。
お勧めです。
なお、エンドロールで、登場人物と、映像の元になった作品が紹介されますので、最後まで席を立たないでくださいね。

追伸
Youtubeの「イッセー尾形とゴッホのおとぼけコラボ!? 動く油絵 特別篇/ 映画『ゴッホ~最期の手紙~』特別映像」は、クスっと笑える動画でした。
また、https://www.youtube.com/watch?v=0CQKHWvK8Ro 始め、複数のメイキング映像(英語版)がありました。
Ron.

ボギー的、美術鑑賞法 その11

カテゴリ:アート見てある記,ボギー鈴木 投稿者:editor

 ボギー鈴木フアンの皆様(そんなのいるのか?)ごぶさたしております。自称、名古屋市美術館協力会、最高顧問のボギー鈴木です。今週は天気が悪く、遠出は難しそう。ならば近場で楽しめるところを紹介しましょう。それは、名古屋市美術館。な~んだなんて言わないでください。ランス美術館展も既に観られた方もいるでしょうが、10月22日(日)は、常設展が無料開放です。そして、11時と14時からはボランティアによるガイドツアーに加えて、10時、13時、15時には「美術館の彫刻ガイド/建物ガイド」が実施されます。参加費は無料で、彫刻/建物のどちらかを選んで参加できます。つまり時間帯をずらせば、両方に参加も可能で、欲張りな方(失礼)は、常設展のギャラリートークにも参加でき、名古屋市美術館を堪能できるわけです。なお、当日は英語によるガイドも実施されますが、そちらは日本語を母国語としない方が対象なので、たぶん日本人である私は参加できないでしょう。ボギー(Bogie)なのに。

 詳細については、名古屋市美術館のホームページをご覧ください。10月22日(日)は、名古屋まつりがあり、衆議院選挙あります。期日前投票をした私は、一目散に名古屋市美術館へ。当日の天気だけが心配なのですが。

ボギー鈴木(自称、名古屋市美術館協力会最高顧問)

「没後40年記念 中村正義をめぐる画家たち」

カテゴリ:協力会事務局 投稿者:editor

現在「ランス美術館展」が開催されている名古屋市美術館。地下1階の常設展示室3では「常設企画展 没後40年記念 中村正義をめぐる画家たち」が開催されています。
展覧会では中村正義(なかむら・まさよし 1924~1977)を中心に、同郷・同時代の画家・星野眞吾(ほしの・しんご 1923~1997)と平川敏夫(ひらかわ・としお 1923~2006)、中村正義を師と仰いだ・水野朝(みずの・あさ 1945~ )と岸本清子(きしもと・さよこ 1939~1988)の作品が展示されています。

◆対照的な作風
星野眞吾、平川敏夫、中村正義、水野朝、岸本清子の順で作品が並んでいます。前半は暗く陰鬱な作品、中村正義《男》、《女》からは明るくポップな作品。前半と後半の違いがはっきりしていて、面白い展示でした。
内容も前半では、互いに影響し合いつつ、それぞれの道を模索しており、切磋琢磨ぶりが伺えました。後半では、ともに「中村正義を師と仰いだ」といっても、「弟子」と「私淑」の差が感じられました。
水野朝《中村正義先生と私》、岸本清子《Erotical Girls (エロチカル ガールズ)-菊》を比べると、「14歳の日本画教室で中村正義と出会い、以後正義が没するまで18年にわたり交流を続けた(作家紹介)」水野朝は、中村正義先生の教えを守る作家。「県立旭丘高校の美術科に入学するが、この頃中村正義に出会う。その後多摩美術大学で日本画を学び、在学中から荒川修作、赤瀬川原平らとともにネオダダの運動に参加(同)」した岸本清子は、直接の手解きをうけた期間は短いものの、中村正義の活動を見続けた作家というところですね。

◆最後に
水野朝の作品、名古屋市美術館で見た記憶がないのですが、出品リストを見ると全て「個人蔵」と書いてあります。この展覧会のために借りてきた作品のようですね。「出会えてよかった」と、思いました。
「ランス美術館展」の鑑賞券で入場できますから、お帰りにどうぞ。また、常設企画展だけなら大人300円で入場できます。会期は12月3日(日)まで。
10月29日(日)14:00~15:30には、名古屋市美術館講堂で深谷克典副館長の作品解説会が開催されるとのこと。先着順・入場無料なので是非とも聴講したいですね。
Ron.

