現在、申し込みを受け付けているイベントはありません。
これまでに制作された協力会オリジナルカレンダーのまとめページを作りました。右側サイドメニューの「オリジナルカレンダー」からご覧ください。
事務局
2022年
11月15日
新聞記事(2022.11.13 中日新聞)で「第4回 平松礼二展」(以下「本展」)のことを知り、愛知大学・豊橋キャンパスまで出かけてきました。ネットで調べると、会場は愛知大学記念館(以下「大学記念館」)。1908(明治41)年に陸軍第15師団司令部として建てられ、文化庁の登録有形文化財に指定された建物とのことです。
当日は、JR豊橋駅で下車。新豊橋駅で豊橋鉄道渥美線に乗り、愛知大学前駅で下車してホームから出ると、すぐ目の前に豊橋キャンパスの正門。正門を入り右に進むと、大学本部の南に大学記念館がありました。左右対称の二階建で、中央に玄関。階段室の壁には、平松礼二作品のタペストリー。2階に上がると正面に受付、入場無料でした。16ページもあるパンフレットを受け取り、そのまま、建物西側エリアの展示室に向かいました。
◆第1展示室 モネが歩いた路
パンフレットを見ると、本展の正式名称は「フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受勲記念 愛知大学名誉博士第4回 平松礼二展 ~アイチ、モネ、そして世界へ!」。ネットで調べると、第3回の開催は令和元年11月ですから「3年ぶりの開催」ということになります。第1展示室には平松礼二がモネの睡蓮に出会った原点、ジベルニー村の風景を描いた作品等を展示していました。
◆第2展示室 睡蓮の間
本展で一番大きな展示室です。パンフレットの表紙やチラシに使われている、本展のメイン・ヴィジュアル、六曲一隻の屏風《空へ向かう睡蓮》(2016)が目を引きました。左側には水面に映る雲とその上で羽ばたく蝶。中央右寄りに、S字を書くように睡蓮とカエデの葉、桜の花が浮かんでいます。上半分は秋の景色で、枯れ始めた睡蓮の葉と紅いカエデの葉、下半分は春の景色で、睡蓮の花と桜の花びら。春と秋の境目に浮かぶカエデの葉は青紅葉から黄色、深紅へと色が変わります。現代の琳派ともいうべき、色鮮やかで、装飾的な作品でした。この外にも、春夏秋冬、四季折々の睡蓮の絵が展示され、見入ってしまいました。
◆第3展示室 ジャポニスム~フランス紀行
エトルタの断崖やポピーの花など、モネが取り上げたモチーフを日本画に描いた作品が並びます。夕焼けを描いたと思われる《流れる》(1998)を眺めていて、2018年に名古屋市美術館「モネ、それからの100年」で見たモネの《睡蓮の池》(1907)を思い出しました。ポピーを描いた《フランス屏風・春の曲》(1998)は、題名通り「フランス風の日本画」でした。
◆第4展示室 『文藝春秋』表紙絵
2000年1月から2010年12月までの11年間、『文藝春秋』の表紙を飾った作品のうち、18点を展示しています。このなかで、印象的だったのは、「南無阿弥陀仏」と名号を唱え、口から小さな阿弥陀立像が六体現れる様子を表した「空也上人(京都)」2005年6月号の表紙でした。
