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事務局
2019年
9月6日
先日開催された「あいちトリエンナーレ2019合同鑑賞会」の名古屋市美術館会場で、セルビア人作家・カタリーナ・ズィディエーラーの作品《Shaum》の解説を聞いていたら、最近読んだ本の一節を思い出しました。それは「フランス革命に端を発して、ヨーロッパで国民国家が主流になると、オスマン帝国からの分離運動が発生した。ところが言語や歴史から「国民」を分けることはバルカン半島では困難だった。(略)現在でもこの地域における第一外国語はドイツ語であり、共通言語でもあった。バルカン半島は、正教徒、カトリック、イスラム混住地域であり、言語地図も複雑であった。そのうち正教徒でありセルボ・クロアチア語を喋るセルビア人は、最有力人口ブロックであった。」(文春新書「第一次世界大戦はなぜ始まったのか」 別宮 暖朗 著 2014年7月20日発行 p.89)という所です。このうち「第一外国語はドイツ語であり、共通言語でもあった」という部分を読んで「本当?」と疑っていたのですが、作品の解説を聞き「書いてあったことは、嘘ではない」と信じることにしました。
◆セルビアの国名と公用語
Wikipediaで調べるとセルビアの国名と公用語は以下の通りです。文末に地図を添付しておきます。
◎セルビア共和国(セルビア・モンテネグロの解体により 2006年6月5日独立) セルビア語では、Република Србија(キリル文字) Republika Srbija(ラテン文字) (Serbia は英語の表記。セルビア語では、Србија(キリル文字)又は、Srbija(ラテン文字) 公用語:セルビア語
◎ヴォイヴォディナ自治州(旧自治州設置 1945年9月1日、現行自治憲法施行 2010年1月1日 ) セルビア語では、Autonomna Pokrajina Vojvodina(ラテン文字) 公用語:セルビア語、ハンガリー語、スロバキア語、パンノニア・ルシン語、ルーマニア語、クロアチア語 (ヴォイヴォディナは多民族混住の地であり、26を超える少数民族が居住しています)
◎コソボ共和国(2008年2月17日独立宣言。セルビア、ロシア、中国などは独立を承認していません) アルバニア語では、Republika e Kosovës セルビア語では、Република Косово(キリル文字) 公用語:アルバニア語、セルビア語 独立に至る経緯:1995年にボスニア紛争が終了すると、セルビア共和国内のコソボ自治州で多数を占めるアルバニア人が武装闘争を開始。1998年、セルビアはコソボに大部隊を展開。1999年、NATO軍がユーゴスラビアへ空爆を行う。2000年、コソボからセルビア軍が撤退すると、NATO軍主体の部隊と国連暫定統治機構がコソボに駐留を始める。(この項の出典は、「プロの添乗員と行く クロアチア・スロベニア世界遺産と歴史の旅」武村洋子著 発行所 株式会社 彩図社 2015年8月11日発行 p.95~96)
◆セルビアの主な隣国と公用語
◎クロアチア共和国(1991年6月25日 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国から独立) クロアチア語では、Republika Hrvatska(クロアチア語はラテン文字を使用) (Croatia は英語の表記。クロアチア語では、Hrvatska) 公用語:クロアチア語(セルビア語とほぼ同じ。両者を「セルボ・クロアチア語」と分類する場合もあります)
◎モンテネグロ(セルビア・モンテネグロの解体により 2006年6月5日独立) モンテネグロ語では、Црна Гора(キリル文字) Crna Gora(ラテン文字) (Montegegro はヴェネト語=イタリアのヴェネツィア等で話されている言語。Crna Gora、Montenegro のいずれも、意味は「黒い山」です) 公用語:モンテネグロ語(セルビア語の方言)、アルバニア語、セルビア語、ボスニア語、クロアチア語
◎ボスニア・ヘルツェゴビナ(1991年に内戦が始まり、1995年12月14日に3勢力妥協・内戦終結) ボスニア語・クロアチア語では、Bosna i Hercegovina セルビア語では、Босна и Херцеговина 公用語:ボスニア語、セルビア語、クロアチア語 ボスニア・ヘルツェゴビナは、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国で構成する連邦国家です。
・ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦 Federacija Bosne i Hercegovine(ボスニア語・クロアチア語)Федерација Босне и Херцеговине(セルビア語) 公用語:ボスニア語、クロアチア語、セルビア語 ボスニア・ヘルツェゴビナの主要3民族のうち、ボシュニャク人(イスラム教に改宗した南スラブ人)とクロア チア人を主体とする共和国です。
・スルプスカ共和国 Република Српска(セルビア語) Српска は、ラテン文字では Srpska で「セルビア人」という意味。直訳すると「セルビア人共和国」です。 公用語:セルビア語、クロアチア語、ボスニア語 ボスニア・ヘルツェゴビナの主要3民族のうち、セルビア人を主体とする共和国です。
◆多言語・多民族混住世界での共存ということ