2017年 秋のツアー北陸

カテゴリ:アートツアー 投稿者:editor
富山県立美術館にて

富山県立美術館にて

9月23日(土)から24日(日)まで、名古屋市美術館協力会の秋のツアーに参加しました。参加者は30名。今回の目的地は、2013年(北陸新幹線開業前)のツアーと同じ富山・金沢。見学先は、富山県美術館(ただし、今回は移転後の建物)、石川県立美術館、金沢21世紀美術館が前回と同じものの、發電所美術館と毛利武士郎(もうりぶしろう)記念美術館は前回と異なります。
◆車両事故による大渋滞に遭遇するも、昼食後には10分遅れまで回復
秋の行楽シーズンとあって、名古屋駅はエスカ地下街の通路、太閤通り口の噴水前広場のいずれもツアー客ですし詰め。集合時刻には参加者全員が集まり、名古屋市美術館の橘総務課長に見送られて、観光バスは名古屋駅を8時頃出発。バスガイドさんの「土曜日が秋分の日なので、普段の土・日よりも人出が多く、渋滞でバスが遅れるかもしれません。」というアナウンスを聞いていたら、いきなり大渋滞に遭遇。「運が悪い」と嘆いていたところ、運転手さんは「一宮ICから一般道路に下り、一宮ICから高速道路へ入り直す」という奇策を取り、IC出口からIC入口までの渋滞を回避。高速道路通行料は増えましたが、時間のロスを縮めるほうが大事ですよね。

魚津にて昼食

魚津にて昼食

一宮ICを入ると間もなく事故現場を通過。休憩した長良川SAでは「7時55分頃に車2台による衝突事故」との放送が流れていました。事故現場を通り過ぎた後、バスは順調に走行。昼食会場の魚津港・海の駅「蜃気楼」に到着したのは、当初予定よりも27分遅れの12時27分。食事時間を切り詰めて、予定から10分遅れの12時50分には發電所美術館に向け出発できました。

◆下山芸術の森 發発電所美術館 (Nizayama Forest Art Museum) =富山県入善町
ツアー1番目の見学先は「NEW・BALANCE TETSUYA NAKAMURA SOLO EXHIBITION」。学芸員さんによれば、題名は「世界の新しいバランス」という意味。作家の中村哲也氏は、東京藝術大学漆芸科出身。ただし、今回出品作の塗装に漆は使っていないとのことです。

発電所美術館内

発電所美術館内

發電所美術館は北陸電力株式会社から譲り受けた「旧黒部川第二発電所」を改装した美術館。天井高約10メートルの展示室に、「独立した形体」というロボットの外、大砲の玉・爆弾で出来た(という想定の)「師範アルファ」から「師範デルタ」まで5体のロボットと「危」と書いた「危険サイン」、1メートル四方のサイコロ型ロボット「ヒーローズ」5体(ピンク、ブルー、レッド、イエロー、グリーン)、蝶の羽を貼った「タイタニック」が、2階(ロフト?)にはスーパーカー、超長大なリムジン、金色のカメの剥製が展示されていました。

アクション・ムーヴィーに出てきそうです

アクション・ムーヴィーに出てきそうです

学芸員さんによれば、「師範」は、爆弾の爆発力を使わないよう自制している姿。「ヒーローズ」は「戦隊シリーズ」のヒーローたちの40年後、50年後の古びて、すり切れた状態をイメージした姿で、サイコロ型に折り畳まれた状態で展示している、とのことでした。
なお、2階に展示の自動車は、シャープな形態だけでなく、塗装が見事でした。自動車用塗料を使っているとのことですが、「フランケン」の鮮やかな赤、黒、ガンメタルや、「レプリカカスタム」の玉虫色には「さすが、漆芸科」と感心しました。展望塔の眺望も素晴らしかったです。

◆毛利武士郎記念館 =富山県黒部市
ツアー1日目、2番目の見学先は保崎係長の提案で、「シーラカンス毛利武士郎記念館」。緩やかな山道を登ると、アトリエらしき建物。周囲は田んぼで、美術館があるとは想像できません。造形作家の柳原幸子さんが出てきて、我々を美術館に招き入れて下さいました。

