読書ノート 黒田 草臣 著『名匠と名品の陶芸史』「荒川豊蔵」編

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

講談社選書メチエ363 発行所 株式会社講談社 2006年6月10日発行

名古屋市美術館協力会「秋のツアー 2024」では岐阜県現代陶芸美術館『生誕130年 荒川豊蔵展』を見学するというので、SNSを検索して本書を見つけました。著者の黒田草臣氏は東京・渋谷の(株)「黒田陶芸」代表取締役。草臣氏の父親・黒田領治氏は「黒田陶芸」の創業者で、多くの陶芸家と交流がありました。本書は「この交流から得た秘話も盛り込み、名匠たちの思想と名品の作陶ぶりを追うことで、近代陶芸史を新たに語り直そうと試みたものである」(本書p.18、以下はページ数のみを記載)とのことです。

以下は、本書「第一章 荒川豊蔵」のうち「秘話」を中心に要約したものです。

志野はどこで焼かれたか

昭和5年(1930年)4月8日、名古屋を訪れた北大路魯山人(以下「魯山人」)と荒川豊蔵(以下「豊蔵」)は、名古屋の古美術商・横山守雄から名古屋の関谷家が所有する志野筒茶碗・銘「玉川」(現在は、徳川黎明会所蔵、URL: 竹の子文志野筒茶碗 歌銘 玉川 文化遺産オンライン (nii.ac.jp))を見せられた。(略)3年前、36箇所の瀬戸古窯址を徹底的に発掘したのに、志野陶片の一片すら見つけることができなかった魯山人は「瀬戸で焼かれたものだろうか」と半信半疑。豊蔵も茶碗の高台内に付着したハマコロ(窯詰の時に使う焼台)が赤い(瀬戸のハマコロなら白い)ことに疑問を持った。(略)その夜、豊蔵は大正14年(1925年)正月に美濃で青織部の陶片を拾ったことを思い出した。(p.22)

筍の破片

翌日、魯山人は鎌倉の星岡窯に戻るが、「志野は美濃で焼かれたもの」と思った豊蔵は、美濃で陶片を調査するため、休暇を取る。(略)豊蔵は従兄と友人の長男を伴って陶片を調査し、「玉川」に描かれた小さい方の筍と同じ図柄の陶片を発見。それは4月11日、豊蔵36歳の春であった。(p.22~24)

続々と出る古志野のかけら

数日後、豊蔵が持ち帰ったその陶片に魯山人は興奮した。(略)魯山人は計画的に発掘することにした。5月の下旬より豊蔵の案内で美濃に出向いて人を雇った。労賃として6円50銭を現金で支払って、ミカン箱32箱分を発掘した。(p.24~26)

コメント:ブログに添付の「瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感」には、魯山人が豊蔵に「美濃に行って古い釉薬でも探して来いと言ってやると、二、三日して(略)志野の破片を持って来た」と、書かれています。

パトロンからの援助

陶片発見後、大萱牟田洞に窯を完成させるまで、豊蔵は何度も何度も美濃と鎌倉を往復し、昭和7年(1932年)、志野を再現するために陶片を拾った岐阜県可児郡久々利村大萱牟田洞(URL:美濃桃山陶の聖地・可児 (minomomoyamato.jp))で独立することを決意した。(略)資金不足の豊蔵を救ったのは、日本文化を深く理解するスエーデン人のトルエドソン夫人である。運転資金100円を出してくれた。(p.29~30) 

コメント:豊蔵はトルエドソン夫人の帰国後、魯山人を通じて知った田邊加多丸からも資金の援助を受けています。気難しい魯山人ともウマが合っていたようですから、人柄がよかったのでしょうね。

半地下式穴窯築窯

 トルエドソン夫人の援助のもと、古窯址からヒントをえて、豊蔵は半地下式穴窯を築窯し、昭和8年(1933年)12月、初窯の窯焚をする。(略)この初窯は失敗し、翌年、その窯から40メートル北の小高い現在地に窯を築窯。試行錯誤を繰り返したが失敗。途絶えていた技術で、頼りは発掘した陶片と窯道具であった。窯の構造、燃料、窯道具などはすべて手探りであり、瀬戸黒だけはどうにかとれたが志野は焼けず、豊蔵の前途に暗い影が落ちてきた。試行錯誤を繰り返していた昭和11年(1936年)、作品を持って魯山人を訪ねた時、陶芸に専念することとなった魯山人(注)を1年間手伝った。(p.30)

注:魯山人は昭和11年に会員制料亭・星岡茶寮を追われ、星岡窯の看板を「魯山人陶芸研究所」に塗り替え、陶芸家として再起に踏み切った。(p.262~264)

コメント:豊蔵は昭和8年に独立した時に魯山人と縁を切ったわけではなく、その後も交流が続いていたということになりますね。

ジャージャー漏りの作品

資金難で困っていた豊蔵に新しい後援者が現われた。魯山人を通じて知った日本勧業銀行筆頭理事の田邊加多丸(たなべ かたまる)である。豊蔵は、美術に見識のある田邊に援助を依頼した。(略)田邊は、茶碗などの作品を各20口×20円で頒布し、毎回400円を資金提供することを豊蔵に提案し、頒布する作品の配達・集金は黒田領治に依頼した。黒田は「ジャージャー水漏れする」花入や茶碗など、頒布品の苦情処理にも対応。花入にはコールタールを流し込み、茶碗はお粥を何度も焚いて水漏れを止め、顧客に届けた。(略)黒田は、何度もボテ籠(竹で編んだ籠)を背負って大萱へ通い、その度に豊蔵の田舎家に泊まった。(p.31~32)

