展覧会見てある記 豊田市美術館「エッシャー 不思議のヒミツ」  

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

 2024.07.24 投稿

豊田市美術館(以下「豊田市美」)で開催中の「エッシャー 不思議のヒミツ」(以下「本展」)に行ってきました。以下は本展のレボートと感想です。

◆本展の会場構成

 本展の会場は1階の展示室6~8。受付で観覧券を受け取ると、展示室8に案内されます。

〇1章 デビューとイタリア Debut and Italy

1章の展示は、初期の作品とイタリア滞在時に制作した作品です。エッシャーは「だまし絵のグラフィックデザイナー」と思っていたのですが、1章の作品を見て「エッシャーはすぐれた技量の版画家だ!」と強く感じました。当たりすぎる感想ですね。

1章前半=初期の作品のうち《イースターの花》(1921)の連作は、精細な図柄を彫った、白と黒のコントラストが鮮やかな木版画です。ただ、120mm×90mmという小さな画面(ハガキは148mm×100mm)なので、近づかないと細かいところまではよく見えません。《エンブレマータ》(1931)の連作になると、少し大きく(180mm×140mm)なります。

1章後半=イタリア滞在中に制作した作品は、明るい部分と暗い部分のコントラストをうまく使った大判の風景画です。《サン・ミケーレ・デイ・フリゾーニ聖堂(ローマ)》(1932)は、近景のサン・ミケーレ・デイ・フリゾーニ聖堂を多くの線を使って黒く描き、遠景のサン・ピエトロ大聖堂を細い線を使って白く描いています。このように彫り方を変えることで、遠近感が際立っています。435mm×491mmというA2(420mm×594mm)に近い画面なので、遠くの小さな建物もはっきり見えます。風光明媚な村を描いた《スカンノの街路、アプルッツィ地方》(1930)も近景の黒い人物から遠景の山頂までの黒から白までの階調描き分けにより、奥行きと遠近感を強く感じる作品です。少し大きな画面(627mm×431mm)で、見応えがあります。

〇2章 テセレーション(敷き詰め)Tessellations

「エッシャー」と聞いて思い浮かべるのは、2章以降の作品です。2章のタイトル「テセレーション」は、幾何学においては「タイル張り」(出典:タイル張り – Wikipedia)とも呼ぶようです。

《平面の正則分割1》(1957)は、画面を分割して1~12の番号を付け番号順に、①分割されていない平面、②平行四辺形に分割、③市松模様の平面へと変化し、最後の⑫では白いトビウオと黒い鳥を敷き詰めた画面になっています。番号順に眺めると、変化が面白くて見飽きません。《平面の正則分割Ⅵ》(1957)では、画面の一番上は1匹のトカゲですが、画面下に向かうに従って、同じ形を繰り返しつつ、次第に縮小し、数を増やしながら、最後は小さな黒と白の三角形の組み合わせになります。

《太陽と月》(1948)は、貼り付ける絵が違う作品で、おまけに多色刷りという作品でした。《蛇》(1969)は、エッシャー最後の作品で、最も完成度が高いそうです。

〇3章 メタモルフォーゼ(変容)metamorphosis

《昼と夜》(1938)は、昼の景色と夜の景色を一つの画面に描き、しかも昼から夜へ、夜から昼への変化も描いた有名な作品です。会場には、細部までよく観察できるように、大きく引き延ばした画像を展示しています。大画面だと少し離れ、時間をかけてじっくり眺めることが出来るので、良いですね。

〇4章 空間の構造 The structure of space

一番目を引いたのは《写像球体を持つ手》(1935)。左手で支えた球体の中に、エッシャーを取り巻く世界が全て写っているという不思議な作品です。入場者がこの作品の中に没入した写真を撮影できるコーナーもありました。表と裏が繋がっている世界を描いた《メビウスの輪Ⅱ(1963)》も面白い作品です。