中はこんな感じです

中はこんな感じです

保崎係長によれば、毛利武士郎(1923-2004)は1950年代、活発に抽象彫刻を発表した作家で、「シーラカンス」は1953年に第5回読売アンデパンダン展に出品した代表作の題名(現在、東京都現代美術館が所蔵)。高く評価されていたが1960年代から新作の発表を絶った後、1983年開催の富山県立近代美術館「現代日本美術の展望―立体造形」展に出品したレリーフ状の新作《哭Mr.阿の誕生》によって再び脚光を浴びた。当時の展覧会を担当した学芸員は、現在、独立行政法人国立美術館理事長の柳原正樹氏。毛利氏と柳原氏の交流はその後も続き、1992年に毛利氏は東京から富山県黒部市へアトリエ兼住居を移転。移住後に、金属の塊をコンピュータと連動した工作機械で加工した新作を発表するようになる。毛利武士郎記念館は毛利氏死去10年後の2014年に、柳原氏が毛利氏の遺志に従ってポケットマネーでアトリエ・工作機械室を改装した美術館。柳原幸子さんは柳原氏の奥様、とのことでした。(毛利武士郎記念館のパンフレットで一部補足)

美術館には《哭Mr.阿の誕生》を始めとする毛利氏の作品が展示されていました。柳原幸子さんは「毛利氏は新作の発表を絶っていた期間、作家仲間の向井良吉が社長を務める、京都のマネキン制作会社「七彩」の東京支社を任されていた。《哭Mr.阿の誕生》には、マネキンの型取りに使っていたアルギン酸(海藻を原料にした糊)を使用。また、工作機械で加工した新作は、金属の表面と内部を削った後、内部の空間に金属を埋めるという凝った作り方をしているが、2つのパーツに分かれている《絶作》(2004年)は、合体して金属を埋めるという工程前の未完成品なので、内部が埋まっておらず、その構造がよくわかります。」と、話されました。
◆富山県美術館の概要
ツアー1日目、最後の見学先は、富山県美術館。富山県立近代美術館の収蔵品を引き継ぎ、本年8月27日にリニューアル・オープンしたばかりです。屋上には大勢の人影が見えました。

屋上オノマトペ

屋上オノマトペ

富山県美術館の丸山学芸員に案内されて2階へ上がり、天井高11メートルの吹き抜けのホワイエで、レクチャーを聞きました。丸山学芸員によれば、美術館の建物は地上3階建。屋上はグラフィックデザイナーの佐藤卓さんがデザインした遊具で遊べる「オノマトペの屋上」(入場無料で、開館時間8:00~22:00)。どのフロアからも立山連峰が見えること、地元産の素材(窓枠の装飾に三協アルミのアルミニウム、廊下の壁に氷見の里山杉)を多用していることが特色。2階の展示室1は、常設展。展示室2~4は、開館記念の「LIFE」展。屋外広場には彫刻家・三沢敦彦氏のクマ(ブロンズ・ウレタン塗装)を展示(写真撮影可)。ただし、木彫のクマは屋内。3階の展示室5は、ポスターと椅子を中心としたデザインコレクション。展示室6は、富山県出身の美術評論家・瀧口修造と世界的なバイオリニスト・ゴールトベルクのコレクションを展示。ホワイエから見える池の周辺は富岩運河の船溜まりを再整備した富岩運河環水公園(ふがんうんがかんすいこうえん)。池の畔にはフランス料理店「ラ・シャンス」がある、とのことでした。
また、バスの中で聞いた保崎係長の話では、開館記念展は「ご祝儀」の展覧会で、日本国中の美術館から名品が集まっており、常設展も充実しているので、2時間あっても見学時間が足らないと思います。見たいものを絞って見学してください。また、瀧口修造はシュールレアリズムを日本に紹介した重要な評論家、とのことでした。
◆開館記念展、コレクション展、屋上広場など
保崎係長の言葉どおり、開館記念の「LIFE」展は、まさに「ご祝儀」の展覧会でした。日本国中の美術館の名品が、「これでもか」と言うほど集結しています。今まで他館の展覧会に貸し出して来た恩を、今回返してもらったということでしょうか。「ご祝儀」のなかでも、デユ―ラー《騎士と死と悪魔》、クリムト《人生は戦いなり》は、特別待遇。美術館の白い壁に黒い台座を貼った上に額を取り付けており、とても目立ちました。富山県美術館のコレクションも多数展示。
本来なら2つの展示室を使うコレクション展は、開館記念展にコレクションを出品しているため1室に縮小。それでも、ピカソ《肘かけ椅子の女》、シャガール《山羊を抱く男》アンディ・ウォーホル《マリリン》、ジョージ・シーガル《戸口によりかかる娘》などは常設展に残しています。なかでも、藤田嗣治《二人の裸婦》は、隣に寄付した会社・個人の名前が掲示され、作品の前にはA5版の解説が積まれていました。
3階の展示室5には、平場だけでなく壁に設置した3段の棚にも椅子が置かれていました。ポスターは壁でなく天井から吊るした透明なパネルの中に収められ、宙に浮いているような展示です。また、展示室6の瀧口修造コレクションは真っ暗な部屋。壁に設置された4段の棚に収められたコレクションだけに光が当たっており、とてもおしゃれな展示でした。
見学時間が残りわずかとなりましたが、屋上に上がると大勢の家族連れと若い男女が遊んでいました。広場の西側に行くと、足元に「いたち川」の細い流れ、その向こうに「神通川」の雄大な流れ、目を上げると正面に加賀藩と富山藩の境、「呉羽山」が見えます。1階まで下りて芝生に出たら、コウモリが飛んでいました。川辺なので、餌になる虫が飛んでいたのでしょうね。
◆石川県立美術館

