◆ 小説家デビュー後、第五作目の作品。直木賞候補となり、翌年には親鸞賞を受賞
作者は「星落ちて、なお」で直木賞を受賞しますが、本作は、その6年前に直木賞候補となった作品。作者は「星落ちて、なお」の受賞インタヴューに「絵師そのものについては『若冲』で描き切ったと考えている」と答えているので、本作は「渾身の作」の一つといえるでしょう。直木賞の受賞は逃しましたが、親鸞賞を受賞しています。
◆ フィクションと事実を取り混ぜたエンタテイメント作品
若冲に寄り添い、狂言回しのような役割を果す妹や「若冲の暗黒面」とも言うべき義弟など、架空の人物が登場してびっくりしますが、事実の部分はしっかりと押さえているので「大河ドラマと同じエンタテイメント作品」と割り切れば、ハラハラ・ドキドキや、涙があふれる場面を楽しむことができます。
特に、若冲が町年寄「桝屋茂右衛門」として画業を封印し、高倉市塲の営業差し止めを回避する「つくも神」は「半沢直樹」を見ているような感じです。ちくまプリマー新書「伊藤若冲」にも載っている話ですが、小説だと人物が生き生きと描かれていて面白い、と思いました。
◆ 池大雅や与謝蕪村なども登場
表紙カバーには「本書に登場した画人たち」として若冲のほか、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭の名が挙がっています。画人の中では若冲の朋友・池大雅の天真爛漫ぶりと池大雅に対しライバル心をむき出しにする与謝蕪村が印象に残りました。
なかでも「雨月」の半分は、与謝蕪村を描いた話です。若冲とは交流がなかったとされる蕪村ですが、蕪村が若冲の画室を訪れて身の上話をする場面は、読んでいて涙が出ました。作者も小説の表舞台に出て来て、大雅と蕪村が共作した国宝《十便十宜図》について説明しています。「何としても与謝蕪村について書きたかったのだろうな」と思いました。
◆ それぞれの話に、主題となる絵がある
本作は「鳴鶴」から「日隠れ」まで、八つの話で構成されていますが、「鳴鶴」には《鳴鶴図》、「日隠れ」には《石灯籠図屏風》と、それぞれの話に主題となる絵があります。私は、ちくまプリマー新書「伊藤若冲」を時々眺めながら、読みました。特に「鳥獣楽土」は《樹花鳥獣図屏風》《鳥獣花木図屏風》の成立について小説らしい大胆な推理を加えています。読み応えがありました。
◆ 年末には、名古屋市博物館で「大雅と蕪村」が始まる(2021.12.4~2022.1.30)
展覧会のチラシを見ると、「若冲」で作者が取り上げた国宝《十便十宜図》(川端康成記念館蔵)が出品されるとのことです。楽しみですね。
Ron.
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