映画「アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家」(2023年制作 ドイツ映画)

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

2025.06.24 投稿

伏見ミリオン座で上映中の映画「アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家」(以下「映画」)を見てきました。映画は、戦後ドイツを代表する芸術家であり、ドイツの暗黒の歴史を主題とする作品で知られたアンゼルム・キーファー(Anselm Kiefer)の生涯と現在の状況を追った、ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督のドキュメンタリーです。名古屋市美術館の常設展にアンゼルム・キーファー《シベリアの王女》(1988)が展示されていますが、最近まで作家に対して興味は湧きませんでした。しかし、「2025年3月下旬から6月下旬まで、世界遺産・二条城でアンゼルム・キーファーの個展が開催される」というニュース(注1)を目にしたり、東京で開催中の個展の展覧会評(注2)を読んで、キーファーに対する興味が湧き、伏見ミリオン座まで足を運ぶことにしました。

なお、以下の内容はネタバレを含みますので、ご注意ください。

注1:アンゼルム・キーファーの大規模個展、二条城で開催へ|美術手帖 (bijutsutecho.com)

注2:ガラス箱の中の小宇宙と性。アンゼルム・キーファー「Opus Magnum」展(ファーガス・マカフリー 東京)レビュー(評:香川檀)|Tokyo Art Beat

◆映画の内容

① 導入部

最初に登場するのは、顔のない女性像です。近代的な純白のドレスを固めて立体的にした作品で、映画では「古代の女性」と説明していました。やがて女性像は2体に増えます。ひとつは天球儀の顔を、ひとつは白い塔の模型の顔を持っていました。その後、温室のような建物の中に無数の女性像が登場します。ネットを検索すると、この女性像はアンゼルム・キーファー大規模個展のレポート(注3)に登場していました。

注3:アンゼルム・キーファーの大規模個展「Fallen Angels」がフィレンツェのストロッツィ宮で開催中。出展作品と見どころを現地レポート!|Tokyo Art Beat

② キーファーの巨大なアトリエ(フランス・バルジャック)と現在のキーファーの姿

 映画は、巨大な工場のようなアトリエの中を自転車で移動するキーファーや巨大な作品を運ぶキーファーの姿に切り替わります。

③ 自伝的な再現映像

写っているのは《悪い子たちの部屋》を描いている子ども。映画の予告記事(注4)によれば、子役は監督ヴィム・ヴェンダースの孫甥(兄弟姉妹の孫)アントン・ヴェダース(Anton Wenders)とのことです。

注4:ヴィム・ヴェンダースが映すドキュメンタリー映画『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』 – ファッションプレス (fashion-press.net)

④ P.CとM.H

 P.Cは両親をホロコーストで亡くし、自身も収容所から奇跡的に助け出された詩人パウル・ツェラン(Paul Celan)を指し、M.Hはドイツの著名な哲学者マルティン・ハイデガー(Maltin Heidegger)を指します。映画では、ハイデガーの脳が毒キノコによる癌に侵されて崩れ去る動画が流れます。1967年7月25日、パウル・ツェランは哲学者に会いに行きますが「哲学者は過去に口を閉ざした」とナレーションが入りました。

⑤ 現在のキーファーの制作風景

 映画には藁を燃やすキーファーが登場。ぼろ布と藁にアルコールをかけ、バーナーで燃やしてから水をかけるという姿や、巨大な油絵の具を塗る姿もあります。

⑥ 青年期のキーファーの再現映像

 再現映像に登場するのはキーファーの息子、ダニエル・キーファー(Daniel Kiefer)です。パノラマカメラ(違っているかもしれませんが、画面サイズが6cm×12cmのLinhof Technorama 612PCⅡと思われます)で枯れた向日葵を撮影するキーファーが写ります。キーファーはアトリエに戻り、巨大なキャンバスに向日葵の写真を投影して、作品を制作。

⑦ ヨーゼフ・ボイスの特別クラスを受講する青年・キーファー

 キーファーはヨーゼフ・ボイスに手紙を出し、フォルクスワーゲンに荷物を積み込んでデュッセルドルフに向かいます。当時の動画が流れ、キーファーがヨーゼフ・ボイスの特別クラスに招かれたことが分かりました。

⑧ 「ネオ・ファシスト」と非難されるキーファー

 青年期のキーファーは、ナチスが崇拝した人物の肖像画をビエンナーレに出品。この作品によって、キーファーが「ネオ・ファシスト」として非難される騒動が発生。キーファーは、自分が描いたヘルダーリンについて「彼の祖国はギリシア。ナチスはヘルダーリンを悪用しただけ。私は、反ファシスト」と反論します。