ツアー2日目、午前中の見学先は石川県立美術館。保崎係長はバスの中の事前説明で、企画展「燦(きら)めきの日本画 石崎光瑤と京都の画家たち」について、「石崎光瑤(いしざきこうよう)は、花鳥画尾を得意とする作家で、画力があり技術も高いが、戦後は忘れられた作家となっている。現在、石崎光瑤のような『主流ではない、もう一つの美術史の流れ』に光を当てようという動きがある。この企画展は注目したい。」と話していました。
石川県立美術館の前田学芸員からは「上村松篁は17歳の時に見た、石崎光瑤《燦雨》(さんう)(1919)に憧れて画家を目指した。石崎光瑤と同じテーマの絵を描くためインドに取材し、約50年後に同じ題名の《燦雨》(1972)を発表。なお、石崎光瑤は現在の富山県南砺市福光の出身で、17歳のとき金沢市に出て江戸琳派の流れを汲む山本光一に学んだ後、19歳で京都の竹内栖鳳に師事した画家。」との解説がありました。また、常設展の見どころは国宝《色絵雉香炉》と重要文化財《雌雉香炉》で、「現在の石川県立美術館を建設する際、寄贈を受けた《色絵雉香炉》の展示室を設けることが条件になっていた。また、雄だけでは可哀そうだということから東京の水野富士子さんから《雌雉香炉》の寄贈があり、300年ぶりの雌雄対面となった。」との説明がありました。
「燦めきの日本画」では、上村松園《花》に惹かれて展示室7に入り、右へ右へと展示を見たのですが、何か変。展示室入口の戻り、順路を逆に見ていたと気付きました。順路に従い、山本光一《時代江屏風》から順に見て、流れがつかめました。
展示室8の土田麦僊《髪》、村上華岳《二月の頃》は、いずれも京都市立絵画専門学校の卒業制作ですが、若い時から上手いですね。竹内栖鳳は百匹の雀と洋犬・仔犬を描いた《百騒一睡》、船の舳先に烏が止まっている《春雪》、水墨画の《水村》の3点が展示されていました。石崎光瑤《燦雨》は展示室8で、上村松篁《燦雨》は展示室9だったので、何度も行ったり来たりしました。二つの作品、同じテーマですが、見た印象は全く違います。何故か解りませんが、石崎光瑤は煌(きら)びやかで、上村松篁はさっぱりしていました。
常設展では、「前田家の名宝」の岸駒《松下飲虎図》と「北陸ゆかりの画聖Ⅱ」の岸駒《虎図》と《兎福寿草図》、久隅守景《四季耕作図》が印象的でした。また、鴨居玲の展示室の奥に郷土の作家の風景画が展示されており、一瞬、「鴨居玲の風景画?」と思ってしまいました。
◆金沢21世紀美術館 館長さんからのレクチャー

