「現代美術のポジション 2021-2022」 会員向け解説会

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館(以下「市美」)で開催中の「現代美術のポジション 2021-2022」(以下「本展」)の協力会・会員向け解説会に参加しました。2階講堂で森本陽香学芸員(以下「森本さん」)から、本展の概要を聴き、その後は2つのグループに分かれてギャラリートーク・自由観覧・自由解散となりました。森本さんが担当するグループは1階の展示から、もう一つのグループは2階の展示から見ることになりました。私が参加したのは後者で、担当は久保田舞美(くぼた・まみ)学芸員(以下「久保田さん」)です。ギャラリートークの冒頭で、「今年の4月に学校を卒業し、市美に採用されたばかりの新人です」と自己紹介がありました。

◆2階講堂・森本さんの解説(16:00~16:10)の概要

 「現代美術のポジション」は1994年に始まり、前回開催は2016年、本展は6回目の開催となります。本展では、名古屋市や愛知県を拠点として活動している作家、名古屋市や愛知県で学び巣立っていった9名の作家を紹介します。ジャンルは偏らないようにしました。男女比をみると、奇数なので同数は無理ですが、男性5名、女性4名。期せずして、ほぼ半分。女性のうち母親が2名というのも、時代を反映しています。これも、自然とそういう形になったものです。年齢は、全員が20代後半から30代後半の若い作家で、ステップアップに期待できる人たちです。美術系大学の講師も、複数いらっしゃいます。

◆久保田さんのギャラリートーク(16:10~17:15)の概要

(注)久保田さんが担当するグループのギャラリートークは2階から始まりましたが、以下の文章は、展示の順番に従って、1階の作品解説から書かせていただきました。なお、(mm)は久保田さんのギャラリートークの概要、(Ron)は私の「つぶやき」です。

1階

◆木村充伯(きむら みつのり)1983~

(mm)エントランスにいるのはミーアキャットの彫刻、木村充伯の《Wonderful Man》です。ミーアキャットの毛皮は、チェーンソーで木材の表面を毛羽立たせたものです。皆さん、ミーアキャットはたくさんいるのに、作品名は単数、おかしいと思いませんか。実は、Man はミーアキャットではなく、ミーアキャットたちが見ている「不思議な人物」。つまり、皆さん方のひとりひとりを指しています。展示室に展示されている彫刻は《大丈夫、あなたを見ている人がいる》です。ヒョウ、キリン、ペンギンとネコの4点が出品されています。

(Ron) 《Wonderful Man》も《大丈夫、あなたを見ている人がいる》も、参加者の中では「カワイイ!」という声が飛び交っていました。

◆多田圭佑(ただ けいすけ)1986~

(mm)木の板やタイル、チェーン、ビスを組み合わせた作品に見えますが、実は、木の板やタイル、チェーンなどは、型にアクリル絵具を流し込んで固めた作品です。型から取り出したアクリル絵具の塊に着色し、本物そっくりに仕上げました。なお、作家は、テーマパーク(ディズニーランド)でセットを制作しています。

(Ron) 「アクリル絵具で作った」と聞いて、参加者の中から「鎖はどうやって作ったの? 信じられない!」という声が出ていました。タイルと木の板、チェーンの組み合わせというだけでも、作品として十分成立しますが、更に手の込んだ仕掛けをしていると知って、びっくりです。

◆鈴木孝幸(すずき たかゆき)1982~

(mm)作家は愛知県新城市を拠点にしています。映像作品は地震を体験した人の話を編集したもので、机の上に並んでいるのは、河原から採取した石などです。コールタールで黒く塗ってある部分は、地中に埋もれていたところです。モルタル(セメント、水、砂を混ぜて固めた素材)にコールタールを塗った板と鉄板を組み合わせた作品は《heaping earth-627 中国の地図》です。モルタルの板は地盤、鉄板は断層を表しています。

(Ron) 《heaping earth-627 中国の地図》をみて、参加者の間から「どうやって並べたのだろう?作家の意図通りにモルタルの板や鉄板を並べるのは、とても難しい」というひそひそ話が聞こえてきました。

◆水野里奈(みずの りな)1989~

(mm)油彩画は、中東の細密画、水墨画などを組み合わせた装飾性豊かな作品です。このうち、《青い宮殿》は、高橋コレクションの所蔵です。一方、細密ドローイング6点は、油彩画とは直接関係しません。よく見ると、フレームにも図柄を描いていますね。でも、《細密ドローイング2021.5》のフレームだけは、何も描いてません。

(Ron) 油彩画は、絵の中に絵が描かれている、とても緻密できれいな作品でした。参加者からは「この作者の作品は“あいちトリエンナーレ2013”の長者町会場でも見た。とても、なつかしい!」という声が上がりました。

◆横野明日香(よこの あすか)1987~

(mm)最初は、《curve》など、山肌の曲線を美しく表現し、その場に立っているかのように感じられる風景画を描いていました。最近は《百合とかすみ草》など、花を描いた大きな作品を制作しています。

(Ron) 花を描いた作品は大きなものばかりで、《百合とかすみ草》は2枚のパネルを使った大作です。「大きすぎて、普通の家だと飾る場所がない」と思ったのですが、作家が2階の「アーティストの日常」に出品している「灯台」のシリーズは、小さなものばかり。これなら、小さな家にも飾れます。

◆川角岳大(かわすみ がくだい)1992~

(mm)愛知県出身の作家さんで、現在は埼玉県を拠点に活躍しています。犬が大好きで、ご本人は柴犬を飼っています。《rear dog》は、犬を後ろから見た作品。飼い主でないと気がつかない視線で描いたものです。なお、《front  dog》と《rear dog》は、高橋コレクションの所蔵です。《He has gone》は、自転車に乗っているところを描いた作品ですが、自転車と手・足だけが描かれています。乗っている人の目線で描いたのでしょう。

(Ron) 犬を飼っている参加者は《rear dog》を見て「変なアングルだけど、確かにこんな風に見える時がある」と、面白がっていました。《He has gone》も「自転車で段差を跳び越すときに体が受けている感覚は、このようなものかな」と、思わせる作品です。