旧ユーゴスラビアを表現する「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」という言葉があります。この中で「4つの言語」は、スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語。「5つの民族」は、スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人です。しかし、セルビアとその隣国の公用語だけでもボスニア語、アルバニア語などが加わって4つではおさまらず、民族にはボシュニャク人やアルバニア人、ハンガリー人、ルーマニア人などが加わります。旧ユーゴスラビアは、日本人には想像できないほどの多言語・多民族混住の国家でした。
この文の最初で引用した「第一次世界大戦はなぜ始まったのか」には、「フランス革命に端を発して、ヨーロッパで国民国家が主流になると、オスマン帝国からの分離運動が発生した。言語や歴史から「国民」を分けることはバルカン半島では困難だった」という箇所があります。「国民国家」という考え方がバルカン半島における争いを生んだ、というのです。第一次世界大戦は、ボスニア・ヘルツェゴビナで起きたサラエボ事件が引き金になって、オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに侵攻したことで始まりましたし、1990年代になると旧ユーゴスラビアでは、「民族主義」を掲げたボスニア紛争やコソボ紛争が起きました。 20万人以上の犠牲者を出したボスニア紛争について、「戦火のサラエボ100年史『民族浄化』もう一つの真実」 著者 梅原季哉 発行所 朝日新聞出版 2015年8月25日発行)には「それまでチトーの強烈な指導力の下で抑えつけられていた、民族主義感情が頭をもたげ始め(p.115)」たことが、その伏線にあると書かれていました。
また、同書の著者は「終章」263ページから265ページにかけて、次のとおり意見を述べています。 民族の違いを理由に、敵味方の線を引き、敵対する者を排除しようという考え方は、確かに20世紀のボスニアで何度も繰り返された悲劇の原点だ。90年代の内戦ですっかり用語として定着してしまった「民族浄化」(エスニック・クレンジング)の動きはまさにその典型といえる。その背後では、ほかの民族を標的として憎悪や恐怖心をあおる民族主義思想を、集団幻想としてばらまき、その憎悪をもとに自分たちの権勢を築き上げようとした政治家たちの存在があった。(略)ボスニアの歴史、特にサラエボの人々が積み重ねてきた系譜の中では、そうした民族の違いよりも、人間性という普遍に目を向け、文化や宗教が異なる人々との共存をはかってきた寛容の伝統も受け継がれてきたのだ。そのことを軽視してはならない。(引用終わり)
ここに書かれた「文化や宗教が異なる人々との共存をはかってきた寛容の伝統」というのは、セルビアから遠く離れた日本に住む、現在の我々にとっても大事なことだと思います。
Ron.

2019年
9月3日
2016年に引き続き、あいちトリエンナーレ2019(以下「トリエンナーレ」)でも名古屋市美術館協力会と愛知県美術館友の会の合同鑑賞会が開催されました。午前の部は名古屋市美術館会場、午後の部は愛知県美術館会場で開催され、午前の部の参加者総数は約60名、午後の部は午前の部より参加者が増えていたように思います。 名古屋市美術館会場(10:30~11:30)

名古屋市美術館会場の案内は竹葉丈学芸員(以下「竹葉さん」)でした。展示室に向かう途中、竹葉さんは美術館のロビーとエントランスホールを繋ぐ橋の上で立ち止まり、「皆さん、ここからサンクンガーデンを見てください。あそこに置かれているゴミ袋も作品です」と言われました。
◆N12 バルテレミ・トグォ(カメルーンの作家) それは、国旗が印刷された白いビニール袋でした。竹葉さんの解説は「印刷されているのは19世紀から20世紀にかけてヨーロッパの植民地になっていた国の国旗です。毎日、美術館を取り巻くように設置し、午後4時半に回収されます。当時の宗主国と植民地の関係を象徴するインスタレーションです。今回、メインストリームの作家の出品はありませんが、現代美術が身近になっていると感じられます」というものでした。
◆N01 碓井ゆい(うすい・ゆい) エントランスホールの屋根から透明な丸い皿と蓋が吊り下げられています。蓋には ”TOKYO PETRI SHALE”の文字。皿にはオーガンジーに刺繍したモチーフ(乳母車を押しているウサギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、カエルや子供服、揺りかご等)が置かれています。竹葉さんの解説は「作者は今年、出産されました。モチーフはマタニティ・グッズです。ほとんどはペアで、染色体を表わしています。しかし、ペアになっていないモチーフもあります。それは染色体異常、重い内容を含んだ作品です。なお、毎週金曜日の夜間開館時はライトアップされます。きれいですから、一度ご覧ください」というものでした。
◆N02 今津景(いまづ・けい) 1階の吹き抜け部分に進むと、屋根から大型のパネルとバナーが吊り下げられ、バナーに向かって右側の壁の上部には赤いオランウータンの動画、壁の下に立てかけられたパネルにも動画が投影されています。竹葉さんの解説は「作者はインドネシアに移住した女性。壁の上部にあるのは中国製の回転するプロペラ、動画はプロペラの裏からが投影されています。下の動画は、メイキング映像。インドネシアでは絶滅危惧種のコモドドラゴンが密猟されるなど自然破壊が進んでおり、それに警鐘を鳴らす作品です。大型のパネルとバナーは、インターネットで集めた素材をもとに制作。名古屋市美術館の常設展に展示しているフランク・ステラの作品と同じように、平面だけど奥行きを感じさせる作品です」というものでした。
