展覧会見てある記 豊橋市美術博物館「2022 コレクション展」

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「中村正義《男女》がビール名とラベルになった」という新聞記事で中村正義の作品が見たくなり、設備改修工事に伴う長期休館(2022年6月~2023年9月)直前の豊橋市美術博物館に出かけました。開催していたのは、1階コレクション展示「わが街・豊橋」と2階コレクション展示。簡単にレポートします。

◆「わが街・豊橋」(1階 特別展示室)

 展示のテーマは「豊橋の情景を題材にした作品によって、豊橋の魅力をあらためて見出す」というもので、最初の作品は中村正義《夕陽》(1949年制作、豊橋市民病院蔵・豊橋市美術博物館寄託)。「豊川沿いに海の方へ下っていった所を描いている」という説明が付いています。田んぼの向こうに松林と沈む太陽を描いた大きな作品(131㎝×259㎝)で、しばらくの間、見入ってしまいました。

大塚信一著『中村正義の世界』集英社新書ヴィジュアル版は〈1945年、太平洋戦争敗戦。6月19日の空襲で家を失ったので、豊橋郊外の牛川町に仮住まいする。正義は、松葉町の焼け跡に一間のバラックを建て、そこに牛川から通って絵を描いた〉(p.13)。〈1949年(略)10月、第五回日展に《夕陽》が入選、特選候補となる〉(p.16)と書いています。

星野眞吾《守下風景》(1945年制作)には「とよ橋のたもと」から見た風景という説明が付いています。豊橋市のランドマーク、先が丸まった円錐形の石巻山に目が留まります。現在の地図に「守下」という地名は見当たりませんが、豊橋(とよばし)の南に「守下交差点」があります。

平川敏夫《跨線橋の見える風景》(1951年制作)はアーチ橋がアクセントになっています。豊橋駅南の花田跨線橋の見える風景と思われますが、跨線橋は平成2年に更新され、アーチ橋ではなくなりました。

伊東隆雄《冬の日》(1955年制作)は、豊橋駅北の城海津跨線橋を描いた作品。跨線橋は目立つので、記憶に残るのでしょう。このほか、吉田城、向山大池、天伯原、三河湾などを描いた作品が並んでいました。

◆2階コレクション展示

○ 小企画展 豊橋ハリストス正教会(第2室)

 「ハリストス」は「キリスト」のことで、ハリストス正教会はキリスト教会の一派。聖堂の保存修理工事に伴い、ロシアイコンや山下りん(日本最初のイコン画家)の描いたイコンが紹介されていました。

展示室を入った正面には《主サワオワ(全能の神)》、向かって右に《神使長ガヴリイル》左に《神使長ミハイル》が並んでいます。ロシアイコン《ゲフシマニア(ゲッセマイネ)の祈り》と明治後期に山下りんが描いた同名の作品が並んでいますが、ほぼ同一の絵柄です。「イコンは、個性的表現を封印して、お手本どおりに描かなければならないのだな」と、強く感じました。

○ 花 (第3室:陶磁・歴史資料)

 菊の花と葉を組み合わせた永楽即全《交趾写菊花皿》(昭和戦後)を始め、花をモチーフにした陶磁器が多数並んでいますが、木蓮・牡丹・芙蓉などを描いた渡辺小華《渉園九友図》(1874年制作)や夜桜を観る女性を描いた森田曠平《平野観桜》(昭和戦後)等、絵画もありました。

○ あの絵に逢いたい~眠りにつく前に(第4室:美術資料)

 2020年に名古屋市美術館で開催された「岸田劉生展」で見た岸田劉生《高須光治君之肖像》(1915年制作)に逢うことができました。三岸節子《室内》(1943年制作)は花の絵。4月2日のミニツアーで見たものではありませんが、三岸節子の作品に再び逢うことができました。中村正義の作品は4点。1946年の第二回日展に初入選した《斜陽》(1946年頃制作)、《男と女》(1963年制作)等、いずれも2011年に名古屋市美術館で開催の「中村正義展」に出品されたものです。月の光に照らされて舞い飛ぶ蛾を描いた高畑郁子《惜陽》(2005年制作)は、以前コレクション展で見て「もう一度、逢いたい」と思っていた作品でした。

◆最後に

 コレクション展は入場無料。会期は、いずれも5月31日(火)まで。駐車場の料金は1回500円ですが、館内で駐車券処理機に通せば、入庫後3時間まで無料となります。

Ron.

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