2階

◆本山ゆかり(もとやま ゆかり)1992~

(mm)「画用紙」のシリーズは、デジタルペイントツールで描いたドローイングの中から、気に入った線を選んで、透明アクリル板の裏側から絵具で描いた作品です。裏から描くので表面がツルツルで、普通の絵とは違った感じになります。裏から描くとき、黒い線が先だったり、白い部分を先に描いたりと、臨機応変に描いています。「Ghost in the Cloth」は、複数の布を縫い合わせて、その裏に綿を置き、ミシンを使って透明な糸でナイフや薔薇を線描したものです。作家は「絵画とは何か」を問い直しながら、作品を制作しています。

(Ron) 「画用紙」シリーズの(二つの皿を持つ人)は、ぱっと見た感じでは「落書き」ですが、しばらくの間眺めていると、単純化された顔と二本の腕、二つの皿が見えて来ました。(草原と日の出)は、上から三番目の太い横線の真ん中から、小さな太陽が顔を出しているように見えます。

◆寺脇扶美(てらわき ふみ)1980~

(mm)「Crystalシリーズ」は、鉱物を写生して、その図像から線を抽出し、線をデジタル化して凸版を作り、凸版で麻紙にエンボス加工を施してから、岩絵の具で彩色する、という手法で描いた作品です。「autuniteシリーズ」はウラン鉱石をモチーフに、「diamondシリーズ」はダイヤモンドをモチーフに、「Crystalシリーズ」と同手法で描いたものです。「red + whiteシリーズ」は絵絹の裏から彩色した作品です。「抱っこの光景」などの作品は、絵絹に描いた絵を裏返したものです。

(Ron) 「red + whiteシリーズ」の表面はピンク色ですが、裏から見ると鮮やかな紅色です。絵絹は礬水(どうさ)引き(膠と明礬を溶かした水を紙や絹の表面に塗ってにじみ止めをすること)をしているので、絵の具を塗った面を裏から見るとピンクに見える、という説明がありました。《抱っこの光景》は、赤ちゃんを抱いた母親を、後ろから描いた作品です。しかし、裏返しているので母親の姿は、よく見えません。久保田さんの説明では「はっきり見えなくても、抱っこの光景は確かに存在していると、作家は思っている」とのことでした。

◆水野勝規(みずの かつのり)1982~

(mm) 作家は、三重県生まれ。2018年に市美で開催した「モネ それからの100年」にも映像作品を出品しています。《snow garden》は古い規格のビデオ作品ですが、《sync code》や《monotone》は4Kビデオなので、画像が鮮明です。

(Ron) 《monotone》は鮮明で綺麗な作品ですが、上映時間が24分と長いので、最初から最後までを通して鑑賞することはできませんでした。最後の方、満月を背景に花火が打ち上げられるシーンで、火の粉が弧を描き、月の前を落ちて行った後、暫くして、同じように弧を描きながら月の前を通り過ぎて行く煙の軌跡がクッキリと見え「4Kだと、こんな風に見えるのか」と、感動しました。

◆アーティストの日常

 本展の最後に、出品作家の身の回りの物を展示する「アーティストの日常」が企画されています。時間が限られていたため、説明があったのは水野里奈さんの「刺繍」だけでしたが、一見の価値はあります。

◆最後に

 その前に立つと心が引き込まれ、雑念が取り払われていくような気持ちになる作品が幾つもありました。脳の疲れが減っていく感覚です。まさに、mindfulnessの実践だと感じました。

Ron.

「グランマ・モーゼス展」 協力会向け解説会

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館では「生誕160年記念 グランマ・モーゼス展―素敵な100年人生」(以下「本展」)を開催中です。先日、名古屋市美術館協力会向けの解説会が開催され、参加者は〇人でした。2階講堂で井口智子学芸課長(以下「井口さん」)の解説を聴き、展示室に移動して自由観覧後、解散となりました。

◆2階講堂

○解説(16:03~17:05)の概要

・はじめに

本展は大坂・あべのハルカス美術館から始まりました。大阪では緊急事態宣言が発出され、美術館も臨時休館となった時期がありました。名古屋では何事もなく、全期間を通して開催されることを願っています。

・本展の構成

 本展は4章で構成されています。第1章「アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス」は展示室の壁が藤色で塗られています。藤色は彼女が好きだった色です。第2章「仕事と幸せ」は黄色、ハッピー・カラーです。明るい色なので、来館者からは「屋外にいるような感じ」という感想を聞きました。第3章「季節ごとのお祝い」は緑色。第4章「美しき世界」はサーモン・ピンク、これも彼女が好きな色です。

 本展では、彼女の絵画だけでなく、アルバムや愛用品、手作りのキルトのほか映像も見ることができます。

・グランマ・モーゼス(アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス)は、どういう人?

彼女は1860年9月7日に、アメリカ・ニューヨーク州グリニッチ (Greenwich) で生れました。アメリカ東海岸、ニューヨークの北が彼女の「ゆかりの地」です。12歳の時家を出て、ウエスト・ケンブリッジ (West Cambridge) の家庭で、住み込みで働き、27歳でトーマス・サーモン・モーゼスと結婚。結婚後は、南部のウエストバージニア州に引越して、シェナンドア渓谷近くの農場主から農場と家畜を手に入れ新生活をスタート。10人の子どもを授かりますが、4人は死産、1人は生後間もなく死去。彼女が45歳の時に、ニューヨーク州・イーグル・ブリッジ (Eagle Bridge) に戻り、70歳を過ぎてから独学で絵を描きはじめました。彼女は美術教育を受けたわけではありません。グランマ・モーゼスは「モーゼスおばあさん」という愛称です。彼女は農業を営み、家族を育てるなかで絵を描いていました。地元のフージック・フォールズ (Hoosick Falls) のドラッグ・ストアに作品を置いていたところ、アマチュアのコレクターが店に来て彼女の作品を発見したことから、彼女の作家人生が始まりました。

・第1章の作品・資料の解説(注:数字は、本展の作品・資料番号)

1.《グランマ誕生の地》(1959):水車小屋、花、家などが描かれた、記憶の中にある場所、記憶の中にある思い出を描いています。

13.《グリニッチへの道》(1940):記憶の中にある、彼女の父親が所有していた農場の風景です。1940年には、既に第二次世界大戦(1939~45)が始まっていました。彼女の作品の多くは、第二次世界大戦後に広く紹介されます。彼女の絵は複製品として商品になり、家庭に届きました。アメリカの人々にとって、彼女の絵は、協力して支え合うこと、大地への感謝、誰の心の中にもある幸せを表現するものでした。彼女の絵は、郷愁を感じさせるだけでなく、幸せを呼び起こしてくれる力を持っています。