なお、展示されている原画の説明すべてに「フレスコグラフ」と書かれていました。「フレスコ」というのは、漆喰を壁やキャンバスなどの下地に塗り、乾かないうちに顔料などで上に直接絵を描く手法ですが、それとは少し違うようです。ネットで調べると「フレスコグラフ」は、「山口県産の高品質な石灰を原料とした“新鮮な漆喰”をシート状にすることにより、伝統的なフレスコを現代に生まれ変わらせた」技術とのことです。
◆第5展示室 木祖路~美の源流
この部屋での見どころは、同じ場所の四季を描いた連作の屏風《路-木祖谷 春の奏》(1986)、《路-木祖谷 夏の奏》(1986)、《路-木祖谷 秋の奏》(1986)、《路-木祖谷 冬の奏》(1986)の4点です。
◆第6展示室 韓国~美の源流
韓国の風景を描き、1977年に「第4回創画会賞」を受賞した《路-初冬》(1977)の外、1988年に描いた「北京故宮博物館~留学スケッチ」や海津千本松や常滑、瀬戸などを大学生時代に描いた「ふるさと紀行スケッチ」を展示しています。
◆第7展示室 路~日本の山河・草宴
富士山を描いた作品、ススキやオミナエシなどを描いた作品が並んでいます。なかでも迫力があったのが、巨大な月とススキの丘、オミナエシの丘を描いた六曲一双屏風《路・白い波の彼方へ》(1992)です。麦を描いた《草宴》(1975)にはオミナエシが描かれていたので、麦秋(初夏)ではなく、秋の風景だと分かりました。
◆最後に
東側エリアの多目的室では、2021年に町立湯河原美術館・平松礼二館で開催した展覧会「開館15周年 睡蓮交響曲」を記録した動画(16:41)を上映していました。展覧会では睡蓮を描いた屏風14点(全長90m)を前期・後期に分けて展示。展覧会開催前には、湯河原町民体育館で内見会を開催し、全14点を公開したようです。動画では、全14点の紹介もありました。動画も、見逃せませんよ。会期は11.19(土)まで。
Ron.
2022年
10月28日
協力会から「河鍋暁翠展」(以下「本展」)鑑賞ミニツアーの案内が届きました。早速、一宮市三岸節子記念美術館(以下「美術館」)のホームページ(以下「HP」。URL=一宮市三岸節子記念美術館 (s-migishi.com))を開くと、次のような紹介文がありました。
〈これまで父・暁斎の名に隠れがちであった暁翠ですが、最近では、暁翠の活躍を描いた歴史小説『星落ちて、なお』(澤田瞳子著、2021年、文藝春秋)が第165回直木賞を受賞したことで注目が集まっています。本展は、父の画技を受け継ぎながらひとりの日本画家として名を残した暁翠の作品を一堂に並べ、その画業の全貌を紹介する初の展覧会です〉(チラシも、同じ文章を掲載)
とても興味をそそられました。HPは、パンフレット(チラシ)、作品リスト、プレス・リリースも掲載。展示替えのため、ミニツアー当日には鑑賞できない作品があると分かり、急いで美術館に行ってきました。
◆第1章「暁翠と暁斎-父のてほどき」
受付で千円を支払って2階に向かうと、右手の第一展示室(小振りの部屋)に「入口」の表示。第1章の作品を展示していました。ただし、最初の3点は、河鍋暁翠(1868-1935:以下「暁翠」)ではなく、父・河鍋暁斎(1831-1889:以下「暁斎」)の作品。《極楽太夫図》(1879以降)と《文読む美人》(1888頃)、《柿に鳩の図》(1872頃:チラシ裏面に掲載)です。そのうち、《柿に鳩の図》の解説には「暁翠が数え5歳の頃に、父から手渡された絵手本」と書いてありました。暁翠は、数え5歳の頃から「父のてほどき」受けていたのですね。
