お知らせ

2019年3月1日

2019年協力会イベント情報

現在、募集中のイベントは下記のとおり。

平成31年3月24日(日)14時~
・名古屋市博物館:『国芳から芳年へ‐浮世絵』展ミニツアー

平成31年4月14日(日)17時~
・名古屋市美術館:『吉野石膏コレクション‐印象派からその先へ』展ギャラリートーク

会員の皆様は、ファックスか、お電話でお申込ください。
なお、ホームページからもお申込可能です。
(右側の”Gトーク”申込ボタンから)

「imagine the crowd」 松本 千里

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

 先日、アートフェア東京の若手作家の特集コーナーで見かけた不思議な作品のレポートです。

松本千里 imagine the crowd

松本千里 imagine the crowd

 それは白色で、凹凸があり、立ち上る煙のようにも、足を広げた海星のようにも見えました。表面には光沢があり、細い糸が無数に絡みついていました。プラスチックなのか?、粘土なのか?。どうやら素材は「布」のようでした。側にいた作家に話を聞いたところ、専門は染織で、絞りの要領で布に糸をかけ、モコモコした立体(彫刻?)を制作しているそうです。染織の作品とすれば、着色前の未完成なのでしょうが、立体として、その存在感には十分なものがありました。

 作家仲間からは「色を付けたほうがいい」とアドバイスされるそうですが、なかなか着色に踏み切れないそうです。確かに、目の前の作品に色を付けるとしても、赤も緑も青も似合いそうにありません。むしろ、照明による陰影のみの方が作品をすっきりと印象的に見せていると思いました。もちろん、作品の見方は人それぞれで、色を付けたがる人もいるでしょうが、この作家にとって、今回はここが制作の手の止め時だったのでしょう。とても独特で、存在感のある作品を楽しませてもらいました。

アートフェア東京会場にて
(会期終了)

杉山 博之

ソフィ カル「限局性激痛」展

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

 原美術館で開催中の「限局性激痛」展をはじめ、都内で3つのソフィ カルの展示を見てきた。聞くところによると、最近の女性作家の展覧会は、どれも人気があるそうで、前日に行った「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」展のギャラリートークも混んでいた。原美術館は展示室がこじんまりとしているので、心配しながら美術館の玄関をくぐった。

 案の定、館内はショップもカフェも、展示室も混雑しており、楽しみにしていた作品を見ながらのギャラリートークはなく、入口前の開けたところで概要の説明があった。状況からすれば致し方ないが、少々残念。
 今回の展示は、1999年から2000年にかけて原美術館で開催された同名の展覧会の再現展。展示室には時間の経過をたどるように作品が配置され、前半がカウントダウン、後半がカウントアップしながら失恋による作家の心情の変化を表現していた。

 原美術館の後、ペロタン東京とギャラリー小柳に行った。最後に行ったギャラリー小柳の展示が一風変わっていて印象的だった。展示室の壁面には、文字を刺繍した布(フェルト)で前面をふさいだ木製の箱が並んでいた。写真や映像が見当たらず戸惑っていると、他の観客が布をめくるようにしていたので、ギャラリースタッフに聞いてみたら、セルフサービスということだった。

 高価なものなのでドキドキしながら、布をめくってみると、布の後ろにはテキストに対応した写真が貼られており、見比べながらセルフサービスで鑑賞した。普段、美術館では作品に手を触れないので、とても新鮮な鑑賞体験だった。

原美術館 2019年3月28日まで

杉山 博之

展覧会見てある記 「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

名古屋市博物館で開催中の特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」に行ってきました。敷地に入り玄関に続く連絡通路を歩いていると、二人連れがパネルを指さしています。耳を澄ますと「血染めの絵がいっぱい出てくるんだよ」と話す声が聞こえて来ました。
展覧会は五つの章に分かれ、「1章 ヒーローに挑む」には三枚揃の大画面の作品が多く、見ごたえがあります。また、国芳の酒呑童子を武者絵の先達・勝川春亭と比較したり、10年前の国芳との比較(源頼政鵺退治)や弟子との比較(合戦図)など、展示に工夫が凝らされています。
「2章 怪奇に挑む」のメインは「血みどろ絵」《英名二十八句衆》ですが、血が苦手な人のために迂回路が用意されています。
「3章 人物に挑む」には美人絵が並びます。浮世絵ながら、芳年の《風俗三十二相 暗さう》には近代日本画の雰囲気がありました。
「4章 話題に挑む」では猫やスズメ、だまし絵、大津絵などの戯画が楽しめます。また、国芳と芳年の《一ツ家老婆》が並んでおり、芳年が師から学ぶだけでなく更に工夫を加えたことが分かりました。
「終章 「芳」ファミリー」に展示されていた《月百姿》は「集大成」にふさわしいもので、《延命院日当話》は「なまめかしい絵」でした。
◆2019年3月6日付の日本経済新聞に展覧会評が掲載されています
3月6日の日本経済新聞・文化面に窪川直子・編集委員の展覧会評が載っていました。見出しは「殺伐とした幕末 斬新な発想」。以下は記事の抜粋です。