◆N03 藤井光(ふじい・ひかる) 次の展示室は真っ暗。戦前のモノクロ動画と最新のカラー動画が映写されていました。竹葉さんの解説は「モノクロ動画は、1942年から43年にかけて、台湾に開設された国民道場で行われた現地青年に対する日本人教育の様子を描いたものです。カラー動画は2019年制作。国民道場を再現した作品で、モノクロ動画とシンクロしています。出演者は日本で働いているベトナム人の若者です。戦前も現在も、外国人の助けを必要としているという点では同じ。また、日本でグローバル化が進んでいることも感じます」というものでした。
◆N04 モニカ・メイヤー(メキシコ人、フェミニスト・アートのパイオニア) 展示室の床にはカードが散らばり、カードがクリップで留められていた仕切り板には「表現の自由を守る」という声明。声明は8月25日に豊田市美術館で見たものと同じですが、署名者に「田中功起」が追加されていました。竹葉さんの解説は「この作品は “The Clothesline” という運動の一環。主催者が用意した「質問」を書いたカードに参加者が「答え」を書いて展示するものです。壁に貼ってあるのは、今年6月に名古屋大学で開催したシンポジウムの記録です。8月14日までは参加者が記入したカードが展示されていましたが、現在は全て回収・保管されています。散らばっているのは未記入のカードです。表現の不自由展が再開すれば、展示は元に戻ります」というものでした。
◆N05 桝本佳子(ますもと・けいこ) N04の隣には、陶磁器の雁が壺を通り抜ける様子と漁船がカジキマグロを釣る様子を表現した二つのインスタレーションのほか、器と動物が融合した作品など多数の陶磁器が展示されています。竹葉さんの解説は「これらの作品は、幕末・明治期の超絶技巧をポップにしたものです。個人的には《イカ/壺》(2018)が面白い。磁器で光沢があります。また、《鷺/壺/鷺》(2010)は豊田市美術館の所蔵品です」というものでした。 美術館1階・2階の間にある階段室
◆N11 ドゥラ・ガルシア 壁の「THE ROMEOS」と書いたポスターに「表現の自由を守る」という声明が貼られていました。竹葉さんによると「声明は貼っていますが、ROMEOの人は活動しています」とのことでした。 美術館2階
◆N06 パスカレハンドロ(男女のユニット) 竹葉さんの解説は「パスカレハンドロというのは、映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーと画家パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー夫婦のユニット。ホドロフスキーはパリのカフェで集団治療を行い、そのお礼はアレハンドロ宛てに手紙を出すことでした。壁に貼ってあるのは、その手紙です。今回は10通の手紙を選び日本語に翻訳して冊子を制作しました。冊子は持ち帰り自由です。奥の部屋で上映している映像作品は集団治療の様子です。話は変わりますが、今回のトリエンナーレは多様性が感じられて楽しかった」というものでした。
◆N07 青木美紅(あおき・みく) 展示室の真ん中に部屋が置かれ、壁には巨大な壁新聞と牧場の風景が貼られています。竹葉さんの解説は「作家は22歳で現役の美大生。18歳の時に母親から人工授精で生まれたことを知らされ、将来、妊娠して子どもが産めるか心配だったそうです。《1996》という表題は作家の生まれた年というだけでなく、クローン羊のドリーが生まれた年でもあり、旧優生保護法による不妊手術を拒否した女性が『札幌いちごの会』を立ち上げた年でもあります。中央に置かれた部屋は12角形。周囲の壁に貼ってあるのは、ドリーが生まれた牧場の写真と『札幌いちごの会』の記事で、全面にラメ糸の刺繍があります。女性らしい作品です」というものでした。
◆N08 タニア・ペレス・コルドヴァ 白い台の上に、大理石の円柱や陶器の壺などが一列に並んでいます。竹葉さんの解説は「メキシコの女性作家の作品で、大理石の円柱の上にはコンタクトレンズの片方が置かれています。花柄の花瓶やドル・ペソ硬貨の複製もあります。作者によれば『円柱状のコンタクトレンズと対のレンズをつけた女性や花瓶と同じ柄の服を着た女性が、作品の近くを通り過ぎるかもしれない』ということですが、今のところそのような女性はいません。この作品、私としては、自分の部屋に帰ってきた女性がコンタクトレンズを外し、服を脱いで化粧も落としシャンプーするという流れを表現しているように思えます」というものでした。
◆N09 Sholim 壁にスマホやタブレットが壁に貼られ、短い動画を繰り返し再生しています。竹葉さんの解説は「作者はセルビア人。どれも、シュールレアリズムのような動画です。一番左は小津安二郎監督の映画『東京物語』もとにした作品。その右にあるのはメイキング映像です」というものでした。
◆N10 カタリーナ・ズィディエーラー 音楽を聴いて、その歌詞を筆記している動画です。竹葉さんの解説は「この動画の作者もセルビア人です。18984年のヒット曲『Shout』の英語の歌詞をセルビア人男性が文字にしている様子を撮影したものです。歌はShoutと発音しているのに、文字はShoum(注:動画では「Sh」ではなく「S」の上に記号「-」を付けた文字を書いています)になってしまいます。セルビアを含む旧ユーゴスラビアは多言語国家でした。自分の知らない言葉は、聞き取るだけでも難しいことを表現しています」というものでした。 名古屋市美術館地下1階 常設展示室3の入口に、N04で見たようなカードをクリップで留めた仕切り板があります。竹葉さんの解説は「地下のカードは『子どもとして、嫌だな、と感じたことはありますか? それは何ですか?』という質問に対する答えを書いたものです。時間があれば読んでください」というものでした。 一旦解散 午前の部は、以上で終了。「午後の部は午後1時から開始します。開始の10分前までに愛知県美術館10階入口付近に集合してください」という案内があり、合同鑑賞会は一旦解散しました。 愛知県美術館会場(13:00~14:17) 午後の部の開始に当たり、愛知県美術館の学芸員さんから「新聞等で報道された通り『表現の不自由展・その後』(以下、「不自由展」)は作品の撤去要請があっただけでなくテロ予告や脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれるために中止しました。不自由展中止後は中止したことに抗議するための出品辞退や展示中止があり、現在、トリエンナーレ事務局は混乱しています。トリエンナーレには66組が参加していますが、展示中止以外の作品の影が薄くなりました。また、トリエンナーレに対する関心・話題では、肝心の作品の話はどこかに行ってしまいました。合同鑑賞会に参加された皆さんには『トリエンナーレを楽しんで欲しい』という気持ちで一杯です。午後の部では10階を中心に、ポイントを絞って解説させていただきます」と挨拶がありました。

◆A02 エキソニモ 《The Kiss》 愛知県美術館10階の入口広場の中央にある作品の解説は「スマホに見えるモニター2台に目をつむった人の顔が映っている作品の題名は “The Kiss” です。モニターが向かい合っているので、キッスしているように見えます。モニターを持っている手は3Ⅾプリンターで制作したものです。大型の作品を作るのは技術的に難しいため、継目が見えます。ひょっとしたら、将来、2019年代の技術水準を示す産業遺産になるかもしれません」というものでした。解説を聞いているとき、隣から「キッスの時は誰でも目をつむるの?」「あたりまえでしょう」という会話が聞こえました。家に帰ってからネットで調べると「ほとんどの女性は目をつむるが、男性の3割は目を開いている。理由は可愛いから見ていたい」という記事がありました。それから、昔、喜劇映画で見たような覚えがあるのですが、この作品、目をつむっている男性が突然目を開けて「お前、なに見てるんだよ」と怒鳴ったとしたら、作品を見ていた人はびっくりするでしょうね。ただ、美術作品としてはいただけませんが……
◆A03 アマンダ・マルティネス アクリル樹脂製で、同じパターンを繰り返す手法を使った立体作品です。《夜明けまでジャズ、なんて》など、意味深な題名がついていました。解説は「この作品は女性作家のものです。作家の選定について『トリエンナーレは女性作家に下駄をはかせるのか?』という意見もありました。現在は女性作家の人数が多いので、結果的に50対50になったのです」というものでした。
◆A04 レジーナ・ホセ・ガリンド 展示室の照明は消され、床には“Latinos in Japan” と書いた紙。解説は「豊田市・保見団地の映像が上映されていましたが、今は中止。作家は『多文化共生といっても日本人のルールの中で生きるというのは抑圧ではないか』という疑問を抱いて保見団地を取材しました。そこには複雑な問題があり、最終的にパーティーの映像を上映することになりました。不自由展の中止に対する中南米と韓国の作家の反応は大きいものでした。表現の自由が目に見える形で制限されている地域と欧米や日本とでは、表現の自由に対する考え方が違います。不自由展中止に対し『安全性という名目の検閲があるのではないか』という意見もあります」というものでした。
◆A05 アンナ・ヴィット 《60分の笑顔》という題名の、作り笑いを続ける動画です。解説は「60分間笑い続けるというのは大変です。緊張を強いられ笑顔が途切れる瞬間もあります。その様子を楽しむ作品です」というものでした。参加者からの「60分の始まりと終わりは分かりますか」という質問には「はい、分かりますよ」という回答がありました。
◆A06 ウーゴ・ロンディーネ 《孤独のボキャブラリー》 公式ガイドマップの表紙になっている作品です。解説は「45体のピエロが表現しているのは、一人でいる時の表情です。ピエロはそれぞれ「佇む」「呼吸する」「あくびする」等の表情を表現しています。ポーズしているモデルを3Ⅾスキャンして発泡スチロールで作った体の上から、衣装を着せています。大柄なピエロは男性の、小柄なピエロは女性のモデルをスキャンしたものです。リラックスした状況をつくるため、展示室のカーペットを明るいリノリウムに取り替えました。ピエロに存在感があるので、気味が悪い時があります」というものでした。確かに、照明を変えれば「お化け屋敷」になりますね。
◆A07 クラウディア・アルティネス・ガライ 照明を消された部屋に展示物があります。動画を上映していた部屋に入ることは出来ません。解説は「作者はペルーのアーティストで、モチーフはペルーの歴史です。ペルーは複雑な歴史を持ち、様々な国から侵略を受けました。動画は1200年前のペルーの男性をモチーフにして制作したものです」というものでした。