暁翠の作品は、チラシ表面に掲載の《猫と遊ぶ二美人》(制作年不詳)から始まります。その隣には、暁斎の描いた下絵(1878)が並び、解説には「下絵の遊女から良家の子女へ、身分を変更」と書いてありました。《寛永時代美人図》(1916:チラシ裏面に掲載)の隣にも暁斎の下絵(制作年不詳)。こちらの解説は「下絵の猫を狆に変更」というもの。HP掲載の文章のとおり、暁翠は「父の画技を受け継ぎながら、ひとりの日本画家として名を残した」のですね。チラシ裏面に掲載の《霊山群仙図》(1861~1892)の隣には、暁翠による《霊山群仙図由来書》(1917)を展示。「暁斎が描き始め、その死後に暁翠が完成させた作品」だと分かりました。
◆第2章「土佐・住吉派に学ぶ」
第2章からは第二展示室に展示。最初の2点は、暁翠が入門した土佐・住吉派の日本画家・山名貫義(1836-1902)の「やまと絵」でした。暁翠の作品で面白かったのは、「ベルベット・スキンソープ」宣伝用の《七福神入浴図ポスター》(制作年不詳)です。美術館でもらった本展広告に掲載されていた澤田瞳子さんへのインタビューには、このポスターを「私の一番好きな作品(略)洒落っ気のある所が気に入って、本の表紙にとも考えた」と書いています。肉筆画だけでなく、色鮮やかな三枚続きの大判錦絵も展示。そのうち、《毘沙門天虎狩之図》(1889)はチラシ裏面に掲載。解説によれば、暁翠は暁斎の死後、錦絵の仕事も引き継いだとのことでした。
◆第3章「教育者として」
面白かったのは「絵手本」。チラシ裏面に掲載の《美人の顔 第三段 絵手本》(制作年不詳)は完成図ですが、第一段・第二段という二つの下絵と合わせて完成までの手順を示しており、学ぶ人に親切な絵手本だと思いました。なお、《美人の顔》は前期の展示(~11/13)で、後期(11/15~12/4)には《翁面》が展示されます。
◆第4章「受け継がれた伝統」
この章では、双幅の《松風・羽衣》(制作年不詳)と「お多福」がいっぱい描かれた《百福図》(1916)がチラシ裏面に掲載の作品です。暁斎は大勢の人物が登場する、にぎやかな作品を描いていますが、暁翠も大勢が登場する絵を得意としていたようで、《百福図》の外にも《布袋と唐子》(制作年不詳)、《百猩々》(制作年不詳)、《百福の宴》(制作年不詳)を展示しています。戯画も面白く、大津絵に題材を取った《美人と鬼の相合傘》(制作年不詳)、ひな人形が動き出す《美人を驚かす内裏雛》(制作年不詳)には、思わずクスッとしました。
西行の有名な歌「願はくは 花の下にて春死なむ その如月の望月の頃」を画題にした、暁斎・暁翠・真野暁亭の三福対《西行雪月花》(制作年不詳)や《鐘馗図》(制作年不詳)にも目を引かれました。
◆最後に
『星落ちて、なお』は、日本画の流行とは一線を画し時代に取り残されながらも、やまと絵や狩野派の伝統を守るため精一杯生きる暁翠を描いていますが、本展を見ていて、小説に描かれた暁翠の「清々しさ」を感じました。後期展示の作品も見たいので、11月27日(日)午後2時開始のミニツアーが楽しみです。
Ron.