幕末に活躍した歌川国芳(1797~1861)は展覧会が相次ぐ人気浮世絵師で、弟子の月岡芳年(1837~92年)も近年熱い注目を集める。名古屋市博物館の「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展はそんな2人の画業再評価の流れに位置づけられる。(略)武者絵を劇的に演出しようと、国芳は血がほとばしるような場面も描いたという。これをさらに追及したのが芳年で、兄弟子の落合芳幾と共作した連作「英名二十八衆句」の全図の展示は見どころの一つだ。血や生首が飛ぶ「血みどろ絵」には目を背けたくなるものもある。しかし、当時の技術を総動員し、鮮血や血の手形を表現した辺りに、日本に流入してまもない西洋絵画を参照した国芳の進取の気性を見て取れる。殺伐とした幕末という時代を映し、講談や歌舞伎でも血なまぐさい場面が好まれた。残酷さを強調したのは、世相に敏感な師匠の影響ともいえる。出品作の大半は国文学者の尾崎久弥、医学者の高木繁が、幕末明治の浮世絵が「末期の浮世絵」と見なされた時代にせっせと蒐集したものだ。(略)「末期」をもり立てた絵師だけでなく、収集家の気骨もすがすがしい。(略)(注:記事には「尾崎は国芳がよりどり十銭で売られているのを残念がり」という一節もありました。)

◆協力会ミニツアーのお知らせ
 3月24日(日)に「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展の鑑賞ミニツアーが開催されます。集合は午後2時。名古屋市博物館副館長 神谷浩氏の解説の後、自由観覧となります。詳細は、協力会ホームページをご覧ください。
         Ron.

「辰野登恵子 ON PAPERS」ギャラリートーク

カテゴリ:協力会ギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館で開催中の「辰野登恵子 ON PARERS」(以下「本展」)の協力会ギャラリートークに参加しました。担当は清家三智学芸員(以下「清家さん」)。参加者は52人と多かったのですが、ポータブル拡声装置を使えば離れた参加者にも清家さんの声が届くので、全員が一緒に動きました。以下は、清家さんによるギャラリートークの要約筆記で、(注)は私の補足です。
なお、ギャラリートークに先立って、2階講堂で辰野登恵子(以下「辰野」)の略歴が紹介されました。

50名をこえた参加者

50名をこえた参加者


◆2階講堂にて
辰野は1950年、長野県岡谷市生まれ。3人姉弟の第2子で姉は2歳上、弟は5歳下です。辰野が子供の頃、通っていたお絵描き塾の先生が「風景を自由に描いて」と課題を出したところ、マティス風に真っ赤に塗った絵を描いて提出したというエピソードがあります。辰野は、幼い時から色づかいに「こだわり」のある人でした。
辰野は大学進学のため、高校2年生の時から週末や夏休みなどを利用して、美術系予備校の「すいどーばた美術学院」(東京都豊島区西池袋)に岡谷から通い始めました。また、高校時代は学校が開く時刻に登校して美術室で絵の勉強。授業終了後も学校が閉まる時刻まで美術室に居たそうです。努力の甲斐あって、辰野は東京芸術大学(以下「芸大」)の油絵科に現役合格します。当時の合格者は50名、女子は10名、うち現役合格は4名でした。
芸大入学後、1969年には学園紛争のため大学の授業がなくなります。そんな状況でも辰野は芸大に通い続け、版画教室で当時の教官の駒井哲郎、中林忠良の指導を受けています。油絵科の学生でしたが制作したのは写真製版によるシルクスクリーンの作品です。辰野はアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインなどのポップアートの影響を受け、映像を作品に生かそうとしていました。「映像を作品に生かす」には、油絵でカンバスに描くよりもシルクスクリーンで紙に刷る方が合っていたのです。
本展は、辰野の回顧展としては初めての展覧会です。2階にⅠからⅣ、1階にⅤ・Ⅵ・Ⅷ、地下1階にⅦを展示しています。それでは、2階の展示室に移動してください。