◆A08 永田孝祐(ながた・こうすけ) 写真と料理作り動画の組み合わせです。解説は「写真を見ると、ボウルに100%、水差しには64.28%などの表示があります。これは、ボウルの画像に対しコンピュータは100%の確かさでボウルだと認識したが、水差しの画像に対する認識は64.28%の確かさだったということです。左隣の写真は、もう少し広い範囲を撮影したものです。この写真だとコンピュータは机を認識しますが、ボウルや水差しを撮影した写真だと机の存在を認識できません。反対側の壁に展示された写真では実物と印刷物が混じっています。一目では、実物と印刷物を区別できません。動画は料理の手順を外国語に翻訳した作品です。『おでん』を翻訳すると『ポトフ』になるように、翻訳によって失われていくものがあることが分かります」というものでした。
◆A09 石場文子(いしば・あやこ) 撮った写真に輪郭線を書き加えた写真と何の変哲もない写真が展示されていました。解説は「輪郭線を書き加えたように見える写真ですが、実は写真には何の加工も加えていません。被写体の一部を黒く塗り、輪郭線を書き加えたように見える位置から撮影した作品です。別の三点は、タオルや洗濯物を撮影したように見えますが、吊るしているのは全て印刷物です」というものでした。「だまし絵」みたいな作品ですね。
◆A10 村山悟郎(むらやま・ごろう) 変顔の写真とドローイングが展示されていました。解説は「変顔の写真とドローイングのそれぞれに、+と-の記号が付いています。+はコンピュータが『人の顔』と認識したもの、-は認識しなかったものです。マティスの作品は逆さにしても『人の顔』と認識しています。次の部屋は歩くロボットと、コンピュータによる『人の歩行パターン』の認識を試した作品です」というものでした。「人の歩行パターン認識」は、テレビ番組「科捜研の女」で犯人を特定するために使っていますね。
◆A11 田中功起(たなか・こうき) 絵具を塗りたくった布のほか、動画も上映しています。解説は「4人の人物が家族を演じるという作品で、展示されている布は、演じた家族が描いた絵です。日本人は様々なルーツを持った人々で構成されていますが、家族を演じた4人は全員が混血です。なお、9月3日から作品が変更されて入れなくなります。そして、毎週土曜日だけ、この部屋で集会が開かれます。知事は『テロに対する安全の確保のために不自由展を中止する』と説明しましたが、作家は『外国人に対する差別が覆い隠されているのではないか』と考えて、抗議しています」というものでした。このことは、2019.08.24付の中日新聞朝刊に掲載されていましたね。
◆A13 ヘザー・デューイ=ハグボーク 愛知県美術館10階出口に通じる廊下の壁に人の顔などが展示され、モニターでは動画を上映しています。解説は「人の顔は、タバコの吸い殻などのDNAサンプルに基づいて、3Dプリンタされた肖像です。別のケースにはDNAデータを消す薬品も展示しています。動画で、そのプロセスを説明しています。ただ、制作した肖像が、DNAの持ち主にどこまで似ているかは、分かりません」というものでした。この時点で終了予定時刻の午後2時を15分以上超過していたため、A12 伊藤ガビン A14 dividual Inc. A15 シール・フロイヤー A16 文谷有佳里については、残念ながら紹介だけとなり、合同鑑賞会は終了しました。

◆合同鑑賞会・その後 合同鑑賞会の終わり頃、ROMEOSの人に遭遇しました。「手ぶらだし、観客らしくないので、見ればわかる」と言われていましたが、その通りでした。ラッキー! また、N06で竹葉さんが「多様性が感じられて楽しかった」と言われましたが、A03で解説のあった「女性作家が50%」ということが多様性を生んだように思います。ジェンダーの問題は、2019.08.29付中日新聞朝刊「Culture」欄でも取り上げていましたね。 最後になりましたが、名古屋市美術館と愛知県美術館の皆さん、ありがとうございました。
Ron.
2019年
8月30日
8月25日開催の協力会行事「あいちトリエンナーレ豊田市美術館会場ミニツアー」に参加した時、受付時刻まで時間があったので豊田市美術館2階で開催中のコレクション展を見てきました。
クリムト展開催中ということから、コレクション展ではクリムトと並んで近代オーストリアを代表する画家、エゴン・シーレとオスカー・ココシュカの作品を展示していました。エゴン・シーレはクリムトを師と仰いだ天才画家、クリムトと同じ年に死去しています。一方、オスカー・ココシュカは「ウィーン工房」に参加したものの「ウィーン分離派」には参加していません。彼は、クリムト展に肖像画が出品されているアルマ・マーラーと恋に落ち、破局したことでも知られています。
なお、豊田市美術館のホームページはコレクション展の目玉としてブランクーシの彫刻《雄鶏》と下村観山《美人と舎利》を紹介しています。
クリムト展の会場は満員でしたが、コレクション展の会場はゆったりとしていました。豊田市美術館の「クリムト展」や「あいちトリエンナーレ」を鑑賞する時は、併せてコレクション展も見ましょう。
◆オスカー・ココシュカ関連の記事がありました
2019.08.25付の日本経済新聞「The STYLE/Art」に掲載された河野孝の「ナチスの略奪(上)」という記事には「1939年6月30日、スイスの観光地ルツェルンのホテルで大規模な美術品の展覧会が開かれた。(略)売り出されたのは、ブラック、ゴッホ、ピカソ、クレー、マティス、ココシュカなど現代の巨匠による絵画と彫刻だった。主に「退廃芸術」としてナチスが没収した作品だった」と書いてありました。
今年の4月に公開されたドキュメンタリー映画「ヒトラーVS.ピカソ」も触れていましたが、ナチスによって「退廃芸術」とされたココシュカの作品は美術館などから没収・売却された、ということです。
今年の美術展ではグスタフ・クリムトとエゴン・シーレが脚光を浴びていますが、併せてオスカー・ココシュカにも目を向けたいですね。豊田市美術館だけでなく、愛知県美術館も作品を収蔵しています。
Ron.