2022年
10月21日

スマホに、豊田市美術館(以下「豊田市美」)で開催中の「ゲルハルト・リヒター」展(以下「本展」)のニュースが二つ飛び込んできました。ひとつは、WEB版の「芸術手帖」(2022.10.15付、URL=https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/26164)で、もうひとつは「号外NET豊田市」(2022.10.18付、URL =https://toyota.goguynet.jp/2022/10/18/toyotasibijutukann-geruhaito-rihita/)です。どちらのニュースにも画像が掲載されていますが、「号外NET」は展示室内の内覧会出席者と学芸員を写した写真を掲載。それを見ていたら、じっとしてはいられなくなり、豊田市美に行ってきました。
◆本展の顔は赤ちゃん・4つの展示室を使う大規模なもの
豊田市美に向かう坂を登っていくと「ゲルハルト・リヒター」の文字と赤ちゃんの絵が見えます。玄関を抜け、長い廊下を進むと、1階・展示室8の入り口に「ゲルハルト・リヒター」と書かれていました。
受付を済ませ、16ページもある作品リストを手にすると、実に優れものでした。作品リストだけでなく、展示作品の概要が付記された会場マップと、4ページにわたる「リヒター作品を読み解くためのキーワード」(以下「キーワード」)までも載っています。会場マップによると、本展は1階・展示室8に加え、2階・展示室1、3階・展示室2-3の、計4室を使った大規模な展覧会でした。
◆1階・展示室8
・第1エリア
1階・展示室8は、大きく4つのエリアで構成されています。
第1エリアは細長い部屋で、最初の作品は《モーターボート(第1ヴァージョン》1965、広告写真を拡大した油彩画=「フォト・ペインティング」です。キーワードの解説には「リヒターは写真に隷属するように絵画を描くことから画家としてのキャリアをやり直したのでした。しかしそういう迂回を経ることによって、逆説的に描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていくのです」と書いてありました。
この「写真に隷属するように絵画を描く」ことについて、日本経済新聞(2022.6.25)の展覧会評は「画家自身の意図や癖をできる限り排除した手法」と表現していました。
2番目の《グレイの縞模様》1968は抽象画。3番目の《8人の女性見習看護師(写真ヴァージョン)》1966/1972は、殺人事件の報道写真を元にしたフォト・ペインティングの複製写真を写真作品として制作したもの。「フォト・エディション」というようです。キーワードの解説には「絵画の代替という役割もありながら、その多くは寸法、トリミング、色彩、額装方法など、さまざまな仕方でオリジナルとことなっています」と書いてありました。一見すると何の変哲もない作品ですが、「殺人事件の報道写真」と聞くと、インパクトがあります。フォト・ペインティングの解説後半の「描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていく」というのは、このことだと思いました。
入口の近くには赤色の鏡《鏡、血のような赤》1991も展示。「ガラスと鏡」というキーワードの解説には「置かれた場所やその時々によってあらゆるイメージを映し出す」と書いてありました。確かに、展示室に置かれた鏡に映りこんだものを見ていると、「これも作品だ」と思うようになります。
第1エリアの一番奥では14分32秒の映像作品を上映。その手前に展示の《アブストラクト・ペインティング》1992は、アルミニウムの上に描かれた作品でした。所々にアルミニウムの地金が見えます。アルミニウムと油絵具の相性について家に帰って調べたら「塗装は困難。表面処理が必要。地金が温度変化で伸び縮みするので絵の具に亀裂が生じることがある」等、おそろしいことが書かれていました。
・第2エリア
第2エリアは二つの区画で構成。最初の作品《黒・赤・金》1999は、左から黒・赤・金という配色。ドイツの国旗(上から黒・赤・金)と同じ色です。作品解説には「ドイツ連邦議会議事堂エントランスホールのモニュメントの習作」と書いてありました。リヒターは国家的作品を任された「大作家」なのですね。