金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館

ツアー最後の見学先は金沢21世紀美術館。レクチャーホールで待っていると登場したのは、何と、島敦彦館長。自己紹介によれば、ご本人は富山県出身で富山県立近代美術館に勤務後、国立国際美術館に長く務め、2015年4月から2017年3月末まで愛知県美術館館長、同年4月に金沢21世紀美術館に就任されたとのことでした。3月まで名古屋市にお住まいだったこともあり、終始フレンドリーな雰囲気でお話をされました。

レクチャーは、金沢21世紀美術館の目指すものは「新たな文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」という話から始まりました。「新たなまちの賑わいの創出」という美術館としては珍しい目的が掲げられた理由は、美術館が金沢大学附属小学校・中学校の跡地に建っていることにある。付属小学校・中学校だけでなく金沢大学も移転することから、美術館には大学移転による賑わいのロスを挽回することが求められていた、とのことのでした。
現代美術の美術館という構想を立てたのは初代館長の長谷川裕子氏(前任は水戸芸術館)で、レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》は建物の建設と並行して作品の構想・整備を行うという離れ業で完成させたとのことです。
金沢21世紀美術館の入場者数について、当初目標は年間30万人でしたが、開館10年後の2014年には年間150万人を超え、昨年度は年間250万人を突破。入場者の増はうれしい反面、チケットを買うために長蛇の列ができる(入場者の4分の1から5分の1が有料入場者)こと、入場者の靴についた細かい砂が《スイミング・プール》に落ちて、透明アクリル板に細かいキズが付くことなど、悩みもあるそうです。
◆金沢21世紀美術館 企画展・コレクション展など

金沢21世紀美術館ではいくつもの企画展・コレクション展が並行して開催されており、一番賑わっていたのは「ヨーガン・レール 文明の終わり」でした。島館長によれば、ヨーガン・レールは4年前、事故で亡くなった作家で、晩年は石垣島に暮らしていた。作品は浜辺に打ち寄せられた廃品のプラスチックから作った美しい照明。死因は、廃品を採集するため浜辺に向かう途中で起こした自動車事故とのこと。「文明の終わり」のうち展示室13は、鏡代わりのステンレス板が壁に貼られた薄暗い部屋で、薄暮のランタン・フェスティバルという風情。「インスタ映え」する展示なので、若い男女がひしめき合い、誰もが自撮りに夢中でした。また、展示室5に展示の、表面に縞模様のある瑪瑙(めのう)の小石にも目を惹かれました。
「日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念展」では、針金で作った照明器具に紙袋を被せただけの、イサム・ノグチ《あかり 1P》や二つの「曲げわっぱ」で布を挟んだ《パン籠》が印象に残りました。このパン籠なら、焼き立てのトーストが湿ることはないでしょう。
この外、コレクション展「死なない命」や無料エリア「長期インスタレーションルーム」で開催されていた「アペルト07 川越ゆりえ 弱虫標本」などを楽しみました。金沢21世紀美術館は「小さなテーマパーク」でしたね。
◆帰路、渋滞の影響は僅か
2013年の北陸ツアーでは、車両事故による北陸自動車道通行止めというアクシデントに遭遇して、予定から1時間半遅れの午後8時半に名古屋到着したので、「ひょっとして今回も」と恐れていましたが渋滞の影響は僅か。名古屋駅到着は予定から10分遅れの午後7時10分でした。
企画の松本さま、ツアー・コンダクターの小山さま、運転手さま、バスガイドさま、ありがとうございました。また、ツアー参加者のみなさま、おつかれさまでした。       Ron.

富山県立美術館にて BankART_大霊廟Ⅱ プライウッド新地 ヨコトリ_パオラ・ピヴィ_まだ誰も来ない MOTサテライト 目印はこれ! 河村るみさんをお迎えして 急遽解説してくださった角田学芸員 アルテピナコテーク さいたまトリエンナーレ 交流会にて 240の棺/Arigatou Sayounara 《帰ってきたJ.L.》は扉の向こう アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト