お知らせ

2018年9月3日

2018年協力会イベント情報

現在、募集中のイベントは下記のとおり。

平成30年10月7日(日)17時~
・名古屋市美術館:『ザ・ベスト・セレクション』展ギャラリートーク

会員の皆様は、ファックスか、お電話でお申込ください。
なお、ホームページからもお申込可能です。
(右側の”Gトーク”申込ボタンから)

秋の旅行、催行決定!

会員みなさまを対象に参加募集しておりました秋の旅行は、
無事催行が決定しました。2018年は九州方面への旅。
九州国立博物館でのオークラコレクション展や
福岡県立美術館でのバレル・コレクション展など
珠玉の展覧会を観覧します。

名古屋ボストン美術館「ハピネス展」ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor


名古屋市美術館協力会主催のミニツアーで、名古屋ボストン美術館で開催中の「ハピネス展」(以下「本展」)に行ってきました。参加者は33名、多かったですね。午前9時45分に1階壁画前に集合。午前10時の開館を待って5階・レクチャールームに移動し、吉田俊英特別顧問の解説を聴講した後は自由観覧となりました。
以下は、解説等の要約筆記です。(「注」は、私の補記)

◆吉田俊英特別顧問の解説要旨
◎自己紹介
名古屋市美術館開館の数年前から開設準備に従事しました。最初、職員は私一人でした。名古屋市美術館開館後も引き続き美術館に勤め、2000年に奈良県立美術館へ異動、2011年には豊田市美術館へ異動し(注:2015年3月まで館長)、現在は名古屋ボストン美術館特別顧問として閉館に向けた様々な仕事をしています。

◎本展のテーマ
本展のテーマは「ハピネス~明日の幸せを求めて」です。「ハピネス=”Happiness”」だけだと「幸せのかたち」がテーマですが、「幸せのかたち」は人さまざまです。
「幸せのかたち」ではなく「幸せを求める姿勢」なら皆に共通のテーマになるので「ハピネス~明日の幸せを求めて=”In Pursuit of Happiness”」というテーマにしました。

◎本展の概要
本展は名古屋ボストン美術館の最終展ということから、米国のボストン美術館からの出品75点に加え、名古屋市博物館から5点、名古屋美術館から1点(馬場駿吉氏寄託)、馬場俊吉氏個人蔵4点の特別出品があります。(注:馬場俊吉氏は名古屋ボストン美術館・館長)
4階展示室入口に記念の絵ハガキ(注:絵はジム・ダイン《ダイナマイト》)を置いていますので、ご希望のかたは一人1枚お持ち帰り下さい。
以下、各章ごとに主な作品などを解説します。

◎第1章 愛から生まれる幸せ~日常の情景から~
 第1では家族や恋人、友人の親しい関係を描いた作品を展示しています。
最初の展示はピラミッドから発掘されたエジプトの役人(執事)とその妻の仲睦まじい石像。王族の肖像ではありません。ボストン美術館はハーバード大学のエジプト発掘に協力したので、このような収蔵品があります。
次に、若い男女の口づけを描いた酒杯の裏にはキューピッドが描かれています。
ミレー《縫物のお稽古》は、彼の最晩年・1874年の作品で未完成と思われます。カサット《授乳》は歌麿《母と子》と並べて展示。浮世絵の影響が見られます。
スコット・ブライア《ナニーとローズ》は画家の夫人とペットを描いたスーパーリアリズムの作品で、本展入場者の関心を惹いています。(注:女性の姿が浮き出て見えます。「なぜ立体的に見えるのだろう」と不思議に思い、目が釘付けになりました)

◎第2章 日本美術に見る幸せ
第2章では自然との共生を表現した日本美術の作品を展示しています。
《江戸四季風俗絵巻》は江戸の四季を描いた絵巻です。通常は絵巻の一部を広げての展示ですが、本展では全部を広げて展示しているので見終わるまでに時間がかかり、絵巻を見る人の行列が出来ています。(注:吉田さんが解説されたとおり行列の人数があまりに多いので、最後尾について順番を待つことは断念しました)
鳥文斎栄之《美人舟遊び》は三枚続きの錦絵。隅田川の向こうに三囲神社(みめぐりじんじゃ)の鳥居が見えます。(注:展示室の解説には「鎌倉の鶴岡八幡宮で、源頼朝を前にして舞う静御前を見立てたもの」と書いてありました)
曾我蕭白《琴棋書画図》(きんきしょがず)は中国の知識人が嗜むべき四つの芸事(琴=音楽、棋=囲碁、書=書道、画=絵画)を描いたもの。ボストン美術館が収集した時は六曲一双の屏風でした。修復にあたり調査したところ、取手の痕跡があるなど、襖絵を屏風に仕立てことがはっきりしたため襖絵に戻しました。修復後、世界初の展示が本展です。なお、この作品には「棋」を描いた部分が収集時から欠けていました。
曾我蕭白の保有点数が世界一多い美術館は、ボストン美術館です。

◎第3章 ことほぎの美術
第3章では幸せを祈る「ラッキー・グッズ」を展示しています。
葛飾北斎《寿字と唐子》は98歳の花井白叟が「壽」の字を書いた上に86歳の北斎が唐子を描いたもので、二人の合作です。
《浅黄繻子地宝船模様掛袱紗》は江戸時代の掛袱紗。掛袱紗は持って行く品物の上に掛けて使ったもので、おめでたい図柄を刺繍しています。《紅綸子地松鶴波亀模様打掛》は結婚式の衣装で、展示室には赤、黒、白の打掛を展示しています。ただし、白の打掛は産着に仕立て直したものです。(注:掛袱紗も打掛も金糸をたっぷり使って刺繍した豪華なものです。幕末・明治の動乱期だったから、このような「お宝」でも売りに出されたのでしょうか)
ヴァージニア・ローデン《水壺》はアメリカ・インディアンの伝統的図柄の土器です。

◎第4章 アメリカ美術に見る幸せ
Ⅰ 幸せを彩った芸術~アメリカン・フォークアートの世界~
第4章は2部構成です。第1部ではアカデミックな芸術が入る前の民衆に密着した芸術を展示しています。
サルヴァトーレ・チェルニリアーロ《メリーゴーラウンドの豚》はメリーゴーラウンドの座席として使われていたもので、豚は幸せの象徴です。
ジョン・F・フランシス《3人の子ども》に描かれた子どもは、ごつい感じがします。

Ⅱ 東西の出会い~心の平安を求めて~
第2部ではボストニアンが収集した東洋美術と収集家が描いた東洋風の作品を展示しています。
西山芳園《白衣観音図》はフェノロサが収集したものです。《山間望月》は収集家のフランシス・ガードナー・カーティスが描いた水墨画で、ジョン・ラファージ《ヒルサイド・スタディ(二本の木)》は歌川広重の影響を受けた油絵です。
《踊るシヴァ像》はアーナンダ・クマロスワミが収集したものです。3階ロビーにシヴァ神の変身セットが置いてあるので、帰りにシヴァ神のポーズで写真撮影することができます。皆さん、いかがですか。
ボストン美術館には、かつて「テンプル・ルーム」という寺院風の展示空間がありました。仏像も、お寺ではローソクの明かりで見ていたということを踏まえ、暗い照明で展示しています。

◎第5章 アートの世界に包まれて~現代における幸せの表現~
第5章では現代美術を展示しています。
ピーター・コフィン《無題》は、作家が子どもの頃に見た広告版をイメージした作品です。彼が見た広告版はカラフルな板を並べた上に、活字で案内を描いたもの。出品作品は、その広告版から文字を取り去ったものです。
第5章にはハートをかたどった、ジム・ダインのポップアートを多数展示しています。ジム・ダインの「ハート」にちなんで、ハート形の紙に名古屋ボストン美術館に対するコメントを書いて通路の壁などに貼るというキャンペーンをしています。9月15日現在で2400枚の「ハート」が集まりました。よろしければ、皆さんもハート形の紙に名古屋ボストン美術館に対するコメントを書いて通路の壁などに貼ってください。

◆自由観覧
吉田さんの解説は午前11時に終了し、各自、自由観覧となりました。
 展示室の入口を覗くと、部屋いっぱいの人が見えます。三連休の中日ですから人が多くて当然ですが、少し心配になりました。と言っても、なんとか作品の鑑賞ができたので安心しました。正午近くになると、昼食のためか人数が少し減り、ゆったりと鑑賞することができるようになりました。
 本展は名古屋ボストン美術館の最終展。「10月8日には閉館を迎えるのか」と、淋しい思いを抱いて美術館を後にしました。
                            Ron.

石切り場(丸山富之)

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

 「モネ それからの100年」展の会期中、松本陽子氏を囲んでお話を聞く会(以下、囲む会)が催された。囲む会は名古屋市美術館協力会の会員向けの催しで、会食しながら、出展作家の方からあれこれとお話を聞くことができ、とても好評だ。
 松本陽子氏の囲む会には、hino galleryのスタッフも参加していて、ギャラリーの夏以降の展示予定や最寄駅からの行き方を聞く機会があった。そんな経緯があって、今回、ギャラリーを訪問してみた。

石切り場 前室にて

石切り場 前室にて


 石切り場(丸山富之、hino gallery)を見た。彫刻だった。前室には石材の重量感と表面のザラザラ感が強く意識される作品が置かれていた。後室には上部に突起の付いた、大きな文鎮のような作品が並んでいた。突起の中は深くえぐられ、のぞきこむと石材の裏側(内側)までつながっているようだ。
石切り場 後室にて

石切り場 後室にて


 スタッフと話をしているうちに、えぐられた突起が石に開けられた口に見えてきた。見てのとおり、作品の形態には生物を連想させる要素はないが、スポーツ中継で見る水泳の息継ぎを連想した。
 隣にいるスタッフは、石の産地や制作のこだわり、重量のある作品ならではの展示の苦労話を優しく教えてくれるのだが、水面に浮きあがり、勢いよく突起から空気を吸い込むイメージが作品に重なる。

 お昼近くになり、冷房のおかげで汗も引き、ギャラリーを退去した。駅に向かいながら、ぼんやりと息継ぎする彫刻のイメージが暗示するものについて考えた。答えは意外と身近にありそうだ。

展覧会は9月29日まで。

http://www.hinogallery.com/2018/1901/

杉山 博之

東京アラカルト

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

 展覧会名に興味を惹かれて「東京アラカルト」展を見てきた。出品作家すべてが初見ということで、予備情報なし、わくわくしながら会場へ。お昼過ぎだったので、途中のスーパーマーケットの総菜コーナーをのぞいてみると、おいしそうなお弁当が20%引。時間をずらすとお買い得なんだなー。

 会場のリーフレットによれば、この展覧会はバッカーズ・ファンデーションとNPO法人アーツイニシアティブトウキョウによリ開催されたレジデンスプログラムの集大成。ちょうど、ギャラリートークが始まるようなので、聞いてみることにした。

 10名くらいで始まったトークは内容盛りだくさん。なんといっても20名の作家による100点近い作品のほぼすべてに解説をしてくれる。テーマごとの展示を優先したようで、同一の作家でも異なるフロアーに展示されている場合があり、作家ごとの作風の広がりがつかみにくい。
 印象的だったのは、カラフルなくぎを大量に打ちつけた作品、灰色のコイルで編んだ大きな靴下のような作品、真っ赤な背景に様々な生物を描いた作品など。

 トークの最後で、今後の活動について、レジデンスプログラムは終了し、別の形で活動を継続すると締めくくられた。本当に熱心で、盛りだくさんのトークだった。

おまけ
 協力会のT氏に教えてもらったお得なランチに行って見た。トレシャスビルの11階。見た目もきれいで美味だった。

杉山 博之

おまけ1

おまけ1


おまけ2

おまけ2

音のアーキテクチャ展

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor
音のアーキテクチャ トンネルでピクニック

音のアーキテクチャ トンネルでピクニック


 「音のアーキテクチャ展」を体験してきた。
あいちトリエンナーレのボランティアで知り合った人たちと最近の展覧会について話していたら、ミケランジェロ展(国立西洋美術館)、ルーブル展(国立新美術館)、ゴードン・マッタ=クラーク展(東京国立近代美術館)に混じって話題に出たので気になっていた。

 開館直後に入館したが、海外からの観客で混み合っている。(チケット売り場で聞いた話では、時々、不思議なファッションのお客様もいらっしゃるとか。不思議なって、どんな?)

 建物に入ると地下の会場の方から軽快な音楽が聞こえてくる。音と映像の展示なので、館内はほぼ真っ暗。スタッフの誘導とライトの案内でメインギャラリーに入る。目が慣れると、階段状のベンチと床にも大勢の人影が。
 直後、メインスクリーン(正面の壁面と床面)に映像が映し出されたのだが、まるで、キラキラのダンスパレードの真ん中にパラシュート降下したみたい。高速で展開する音と光のトンネルを走り続けるような映像が続き、すぐに頭がグラグラしてくる。 
 