《黒・赤・金》の左は《アブストラクト・ペインティング》1999で、その左には、豊田市美の玄関で見た赤ちゃんがいました。《モーリッツ》2000/2001/2009という作品で、解説には「1995年に生まれた長男が8カ月の時の写真をもとに2000年に仕上げ、2001年、2009年に加筆」と書いてあります。何を加筆したのか、解説だけではわかりませんが、作品表面の黒い刷毛目は加筆されたものだろうと思われます。
第2エリア・二番目の区画には、写真に油絵具で彩色した「オイル・オン・フォト」が多数並んでいます。キーワードの解説には「絵画と写真、再現性と抽象性が拮抗しあうという点で、小さいながらもリヒターの創作の核心を端的に示してくれます」と書いてありました。オイル・オン・フォトの中で《1998年2月14日 14.2.98》1998は、本展の紹介記事でよく見た作品です。赤ちゃんを抱く母親を撮った写真なので、目を引くのでしょうか。
・第3エリア
第3エリアは、部屋の中心に《8枚のガラス》2012が置かれ、その周囲の壁にカラーチャート《4900の色彩》2007と、《ストリップ》2013~2016と《アラジン》2010が展示され、最もカラフルな空間になっています。カラフルな作品に取り囲まれているので、《8枚のガラス》に映り込んだ画像もカラフルです。
「カラーチャー」について、キーワードの解説には「既製品の色見本の色彩を偶然にしたがって配する」ものと書かれ、「ストリップ」については「ある一枚の《アブストラクト・ペインティング》をスキャンしたデジタル画像」を分割して再構成したものと書かれ、「アラジン」については「一種のガラス絵」と書かれていました。アラジンはガラスの裏から描くので、鮮やかな色彩を楽しめます。
・第4エリア
第4エリアには本展で一番注目されている作品が並んでいます。第3エリアから見て正面には《ビルケナウ》2014を配置。《ビルケナウ》に向き合うように《ビルケナウ(写真ヴァージョン)》2015~2019を配置しています。
また、《ビルケナウ》に向かって左の壁には《ビルケナウ》の元になった《1944年夏にアウシュヴィッツ強制収容所でゾンダーコマンダー(特別労働班)によって撮影された写真》を配置、右手の壁には《グレイの鏡》2019を配置しています。《グレイの鏡》に向き合うと、他の3つの作品だけでなく、展示室内の来場者も同時に見ることができます。よく練られた作品配置だと感心しました。
なお、《ビルケナウ》は、フォト・ペインティングの手法で元になった写真を描いていますが、それは塗りつぶされ、見ることはできません。フォト・ペインティングの解説に「描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていくのです」と書いてありましたが、《ビルケナウ》でも重要なことは、「描く対象にアウシュビッツ強制収容所で撮影された写真を選んだ」ということになるのでしょうか。
◆2階・展示室1~3階・展示室2-3
2階・展示室1ではアブストラクト・ペインティングを展示、3階・展示室2では2021年に制作したドローイングを、展示室3ではアブストラクト・ペインティングに加えて、2022年に制作した水彩絵の具によるドローイングのフォト・エディション《ムード》2022を展示していました。《ムード》は豊田市美だけの特別出品とのことです。
◆コレクション展 反射と反転 (展示室4-5)
3階・展示室4と2階・展示室5で開催中のコレクション展では、リヒターと同じように鏡を使った作品を展示していました。プリンキー・パレルモ《無題(セロニアス・モンクに捧げる)》1973と、ミケランジェロ・ピストレット《窃視者(M・ピストレットとV・ピサーニ)》1962,72の、2点です。
◆未生(みしょう)の美 ― 技能五輪の技 (1階・ギャラリー)
1階・ギャラリーでは、技能五輪の出場者が旋盤やフライス盤などで加工した製品や製品の写真などを展示する「未生(みしょう)の美 - 技能五輪の技」も開催しています(11月27日(日)まで)。
◆観覧料について
本展の当日券は大人1枚1,600円ですが、オンライン・チケットなら1,500円(購入は豊田市美のホームページから)。受付でスマホまたはプリントアウトしたチケット情報を見せれば入場できるようです。思い切って年間パスポート(3,000円)を購入すると、豊田市美で開催される展覧会を1年間、観覧できます。
Ron.