2019年
8月30日
今回参加した「あいちトリエンナーレ『豊田市美術館会場』ミニツアー」は、あいちトリエンナーレに関連する二つ目の協力会主催行事です。なお、一つ目は8月4日開催の「名古屋市美術館会場ギャラリートーク」でした。今回の参加者は21名。ミニツアーの案内は能勢陽子(のせ・ようこ)さん(以下「能勢さん」)。自己紹介によると能勢さんは豊田市美術館の学芸員ですが、今回は「あいちトリエンナーレのキュレーター」として案内してくださいました。なお、見出しに記した「T〇〇」のうち「T」は豊田会場を表わし、数字は作品の通し番号を表わします。
◆T06b アンナ・フラチョヴァー
あいちトリエンナーレの受付は2階。通常の展覧会と違って、3階・第4展示室が会場の入口です。最初の作品は二人の養蜂家を表現したレリーフ、2階と3階を結ぶ階段の踊り場・壁面に展示されていました。能勢さんによると「作者のアンナ・フラチョヴァーはチェコ共和国の人で、地下鉄にある飾られた二人の宇宙飛行士のレリーフをもとに制作した作品です。養蜂家のレリーフは、最近話題になった「ミツバチが消える」という問題を取り上げています。ミツバチが消えた原因は不明ですが「農薬の影響ではないか」と言われています。農業技術の開発が進む一方で、果樹の受粉を行うミツバチが消えれば、農業ができなくなるという悪夢のような事態が起きることを訴えた作品」とのことでした。この作品、ミニツアー参加者の一人が「壁に針で留められている」ことを発見しました。材質はアクリル樹脂、針で留めることが出来るくらいに軽い作品なのでしょうか。
◆T07 シール・フロイヤー
暗い部屋の床に一つ、小さく星型に照らされた場所があります。プロジェクターが投影した星形の光が天井の鏡に反射して床を照らしており、《Fall Star》と名付けられています。床に小さな星形が投影されているだけで少しも変化しませんが、何か「カワイイ」感じのする作品でした。
◆T08 タリン・サイモン
写真・動画とテキストを組み合わせた作品で、二つの部屋に分かれています。入口側の部屋には映画「スター・ウォーズ」のデススターⅡの模型やJ.F.ケネディ空港で没収された食べ物などアメリカの秘部・恥部の写真・動画と説明文を組み合わせた作品が展示され、出口側の部屋には過去に行われた国際協定の調印式で飾られた花を再現した写真と説明文を組み合わせた作品が展示されています。能勢さんによると「写真に写っている花は、全てオランダの花き市場で調達したものです。オランダは18世紀には植民地の覇者だったので、市場で調達した花もケニア産、エクアドル産、メキシコ産など、植民地の跡が見える」とのことでした。
◆T09a 高嶺 格(たかみね・ただす)
展示室4と展示室3を結ぶ廊下の突き当りに、2019年2月25日付の琉球新報と覗き眼鏡が展示されていました。
◆T10 レニエール・レイバ・ノボ
展示室3の壁面に2019年8月12日付けの「表現の自由を守る」という声明が貼られています。声明の署名作家は、タニア・ブルゲラ/ハビエル・テジェス/レジーナ・ホセ・ガリンド/モニカ・メイヤー/ピア・カルミ/クラウディア・マルティネス・ガライ/イム・ミヌク/レニエール・レイバ・ノボ/パク・チャンキョン/ペドロ・レイエス/ドラ・ガルシア/ウーゴ・ロンディーヌの12名。 レニエール・レイバ・ノボの絵画は全て新聞記事で覆われ、一部の彫刻が黒いゴミ袋で覆われていました。黒いゴミ袋で覆われた彫刻は1937年のパリ万博で発表された巨大彫刻 ”Worker and Kolkhoz Woman” の一部=ハンマー(工場労働者を象徴)と鎌(農民を象徴)。一方、覆われていない彫刻もあります。1980年のモスクワ・オリンピックで発表された “Monument of Gagarin” (像の高さ42.5m)の指部分です。それにしても「デカい」作品でした。
◆T06b アンナ・フラチョヴァー

展示室2も、踊り場壁面と同じアンナ・フラチョヴァーの作品《アセッション・マークⅠ=Ascension MarkⅠ》。能勢さんによると「チェコ共和国の首都プラハには労働者の像が数多く立っています。この作品は労働者の像をもとにしたもので、女性の顔にはアイロンの底の写真が、男性の顔にはシェーバーの刃の写真が貼ってあります。日常生活の不気味さを可愛らしさとともに表現した作品です。アセンションは直訳すると『上昇』『昇天』で、一つ上の段階への上昇を意味する宗教的な言葉。男女の像は溶けて、変形を始めています」とのことでした。
◆T11 スタジオ・ドリフト

能勢さんによると「作者はオランダのグループ。作品名は《Shylight》。もとになったのはバレエのチュチュ(tutu:バレリーナがつけるスカート。薄いチュール・オーガンジーなどを何枚も重ねたもの)。テクノロジーで自然現象を再現できるか試した作品。花が開いたり閉じたりする様子をコンピュータでプログラミングしています」とのことでした。 床に寝そべって、下から見上げている人が何人もいます。能勢さんの言う通り「もとはバレリーナのスカートの動き」なのですが、先日、水族館で見た「クラゲの漂う姿」にも見えます。様々な動きをするので、見飽きません。