◆Ⅰ
Ⅰは主に大学・大学院6年間の作品で、ウォーホルやリキテンスタインの影響が見られます。大学・大学院時代の辰野は「絵の中に映像を取り込む」作品を制作しています。作品No.2《Self portrait》は自分の写真を写真製版してシルクスクリーンでカンバスに印刷したもので、作品No.3《無題》キャベツを写真製版して、いくつも印刷したものです。
シルクスクリーンは同じイメージを何度も使うことができるだけではなく、刷り方を変えることによって「100パーセン完璧なコピー」ではなくなり少しずつ異なったものができるところに、辰野は関心をもちました。
当時の辰野は芸大同級生の柴田敏雄さん、鎌谷伸一さんと3人で「コスモス・ファクトリー」という制作集団をつくり、写真は3人で共用、ステンシルも3人で共用して作品制作を行いました。作品No.10-1~10-4《無題》は大学院修了制作で、9点制作したうちの4点を展示しています。作品のモデルはマイケル・ダグラスの父親のカーク・ダグラスで、イエナ書店で売っていた洋物の雑誌に掲載されていた映画「チャンピオン」の写真をコピーしたものです。作品No.7《9つの長方形》は、その後の辰野作品の原点で「同じ形が、少しずつ印刷を変えながら反復する」というところに特色があります。

◆Ⅱ
本展に学芸員が書いた解説パネルの掲示はありません。解説パネルの代わりに、作家本人のことばを「切り文字」で壁に貼りました。Ⅱでは、辰野の言葉は「ノートの横線や、原稿用紙のます目や、網点や、そういう整然と並んでいるものを、じっと見ているのが大好きで、そういう不毛なところに、もし、何かを一点落としたら、全然違ったものに変身するでしょ。点ひとつで、新しい空間が出現する。」というものです。「整然とならんでいるもの」を「不毛なところ」というのは辰野独特の表現ですが、「整然とならんでいるもの」が作家の関わり方によって微妙な差が生じ立体感や奥行きが生まれるのが楽しい、という気持ちがよくわかります。
Ⅱで展示している作品は、いずれも辰野の実験です。実験する中で、辰野はグリッド(格子)の規則性を破るのを楽しんでいます。男性の皆さんにはわかりにくいかもしれませんが、辰野は「規則性を破るのを楽しさ」を「ストッキングが伝線する瞬間が好き」と表現しています。「伝線する瞬間が好き」とは規則性が揺らぐ瞬間が好きということであり、グリッドなどに対して、その規則性を破るような関わり方がしたいということです。
Ⅱに展示しているのはすべてシルクスクリーンの作品で、規則正しい反復に破綻が生じて出現した「新しい空間」を表現しています。

◆Ⅲ
Ⅲで展示しているのは「地下鉄のホームの壁のタイル」など、現実世界にある格子状のものから、タイルの厚みや奥行きなどの現実にある歪みを読み取ってデザインし、それに濃淡を加えて描いた作品です。それは「現実そっくり」に表現するのではなく、自分の感覚を加え、絵画という空間の中で何ができるかデフォルメする実験でした。絵画空間という架空の世界、イリュージョンを描いています。
Ⅲでは罫線が登場します。そして、「罫線」という一つのものを、①罫線そのものと②罫線で囲まれた領域という二つの視点で描いています。コクヨの罫紙をコピーして、シルクスクリーンで色を重ねました。塗り重ねる都度、版に目止め剤を塗って色を変えた作品もあります。
Ⅲの終わりに油彩画が登場します。作品No.59《WORK-78-P-14》はミニマリズムの絵画です。
(注:Ⅱは抽象的な図形の規則性を破った時に生ずる新しい空間を描いた作品であるのに対し、Ⅲでは壁のタイルや罫紙など現実世界にある要素が表現に作品に加わってきます、装飾的要素を最小限に切り詰めたものになっている、ということでしょうか)

