2023.10.16 投稿
現在、愛知県美術館で開催中の「生誕120年 安井仲治」(以下「本展」)に行ってきました。以下は、本展の概要と私の補足・感想等です。
◆安井仲治の愛用カメラと肖像写真
展示室に入ると正面に安井仲治(以下「仲治」)の愛用カメラが展示されています。二眼レフのローライフレックスと35mmカメラのライカⅢB(レンズはSummitar)でした。いずれも庶民には手の届かないカメラです。カメラを構える仲治の肖像写真や撮影会の風景も展示。仲治が構えるカメラの機種は分かりませんが、スプリングカメラ(注)と思われます。撮影会の風景では、三脚付きの大型カメラやポケットに入る小型カメラを使っている人にいます。大型から小型まで、いろいろなカメラを使っていたのですね。
注:スプリングカメラは、カメラの前蓋を開き水平位置にするだけで蛇腹(ベローズとも言う)付のレンズが撮影位置にセットされる折りたたみ式のカメラ
◆安井仲治って、誰 ?
安井については何も知りませんでしたが、展示室で《水》(1931-32)を見た瞬間、強い既視感(デジャヴュ)に襲われました。家に帰って本棚をひっくり返すと、次の文が見つかりました。「新興写真」の中心的人物だったのです。
〈飯沢耕太郎・執筆「モダンで新鮮な『新興写真』の時代」から引用 (略)これまで述べてきた「新興写真」のさまざまな要素をすべて含みこんだ、スケールの大きな作品世界を形成したのは、浪華写真倶楽部の指導者であった安井仲治であろう。/彼は、メーデーのデモに取材した「旗」(1931)、「唄ふ男」(注:本展のタイトルは《歌》)(同)といった社会意識の強い作品から、昭和10年代の超現実主義の影響を受けて構成されたオブジェの写真まで、非常に幅の広い作風を持っている。しかし、彼自身と時代の本質をじっと見つめているようなその写真の特徴が最もよくあらわれているのは、「水」(1931)、「蛾」(1934)、「上賀茂にて 月」(1941)などの、孤独な心象を刻みつけた象徴的な作品群だろう。/安井は、昭和16年に丹平写真倶楽部の会員5名と共同制作した「流氓(るぼう)ユダヤ」(神戸に一時寄留していたユダヤ人たちを撮影したもの)を発表し、朝日新聞社主催の「新体制国民講座」で、彼の生涯をしめくくるような「写真の発達とその芸術的諸相」と題する講演をおこなう。翌昭和17年(1942)3月15日に腎不全のため死亡、享年38歳であった。/浪華写真倶楽部や丹平写真倶楽部の若手作家たちを呆然自失させたという彼の死によって、「新興写真」の時代は完全に幕を引かれるのである。(略) 出典:『カメラ面白物語』p.76~77 発行所 朝日新聞社 発行日1988.10.5〉
◆本展の構成と主な出品作
〇 i 1920s――仲治誕生
本展は5部で構成。第1部「i 1920s――仲治誕生」に展示の写真は「新興写真」以前のものと思われます。屋台の店と男性客を撮った《秋風落漠》(1922)は、参考資料のアルバムにも同じ構図の写真が貼ってあります。二つを比べると、展示作品には手が加えられているように見えました。第1部には、ネガコンタクトブリント(引き伸ばさずに焼き付けた写真)も展示。サイズは6cm×9cm程なので、入口に展示のカメラで撮影したものでは無いでしょう。肖像写真で構えていたカメラかもしれませんね。
〇 ii 1930s-1――都市への眼差し
上記に引用した飯田幸太郎の文(以下「引用文」)が触れた《旗》(1931/2023:後ろの数字は再プリントの年。以下同じ)、《歌》(1932/2023)、《水》(1931-32)を展示しています。《歌》は、ネガコンタクトプリントも展示されており、トリミングのうえ裏焼したことがわかります。
〇 iii 1930s-2――静物のある風景
引用文が触れた「蛾」に当たると思われる作品は《蛾(一)》(1934/2023)と《蛾(二)》(1934)の二点。引用文がどちらを指しているか不明ですが、本展のチラシは《蛾(二)》を使っています。
《海浜》(1936/2004)は、2021.2.6~3.28に名古屋市美術館で開催された「『写真の都』物語―名古屋写真運動史:1911-1972―」(以下「写真の都」展)の第2章「モダン都市の位相―「新興写真」の台頭と実験」に展示の成田春陽《灯台のある風景》(1938)と同じ野間埼灯台を撮影した作品です。《灯台のある風景》の方は後から撮影しているので、《海浜》の影響を受けたのかもしれませんね。断定は出来ませんが……
〇 iv1930s-3――夢幻と不条理の沃野
シュールレアリスムの作品が並びます。「写真の都」展の第3章「シュールレアリスムか、アブストラクトか――『前衛写真』の興隆と分裂」で展示されていたものと同じ傾向の作品が多く、親しみを感じました。
また、引用文に〈「写真の発達とその芸術的諸相」と題する講演をおこなう〉という下りがありますが、その講演で使用されたスライドも本展に展示されていました。
〇 v Late 1930s-1942――不易と流行
引用文の《月》(1941/2023)と「流氓ユダヤ」のシリーズが展示されています。いずれもネガコンタクトプリントを展示。35mmフィルムでしたから、本展に展示のライカで撮影したのでしょうね。
「流氓ユダヤ」は名古屋市美術館「コレクションの20世紀」(2023.4.15~6.4)で椎原治の作品が展示されているので、親しみを感じました。
本展と同時開催のコレクション展では「木村定三コレクション」から熊谷守一の作品が展示されていますが、本展でも仲治《熊谷守一像》(1939-42)を展示しています。コラボレーション企画ですね。
◆鑑賞ガイドについて
展示室の入口に「鑑賞ガイド」が置いてあります。現在、写真と言えばスマホで撮影するのが主流なので、「鑑賞ガイド」のようにフィルム・カメラでモノクローム(白黒)写真を撮影した時の現像や写真プリントの方法について解説してくれる「鑑賞ガイド」は、とても有難いものでした。展示されている作品を作り上げるために安井仲治が使ったトリミングや多重露光、ブロムオイル、オイルトランスファーなどの紹介も記されているので、鑑賞の役に立つと思います。
◆最後に
展示作品の中には《海浜》(1936/2004)のように2004年に再プリントされた作品もあります。調べてみると2004年10月に渋谷区松濤美術館で「生誕100年 安井仲治――写真のすべて」が開催され、名古屋市美術館に巡回したようです。ネット記事を検索すると、下記のURLがありました。
URL: https://www.museum.or.jp/event/19669
また、本展については、“Tokyo Art Beat” に詳細なレポートがあります。URLは、下記のとおりです。
URL:https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/nakaji-yasui-report-202310
Ron.
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