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事務局
2025年
2月23日
愛知県立芸術大学卒業・修了制作展にて (その2)
成田愛実 ≪超宇宙生命ラボ 宙蟲≫
近い将来、人類が発見するかもしれない地球外生命体の数々が並んでいる。作家により「宙蟲」(SORAMUSI)と命名された彼らは、過酷な環境に適応し、誰かに発見されるのを待っている(らしい)。

バリエーション豊かな彼らは、確かに架空の存在なのだが、展示台の説明を見ると、居住地域や生態などの設定が細かく書かれ、まるで実在しているかのようだ。
例えば、大きな口(?)を開け、こちらを威嚇する生命体は、SF映画の凶悪キャラクターを彷彿とさせる。実在すれば、間違いなく「危険な外来生物」の指定を受けるだろう。

細かい突起に覆われた金ピカの生命体は、土星の美しいリングの中をふわふわと浮遊しながら、粘液で獲物を捕獲し、吸収する想定だ。地球の生物でよく似ているものとしては、クラゲがあげられるだろうか。

それにしても、それぞれの生命体の設定、水族館か動物園のような展示方法、展示全体をラボ(研究所)とするアイディアなど、完成度の高さは群を抜いている。とてもよく考えられた展示だった。
杉山
2025年
2月23日
愛知県立芸術大学卒業・修了制作展にて (その3)
金井花織 ≪無題≫、≪救命艇≫
画面いっぱいに、赤色、緑色、青色の多数の多角形が飛び散っている。青色の地色は、上側で薄く、下側で濃く塗られている。濃淡の境目に船のような形を見つけた。もしかすると、そのあたりが水平線なのだろう。画面は、左右にとても長く、左側の出入り口の半分ほどを隠している。おそらく、今年の愛知県芸の卒業・修了制作展に出品された油画の中で一番の大きさではないか。

本作は、どのような場面を描いたものだろうか。飛び散る多角形は、何をイメージしたものだろうか。

金井のステートメントによると、「私は絵画を通して光を表現しています」とある。もし、夕焼けの海で光の粒子が見えるとすると、押し寄せてくる太陽の赤色と海面の青色の光の粒子は、このように見えるのだろうか。描かれた光は、周囲を明るく照らす光というより、「寂しさ」、「不安」、「神秘さ」の混ざり合った、ほの暗い光のように思われた。

≪無題≫の横に掛けられた≪救命艇≫には、四角形の大きな帆を広げた船と、貝殻と小石の散らばる砂浜と海が描かれている。船は海の上空にプカリと飛行船のように浮かんでいる。この船は着水しようとしているのか、飛び去ろうとしているのか、このまま留まろうとしているのか。以前、心理テストで使うアートカードの中に、よく似た絵柄を見たような気がする。

金井の故郷は港町らしく、海と船はとても身近な存在だ。また、制作に使用するキャンバスの生地は、帆船の帆布として利用するものでもあり、海と船のモチーフは金井にとって相性が良い。子供の頃、水平線の方向にまっすぐ進むとオーストラリアに着くと考えていた金井にとって、≪救命艇≫で描いた船は、大空を目指し、出発したばかりの自分の姿を映したものではないか、そのように思われた。
杉山
2025年
2月18日
名古屋造形大学卒展・修了展にて
作石大河 ≪橙 Light from behind≫
薄暗い展示室の中に、大きな祭壇のような作品が置かれている。天井には、星明りを模した青いライトが小さく光っている。作品の天井部からは、何本も吊り輪がぶら下がり、オレンジ色に光る窓の下側には長いベンチがある。
暗さに目が慣れると、壁沿いの棚に多くの石膏像が並んでいることがわかる。おそらく、普段はデッサンの授業で使用する場所らしい。

作品に近づき、窓の中を眺めると、観覧車の看板、黒猫、吊り橋、海、大きな入道雲、傾いた自動車、巨大なビル群などが見える。窓の中の景色は、まるで廃墟のように埃か砂にうずもれている。ベンチの上には、ゲームが始まったばかりのチェス盤と、観覧車の模型の右半分が置かれている。ベンチに座ると、ふかふかでとても柔らかい。このベンチには、どのような人々が座っていたのだろうか。

作石によると、≪橙 Light from behind≫は、「新たな出会いと別れを繰り返し、私を実らせる。そんな時間をテーマにした。」作品らしい。とすれば、窓から見える風景の廃墟感やノスタルジックな照明の色調は、もろもろの思い出との距離感の表れか。
よく見ると、作品は列車の客室の一部を再現しているようだ。さて、この列車は、これからどのような人々を乗せ、どこに向かうのか。卒業にあたり、その期待感と不安感がよく表れた作品になっている。
杉山
2025年
2月17日
名古屋芸術大学卒業・修了制作展にて (その1)
若林凜 ≪苦し紛れのParadise!≫
名古屋芸術大学の卒業・修了制作展で、若林の≪苦し紛れのParadise!≫を見たとき、まず画面の密度の高さに驚いた。画面には、おそらく相当な樹齢を重ねた大木の切り株が描かれている。切り株の中央にはスタジアムがあり、観客席は来場者で埋まり、グラウンドは紅白に分かれて「玉入れ」の真っ最中だ。その他にも、ラッシュアワーの電車内で押しつぶされる人々、密集する高層ビル、ミニトマトが植えられた畑、塔の連なる建物などが描かれている。切り株から地中につながる根の表面は無数の描線で埋まり、同じような描線は画面右にも広がっている。