◆Ⅳ
辰野の言葉は「切り文字」です。シートに文字の形に切り込みを入れて壁に貼り付け、その後、文字以外の部分を剥がして作りました。パネルの掲示よりも手間がかかりますが「作品以外のものに物質感を持たせたくない」ので、パネルでなく「切り文字」を貼ることにしました。
Ⅲの最後の油彩の作品No.59《WORK-78-P-14》は名古屋で発表されたものです。辰野は1978年に名古屋の「ギャラリーたかぎ」で油彩の個展を開いています。この作品では、それまでの作品にあった規則性を離れ、フリーハンドでの絵画制作にチャレンジしています。
Ⅲまではグリッドや罫線など前提になる形があったのですが、Ⅳで油彩に戻ると表現の自由度が増して、色づかいや画面構成に気を配るようになります。また、油彩とシルクスクリーン、カンバスと紙、という違いを自分の手で確かめながら試行錯誤をしています。したがって「一つ一つ作品それぞれに意味がある」というよりも、すべて実験結果です。なお、辰野は「色づかいには自信がある」と言っています。一方で「デッサンは苦手」とも言っていますが。
作品No.68《WORK80-P-22》と作品No.69《無題》には、次に続くⅤの作品群の片鱗が見られます。このように作風が変わるきっかけに、辰野の結婚があったという見方もあります。辰野は理知的な性格ですが、結婚によって夫の「感性を素直に表現する」という考え方に影響を受けたのではないかというのです。一方で「自分がやりたいから作風が変わったのではないか」という見方もあります。
それでは1階に移動しましょう。

◆Ⅴ
Ⅴの展示空間は中央に柱があります。展示空間の真ん中に柱を置くような配置は避けるのが普通ですが、1階は大きい作品が多いので広い空間を確保するため、あえて柱を残しています。
辰野はⅤで作品の画面構成に試行錯誤をしています。Ⅳの作品のように色を上から下に垂らすだけなら、描く物体の形や画面構成を意識しなくてもよいのですが、「自由に描く」となったら「画面へのおさまりやすさ」も考える必要があります。辰野はⅤで、長方形の画面の中に菱(◇)型の物体を描いたり、右上から左下に対角線を描くなどの試行錯誤を繰り返しました。
画材も、いろいろと試しています。水彩や鉛筆はサラサラ描けますが色は弱い、油彩だと色は強いのですが絵の具が乾くのに時間がかかります。銅版画だとエッチングやドライポイントならシャープな線が描け、アクアチントなら色面を作ることができます。パステルだと物体や背景を「ぼかす」ことができます。

◆Ⅵ
Ⅵに掲げた辰野の言葉に「イメージは見えている世界からピックアップされてくるものもあれば、心の闇から生まれてくるものもあります。」という一節があります。この「見えている世界からピックアップされてくるもの」のひとつが「原稿用紙」です。Ⅵでは、①原稿用紙の枡目の枠と②枡目で囲まれた領域、という2種類のドローイングが登場します。チラシやポスターで使った画像の作品No.109《Oct-20-95》は原稿用紙の枠をピックアップした作品で、国立国際美術館コレクションの作品No.124《March-3-98》は、囲まれた領域をピックアップした作品です。
また、地と図形の関係、つまり「地の処理を変えることで、どのように図を目立たせることができるか」も試しています。たとえば、作品No.107《無題》では図の内部を黒くすることで図が浮き上がってきます。作品を見くらべてください。
Ⅵには「ザ 辰野登恵子」というべき作品が並んでいます。なかでも、大型の作品は上部の解放感が必要なので吹き抜けに集めました。市美所蔵の特別出品《WORK86-P-12》も大型で、しかも左右の空間が必要だったため、結果的に通路の正面という一番目立つところに展示することになってしまいました。

清家学芸員、ちょっと風邪気味でした

清家学芸員、ちょっと風邪気味でした


◆Ⅷ
辰野は2011年と2012年にフランスに渡り、パリの版画工房イデム(IDEM)でリトグラフを制作しています。イデムは石灰石の版を用いたフランスの伝統的な技法でリトグラフを制作する工房です。伝統的な技法による版画制作は辰野にとって初めての体験でした。制作を始めると、今までの版画制作の経験が使えないということが分かり、これまでの自分のやり方を一度捨てて、一から描いたイメージで版画を制作しました。
ご覧いただくとわかるように、Ⅷには今までとは違うイメージの作品が並びます。なかでも、作品No.215《望まれる領域》は最晩年の作品で、さらなる発展を考えていたことが感じられます。メインの赤いモチーフに青やピンクの背景を組み合わせた作品ですが、左下に異質なものが描かれています。
それでは、地下1階に移動します。