 のんびり鑑賞するには不向きだが、確かに印象的な展示だった。ジェットコースターが苦手でない方はぜひどうぞ。

杉山 博之

音のアーキテクチャ 音と光の土砂降り

音のアーキテクチャ 音と光の土砂降り

2018年10月14日まで
ミッドタウン・ガーデン
21_21デザインサイト

長谷川利行展 食事会とミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor


名古屋市美術館協力会主催の食事会とミニツアーが開催され碧南市の大濱旬彩大正館(以下「大正館」)と碧南市藤井達吉現代美術館(以下「美術館」)に行ってきました。以下は、そのレポートです。
◆食事会
名鉄碧南駅前の大正館で開催された食事会は正午の開始。早めに大正館に到着した参加者は大広間に案内され、食事会の開始まで涼しく過ごすことができました。参加者は26名。予定通り正午に始まった食事会は、おしゃべりを交えながら前菜のゆでた落花生やメイン・ディッシュのメバルの煮魚などを楽しみ、午後1時過ぎにお開きとなりました。
ミニツアー開始まで、まだ一時間近くあるので、参加者は美術館の近所の見どころを求め二手に分かれて散策。一手が向かったのは清澤満之記念館(きよさわまんしきねんかん)。清澤満之は真宗大学(現大谷大学)初代学長を務めた宗教哲学者。清澤満之が暮らした西方寺(さいほうじ)に併設(観覧料300円)されています。
もう一手は今年7月にオープンしたレストラン・カフェのK庵(九重味淋株式会社内)に向かいました。美術館西の横断歩道を渡り土塀に挟まれた路地を20メートルほど歩くと右に門があります。門の向こうにはお目当てのK庵。中に入ると、残念ながら満員。順番待ちをしないと席につけません。仕方がないのでK庵の隣にある「石川八郎治商店」を覗くと、本みりんや本みりんを使った芋けんぴ等の「本みりん関連商品」を売っていました。本みりん使用のジャムを買った参加者もいました。人気があったのは本みりん使用のソフトクリームとロールケーキ。350円のソフトクリームは本みりんの上品な甘さが素敵でした。

◆長谷川利行展ミニツアー
ミニツアーの参加者は35名と、多め。集合時刻の午後2時少し前に美術館の特任学芸員・北川智昭さん(以下「北川さん」)の案内で美術館の2階ロビーに向かいました。
北川さんは先ず美術館について紹介。美術館は商工会議所の建物を増改築したものであるため、天井高が低い、展示室が狭いなどの制約があるとのことでした。
北川さんは続いて長谷川利行(以下「長谷川」)について解説。概要は以下の通りです。なお、「注」は私の補記。

◎2階ロビーでの説明
長谷川は1891年7月9日に5人兄弟の3男として生まれる。本名は「はせがわ・としゆき」。歌人の出た家柄であり、本人も最初は歌人を目指して上京。1923年9月1日に関東大震災に遭遇。震災の経験を契機に「文字」から「絵」に方向転換した。当初から「専業の絵描き」を目指し「絵で食う」という覚悟だった。長谷川は美術学校で絵を学ぶことはなかったが、作品を二科会に出品。しかし、応援してくれる人は熊谷守一など数人に限られた。父の逝去で仕送りが途絶えたことなどから、ドヤ街暮らしとなる。アトリエを持っていないので、じっくり描くことはできない。そのため、30分以内に描く、その場で描いて絵を完成させる、というスタイルで絵を描き続けた。1940年、49歳で死去。胃癌だった。

◎Ⅰ 上京―1929 日暮里:震災復興の中を歩く
(注:展示室に移動し、主な作品を取り上げたギャラリートークが始まりました)
 長谷川は「あたらしもの好き」で最先端の東京を描いた。当時の最先端は電化。変電所や電線などを描いている。また、《地下鉄道》は当時最先端の地下鉄駅を描いたもの。「カフェ」も最先端の風俗。現在の喫茶店とは違いコーヒーだけでなくお酒も提供し、店によっては女給さんによるサービスもあった。最盛期には東京に1000軒ほどのカフェがあったという。《カフェ・パウリスタ》は「開運 なんでも鑑定団」で鑑定された作品。30分ほどで描いたと思われるが、エプロン姿の女給さんを活き活きと描いている。
長谷川は国産品ではなく、フランス製の絵の具を愛用していた。《汽罐車庫》はカドミウム・レッドというフランス製の絵の具をたっぷりと使った大作。《靉光像》に描かれた画家・靉光は長谷川を画家の先輩として尊敬していた。こうして見ると長谷川は似顔絵の才能が高いと思う。追加出品の《子供》は元「安藤組の組長」で映画俳優の安藤昇がモデル。安藤が子供の時に長谷川利行が絵を描いたということが確認されている。