画面右下を見ると、椅子に腰かけ、開いた本を両手に抱えた人物が、上を向いて涙を流している。椅子の右には、台車に載せた荷物を運ぶ引っ越しの一団と、つかみ合いをしている人物、階段の下の道路にはパトカーがいる。
まるで収拾のつかない画面を見て、困惑しながら作品タイトルを見ると≪苦し紛れのParadise!≫とある。描かれた場面が「Paradise!」かどうかは別として、確かに「苦しい」、「悲しい」という気持ちは伝わってくる。

≪苦し紛れのParadise!≫は、連作ではなく独立した作品だが、その右に掛けられた≪枯山水≫と関連があると思う。≪枯山水≫で描かれるのは、苔の生えた岩々の間を流れる小川と、その水を湛える池だ。ここで表現されるのは「静けさ」、「穏やかさ」、「癒し」のような感覚であり、「騒がしさ」、「激しさ」、「疲れ」を満載した≪苦し紛れのParadise!≫とは正反対の画面になっている。
おそらく「Paradise!」で描かれたのは「現世」、その事後譚として描かれたのが≪枯山水≫ではないだろうか。
作家に制作時のポイントを聞いてみた。心掛けているのは「(作品は)カオスから生まれる」ということだそうだ。気象図に台風が1個の時、等圧線は比較的単純な楕円になるが、台風が2個、3個と増えると、相当に複雑な曲線が現れる。作品に溢れるほどの要素を詰め込み、驚くような画面を生み出す若林は「もっと大きな作品を作りたい」と言う。「カオスから生まれる」これからの作品に期待したい。
杉山
2025年
2月17日
名古屋芸術大学卒業・修了制作展にて (その2)
新保あさひ ≪a small world≫
展示室には、児童公園にある遊具に似た「ブランコ」、「シーソー」、「砂場」が並んでいる。公園で見かける遊具は、赤、青、黄など、はっきりした色で塗られているが、作品はいずれも、薄い灰色で塗られている。
≪pendulums(振り子たち)≫を見ると、横並びではなく、縦並びになっている。2人で遊ぶと、ぶつかってしまいそうだ。

≪a small world(小さな世界)≫を見ると、中に小石のようなものが散らばり、小さな砂山もある。小石のようなものは、床のあちこちにも散らばっている。しかし、砂遊びに使う小さなスコップやバケツのようなものはない。

≪see/saw(見る/見えた)≫は、一方が上がれば他方は下がり、お互いに見える景色は異なる。この「シーソー」には、持ち手がなく、片足の壊れた平均台のようだ。
これらの遊具は、どうやって遊ぶのだろう。どれを見ても、公園で聞こえてくる子供たちの歓声が聞こえそうな気配はない。
作家によれば、これらの作品は遊具の模型ではなく、「他者の存在」、「視点や立場の相違」、「無意識からの気づき」のメタファーになっている。ぶつかりそうなブランコから「他者の存在」を知り、持ち手のないシーソーから「視点や立場の相違」を知り、砂だけの砂場から「無意識からの気づき」を得る。
また、あいまいな色使いも「自分には薄い灰色に見えるが、他者には薄い水色(紫色)に見える」ことへの気づきを導くための仕掛けだそうだ。子供の遊具のような見た目とは異なり、とても思索的な作品だった。
杉山
2025年
2月14日
京都の岡崎公園で展覧会を見た後、京都駅近くに移転した京都市立芸術大学の作品展に立ち寄った。驚いたことに、この大学では卒業予定者だけでなく、全学生が作品展示を行うようだ。終了時間に追われながら、多くの展示を見た中で印象に残った作品を紹介する。
京都市立芸術大学作品展にて(その1)
吉田一真 ≪道を横断する≫
展示会場の方向から「ガラガラ」と大きな音が聞こえてくる。近所で工事中かと思うほどの音量だ。その音を道案内にして、建物の間を奥へ奥へと進む。
作品は、人間が入れる大きさの黒い回し車(超大型のハムスターホイール)。響き渡っていたのは、作家がハムスターのように回し車を回転させる音だ。

回し車の横のモニターをみると、地図アプリのストリートビューが映し出されている。その中央あたりに赤色と灰色に塗られたホイールがあり、作家がランニングをすると画面のホイールも回転し、地図がスクロールされてゆく。表示されているエリアは、琵琶湖の東側あたり。テレビゲームの勇者のパーティーが行進するように、ホイールは滋賀県の中を進んでいく。時折、作家がランニングを中断し、回し車の奥のパソコンに向かい、何か作業をしている姿が気になった。なにかしら作品の調整だろうか。

作家に教えてもらい、モニターの下側のQRコードをスマホで読み込んだ。すると、スマホの画面にも地図アプリが表示され、その場所の風景にちなんで詠まれた俳句が添えられていた。とても風流な仕掛けになっている。
昔、東北を巡り、有名な「おくのほそ道」を残した俳人は、紙に筆で俳句をしたため、徒歩で移動した。一方、現代の俳人は、パソコンで俳句をしたため、デジタル地図で移動する。それぞれの「横断」の対比が、とてもユーモラスに表現されている。
杉山