◆Ⅶ
Ⅶは信濃毎日新聞に連載された辻井喬(堤清二)のエッセイの挿絵として制作した作品です。紙面コピーをファイリングした資料も用意しています。作品は辰野の故郷の岡谷市で両親の介護をしているときに制作したものです。ご覧いただいているように、月やミモザの葉、連なる山など身の回りの景色や物から得たイメージを描いています。
(注:Ⅶで展示されている作品は新聞連載の挿絵ということもあってか、親しみやすいものでした。参加者からは「この作品なら、部屋に飾りたい」とか「Ⅶの画集が出たら、絶対買うのに」などの声がありました)

◆Q&A(地下1階・常設展示室3にて)
Q1 Ⅰの作品No.4《無題》に描かれているスリッパの中に、スリッパを剥がしたような跡があるのですが、作家はわざと剥がしたのですか。
A1 その通りです。最初はスリッパをコラージュしていたのですが、それを剥がしています。

Q2 Ⅶに展示してある作家の写真は学生時代に撮影されたものですか。
A2 その通りです。大学院の研究室で撮影されたものです。マギーブイヨンの缶が写りこんでいますね。雑然とした様子は「いかにも研究室」という感じです。
(注:灰皿とタバコの吸い殻も写っていましたね)

Q3 作品のタイトルに《無題》や整理番号のようなものが多いのですが、なぜでしょうか。
A3 そのようなタイトルをつけたのは、辰野が「見方を自由にしてほしい」と考えていたからです。「見る人がいろいろ違ったことを考えてくれるのが一番うれしい」ということですね。

Q4 展覧会のチラシやポスターの画像などは、巡回する美術館で統一しているのですか。
A4 美術館ごとに違う画像を使っています。市美では、辰野作品のイメージがよくわかるⅥの作品No.109《Oct-20-95》を使っています。油彩の作品を推す声もありましたが「オン ペーパーズという副題の展覧会で、カンバスの作品はまずいだろう」ということから、春らしくて明るい紙の作品を選びました。

◆最後に
ギャラリートークではレクチャーを聴くだけでなく自由に観覧する時間もあり、とても楽しく鑑賞することができて、あっという間に時間が過ぎてしました。また、Ⅶを鑑賞した後のQ&Aでは多くの質問が出され、Q4では展覧会の裏話を聴くこともできました。
参加者は皆、満足して市美を後にしました。清家さん、ありがとうございました。
                            Ron.

最後までていねいに興味深い解説をしていただきありがとうございました

最後までていねいに興味深い解説をしていただきありがとうございました

ベルリン訪問

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

昨年12月末にベルリンを訪れました。 
ベルリンは劇場や美術館も多く絵画鑑賞などにはもってこいの都市です。また宿泊費もパリやロンドンなどに比べても割安感があり好きな都市のひとつです。食べ物ではカリーヴルストというのがありとってもおいしい。ケチャップとカレーパウダーがかかったソーセージでポテトが添えてあったりするもの。今回はツオー駅近くの店で食しました。前回の訪問時は「ゼウスの祭壇」「イシュタール門」で有名なペルガモン博物館とカラヴァッジョの「愛の勝利」を展示しているベルリン絵画館など訪れたので今回は訪れていない美術館中心に行く計画をたてました。

12月24日
 博物館島付近を散策。ベルリン大聖堂前の広場には変化がなかったがペルガモン博物館はまだ改修中で作品も近くの仮の場所での展示をしている様子。アレクサンダープラッツ広場はクリスマスイヴでたくさんの屋台があり大勢の人々で賑わっていました。

12月25日
 ボーデ美術館を見学。中世の彫刻、ビザンティン芸術の作品が展示されている美術館。
 博物館島の奥にあるので来訪者が少なくゆっくり鑑賞することができた。ティントレットの絵もあったと思う。
 夜はベルリン国立歌劇場でオペラ「ファルスタッフ」を鑑賞。バレンボイムの指揮。
 歌手も一流歌手を揃えての公演。最初の音の出だしでレヴェルの高さに圧倒される。音がクリアで素晴らしい。でも演出が読み替えでよくわからない。デヴィッド・ホックニーのプールの絵「A Bigger Splash」のようなセット。日本にも何回か来日したフリットリが水着で登場なんてありえない。