2022年
10月14日

名古屋市美術館で開幕したばかりの「クマのプーさん」展(以下「本展」)の協力会向け解説会に参加しました。参加者は29名。講師は、井口智子学芸課長(以下「井口さん」)。知っているようで、実はほとんど知らなかった「クマのプーさん」についての解説を2階講堂で聞いた後、自由観覧・自由解散となりました。
◆井口さんの解説の要点(16:00~16:45)
以下、井口さんの話を、ざっくりと記します。
〇「クマのプーさん」(Winnie-the-Pooh)について
解説会の冒頭、井口さんから二つの質問がありました。一番目の「プーさんを知っている人」という質問には、ほとんどの参加者が挙手。しかし、二番目の「プーさんの本を読んだことがある人」という質問に挙手したのは、ほんの数人。じつは私も、プーさんは「ディズニー・アニメのキャラクター」という認識しかなく、「プーさんの本」どころか、アニメ映画も見たことはありません。プーさんについて知っているようで、実はほとんど知らなかったことを、改めて知りました。
井口さんによれば、プーさんは、物語「クマのプーさん」(原題:Winnie-the-Pooh、1926)のキャラクター。挿絵を描いたのはE.H.シェパード(Ernest Howard Shepard。以下「シェパード」)。最初の挿絵は「ペン画」ですが、本展では1950~1960年代にカラーで描き直したものを展示している、とのことでした。
〇「クマのプーさん」展について
井口さんによれば、本展は東京・立川市のプレイミュージアム(PLAY! MUSEUM)が企画した展覧会で、展示デザイン・コンセプトもPLAY! MUSEUMによるもの、とのこと。展覧会の構成等は下記のとおりです。
① プーさん A to Z
挿絵原画を鑑賞する予習として、「プーさんの物語」に関するキーワードを整理、解説したもの
② アッシュダウンの森
映像のインスタレーション。井口さんは「小さな巣箱の中も覗いてみてください」と、付け加えました。なお、吹き抜けでもアッシュダウンの森をドローンで撮影した動画を投影
③ 1950-60年代に描かれた挿絵の原画
100点ほどの原画を展示。原画は、岩波書店の「プーさん」シリーズの表紙や口絵にも使われているものです
〇「クマのプーさん」の本について
井口さんによれば、原作者はA.A.ミルン(Alan Alexander Milne)。彼は第一次世界大戦に通信将校として参戦。1920年に、長男のクリストファー・ロビンが生まれ、子ども向け詩集を皮切りに4冊の本を発行。プーさんのモデルは、子どもが一歳の時に買い与えたテディ・ベアのぬいぐるみ。灰色のロバのぬいぐるみやコブタのぬいぐるみも子どものためのもの、とのことです。
シェパードは、第一詩集「クリストファー・ロビンのうた」(原題:When We Were Very Young、1924)にもプーさんの姿を描いています。ただし、プーさんという名前は、まだ付いていません。
プーさんの物語の舞台は、百町森(Hundred Acre Wood)。ロンドンの南にあるミルンの田園の家のそばのアッシュダウンの森をモデルにしている、とのことでした。
〇「プーさん A to Z」のみどころ
A America 本展の原画は、シェパードが1950-60年代にアメリカの出版社E.P.ダットンのために描いたもので、アメリカのエリック・カール絵本美術館の収蔵品
I Ishii Momoko 「プー横丁に建った家」(原題:The House at Pooh Corner、1928)の朗読(注:日本語版は、1942年初版)の声が流れています。カーペットが敷かれており、座ることができます
H Hundred Acre Wood 百町森のイラスト(チラシにも掲載)を展示。「スペルミス」を探してください
V Four Volume ミルンが書いた4冊の本を展示。英語版は横書きで右開きですが、日本語版は縦書きで左開きになります。そのため、進行方向が自然に見えるよう、左右を逆転したものもあります。
本展とのコラボ企画として、名古屋市の図書館にも「クマのプーさん」コーナーがあるのでご覧ください。
◆自由観覧(16:45~18:00)
本展の会場入口は、2階でした。