2.《冬のネボ山農場》(1943):結婚後、一家がニューヨーク州に戻ってから暮らした農場の風景です。「ネボ山」は旧約聖書に登場するモーゼ (Moses) にゆかりのある山の名前です。モーゼス (Moses) 一家は南部にいたときから、同じ綴りの「モーゼ」に因んで、自分たちの農場を「ネボ山農場」と呼んでいました。展示室では、白い雪のなかに描かれた白い建物をよく見てください。陰影法や遠近法にはこだわらず、遠景から近景までの全てにピントが合った絵です。

3.《丘の上のネボ山農場》(1940:毛糸の刺繍):彼女は、絵を描く前は刺繍で風景を描いていました。刺繍は幼いころから習っていましたがリウマチが悪化したため刺繍を続けることが難しくなり、絵を描き始めました。

4.《ファイヤーボード(暖炉の覆い)》(1918):部屋の模様替えをするときに壁紙が足りなかったので、暖炉の覆いとして使っていた板に紙を貼って描いた絵です。彼女の絵の出発点は、生活を豊かにするために描いた、手芸のような絵です。

11.《フージック・フォールズ、ニューヨークⅡ》(1944:SOMPO美術館):フージック・フォールズのドラッグ・ストアで、彼女の作品がアマチュアのコレクター・カルドアの目にとまりました。カルドアの仲介で彼女が、画廊を経営するオットー・カリアーという人に出会ったことから、84歳の新人アーティストが誕生しました。

6.《守護天使》(1940以前:グリーティングカードを模写):1940年に開催された彼女の初めての個展『一農婦の描いたもの (WHAT A FARM WIFE PAINTED) 』に出品した作品です。本展では、お手本にしたグリーティングカードと並べて展示していますので、お手本をもとにして彼女がどのように自分の個性を出したのか、見比べてください。

18.《気球》(1957):オットー・カリアーの依頼で描いた作品です。描写は稚拙で素朴ですが、気球を見ている人の気持ちが伝わってきます。アメリカ人なら共感できる絵です。

15.《窓ごしに見たフージック谷》(1946):彼女が寝室から見た風景です。彼女は絵を描くとき「窓を想像して風景を切り取る」と言っていますが、この作品では窓だけでなくタッセル(カーテンの房飾り)も描いています。

19.《フォレスト・モーゼスの家》(1952):息子のフォレストとロイドが彼女のために建てた家です。彼女は、亡くなるまでの10年間、この家で息子のフォレスト夫妻や娘ウィノーナと暮らした後、フージック・フォールズのヘルス・センターに移り、101歳で亡くなりました。

M-3『私の人生 (My Life’s History) 』(1952):オットー・カリアーの勧めで出版した自伝で、ベストセラーになります。日本でも1983年に『モーゼスおばあさんの絵の世界-田園生活100年の自伝』として未来社が出版し、1992年には新刊が刊行されています。

・第2章の作品解説(注:数字は、本展の作品番号)

21.《干し草作り》(1945):人物だけでなく、動物も丁寧に描いています。

26.《洗濯物をとり込む》(1951):雨が降ってきて、洗濯物をとり込む情景ですが、のんびりしたムードの日常風景でもあります。

36.《村の結婚式》(1951):本展のメイン作品のひとつで、日本初公開です。新郎新婦と同じような服装の男女が何組も描かれているので「集団結婚式」のように見えてしまいます。モーゼスは自立心あふれる女性で、結婚後も共働きで「一つのチーム」のようでした。展示室入口ホールの壁に、この絵を引き伸ばして貼っているので、記念撮影ができます。

37.《農場の引っ越し》:本展のチラシに使った作品です。彼女が45歳の時、ニューヨーク州へ引越しする様子を描いています。

38.《そりを出す》(1960):何と、100歳の時の作品です。冬の景色ですが、暖かさがあります。

・第3章の作品・資料の解説(注:数字は、本展の作品・資料番号)

48.《シュガリング・オフ》(1955):サトウカエデの樹液を煮つめてメープルシロップを作る作業を描いた作品で、赤や緑などの色彩の使い方がうまく、手芸的な要素もあります。絵と同じようなポーズの人物を写した写真は、雑誌や新聞の切り抜きです。彼女はこういった写真を参考にして絵を描いていました。

30.《訪問者》(1959):彼女が99歳の時の作品で、パッチワーク・キルトのように描いています。

33.《キルティング・ビー》(1950):沢山の人が集まって、キルティングをしている絵です。キルティングだけでなく、メイプルシロップやアップル・バターなどの食べ物や人物のファッション、動物など様々なものに視点を向けて描いています。

Ⅿ-26.《手作りのキルト》(1961以前):本展では、手作りのキルトも展示しています。

Ⅿ-13.《絵を描くための作業テーブル》(1773-1920):彼女は板に絵を描くことが多かったようです。

Ⅿ-27.『クリスマスのまえのばん (The Night Before Christmas) 』(1962刊):以下の3作品は、The Night Before Christmasの挿絵原画です。残念ながら、彼女は本が刊行される前に亡くなりました。60.《サンタクロースⅠ》(1960)、61.《サンタクロースを待ちながら》(1960)、62.《来年までさようなら》(1960)。

・第4章の作品解説(注:数字は、本展の作品番号)

77.《美しき世界》(1948):「どんな絵がいちばん好きですか?」とインタビューで聞かれた時、モーゼスは「きれいな絵」と答えています。

80.《虹》(1961):彼女の最後の作品です。

〇自由観覧(17:05~18:05)

 井口さんの解説を聴いた後、1階に移動。作品リストをもらい、各自、自由鑑賞となりました。展示室で作品を見て感じたことは、①「何を描いているか、すぐわかる」ということと、②「色彩がきれいだ」ということです。陰影法や遠近法にはこだわっていませんが、細い線で丹念に「色彩豊かで、きれいな絵」を描いています。井口さんが解説されていたように、「幸せを呼び起こしてくれる」絵ばかりでした。