⑨ ナチス式の敬礼をした自分の姿を撮影

1968年から1969年にかけて、キーファーは世界各地の有名なスポットを背景にナチス式敬礼をしている自身の姿を写真に収め、物議を醸します。キーファーは「過去を思い出すためにナチス式敬礼の写真を撮影した。ナチス式敬礼をしていた時代を忘れないために写真を撮影しただけだ」と反論します。

⑩ 1992年、キーファーは南仏・バルジャックにアトリエを移す

バルジャックのアトリエの広大な敷地と、巨大な工場のようなアトリエを始めとする、多くの建物が映し出されます。以下、様々な映像が出てくるので、波乗りを楽しむように見ていました。なかでも目を引いたのはベッドが並んだ「革命の女たち」(注5)と、錆びた飛行機、錆びた潜水艦が写る場面でした。

注5:革命の女たち / アンゼルム・キーファー (セゾン現代美術館) | リセットする / To Reset (placestoreset.com)

⑪ ヴェネツィアの宮殿を歩くキーファー

映画が終わる少し前に、ヴェネツィアの宮殿の回廊を歩くキーファーと縄梯子から降りて来る少年のキーファーが登場します。どうやら、2022年にヴェネツィアのドゥカーレ宮殿で開催した個展の会場で撮影した画像のようです。天井は宮殿のままですが壁面はキーファーの巨大な作品で覆われていました。2025年に二条城で開催される展覧会がどんな内容になるのかな、と思いを巡らしながら、この場面を見ていました。

⑫ 映画の終結部

映画の終結部で印象に残ったのは、第二次世界大戦後の瓦礫(がれき)の中で遊ぶ子どもたち、枯れた向日葵を天秤の代わりに持って綱渡りをするキーファー、10歳のキーファーと現在のキーファーが並んで森の中を歩く姿、導入部に登場した女性像、金属の翼を持った彫像でした。なお、「金属翼を持った彫像」など、ブログで紹介した内容の一部は、映画の公式HP(注6)で閲覧できます。

注6:映画『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』公式HP (unpfilm.com)

Ron.

映画評を読む「ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー」Tokyo Art Beat

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

2024.06.27 投稿

◆記事との出会い

6月26日にスマホを見ていたら、「ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー」という記事が出てきました。伏見リオン座で上映中の映画「アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家」関連の記事で、公開日は6月20日でした。なお、記事のURLは、次のとおりです。

URL: ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー。アンゼルム・キーファーに迫るドキュメンタリー映画『アンゼルム』に込められた女性観や制作意図を聞く|Tokyo Art Beat

◆アンゼルム・キーファーのアトリエ、敷地は何と35ha

「映画は見たし、ブログも書いたし」と思いながら記事を読んでいたら、次の文章に引き付けられました。それは、ヴィム・ヴェンダース監督が語った「映画製作の転機」です。

転機は2019年。キーファーから電話を受けたヴェンダースは、キーファーが居を構えていたフランスのバルジャック村へと向かった。そこには35haに及ぶ広大な土地にキーファーのアトリエがあり、「その風景とともにある彼の作品群を見て、いまなら映画が作れると思いました」(ヴェンダース)

35haといえば、熱田神宮(19ha)の1.8倍、名城公園(80ha)の半分弱(44%)。映画では敷地の広さに圧倒されましたが、35haなら納得です。

◆映画に出て来る女性像に関するやりとりも

記事では、Tokyo Art Beat のインタビューアー・福島夏子氏と監督が次のようなやりとりをしています。

Q:本作はバルジャック村に佇(たたず)む、キーファー作の女性を模(かたど)った立体作品《古代の女性》を映したシーンから始まります。女性の身体とその不在を扱った本作から、この映画を始めた理由はなんでしょうか? これ以降も、同じく女性をモチーフにした作品《革命の女たち》への言及もあります。(略)

A:アンゼルムの作品のなかに、女性という存在が強くあるからです。南仏のバルジャックにいると、森の中や彼が屋外に作り上げたギャラリーなど、至る所にその存在を感じます。(略)彼女たちはこの映画のなかでつねに存在しているし、最後にはもう一度登場することからもわかる通り、私にとって彼女たちは仲間であり、ある種の協働者です。私は彼女たちに声を与えていたのだと思っています。(略)作中で彼女たちが発する言葉がはっきりと聞こえることはほとんどないですが(略)彼女たちのささやきがこの映画に女性の美しい存在を加えていると感じています。

 映画では顔のない女性像=《古代の女性》がとても印象的でしたが、福島夏子氏も同じ思いだったと分かりました。彼女は《革命の女たち》にも目を引かれたようですね。

 記事は「2025年春には京都・二条城での新作個展が予定されている」とも書いています。2025年春の展覧会が楽しみですね。

Ron.

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