〇プーさん A to Z (2階)
井口さんのお話どおり、予習のための展示でした。印象的だったのは、G Gloomy Place 灰色のロバのぬいぐるみ「イーヨー Eeyore」の家と、J Jars ハチミツの入れ物、N North Pole プーがつかんだ棒でした。二次元の挿絵ではなく、三次元の「物体そのもの」を展示しているので印象が強かったのでしょう。
〇アッシュダウンの森(2階)
鳥の鳴き声やせせらぎの音などが聞こえてきて、森の中にいるような感じがします。座るところもあります。都会の喧騒から解放される、とても居心地の良い空間でした。
〇1950-60年代に描かれた挿絵の原画(1階)
・展示空間
展示室に円形の壁を設置して、中央に緑、青、黄、赤色の大きな布が垂れています。円形の壁には挿絵の原画が展示され、中央の広場には、①コブタが、ぜんぜん、水にかこまれるお話、②プー横丁にイーヨーの家がたつお話、③プーがあたらしい遊戯を発明して、イーヨーが仲間に入るお話、の原画をケースに入れて展示。ケースには絵本の「おはなし」が書かれているので、絵本を読んでいるような気分です。ケースの周りには、カーブした長い箱。箱の上面には緩やか起伏があります。最初「大人も子どもも座れるように、座面の高さを変えたのかな?」と思ったのですが、「物語の舞台となる百町森(Hundred Acre Wood)の地面の緩やかな起伏を表現したのではないか?」と思い直しました。井口さんによれば、円形の壁、緩やかな起伏など、展覧会の展示デザインは、PLAY! MUSEUMのオリジナル、とのこと。今までに体験したことのない展示空間でした。
・展示作品
展示作品は、シェパードのオリジナル。印刷用の挿絵の原画ですから観賞用の絵画とは違い、「小さな作品」ばかりですが、細かい所まで克明な線で描いているだけでなく、色彩が鮮やかで見ごたえがあります。本展にはあまり期待していなかったのですが、そのような先入観を持って解説会に来たことを反省するばかりです。
◆東京・立川のプレイミュージアム(PLAY! MUSEUM)について
「円形の壁の展示室」が気になり、家に帰ってからPLAY! MUSEUMについて調べてみました。ネット上にある2020年の記事(https://mag.tecture.jp/culture/20200609-988/)によれば、PLAY! MUSEUMは、2020年6月10日、東京・立川駅北側の旧飛行場跡地に誕生した新街区「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」の施設の一つです。新街区のコンセプトは「空と大地と人がつながるウェルビーイングタウン」。38,900.20平方メートルの敷地内に、多摩地区では最大規模となるホール、ホテル〈SORANO HOTEL〉、各種ショップ、保育園、複合文化施設〈PLAY!〉などがあります。PLAY! MUSEUMはPLAY!の2階で、その名物は「楕円形の展示室」とのことでした。模型写真を見ると、本展1階展示室を楕円形にしたものです。
そうすると、本展の1階展示室はPLAY! MUSEUMの壁を持ってきたのではなく「PLAY! MUSEUMの壁と同じようなものを名古屋市美術館で一から組み立てた」ということになりますね。本展の内装工事は、相当に大掛かりなものだったと思われます。
なお、PLAY! MUSEUMについては(MUSEUM|PLAY! MUSEUMとPARK (play2020.jp))もご覧ください。
内装設計をした「手塚建築研究所」についても調べると、500人の子どものために作られた外周183mの楕円形の「ふじようちえん」を設計していました(ふじようちえん|教育施設実績|手塚建築研究所 (tezuka-arch.com))。楕円が好きなのですね。「ふじようちえん」の屋上デッキでは、園児が遊ぶこともできます。
◆最後に
井口さんによれば、「展覧会はスタートから好調」とのこと。挿絵の原画はもちろんですが、美術館1階の展示空間も見ものです。「プーさんA to Z」の展示や「アッシュダウンの森」のインスタレーションも、本展独自のもの。「スタートから好調」というのは、確かに頷けます。お勧めですよ。

Ron
2022年