・紅白の市松模様の家

第2章の最後の方に、外壁が紅白の市松模様の家を描いた作品が2点、並んでいました。ひとつは40.《古い格子縞の家、1860年》(1942)。もうひとつは41.《古い格子縞の家》(1944:SOMPO美術館)です。解説には「グランマ・モーゼスはすでに失われていたこの家を1941年から20年近くに渡り繰り返し描きました」と書いてあります。作品をチラッと見ただけでも描かれた建物に惹きつけられるのですから、彼女が繰り返し描くほど強く「格子縞の建物」が記憶に焼き付けられたのも、納得です。

・複製品の数々

 井口さんの解説に「彼女の絵は複製品となり、家庭に届きました」という一節があります。展示室2階の最後のコーナーには、彼女の絵を描いたティーポットやボールのほか、平皿、クッキー缶、スカーフ、ジグソーパズルなどが展示されています。赤や緑の色彩が鮮やかなので「さぞ、人気があったのだろうな」と思いました。

・アップル・バター

 第3章に、51.《アップル・バター作り》(1947)という作品がありました。解説には「リンゴとリンゴ果汁を火にかけてバター状になるまで煮詰める」と書いてあります。「リンゴ・ジャムみたいなものですか」と井口さんに尋ねたところ「ジャムよりも濃厚で、おいしいですよ」とのこと。解説会に参加した会員から「大阪会場ではアップル・バターを売っていた」という話があったのでグッズ売り場に行くと、アップル・バターが陳列されていました。商品説明によれば「長野産の完熟リンゴ1㎏を煮つめて、シナモンで仕上げたペースト」で、一瓶155g・1,300円(税込)とのこと。残念ながら店が閉まっていたので、購入は出来ませんでした。

 ネットで調べると「アップルバターの作り方。青空レストランで話題のりんごバター。-LIFE.net」というページがヒット。製法は「リンゴをくし形に切って、焦げ付かないように鍋で煮る」。本展解説との違いはリンゴ果汁を使うかどうかだけなので、ほぼ同じです。リンゴが出回れば、家庭でも作ることが出来そうですね。

〇最後に

・グランマ・モーゼスが生まれた1860年9月7日、日本の暦では万延元年7月22日

グランマ・モーゼスが生まれた1860年は日本の幕末。ネットで日本の暦を調べると1960年9月7日は万延元年7月22日に該当します。そして、1860年3月24日(安政7年3月3日)には「桜田門外の変」が起きていました。蛇足ですが、彼女が亡くなった1961年には、坂本九「上を向いて歩こうが」のレコードが発売され、大ヒット。彼女生きた100年の間、日本は激動のなかにあったことを再認識しました。

・グランマ・モーゼスが国民的画家になった背景(解説をうまく要約できませんでした。半分は私の解釈です)

18世紀から19世紀にかけてのアメリカでは、独学で絵を描くようになった人でも、上手ければ肖像画を描いて収入を得ることができました。しかし、写真の登場で肖像画家は消えます。それでも「趣味で絵を描く人」は残っていました。1930年代のアメリカでは「アメリカの美術」を探していたことから、「独学の画家」が描く素朴な美術が注目されるようになります。しかし、1940年代後半になると「独学の画家」では国際的な評価は得られないことから、前衛芸術や抽象芸術がアメリカ美術界の主流となっていきました。このように「独学の画家」たちが美術界から忘れられていく一方で、グランマ・モーゼスの人気は衰えませんでした。それは、①彼女の描く世界が大衆に共感されるものであったことと、②彼女が「70歳代のおばあさん・一農婦」であると表に出すことで、「女性」の成功者が名声を得ることを妨げてきた障害(社会の反発)を回避できたからです。

・モンドリアン展との関係を考える

2021.04.03付「日本経済新聞」に掲載された「モンドリアン展」の記事は、下記のように書いています。

〈モンドリアンは戦火が迫るパリを再び離れ、ロンドンを経て、40年に米国に移住する。多くの芸術家が米国に亡命していたが、雑誌「フォーチューン」は41年の特集「12人の亡命美術家」の冒頭にモンドリアンを取り上げた。新造形主義やタイポグラフィーや建築、工業デザインに広く影響していることを紹介している。第二次世界大戦後の米国では、米国独自の、新しい美術を確立する動きが生まれていた。そうした動きにモンドリアンの打ち立てた抽象絵画はよく合った。米国の美術家たちはモンドリアンを時に否定し、意識的に距離を置こうとしつつも、それを土台に新しい美術を模索していった。〉(引用終り)

つまり、モンドリアンは、1940年代後半からアメリカ美術界の主流になっていった美術家たち(マーク・ロスコ(1903-1970)、バーネット・ニューマン(1905-1970)、ウィレム・デ・クーニング(1904-1997)、ジャクソン・ポロック(1912-1956)などか?)に大きな影響を与えたというのです。

グランマ・モーゼス自身は、前衛芸術や抽象芸術とは縁のない世界を生きた画家ですが、彼女が「前衛芸術や抽象芸術がアメリカ美術界の主流となっていったアメリカの中でも人気が衰えなかった」という事実について考えるためには、彼女の作品の対極であるモンドリアンの抽象画や抽象表現主義について知ることも必要なのかな、と思いました。

・モンドリアン展・ミニツアーについて

7月25日の解説会で、協力会の人から「協力会主催のモンドリアン展ミニツアーを2021.08.29に開催する予定」という話を耳にしました。午前10時から学芸員さんの解説を聴いた後、展覧会を鑑賞するようです。決定すれば、協力会から「お知らせ」があると思います。楽しみですね。

Ron

ランス美術館コレクション展解説会

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

4月18日日曜日、朝から不安定なお天気のもと、名古屋市美術館協力会会員向けのランス美術館展解説会が開催されました。

参加した会員たちは、講堂に集まって、担当学芸員の勝田琴絵さんの解説を静かに傾聴しました。

ランス美術館は、コロー作品を多数所蔵しており、その数はルーブル美術館に次ぐものだとのこと。今回は、ランス美術館が大規模な改修を行うのに伴い、コローをはじめ多数の風景画の画家の傑作を見ることが出来るのだということです。