◎Ⅱ 1930-1935 山谷・浅草:街がアトリエになる(その1)
長谷川の生き方を見ていると「お金がなかったからドヤ街を転々とした」というよりも、「都会のなかで異邦人、自由人として暮らす」という生き方をしたのだと思う。
第2章の絵からは「線」が出てくる。《女》は二科展の出品作。長谷川利行展の出品作品のなかで大きいサイズの絵は展覧会の出品作品。
長谷川は戸籍上「はせがわ・としゆき」だが、絵のサインは「TOSHIUKI HASEKAWA」と書いており、仲間内では「ハセガワ・リコウ」と呼ばれていた。
《熊谷守一像》はお世話になった熊谷守一を描いたものだが、あまり尊敬の念が感じられないように思う。熊谷守一の次女の熊谷榧(くまがい・かや)さんから「あるとき、長谷川利行が着物を濡らして熊谷の家を訪ねてきたので代わりの着物を貸してやったところ、いつまでたっても返しに来なかった。」というお話を聞いた。
《水泳場》は、震災復興の象徴で飛び込み台付きのプールを描いたもの。この絵に飛び込み台は描かれていないが、画面右に頭を下にして斜めに空中を飛んでいる人が描かれているので、飛び込み台の存在が分かる。
《カフェ・オリエント》は第1章の《カフェ・パウリスタ》とは作風が変わり、白いバックに色鮮やかな線で描いた作品。これ以降、長谷川の作品は明るいものになる。

◎Ⅱ 1930-1935 山谷・浅草:街がアトリエになる(その2)
(注:まだ美術館の2階ですが、ここから展示室が変わります)
写真は天城画廊で撮ったもの。天城画廊では2年間に何回も長谷川の個展を開催して多くの絵を売った。長谷川と画商の天城俊彦が一緒に写っており、壁に掛けられている絵は《浅草の女》。《花》《百合の花》は、花が活き活きしている。長谷川利行の描く花は一点一点違う。「一期一会」で描いているので、同じ絵は二度と描けないのだろう。(注:この部屋に展示されている《大根の花》の説明版に「名古屋市美術館蔵」と記されていました)

◎Ⅲ 1936-死 新宿・三河島:美はどん底から生じる(その1)
ガラスケースの中にヌードをまとめて展示。長谷川は会話をしながら絵を描いたのではないかと思う。真ん中の《青布の裸婦》をはじめ、どのヌードもモデルがリラックスしており、素直に描いている。《足を組む裸婦》は賛否が分かれる問題作。左脚を膝から曲げて右脚の上で組んでいる姿だが、右脚が体の真ん中から突き出ているように見える「解剖学的にありえない」作品。「解剖学的な正しさ」にとらわれずに見た印象を表現しようとしたので、こうなったと思う。《三河島風景》は「その場で描いた」というより「記憶に残っている所を描いた」のではないかと思う。

◎Ⅲ 1936-死 新宿・三河島:美はどん底から生じる(その2)
(注:美術館1階北側の小部屋におけるギャラリートークです)
 この部屋には「かわいい絵」を集めた。入口を入って直ぐのところに展示の《ノアノアの少女》《ノアノアの少女図》《モナミの少女》は、いずれもカフェの女性を描いたもの。(注:ノアノア ”noa noa” はタヒチ語で「芳しい香り」。モナミ ”mon ami” はフランス語で「私の友達、私の恋人」)《ノアノアの少女》は異様に首が長いが、違和感はない。《ノアノアの少女》と反対側の壁に展示の《トルソーの女》は表情をうまくとらえている。
 長谷川の描く女性像は可愛くて魅力的だが、男性像は魅力的でない感じがする。(注:《天城俊彦像》は確かに顔が四角くて少し異様な感じがする絵ですが、2階に展示されていた写真と見比べると特徴をよく捉えていると思います。)

◎Ⅲ 1936-死 新宿・三河島:美はどん底から生じる(その3)
(注:最後の展示室、美術館1階南側の部屋におけるギャラリートークです)
 部屋の奥の壁に展示している《白い画面の人物》は2018年3月に発見された作品。一見、未完成のように見えるがサインがあるので完成作だと思われる。二科会に出品記録のある最後の作品ではないか。《白い画面の人物》は、とりあえず付けた無難なタイトル。二科会に出品した《道化師》ではないかという意見もある。これから調べるところであり、タイトルが変わる可能性がある。宗教画のような雰囲気を持っている。《男の顔(自画像)》は数少ない自画像の一つ。この部屋はお墓のような感じがする。
 長谷川は現在、注目されている作家。《白い画面の人物》のように、新しく発見される作品がこれからも出てくると思われる。