9月13日
アイチトリエンナーレから名称を変更した国際芸術祭あいち2022のミニツアーが、9月11日午前10時から行われました。会場のある愛知芸術文化センターの12階にはレクチャのスペースがあり、当日は24名の名古屋市美術館協力会員が集まり、担当の中村史子学芸員のお話を聞きました。
解説はとても分かりやすい展開で、まずはこのタイトル、STILL ALIVEから。
このタイトルは、愛知県刈谷の出身である現代アーティストの河原温の言葉から取ったとのこと。ニューヨークに在住していたかわらは、作品は発表するものの、オープニングやインタビューなどにも姿を現さず、ミステリアスな作家(現代にもそんなアーティストがいるような…)であったが、その作家から電報が届いてそこには I am still alive.とだけ書かれている、といった具合で、その電報を打つという行為自体をアートとしてしまうような作家であったとのこと。しかし、この時代、コロナで離れて暮らしている家族や友人となかなか会えないために、この河原の用いた言葉は今の時代にも非常にマッチしているとも言えるので、タイトルに採用されているとのこと。なるほど、そういうことでしたか。
その後、芸術祭に参加しているアーティストとその作品について、時間の許す限り解説していただけました。大多数のアーティストは、日本で暮らしているとわからないような、世界で起こっている窮状をテーマにした作品を手掛けていて、解説していただかないとなかなか想像し難い内容が多かったように感じます。世界で今、実際に起こっていることに目を向けることも大切だと感じました。
協力会事務局
2022年
8月26日
国際芸術祭「あいち2022」[STILL ALIVE-今、を生き抜くアートの力](以下、「あいち2022」)の常滑、有松会場を見てきたのでレポートします。
常滑会場は、やきもの散歩道に沿って展示場所が散在しています。常滑駅のインフォメーションで近道を教えてもらい、1番目の旧丸利陶管に向かいます。

会場風景 デルシー・モレロス
デルシー・モレロスの作品は、まるで和菓子屋さんの作業場のようです。大小さまざまなお饅頭が、床一面に並んでいます。うっすらとクッキーのようなにおいがすると思ったら、シナモンが振りかけられています。おいしそうな匂いですが、作品の材料は土なので、食べることはできません。
旧丸利陶管には、その他に服部文祥+石川竜一、グレンダ・レオン、シアスター・ゲイツなどの作品もあります。
旧丸利陶管を出て、地図で次の会場を探します。順路だと2番目は廻船問屋 瀧田家ですが、旧青木製陶所のほうが近いようなのでそちらへ向かいます。

展示風景 フロレンシア・サディール
フロレンシア・サディールの作品を見て、玉すだれを連想したのですが、はずれです。こちらは雨の表現です。かなり大粒の雨で、夕立のような激しさを感じます。玉に使われている土の色が様々で、そこにも何かしらの意味が込められているように思います。
常滑から有松へ移動します。

展示風景 ミット・ジャイイン
旧東海道沿いの趣のある町並み保存地区が会場です。道幅が狭く、車両もかなり通るので、散策する際は後ろにも注意してください。
通りのあちこちで目にするのは、ミット・ジャイインの作品です。風が吹くと揺れる様子が涼しげです。近くで見ると、かなり厚手の布地が使われています。ところどころ、乾いた絵の具が尖っているので、あたると痛いと思います。
ミット・ジャイインの作品は、名古屋市西区の「円頓寺商店街」、「円頓寺本町商店街」でも展示されるそうです。

展示風景 ユキ・キハラ
ユキ・キハラの作品は、着物のかたちをした絵画です。紙芝居ならぬ着物芝居のようです。キラキラすると思ったら、ビーズやスパンコールなども使われています。
ユーモラスな絵柄ですが、解説映像を見ると、この作品は環境破壊や経済格差などの社会問題を内包していることがわかります。解説映像を見る前と後で、印象がかなり変化しました。
有松では、その他にイワニ・スケース、AKI INOMATAなどの作品も見ることができます。
どちらの会場も、駅からは十分に徒歩圏内です。ただ、移動中に日陰になる部分が少ないので、日傘か帽子、それからスポーツドリンクがあるといいと思います。
杉山博之