今回展示されている油彩画のほとんどが、地元の資産家アンリ・ヴァニエの遺贈や寄付によるもので、ヴァニエは、シャンパンで有名なポメリの経営に携わっていたと背景を説明してくれました。

時代背景としては、それまで王侯貴族が楽しんできた絵画芸術が、フランス革命を機に民衆により親しまれるものとなり、神話や宗教を題材としてものよりも自然をありのままに描く風景画が好まれるようになっていきます。絵具がアトリエの外でも使えるようになる技術的な進歩もあいまって、戸外で実際に自然を観察して風景を描くことがバルビゾン派や印象派への流れに繋がって行ったなど、説明を受けました。

解説会の後、実際に展示室でこれら風景画を観覧しました。解説のとおり、色使いや筆づかいが素晴らしい作品ばかりで、心がなごむ、夕べとなりました。

アートとめぐる はるの旅

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

 2020年は、美術館の建物の改修やコロナウイルス拡大の影響などで閉館していた名古屋市美術館ですが、2021年に入って展覧会を再開しています。

 この3月25日から始まった「アートとめぐるはるの旅」展は、当初昨年の夏休みに予定されていた展覧会ですが、今年になって、春の展覧会として開催されています。4月4日はあいにくの雨になってしましましたが、22名の会員が参加して協力会向けの解説会が行われました。

 午後4時に講堂に集合した参加者に、展覧会を企画してくださった森本陽香学芸員が、旅先案内人となって解説してくださいました。

 1つ目の作品は山田光春さんの「星の誕生」。この作品をはじめ、エヴァ・サロやカプーアの不思議な作品は旅の始まりが宇宙からだとイメージしているそうです。

 続いて旅は海の底へ、坂本夏子さんの「Octopus Restaurant」は不気味なレストランの様子を描いていますし、山田秋衛さんの作品は竜宮城を美しく描いています。

 その後も「死」をテーマにした作品を旅したり、風や時間、記憶を旅してまわったりして、最後の作品、庄司達さんの「Navigation Flight」へ。長い旅の後に飛行機に乗り、我が家へ帰る……つもりで作品の向こう側から振り返ってみると、楽しい仕掛けがされています。見にいらっしゃるみなさんは、ぜひ、これを楽しみにいらっしゃってください。

「カラヴァッジョ展」ギャラリートーク

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

名古屋市美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」(以下「本展」)ですが、先日、名古屋市美術館協力会主催のギャラリートークがあったので参加しました。担当は保崎裕徳学芸係長(以下「保崎さん」)。参加者は95人。2階講堂でレクチャーを受講した後、展示室に移動してギャラリートークが始まりました。

◆2階講堂のレクチャー

レクチャーで保崎さんが強調していたのは「カラヴァッジョはイタリアの国民的画家」ということでした。ユーロに通貨が変わるまで流通していたイタリアの紙幣にカラヴァッジョの肖像が使われていたこと、同時代の画家から多くの追随者を生み出し合ことなど、カラヴァッジョの偉大さを紹介しています。本展については、カラヴァッジョの作品が8点、カラヴァッジョの作品と推測されるものが2点、残り30点は同時代および後世にカラヴァッジョの影響を受けた画家たちの作品とのことでした。保崎さんは「カラヴァッジョ以外の画家にも注目してください。日本では知られていませんが、イタリアでは高く評価されている画家も含まれています」と、強調します。レクチャーを聴きながら、ギャラリートークへの期待は高まるばかりでした。

◆ギャラリートーク:Ⅰ 1600年前後のローマにおけるカラヴァッジョと同時代の画家たち

◎カラヴァッジョ(?)の静物画

参加者が集合したのは《花瓶の花、果物および野菜》の前です。作家名は「ハートフォードの画家/ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(?)」。保崎さんは「作者は不明で、ハートフォードの画家とは仮の名前。若き日のカラヴァッジョが描いた作品ではないかと推測する研究者がいます」と解説。花や花瓶、果物、野菜などが、細かなところまで見たとおりに描かれており、高い描写力を身につけている画家の作品であることが分かります。

◎《リュート弾き》と《メドゥーサの盾》

カラヴァッジョの作品は《リュート弾き》と《メドゥーサの盾》。《リュート弾き》について保崎さんは「カラヴァッジョと不仲の画家・バリオーネも、全てが実物さながらであると褒めていた」と、紹介しています。描かれたものが暗い背景の中から飛び出てくるように見える作品でした。《メドゥーサの盾》は「ショッキングな表現で、見る者を惹きつける作品」と紹介されましたが、まさにその通りです。

◎同時代の画家について

同時代の画家としては、グイド・レーニ《ルクレティア》、オラツィオ・ジェンティレスキ《聖母子》、トンマーゾ・サリーニ《羊に乗る子どもと婦人》について解説がありました。なかでもグイド・レーニは、《聖セバスチャンの殉教》(注:本展には出品なし)が「三島由紀夫の愛した作品」として知られているとのことでした。また、《聖トマスの不信》はカラヴァッジョの作品のコピーですが、この作品、分かっているだけで36点のコピーがあるそうです。いずれも初めて名前を聞くような画家の作品ばかりですが、保崎さんの言う通り、どれも見ごたえがあります。

ジョヴァンニ・バリオーネも同時代の画家

◆Ⅱ カラヴァッジョと17世紀のナポリ画壇

◎ナポリ時代のカラヴァッジョの作品 ― 《法悦のマグダラのマリア》など

カラヴァッジョは1606年に決闘で人を殺し、ナポリへ逃亡。「Ⅱ」では、逃亡時代のカラヴァッジョの作品とナポリで活躍した画家たちの作品を展示しています。カラヴァッジョの作品は4点。そのうち《法悦のマグダラのマリア》について、保崎さんからは「娼婦であった名残の美しさと、過去の罪に対する深い悔悟の念とを、いい塩梅に描いている」「左上の暗闇には茨の冠がかけられた十字架が見えること」などの解説がありました。

◎カラヴァッジョ様式の追随者たち

カラヴァッジョ様式の追随者の作品としては、バッティステッロ・カラッチョロ《キリストの洗礼》《子どもの顔あるいは幼い洗礼者聖ヨハネ》やジュゼッペ・デ・リベーラ《聖ヒエロニムス》《会則を受ける聖ブルーノ》のほか、《スザンナと長老》を描いた女性画家アルテミジア・ジェンティレスキについては、「カラヴァッジョの影響を受けた、冷酷なユディトの絵が有名」という解説もありました。検索すると確かに、勇ましい姿で男の体を押さえつけている《ホロフェルネスの首を斬るユーディット》がヒットしました。