◎北川さんによる「締め」の挨拶
私のギャラリートークはこれで終わりです。引き続き長谷川利行展をご覧ください。
また、美術館の西には大谷大学の初代学長を務めた宗教哲学者を紹介する清澤満之記念館(きよさわまんしきねんかん)と今年7月にオープンしたレストラン・カフェがあります。よろしければ、美術館の帰りにお立ち寄りください。

◆自由観覧
ギャラリートークの終了は午後2時35分頃。その後は自由観覧となりました。
 北川さんのギャラリートークでは触れていませんが、最後の部屋に展示されていた数点のガラス絵は小さなサイズでヒビの入ったものもありますが、発色が鮮やかで魅力的な作品でした。
                            Ron.

解説してくださった北川智昭学芸員、ありがとうございました

解説してくださった北川智昭学芸員、ありがとうございました

「エミール・ビュールレと大原孫三郎 東西の大コレクター」(後編)

カテゴリ:記念講演会 投稿者:editor

◆プレ印象派と印象派について
マネは印象派に近い部分と、古典派に近いものを併せ持つ画家です。人々の生活をしっとりと描きました。ドガは印象派の仲間とされていますが、馬、踊り子などを描き他の画家達とは路線が違います。
印象派が登場した19世紀は市民社会が中心となった時代です。市民を相手にするということから、展覧会が画家と市民をつなぐ場所になりました。展覧会は、画家にとっては「訴える場所」、市民にとっては「見に行く場所」でした。「サロン」は政府主催の展覧会で、毎年開催されました。画家がサロンに出品しても審査に通らなければ、つまり入選しなければ展示されない。現代も同じですが、入選しなければ画家の発表する場所はありません。
1860年代、マネ、ルノワール、ピサロはサロンに入選したことがあります。しかし、作品に自己主張が入ると落選が続きました。そこで1874年に、マネ、ルノワール、ピサロたちはサロンとは別の自分たちのグループ展・「画家・芸術家組合展覧会」を開催しました。ルアーブルの港の朝日の印象を描いたモネ《印象、日の出》は、この展覧会に出品されました。ジャーナリズムは、この展覧会の新聞評の中で《印象、日の出》を揶揄して「印象派」と命名しました。「印象派」は悪口のタネでした。
印象派による展覧会は全部で8回開催されましたが、第3回か第4回からは自ら「印象派」と名乗りました。ピサロ、モネ、ルノワールは主に風景を、ドガは馬、踊り子、動きのある人物を描いています。ドガは晩年、目が悪くなって踊り子の彫刻を制作しました。
・大原コレクションのドガは《赤い衣装をつけた三人の踊り子》
舞台に出る前の踊り子を描いた作品です。
◎カミーユ・ピサロ《ルーヴシエンヌの雪道》
ピサロは印象派グループの中で最年長の1930年生まれ。モネは1940年、ルノワールは1939年。印象派展全8回すべてに登場するのはピサロだけです。
この作品は雪の道、木の影を描いています。ピサロは水を描かない「大地の画家」と呼ばれます。題材は道、林、農家で、それに人の生活が加わります。その土地の人々の社会生活を描いた画家です。
・大原コレクションのピサロは《りんご採り》
 第8回目の印象派展に出品した作品で、上から見下ろした視線で描いています。
◎アルフレッド・シスレー《ブージヴァルの夏》
 シスレーは「空の画家」、大気・空気の画家です。《ブージヴァルの夏》は、空が画面を覆っている明るい風景を描いた作品です。
・大原コレクションのシスレーは《マルリーの通り》
 広い空、道、建物を描いた作品です。
◎クロード・モネ《ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑》
 モネは春先のヒナゲシを良く描いています。フランスで5月に咲くヒナゲシの風景は色彩豊かなものです。もともとフランスは色彩豊かな国ではないので、ヒナゲシが咲く季節は、その期間は短いものの、見事な風景となります。
与謝野晶子の短歌「ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟 (読み)アアサツキ フランスノノハ ヒノイロス キミモコクリコ ワレモコクリコ」は5月のヒナゲシ(Coquelicot) を歌ったものです。前年に渡欧した与謝野鉄幹の後から、シベリア鉄道を乗り継いでフランスに到着した晶子。彼女を夫・鉄幹がパリの駅で迎えてくれた時に詠んだ歌です。
(注:晶子は車窓から、モネのヒナゲシ畑のような風景を見ていたのでしょうね。ヒナゲシは虞美人草とも書きます。「虞美人草」は夏目漱石が職業作家として執筆した第1作の題名でもあります。美貌の女性、甲野藤尾さんが登場しますね。)
◎クロード・モネ《陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン》
 ロンドンシリーズの作品です。モネは、サヴォイ・ホテルから見えるテムズ川に架かる橋、ウォータールー橋とチャーリング・クロス橋を何枚も描いています。霧の中の風景です。
◎クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》
 庭の中の風景です。モネは後半生ジヴェルニーに住み敷地の中に池を作って睡蓮を植え、庭には花を植えています。池には日本風の太鼓橋を置き、睡蓮の絵をいっぱい描きました。
◎クロード・モネ《睡蓮の池、緑の反映》
 オランジュリー美術館の睡蓮の部屋には、どこまでも広がる睡蓮の壁画が展示されています。
・大原コレクションのモネは《積みわら》と《睡蓮》
 《積みわら》はポプラ並木と積みわら、母子を描いた作品。《睡蓮》は児島虎次郎がモネのところに行って(モネは1926年まで存命)入手した作品です。なかなか「うん」といってくれないところを粘って、手に入れました。《睡蓮》は上から眺め下ろした画面の作品です。これは日本独特の視点です。西洋の風景画は、空と大地を地平線が区切るという構図が一般的です。《睡蓮》には水平線がありませんが、水面に映った空が水平線を暗示させます。
◎ピエール=オーギュストスト・ルノワール《夏の帽子》、《泉》
 ルノワールは風景画では、南画風の知友会の風景を描いていますが、もっぱら女性像の画家として知られています。《夏の帽子》は金髪とブルネット、白の衣装と赤の衣装の対比が美しい作品です。《泉》は裸婦を描いた作品ですが、アングルにも《泉》という作品があります。どちらも西洋の伝統に従って、泉の精を擬人化した絵です。
・大原コレクションのルノワールは《泉による女》
 これは泉の水を受け止めている座った裸婦の像です。三好達治は「仏蘭西人の使う言葉では母の中に海がある、僕らの使う文字では海の中に母がいる」と書いています。フランス語の母はmère、海はmer。発音は同じですが、母の方が一文字多いので「母の中に海がある」のです。脱線しましたが、「水と女性には縁がある」ということです。
 この作品は、大原孫三郎が、安井曾太郎などを通して、直接にルノアールへ制作を頼んだ作品です。
(注:三好達治の詩の出典は、詩集「測量船」所収の散文詩「郷愁」です。全文は以下のとおり。中央公論新社「日本の詩歌22 三好達治」に収録されたものを記しました。
  郷  愁
 蝶のやうな私の郷愁!……。蝶はいくつか籬(まがき)を越え、午後の街角(まちかど)に海を見る……。私は壁に海を聴(き)く……。私は本を閉ぢる。私は壁に凭(もた)れる。隣の部屋で二時が打つ。「海、広い海よ! と私は紙にしたためる。――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」)         

