◆ 河鍋暁斎ではなく、その娘「とよ」の人生を6つの短編で描く
本作は、直木三十五賞の受賞作品。作者は河鍋暁斎を「大好き」なのですが、主人公は暁斎ではなく、その娘「とよ(画号は暁翠)」。冒頭は、暁斎の葬儀の場面。強烈な個性を持つ異母兄・周三郎(画号は暁雲)に、とよが振り回される様が描かれます。
幕末から明治初期にかけて大活躍した暁斎。しかし、死後その作風は次第に時代遅れのものとみなされるようになっていきます。そんな風潮に反発し、絵師・暁翠として生活するとよですが、自分の画力が父はもとより兄にも遠く及ばないことに、絶えず思い悩みます。また、兄弟たちとの関係にも苦労します。
本作は、そんな暁翠=とよが、明治・大正という二つの時代を通して、自分の役割を見出すまでを、年代別の6つの短編で描いています。
◆ 明治・大正の日本史・日本美術史も描く
「とよの一代記」というだけなら平板なお話になってしまうところですが、本作では戦争や震災などの時代背景もしっかり描き、話に厚みを持たせています。特に、日本美術史については、寺崎広業、橋本雅邦、栗原あや子(玉葉)、北村直次郎(四海)などが次々に登場するので、飽きることがありません。竹久夢二の恋人として有名な笠井彦乃も、ほんの一瞬ですが登場します。作者が厖大な資料を読み込みながら、「この画家を、どうやってストーリーに絡ませようか」と構想を練っていた様子が目に浮かびますね。
◆ 陰の主人公は、「写真大尽」鹿島清兵衛?
数ある登場人物の中でも、特に目を引いたのが「写真大尽」として有名な、鹿島清兵衛です。冒頭の葬儀の場面では、多額の香典を出すだけでなく、葬儀を取り仕切り、残されたとよたちに住まいを提供する、という献身ぶりが描かれます。清兵衛の愛人・ぽん太がとよの家に乗り込んでくる場面にも引き込まれます。最後の短編で、とよが自分の役割を自覚する場面にも清兵衛が登場します。
清兵衛は、森鴎外が「百物語」という短編に登場(飾磨屋勝兵衛=鹿島清兵衛、太郎=ぽん太)させたほどの有名人。ネットで検索すると清兵衛は男前で、ぽん太は超美人。とよの陰に隠れてはいますが、本作は鹿島清兵衛のお話でもある、と思いました。
◆ 小説が終わった所から、河鍋暁斎の話が始まる
ネタバレになってしまいますが、本作は河鍋暁斎の伝記を書くために村松梢風という作家が取材に来て、とよが父の生涯について語り始めるという場面で終わります。
最初に読んだ時は「えっ、これで終わり?オチになってないじゃない」と思ったのですが、読み返してみて「ここから、河鍋暁斎の物語が始まる」と思い直しました。
実は、本作に影響を受けて、河鍋暁斎関係の本を買ってしまったのです。
Ron.
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