◆Ⅲ カラヴァッジョ様式の拡がり

◎《ゴリアテの首を持つダヴィデ》《洗礼者聖ヨハネ》 保崎さんが力を入れて解説したのは《ゴリアテの首を持つダヴィデ》と《洗礼者聖ヨハネ》。《ゴリアテの首を持つダヴィデ》については「カラヴァッジョの作品のなかでも傑作」」「ゴリアテはカラヴァッジョの自画像」「ダヴィデとゴリアテの心の中を想像しながら鑑賞してください」という解説でした。

◆最後に

正直言ってカラヴァッジョは馴染みの薄い作家でしたが、展示室で出会った40点の作品は素晴らしいものばかりです。見飽きることがありませんでした。保崎さんはレクチャーで「イタリア美術の最高峰であるカラヴァッジョの展覧会を開催できるというのは、信じ難いほど素晴らしいことです」と話していましたが、まさにその通りでした。特に《ゴリアテの首を持つダヴィデ》の展示は、名古屋会場だけです。光に照らされた人物が暗闇から浮かび出る、鮮烈なイメージの数々を「見ない」、という選択肢は無いと思いますよ。                    

解説してくださった保崎学芸係長さん。ありがとうございました!

Ron.

あいちトリエンナーレ2019 合同鑑賞会 レポート

カテゴリ:会員向けギャラリートーク 投稿者:editor

2016年に引き続き、あいちトリエンナーレ2019(以下「トリエンナーレ」)でも名古屋市美術館協力会と愛知県美術館友の会の合同鑑賞会が開催されました。午前の部は名古屋市美術館会場、午後の部は愛知県美術館会場で開催され、午前の部の参加者総数は約60名、午後の部は午前の部より参加者が増えていたように思います。 名古屋市美術館会場(10:30~11:30)

名古屋市美術館での解説の様子

 名古屋市美術館会場の案内は竹葉丈学芸員(以下「竹葉さん」)でした。展示室に向かう途中、竹葉さんは美術館のロビーとエントランスホールを繋ぐ橋の上で立ち止まり、「皆さん、ここからサンクンガーデンを見てください。あそこに置かれているゴミ袋も作品です」と言われました。

◆N12 バルテレミ・トグォ(カメルーンの作家)  それは、国旗が印刷された白いビニール袋でした。竹葉さんの解説は「印刷されているのは19世紀から20世紀にかけてヨーロッパの植民地になっていた国の国旗です。毎日、美術館を取り巻くように設置し、午後4時半に回収されます。当時の宗主国と植民地の関係を象徴するインスタレーションです。今回、メインストリームの作家の出品はありませんが、現代美術が身近になっていると感じられます」というものでした。

◆N01 碓井ゆい(うすい・ゆい) エントランスホールの屋根から透明な丸い皿と蓋が吊り下げられています。蓋には ”TOKYO PETRI SHALE”の文字。皿にはオーガンジーに刺繍したモチーフ(乳母車を押しているウサギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、カエルや子供服、揺りかご等)が置かれています。竹葉さんの解説は「作者は今年、出産されました。モチーフはマタニティ・グッズです。ほとんどはペアで、染色体を表わしています。しかし、ペアになっていないモチーフもあります。それは染色体異常、重い内容を含んだ作品です。なお、毎週金曜日の夜間開館時はライトアップされます。きれいですから、一度ご覧ください」というものでした。

◆N02 今津景(いまづ・けい) 1階の吹き抜け部分に進むと、屋根から大型のパネルとバナーが吊り下げられ、バナーに向かって右側の壁の上部には赤いオランウータンの動画、壁の下に立てかけられたパネルにも動画が投影されています。竹葉さんの解説は「作者はインドネシアに移住した女性。壁の上部にあるのは中国製の回転するプロペラ、動画はプロペラの裏からが投影されています。下の動画は、メイキング映像。インドネシアでは絶滅危惧種のコモドドラゴンが密猟されるなど自然破壊が進んでおり、それに警鐘を鳴らす作品です。大型のパネルとバナーは、インターネットで集めた素材をもとに制作。名古屋市美術館の常設展に展示しているフランク・ステラの作品と同じように、平面だけど奥行きを感じさせる作品です」というものでした。

◆N03 藤井光(ふじい・ひかる) 次の展示室は真っ暗。戦前のモノクロ動画と最新のカラー動画が映写されていました。竹葉さんの解説は「モノクロ動画は、1942年から43年にかけて、台湾に開設された国民道場で行われた現地青年に対する日本人教育の様子を描いたものです。カラー動画は2019年制作。国民道場を再現した作品で、モノクロ動画とシンクロしています。出演者は日本で働いているベトナム人の若者です。戦前も現在も、外国人の助けを必要としているという点では同じ。また、日本でグローバル化が進んでいることも感じます」というものでした。

◆N04 モニカ・メイヤー(メキシコ人、フェミニスト・アートのパイオニア) 展示室の床にはカードが散らばり、カードがクリップで留められていた仕切り板には「表現の自由を守る」という声明。声明は8月25日に豊田市美術館で見たものと同じですが、署名者に「田中功起」が追加されていました。竹葉さんの解説は「この作品は “The Clothesline” という運動の一環。主催者が用意した「質問」を書いたカードに参加者が「答え」を書いて展示するものです。壁に貼ってあるのは、今年6月に名古屋大学で開催したシンポジウムの記録です。8月14日までは参加者が記入したカードが展示されていましたが、現在は全て回収・保管されています。散らばっているのは未記入のカードです。表現の不自由展が再開すれば、展示は元に戻ります」というものでした。

◆N05 桝本佳子(ますもと・けいこ) N04の隣には、陶磁器の雁が壺を通り抜ける様子と漁船がカジキマグロを釣る様子を表現した二つのインスタレーションのほか、器と動物が融合した作品など多数の陶磁器が展示されています。竹葉さんの解説は「これらの作品は、幕末・明治期の超絶技巧をポップにしたものです。個人的には《イカ/壺》(2018)が面白い。磁器で光沢があります。また、《鷺/壺/鷺》(2010)は豊田市美術館の所蔵品です」というものでした。 美術館1階・2階の間にある階段室