◆おまけ
豊田市美術館の解説は以上でしたが、能勢さんからは「隣の旧豊田東高等学校プールにはT09b 高嶺格さんの作品があります。また、愛知環状鉄道新豊田駅の西の「喜楽亭」にもT04 ホー・ツーニェンの作品があります。喜楽亭は高級料理旅館で戦前は養蚕業者、戦後は自動車関係者が利用。その後、現在地(豊田産業文化センター西)に復元移築されたもので、作品名は《旅館アポリア》。4つの部屋を使って12分×7本=84分の動画を上映しています」という案内がありました。
◎T09b 高嶺 格 旧豊田東高等学校プールには、コンクリート製のプールの底を切り取って、その場に立てた作品が展示されています。切り取られたプールの底は頑丈そうな鉄骨で支えられており、迫力満点でした。
◎T04 ホー・ツーニェン 豊田産業文化センター(愛知環状鉄道新豊田駅の西)を目印にして探したら、豊田産業文化センター駐車場の奥にトリエンナーレの看板が見つかり、会場の喜楽亭にたどり着くことが出来ました。 動画の素材は「父ありき」(1942)「東京物語」(1953)「彼岸花」(1958)「秋刀魚の味」(1962)などの小津安二郎監督の映画と横山隆一のアニメ映画「フクチャンの潜水艦」(1944)(海軍のプロパガンダ映画)、絵本「ジャカルタ記」(1944)などです。動画の内容は太平洋戦争当時に名古屋で編成された特攻隊=草薙隊の話(二ノ間「風」:上映場所と作品名、以下同じ)など、太平洋戦争関係の話が中心でした。案内を読むと、シンガポールを拠点に活動している作家のようです。 映画は、出演者の顔にスモークがかけられているので表情は分かりませんが「彼岸花」では、一瞬ですが、佐分利信や愛知県蒲郡市の三河大島、蒲郡ホテル(現:蒲郡クラシックホテル)が映り(一ノ間「波」)、「秋刀魚の味」では笠智衆の「元艦長」と岸田今日子の「バーのマダム」の前で加藤大介が軍艦マーチを歌うシーンが映ります(三ノ間「虚無」)。また、「父ありき」には「戦後、日露戦争の広瀬武夫中佐を歌った詩吟と軍歌『海ゆかば』を歌うシーンが削除されました」という解説がついていました(三ノ間「虚無」)。調べてみると、GHQの命令だったようです。なお、四ノ間「子どもたち」は、時間に余裕がなく、残念ながら鑑賞できませんでした。
Ron.
2019年
8月28日
碧南市藤井達吉現代美術館で開催中の「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」(以下「本展」) に行ってきました。戦前の彫刻家・橋本平八と19人の戦後作家の彫刻・デッサンを出品する展覧会で、会場入口は2階です。
◆プロローグ 橋本平八から現代へ 会場に入ると橋本平八の彫刻《片山増吉翁寿像》と彼のデッサンが展示され、その奥に戸谷成雄の彫刻《襞の塊Ⅴ》《襞の塊Ⅵ》とデッサンが展示されています。《襞の塊》は「ひだのかたまり」と読むようで、丸くて大きなレタスを思わせる作品でした。次の部屋のケース内にも橋本平八の彫刻《成女身》とデッサンが展示されており、プロローグは表題どおり「橋本平八の具象彫刻から現代の抽象彫刻へ」という展示内容です。
◆第1章 具象Part1 プロローグの次のブロックには入口近くに柳原義達のブロンズ像とデッサン、ケース内に舟越保武の石像とデッサン、出口近くに佐藤忠良のブロンズ像とデッサンがあります。三人の作品を比べることが出来るので、それぞれの肌触りの違い(もちろん、直接触れることは出来ませんが)がよく分かります。また、舟越保武の作品は、次男・舟越桂、三男・舟越直木の作品が本展に出品されていることもあり、特に印象的でした。
◆第2章 抽象Part1 抽象彫刻になると、会場の雰囲気が一変します。形だけでなく素材も鉄、石膏、ワックスなど様々な物が使われ「なんでももあり」の賑やかな展示でした。なかでも、原裕治の彫刻《マンデリオンの舟Ⅱ》は「どんな道具で削ったのか」不思議な作品で、図録によると、グラインダーで削ったようです。彼のデッサン《けもの道Ⅰ》《けもの道Ⅱ》には、平面の作品なのに周りから木々が襲ってくる感覚を覚えました。また、若林奮の彫刻では犬が顔を出している作品が数点出品されています。彼のデッサンには設計図のような雰囲気を漂わせるものが数点ありました。