◆ポスト印象派の画家について=セザンヌ・ゴッホ
◎ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》
 セザンヌは第1回目から第3回目まで印象派展に参加していましたが、次第に印象派から離れていきました。骨格のあるものを描く、つまり構築的な、物(山、建物など)がはっきりと分かる作品を描く画家です。
 《赤いチョッキの少年》はセザンヌの代表作です。彼は存在感を強く出そうとするので、動きのないポーズになります。モデルに向かって「絶対に動くな」と言ったのは有名な話です。この作品は赤、青、白のバランスが良くとれています。
 セザンヌは「20世紀芸術の父」と呼ばれます。彼の作風はやや新しいもので、ゴッホ、ゴーギャンとともに「ポスト印象派」に分類されます。
・大原コレクションのセザンヌは《風景》と《水浴》
 《風景》は周囲に塗り残しがあり、未完成の作品かもしれません。彼は作品を完成するのに時間がかかる人でした。それは、物の存在、画面の構築に苦労するからです。一つ一つの物を描くだけでなく、それを画面の中でどのように調和させるか考えながら描くので全体がまとまりにくいのです。そのため、しばしば四隅が塗り残されている作品を描いています。《風景》も四隅を塗り残した状態で画面全体のバランスをみて、「これで良し」としたのかもしれません。《水浴》は女性像のポーズの組み合わせを考えた作品です。
◎フィンセント・ファン・ゴッホ《日没を背に種まく人》と《二人の農婦》
 《日没を背に種まく人》はミレーの宗教的主題を引き継ぐ作品で、聖書に主題を取っています。ミレーと同様に「聖なるもの」を描きました。黄色い太陽は光背です。《二人の農婦》も同様に、宗教的主題の作品です。
・大原コレクションのゴッホ
 大原コレクションにもゴッホの作品は1点ありますが、真偽が怪しいのです。児島虎次郎による取集の後に購入したものです。ゴッホの作品には偽物が多いのです。