12月26日
 ハンブルガーバーンホフ美術館。ここはもともと鉄道の駅であった場所。
 オットー・ミューラーの個展と現代美術のさまざまな展示がしてあってあきない。ヨーゼフ・ボイスの作品も多い。1階の広いホールでは大掛かりなヴィデオ・インスタレーションが行われていた。
 夜はベルリンフィルハーモニーでベルリン交響楽団のチャイコフスキーを聴く。くるみ割り人形などバレエと語りがあって子どもたちの踊りがかわいくて一生懸命に踊る姿が印象的。それにもまして西洋音楽とスラブ音楽とを融合した華麗なチャイコフスキーの曲に涙腺も緩む。
 カナダ人指揮者スタンリー・ドッズのひたむきな指揮ぶりがよかった。

12月27日
ベルクグリュン美術館
最初どこが入り口なのかわからなかった。中は邸宅を改築した美術館で白い壁に現代美術作品がよく映える作り。ピカソとも交流のあったドイツ人画商ハインツ・ベルクグリュンのコレクションを展示している。ホール中央にジャコメッティの作品。ピカソはもちろんのことマティスやクレーの質の高い作品が数多くある。
夜はベルリンコーミッシュオパーでオスカー・シュトラウスのオペレッタ「クレオパトラの真珠」を鑑賞。ドイツ語上演だけれど踊りが素晴らしく歌唱、芝居ともに芸達者が多く大いに楽しむことができた。

12月28日
シャルロッテンブルグ宮殿を見学。
宮殿はどこも絢爛豪華であるがここは過度な装飾もなくほどよい豪華さの宮殿。フリードリッヒ1世が王妃の夏の避暑地として建築したもの。
夜はベルリンドイツオペラでオペラ「ナブッコ」を鑑賞。これも読み替え。紀元前6世紀のエルサレムとバビロニアの争いが近代に置き換えられていた。
  
谷口 信一

卒展、修了展 (名古屋芸大)

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

「Inferno」藤原 葵

 今年も近隣の卒展、修了展を見に行った。よく晴れた風の強い日だった。最寄りの駅からシャトルバスで10分ほどで会場に到着。総合案内で簡単な説明を受け、時計回りに展示を見始めた。

 アート&デザインセンターで展示されていたのは、地色の赤と中央部のレモンイエローが印象的な巨大な作品(2.59m x 5.82m)。描かれているのは爆発シーン。見ていると音まで聞こえて来そうな迫力で、よく見ると、写真のように停止した一瞬ではなく、コマ送りの画面を重ね合わせたように前後左右に躍動感のある画面構成になっている。

会場にて「inferno」

会場にて「inferno」

 爆発する芸術を見るのは初めてではないが、それにしても、中央部のレモンイエローの明るさと、前後に弾けるような緑色の帯の躍動感でめまいがしてきそうだ。その後、展示室にいた作家に話を聞いておもしろかったのは作品の移動に関するエピソード。作品サイズが大きいので、移動にはとても気を使うそうで、風のない晴れた日しか移動できないらしい。今日のように風が強いと、作品がヨットの帆布のようになり、室内から出た途端、運び手を柱や壁に打ち付けてしまうそうだ。

 穏やかに晴れた風のない昼下がり、芸大の中庭の芝生の上で、この作品を運ぶ情景を想像すると、凶暴な爆発シーンとのミスマッチにユーモアを感じた。刺激的な展示だった。

名古屋芸術大学卒業・修了展
2019年3月3日まで

杉山 博之

会場にて「inferno」 解説してくださった特別主任学芸員の北川智昭さん、ありがとうございます 2018ArtLabTokyoここにもアートラボ 石切り場 前室にて 音のアーキテクチャ トンネルでピクニック 佐川美術館 ギャラリートークの様子 展示会場で話をきく会員たち 泉屋博古館にて まずは講堂でレクチャを聴く会員たち 会長の乾杯の音頭に合わせて、いただきます! 「回生の苗床」 光内惟奈 燃やせないもの