◆N11 ドゥラ・ガルシア 壁の「THE ROMEOS」と書いたポスターに「表現の自由を守る」という声明が貼られていました。竹葉さんによると「声明は貼っていますが、ROMEOの人は活動しています」とのことでした。 美術館2階

◆N06 パスカレハンドロ(男女のユニット) 竹葉さんの解説は「パスカレハンドロというのは、映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーと画家パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー夫婦のユニット。ホドロフスキーはパリのカフェで集団治療を行い、そのお礼はアレハンドロ宛てに手紙を出すことでした。壁に貼ってあるのは、その手紙です。今回は10通の手紙を選び日本語に翻訳して冊子を制作しました。冊子は持ち帰り自由です。奥の部屋で上映している映像作品は集団治療の様子です。話は変わりますが、今回のトリエンナーレは多様性が感じられて楽しかった」というものでした。

◆N07 青木美紅(あおき・みく) 展示室の真ん中に部屋が置かれ、壁には巨大な壁新聞と牧場の風景が貼られています。竹葉さんの解説は「作家は22歳で現役の美大生。18歳の時に母親から人工授精で生まれたことを知らされ、将来、妊娠して子どもが産めるか心配だったそうです。《1996》という表題は作家の生まれた年というだけでなく、クローン羊のドリーが生まれた年でもあり、旧優生保護法による不妊手術を拒否した女性が『札幌いちごの会』を立ち上げた年でもあります。中央に置かれた部屋は12角形。周囲の壁に貼ってあるのは、ドリーが生まれた牧場の写真と『札幌いちごの会』の記事で、全面にラメ糸の刺繍があります。女性らしい作品です」というものでした。

◆N08 タニア・ペレス・コルドヴァ 白い台の上に、大理石の円柱や陶器の壺などが一列に並んでいます。竹葉さんの解説は「メキシコの女性作家の作品で、大理石の円柱の上にはコンタクトレンズの片方が置かれています。花柄の花瓶やドル・ペソ硬貨の複製もあります。作者によれば『円柱状のコンタクトレンズと対のレンズをつけた女性や花瓶と同じ柄の服を着た女性が、作品の近くを通り過ぎるかもしれない』ということですが、今のところそのような女性はいません。この作品、私としては、自分の部屋に帰ってきた女性がコンタクトレンズを外し、服を脱いで化粧も落としシャンプーするという流れを表現しているように思えます」というものでした。

◆N09 Sholim 壁にスマホやタブレットが壁に貼られ、短い動画を繰り返し再生しています。竹葉さんの解説は「作者はセルビア人。どれも、シュールレアリズムのような動画です。一番左は小津安二郎監督の映画『東京物語』もとにした作品。その右にあるのはメイキング映像です」というものでした。

◆N10 カタリーナ・ズィディエーラー 音楽を聴いて、その歌詞を筆記している動画です。竹葉さんの解説は「この動画の作者もセルビア人です。18984年のヒット曲『Shout』の英語の歌詞をセルビア人男性が文字にしている様子を撮影したものです。歌はShoutと発音しているのに、文字はShoum(注:動画では「Sh」ではなく「S」の上に記号「-」を付けた文字を書いています)になってしまいます。セルビアを含む旧ユーゴスラビアは多言語国家でした。自分の知らない言葉は、聞き取るだけでも難しいことを表現しています」というものでした。 名古屋市美術館地下1階 常設展示室3の入口に、N04で見たようなカードをクリップで留めた仕切り板があります。竹葉さんの解説は「地下のカードは『子どもとして、嫌だな、と感じたことはありますか? それは何ですか?』という質問に対する答えを書いたものです。時間があれば読んでください」というものでした。 一旦解散 午前の部は、以上で終了。「午後の部は午後1時から開始します。開始の10分前までに愛知県美術館10階入口付近に集合してください」という案内があり、合同鑑賞会は一旦解散しました。 愛知県美術館会場(13:00~14:17) 午後の部の開始に当たり、愛知県美術館の学芸員さんから「新聞等で報道された通り『表現の不自由展・その後』(以下、「不自由展」)は作品の撤去要請があっただけでなくテロ予告や脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれるために中止しました。不自由展中止後は中止したことに抗議するための出品辞退や展示中止があり、現在、トリエンナーレ事務局は混乱しています。トリエンナーレには66組が参加していますが、展示中止以外の作品の影が薄くなりました。また、トリエンナーレに対する関心・話題では、肝心の作品の話はどこかに行ってしまいました。合同鑑賞会に参加された皆さんには『トリエンナーレを楽しんで欲しい』という気持ちで一杯です。午後の部では10階を中心に、ポイントを絞って解説させていただきます」と挨拶がありました。

解説してくださった竹葉学芸員、ありがとうございました

◆A02 エキソニモ 《The Kiss》 愛知県美術館10階の入口広場の中央にある作品の解説は「スマホに見えるモニター2台に目をつむった人の顔が映っている作品の題名は “The Kiss” です。モニターが向かい合っているので、キッスしているように見えます。モニターを持っている手は3Ⅾプリンターで制作したものです。大型の作品を作るのは技術的に難しいため、継目が見えます。ひょっとしたら、将来、2019年代の技術水準を示す産業遺産になるかもしれません」というものでした。解説を聞いているとき、隣から「キッスの時は誰でも目をつむるの?」「あたりまえでしょう」という会話が聞こえました。家に帰ってからネットで調べると「ほとんどの女性は目をつむるが、男性の3割は目を開いている。理由は可愛いから見ていたい」という記事がありました。それから、昔、喜劇映画で見たような覚えがあるのですが、この作品、目をつむっている男性が突然目を開けて「お前、なに見てるんだよ」と怒鳴ったとしたら、作品を見ていた人はびっくりするでしょうね。ただ、美術作品としてはいただけませんが……

◆A03 アマンダ・マルティネス アクリル樹脂製で、同じパターンを繰り返す手法を使った立体作品です。《夜明けまでジャズ、なんて》など、意味深な題名がついていました。解説は「この作品は女性作家のものです。作家の選定について『トリエンナーレは女性作家に下駄をはかせるのか?』という意見もありました。現在は女性作家の人数が多いので、結果的に50対50になったのです」というものでした。