〇5章 幾何学的なパラドックス(逆説)Geometric paradoxes

平面的な袖から陰影を施した立体的な手首が出てきて、平明的な袖を描くという《描く手》(1948)は、いわゆる「だまし絵」です。4章を象徴する作品だと思いました。我々が絵を見ると、陰影の付け方や大きさの違い、色彩の濃淡から、明るい方が上で暗い方が下、大きなものは近い、小さなものは遠い、濃い方が近く、淡い方が遠い、などと無意識に判断して頭の中で立体像を作り上げます。陰影を施した手首は「立体」と判断できますが、輪郭線だけで描いた袖はペチャンコです。このような人間の認識の「癖」を逆手にとって、不思議な世界を描くのが「だまし絵」です。そして、私たちは「だまし絵」にだまされることが大好きです。

 《物見の塔》(1958)に描かれた三階建ての塔は、一見すると不思議な要素はありません。しかし、よく見ると平行になっていると思われた二階と三階は90度ねじれています。二階と三階をつなぐ柱も変です。三階手前側の角(かど)に繋がっていた柱は、二階になると奥の角(かど)に繋がり、柱は斜めになっています。《物見の塔》は大きく引き延ばした画像も展示されています。大画面だとねじれ具合がよく分かります。《滝》(1961)は、本展の垂れ幕に使われていました。

・蓮實重彦『伯爵夫人』にも登場するドロステ社のココア缶(1904年デザイン)

 5章ではエッシャーがデザインしたドロステ社のココア缶も展示。それは、2016年に第29回三島由紀夫賞を受賞した蓮實重彦『伯爵夫人』の中に出て来たココア缶でした。

〈(略)伯爵夫人が語り始めたのは、和蘭陀(オランダ)製のココアの話だった。(略)あの缶に謎めいた微笑を浮かべてこちらを見ているコルネット姿の尼僧が描かれていますが、誰もが知っているように、その尼僧が手にしている盆の上のココア缶にも同じ角張った白いコルネット姿の尼僧が描かれているので、この図柄はひとまわりずつ小さくなりながらどこまでも切れ目なく続くかと思われがちです。(略)〉(出典:『伯爵夫人』蓮實重彦 新潮文庫 平成31年1月1日発行 p.83)

 小説では、切れ目なく続く無限連鎖は尼僧の視線が断ちきっている、尼僧が見つめているのは戦争以外の何ものでもない、と伯爵夫人が語る場面が続きます。そして、ココア缶はその後、何度も登場。なお、『伯爵夫人』は周りに人がいない所で、こっそりとお読みください。

〇6章 依頼を受けて制作した作品

6章では、依頼を受けて制作した蔵書票、グリーティングカード、切手などを展示しています。

◆展示室6、7

 展示室6は「鏡の迷路」を展示。小さな部屋ですが、中に入ると、かなり戸惑いました。どちらに進んだらよいか、すぐには判断できないのです。

展示室7では、床と垂直に立っているつもりなのに倒れそうになり、人の身長が違って見える「相対的な部屋?」(別の名前かも)を展示しています。

展示室6、7は、いずれも遊園地のアトラクションのような仕掛けで、とても楽しめます。子どもの入場者が多いと、長い行列ができるかもしれませんね。

◆展示室5(2階、コレクション展)

 コレクション展を開催している2階・展示室5でもエッシャー《方形の極限》(1964)と「《方形の極限》の版木(1956)」を展示しています。テセレーション(敷き詰め)の作品で、同じパターンが4回繰り返されるため、版木は作品を四つに割った三角形。赤色印刷用・黒色印刷用の2種を展示しています。版木も展示しているので、本展が「面白い」と思ったら、コレクション展も併せて見ると良いでしょう。

◆最後に

 当日は平日の午前中でしたが「入場者が多い」と感じました。本展の2章以降は「タイルの敷き詰め」や「だまし絵」のような作品が並ぶので「肩の力を抜いて楽しめのではないか」と期待して来場する人が多いのでしょう。作品を鑑賞する以外に、「試してみましょう」という質問に答えることで「人間の認識の癖」を知ることが出来る体験型のパネルで遊ぶこともできます。とはいえ、一番の収穫は、1章の展示で「すぐれた技量の版画家・エッシャー」を知ることができたことです。

Ron

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