◆贋作について
 贋作、偽物という問題には微妙な事情があります。例えば、レンブラントは工房で作品を制作していたので、レンブラントの名前で仲間に描かせた作品や弟子に描かせた作品もあります。ルーベンスも同様で、大まかな構図はルーベンスが指導しているものの、工房で手分けして作品を制作しています。日本の俵屋宗達も工房で描いています。現代の作家は一人で最後まで仕上げることが普通ですが、工房で制作している作家の場合は、「贋作」と断定できない要素があります。
 アメリカのメトロポリタン美術館で「Rembrant or Not Rembrant」という展覧会を開催したことがあります。これは、全てメトロポリタン美術館の収蔵品で開催したからできたことです。偽物と言われる恐れのある展覧会に作品を貸す美術館はありません。

◆ポスト印象派の画家について(続き)=ゴーギャン
◎ポール・ゴーギャン《肘掛け椅子の上のひまわり》と《贈りもの》
 ゴーギャンはゴッホに誘われて、アルルでゴッホとの共同生活を送りますが破綻しました。ゴッホは「耳切り事件」を起こしています。
 ゴーギャンは晩年にひまわりを描いた作品を2点制作しています。ひまわりはゴッホの象徴でありゴッホへの思いを描いたものです。《肘掛け椅子の上のひまわり》の「肘掛け椅子」はアルルでゴッホが、ゴーギャンのために用意した肘掛け椅子の象徴です。ゴーギャンはその椅子に、ゴッホの象徴であるひまわりを載せて、この作品を描いています。
・大原コレクションのゴーギャンは《かぐわしき大地》
 ビュールレ・コレクションの《贈りもの》と同様にタヒチの女性を描いたものです。《かぐわしき大地》に描かれた裸婦は、旧約聖書に出て来る悪魔に誘惑されるイブを描いたものです。

◆ビュールレ・コレクションと大原コレクションの対比
◎アンリ・ド・トゥールズ=ロートレック《コンフェッティ》= ポスターの下絵
→大原コレクションのロートレックは《マルトX夫人 - ボルドー》=肖像画
◎ピエール・ボナール《室内》 →大原コレクションは《欄干の猫》
◎エドゥアール・ヴュイヤール《訪問者》《自画像》
 →大原コレクションは《薯をむくヴュイヤール夫人》
◎ポール・シニャック《ジュデッガ運河、ヴェネツィア、朝》
 →大原コレクションは《オーヴェルシーの運河》
◎アンリ・マティス《雪のサン=ミシェル橋、パリ》
 →大原コレクションは《画家の娘-マィティス嬢の肖像》
・大原コレクションのエドモン=フランソワ・アマン=ジャン《ヴェニスの祭》は大原別邸の装飾のため画家に直接注文した作品です。(注:本展にはアマン=ジャンの出品作品はありません)
◎モーリス・ド・ヴラマンク《ル・ペック近くのセーヌ川のはしけ》
 →大原コレクションは《サン・ドニ風景》
◎アンドレ・ドラン《室内の情景(テーブル)》
 →大原コレクションは《静物》と《イタリアの女》
◎ジョルジュ・ブラック《レスタックの港》《ヴァイオリニスト》
 →大原コレクションは《裸婦》
◎パブロ・ピカソ《イタリアの女》《花とレモンのある静物》
 →大原コレクションは《鳥篭》と《頭蓋骨のある風景》

◆大原美術館へのお誘い
 「至上の印象派展」は9月24日で終了しますが、大原コレクションは倉敷まで行けば、いつでも見ることができます。ぜひ、大原美術館にお出で下さい。
(注:主要作品の画像と解説だけなら大原美術館のHPで閲覧できます。)

◆最後に
 特別公演は、数多くの図版をスクリーンに映しながら2時間近く続きましたが、与謝野晶子の歌や三好達治の詩の紹介もあり、多岐にわたった内容で飽きることがありませんでした。
 高階秀爾さま、ありがとうございました。
Ron.

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