初個展

黒田は、豊蔵の初個展を大阪梅田の阪急百貨店で開催した。戦前に行われた唯一の個展である。阪急の社長は田邊の兄・小林一三であり、個展の会期は昭和16年(1941年)10月7日から12日と決まった。(略)しかし、準備不足のため、自信がもてる志野や瀬戸黒の作品はわずかしかない。急遽、個展の1ヵ月前から古巣の東山窯の素地に色絵、染付などの模様を入れて制作し、初日に作品を運び込んだ。(略)志野などはあまり売れなかった。阪急展の後、黒田は豊蔵の志野作品をボテ籠に詰めて日本橋三越に持ち込んだ。茶碗の売値は50円。委託販売なので三越に35円を納め、豊蔵に20円、桐箱屋に箱代8円を支払ったが、あまり売れなかった。千歳山の川喜田半泥子(注:陶芸家・実業家。政治家。東の魯山人、西の半泥子と称される)のところに、三輸休雪(注:陶芸家・後に萩焼の人間国宝)、金重陶陽(注:陶芸家・後に備前焼の人間国宝)とともに集まり、4人で『からひね会』を結成したのはこの頃(昭和17年)である。(p.32~34)

コメント:大物の陶芸家と4人で『からひね会』結成というのも、豊蔵の人柄ゆえでしょう。

大萱での作陶

素焼はせず、たっぷりと鬼板(鬼瓦に似た板状の褐鉄鉱)を含ませて骨太な絵を描く。志野釉は結晶化して透明性を失うので細かな絵は適さず、単純で素朴な絵が似合う。(略)古窯址を参考にして傾斜15度の穴窯を設計した。秋から冬にかけて大萱の谷から吹き上げる北西の季節風を利用する焚口は手前の一箇所で、赤松を700~800束使い、1150度で瀬戸黒を引き出し、その後、1250度まで上げる。焼成時間は三昼夜から四昼夜かけた。(p.34~35)

静かな大往生

第1回の重要無形文化財(人間国宝)に認定(注)された昭和30年(1955年)、戦後はじめての個展を三越で開催。昭和39年の「大萱築窯30周年記念展」には昭和18年に制作した志野茶碗など代表作30点、新作50点を展示した。(略)桃山時代の黄瀬戸は灰が掛らないように匣鉢(さや:焼成の際に製品の保護と窯内部に効率よく積み上げるために使う耐火容器)に入れられているものが多いが、豊蔵は匣鉢に入れずに、焼成した。力強い轆轤と箆捌(へらさば)きが見事な竹花入や砧(きぬた)花入は、火前の荒い炎のために割れや歪みを生じた荒々しいものもあり、桃山時代の黄瀬戸に比べ、極めて挑戦的なものとなった。(略)筍の陶片を発見してから55年後の昭和60年8月11日午後2時10分、多治見市の安藤病院で老衰による急性肺炎のため天寿をまっとうした。享年91歳であった。(p.36~38)

注:同年、魯山人は文化財保護委員会から「織部焼」の重要文化財保持者(いわゆる人間国宝)の認定を打診されたが、生涯無冠を貫いた魯山人はこれを断り、翌年も拒否した。(p.267)

コメント:『生誕130年 荒川豊蔵展』には、火割れした黄瀬戸の花入も出品されるようです。

緑に随う

昭和39年夏、豊蔵の信念でもある「縁に随(したが)う」にあやかり、随縁碑という記念の石碑を据えた。13歳で嫁いできた糟糠(そうこう)の妻・志づ に志野符絵茶碗・銘「随縁」(美濃焼 《志野筍絵筒茶碗 銘隨縁》 – 荒川豊蔵 (1894-1985) — Google Arts & Culture)を贈った。昭和5年に見た銘「玉川」よりやや大きめの筒茶碗で、土見せと高台がある。(p.38)

◆北大路魯山人が書いた志野・瀬戸黒・織部の論考(青空文庫)

 豊蔵の志野陶片発見には北大路魯山人が深く関わっており、魯山人も志野・瀬戸黒・織部に関心を寄せていたことから、魯山人が書いた論考もご紹介します。

☆志野焼の価値  北大路魯山人 (昭和5年)URL: 北大路魯山人 志野焼の価値 (aozora.gr.jp)

☆織部という陶器 北大路魯山人 (昭和6年)URL: 北大路魯山人 織部という陶器 (aozora.gr.jp)

☆瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感 北大路魯山人 (昭和8年)URL: 瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感 – 北大路魯山人 | 青空書院 (aozorashoin.com)

☆瀬戸黒の話   北大路魯山人 (昭和28年)URL: 北大路魯山人 瀬戸黒の話 (aozora.gr.jp)

    Ron.

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