◆第3章 抽象Part2 舟越直木の彫刻《Serampore》ではクモを、《The Ace of Heart》ではホウズキを連想しました。彼のデッサン《マグダラのマリア》には、平面なのに彫刻のような雰囲気があります。また、大森博之《昼休み》は、二つのイチジクが寄り添っているような作品。彼のデッサンは色・形ともに「異様な過激さ」を発散していました。2階会場の最後は青木野枝のデッサンと彫刻の展示。展示室で《野外作品のためのプランドローイング》を見て踊り場に出ると、このプランをもとにした彫刻《雲谷(もや)2018-2》がありました。なお、この作品は写真撮影OKです。1階に降りると、ロビーに長谷川さちの彫刻《mirror》と、そのデッサンが展示されています。入口側の展示室に入ると床に椅子が4脚あったので思わず座ろうとしたら、「作品です」と係員さんの制止を受けました。説明のプレートを見たら多和圭三の彫刻《無題》。皆さん、くれぐれもご注意ください。

◆第4章 具象Part2 1階・入口側展示室には、舟越桂と高垣勝康の彫刻・デッサンが展示されています。舟越桂の作品は年代順に展示されているので、作風が変化していった経過がよく分かります。高垣勝康の彫刻は「具象」ですが「モデルに似せよう」という訳ではない「抽象的な具象彫刻」とでもいうべき作品でした。 1階・奥の展示室には、三沢厚彦と棚田康司の彫刻・デッサンが展示されています。どちらも写真撮影OKで、なかでも三沢厚彦の彫刻《Cat2014-06》は子どもたちの人気を集めていました。


◆最後に 「彫刻とデッサン展」という展覧会名のとおり多数のデッサンが展示されているのですが、彫刻に目を奪われてデッサンを素通りしがちだったのが悔やまれます。展示は前期(8/10~9/1)と後期(9/3~9/23)に分かれているので、後期ではデッサンをじっくり鑑賞しようと思います。 なお、協力会では9月15日(日)午後2時から「空間に線を引く 彫刻とデッサン展」のミニツアーを予定しています。詳細は協力会ホームページをご覧ください。
Ron.
2019年
8月9日
岡崎市美術博物館で開催中の「キスリング エコール・ド・パリの煌き=フランス語の展覧会名は ”Grande figure de l’Ecole de Paris” 」(以下「本展」) に行ってきました。名鉄・東岡崎からバスで約25分。終点の一つ前のバス停で降車、美術館の玄関を入り、エスカレーターで可成り下ったところに展示室がありました。
◆キスリングの位置づけは 本展は「キスリング、エコール・ド・パリの主役」「アメリカ亡命時代」「フランスへの帰還と南仏時代」の三部構成。といっても、出品作の大半は「キスリング、エコール・ド・パリの主役」です。なお「主役」は “figure majeure” 、展覧会名は ”Grande figure” ですから、キスリングはエコール・ド・パリの「主役」「大人物」という位置づけなのです。
◆キスリングはオーストリア=ハンガリー二重帝国生まれ 展示室のパネルによると、キスリングは1891年、ポーランドのクラクフ生まれ。当時のクラクフはオーストリア=ハンガリー二重帝国の領土でしたから「キスリングはグスタフ・クリムトと同じ国の生まれ」ということになります。
◆キスリング夫人の写真・絵画 出品作の大半は女性の肖像画ですが、花などの静物画や風景画もあります。面白かったのは《女の肖像》です。名古屋市美術館所蔵の《ルネ・キスリング夫人の肖像》と、ほぼ同じポーズでした。ただ、残念ながら《ルネ・キスリング夫人の肖像》は本展に出品されていません……。ルネといえば入り口近くに《サン=トロぺでの昼寝(キスリングとルネ)》が展示され、隣にはキスリングとルネが一緒に写っている写真もありました。
◆アンリ・ルソーの影響も NHK日曜美術館のアートシーン(2019.6.23放送)で紹介された《ベル=ガズー(コレット・ド・ジュヴネル》は大型の作品で、隣にはキスリングがモデルを抱きしめている写真もありました。「背景の植物はアンリ・ルソーを思わせる」という趣旨の解説があり、キスリングはルソーの影響を受けていることを知りました。
◆「キキのコーナー」も モンパルナスのキキといえば、藤田嗣治《寝室の裸婦キキ(ジュイ布のある裸婦)》のモデルですが、キスリングもキキを好んだようです。本展には「キキのコーナー」が設けられ、《モンパルナスのキキ》《長椅子の女》に加え「特別出品」としてマン・レイが撮影した写真《ヴェールをかぶったキキ》(岡崎市美術博物館所蔵)が展示されていました。3点の中では《長椅子の女》が、目力が強くて印象的でした。
◆藤田嗣治との交流 「モンパルナスのプリンス」と呼ばれ、エコール・ド・パリの画家たちの中心にいたキスリングは「パリの寵児」と呼ばれた藤田嗣治とも交流があり、本展では二人が写った写真や二人のエピソードが紹介されています。
◆最後に バスの本数が少ないのが難点ですが、エコール・ド・パリの愛好家にはお勧めの展覧会です。(駐車場は広いです)フォーヴィスム風の作品やキュビスム風の作品もあるほか、ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》を思わせる作品もあります。 Ron.