◆A04 レジーナ・ホセ・ガリンド 展示室の照明は消され、床には“Latinos in Japan” と書いた紙。解説は「豊田市・保見団地の映像が上映されていましたが、今は中止。作家は『多文化共生といっても日本人のルールの中で生きるというのは抑圧ではないか』という疑問を抱いて保見団地を取材しました。そこには複雑な問題があり、最終的にパーティーの映像を上映することになりました。不自由展の中止に対する中南米と韓国の作家の反応は大きいものでした。表現の自由が目に見える形で制限されている地域と欧米や日本とでは、表現の自由に対する考え方が違います。不自由展中止に対し『安全性という名目の検閲があるのではないか』という意見もあります」というものでした。

◆A05 アンナ・ヴィット 《60分の笑顔》という題名の、作り笑いを続ける動画です。解説は「60分間笑い続けるというのは大変です。緊張を強いられ笑顔が途切れる瞬間もあります。その様子を楽しむ作品です」というものでした。参加者からの「60分の始まりと終わりは分かりますか」という質問には「はい、分かりますよ」という回答がありました。

◆A06 ウーゴ・ロンディーネ 《孤独のボキャブラリー》 公式ガイドマップの表紙になっている作品です。解説は「45体のピエロが表現しているのは、一人でいる時の表情です。ピエロはそれぞれ「佇む」「呼吸する」「あくびする」等の表情を表現しています。ポーズしているモデルを3Ⅾスキャンして発泡スチロールで作った体の上から、衣装を着せています。大柄なピエロは男性の、小柄なピエロは女性のモデルをスキャンしたものです。リラックスした状況をつくるため、展示室のカーペットを明るいリノリウムに取り替えました。ピエロに存在感があるので、気味が悪い時があります」というものでした。確かに、照明を変えれば「お化け屋敷」になりますね。

◆A07 クラウディア・アルティネス・ガライ 照明を消された部屋に展示物があります。動画を上映していた部屋に入ることは出来ません。解説は「作者はペルーのアーティストで、モチーフはペルーの歴史です。ペルーは複雑な歴史を持ち、様々な国から侵略を受けました。動画は1200年前のペルーの男性をモチーフにして制作したものです」というものでした。

◆A08 永田孝祐(ながた・こうすけ) 写真と料理作り動画の組み合わせです。解説は「写真を見ると、ボウルに100%、水差しには64.28%などの表示があります。これは、ボウルの画像に対しコンピュータは100%の確かさでボウルだと認識したが、水差しの画像に対する認識は64.28%の確かさだったということです。左隣の写真は、もう少し広い範囲を撮影したものです。この写真だとコンピュータは机を認識しますが、ボウルや水差しを撮影した写真だと机の存在を認識できません。反対側の壁に展示された写真では実物と印刷物が混じっています。一目では、実物と印刷物を区別できません。動画は料理の手順を外国語に翻訳した作品です。『おでん』を翻訳すると『ポトフ』になるように、翻訳によって失われていくものがあることが分かります」というものでした。

◆A09 石場文子(いしば・あやこ) 撮った写真に輪郭線を書き加えた写真と何の変哲もない写真が展示されていました。解説は「輪郭線を書き加えたように見える写真ですが、実は写真には何の加工も加えていません。被写体の一部を黒く塗り、輪郭線を書き加えたように見える位置から撮影した作品です。別の三点は、タオルや洗濯物を撮影したように見えますが、吊るしているのは全て印刷物です」というものでした。「だまし絵」みたいな作品ですね。

◆A10 村山悟郎(むらやま・ごろう) 変顔の写真とドローイングが展示されていました。解説は「変顔の写真とドローイングのそれぞれに、+と-の記号が付いています。+はコンピュータが『人の顔』と認識したもの、-は認識しなかったものです。マティスの作品は逆さにしても『人の顔』と認識しています。次の部屋は歩くロボットと、コンピュータによる『人の歩行パターン』の認識を試した作品です」というものでした。「人の歩行パターン認識」は、テレビ番組「科捜研の女」で犯人を特定するために使っていますね。

◆A11 田中功起(たなか・こうき) 絵具を塗りたくった布のほか、動画も上映しています。解説は「4人の人物が家族を演じるという作品で、展示されている布は、演じた家族が描いた絵です。日本人は様々なルーツを持った人々で構成されていますが、家族を演じた4人は全員が混血です。なお、9月3日から作品が変更されて入れなくなります。そして、毎週土曜日だけ、この部屋で集会が開かれます。知事は『テロに対する安全の確保のために不自由展を中止する』と説明しましたが、作家は『外国人に対する差別が覆い隠されているのではないか』と考えて、抗議しています」というものでした。このことは、2019.08.24付の中日新聞朝刊に掲載されていましたね。

◆A13 ヘザー・デューイ=ハグボーク 愛知県美術館10階出口に通じる廊下の壁に人の顔などが展示され、モニターでは動画を上映しています。解説は「人の顔は、タバコの吸い殻などのDNAサンプルに基づいて、3Dプリンタされた肖像です。別のケースにはDNAデータを消す薬品も展示しています。動画で、そのプロセスを説明しています。ただ、制作した肖像が、DNAの持ち主にどこまで似ているかは、分かりません」というものでした。この時点で終了予定時刻の午後2時を15分以上超過していたため、A12 伊藤ガビン A14 dividual Inc. A15 シール・フロイヤー A16 文谷有佳里については、残念ながら紹介だけとなり、合同鑑賞会は終了しました。

愛知県美術館での鑑賞会の様子

◆合同鑑賞会・その後 合同鑑賞会の終わり頃、ROMEOSの人に遭遇しました。「手ぶらだし、観客らしくないので、見ればわかる」と言われていましたが、その通りでした。ラッキー! また、N06で竹葉さんが「多様性が感じられて楽しかった」と言われましたが、A03で解説のあった「女性作家が50%」ということが多様性を生んだように思います。ジェンダーの問題は、2019.08.29付中日新聞朝刊「Culture」欄でも取り上げていましたね。 最後になりましたが、名古屋市美術館と愛知県美術館の皆さん、ありがとうございました。                

Ron.

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