読書ノート  山口  桂(やまぐち かつら)著  「若冲のひみつ」

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

今回ご紹介するのは「若冲のひみつ」(以下「本書」)。副題は「奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」です。著者の山口桂氏はクリスティーズジャパンの代表。出光美術館が2019年にプライス・コレクション190点を収蔵した際、仲介された方です。なお「奇想の絵師」は、辻惟雄著『奇想の系譜』が取り上げた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長澤蘆雪、歌川国芳の六人を指します。

第一章 若冲の魅力

若冲の魅力は皆さまご存知の通りですが、本書では著者の職業に深く関係する、若冲作品の市場価格や作品の真贋判定にも触れており、それが類似書にはない特色となっています。

市場価格については〈2005年に出品された絹本著色の掛軸《双鶴図》の落札価格は4万2000ドル(略)現在の相場は絹本著色の掛軸なら200万ドル、墨絵は8万~10万ドルというところでしょうか〉(本書p.21)と書いています。2005年には500万円ほどだったものが、現在の相場は2億円ほどになっているのですね。

また、作品の真贋については〈確実に本人の筆と言い切れるものはいいとして、誰々の作と伝えられている「伝誰々」、あるいは「誰々の工房の作品」、さらには明らかな偽物が含まれている場合もあり、見極めが難しいことも多い〉(本書p.23)と、見極めの難しさを率直に書いています。

第二章 海外マーケットでの日本美術

商品としての日本美術については、はっきりと〈世界のアートマーケットにおいて、日本美術の占める割合はごく小さなものです〉(本書p.32)と書き、〈海外の著名な日本美術コレクターの多くが日本に来て収集を始めたのは、1970年代の高度成長期でした。(略)同じ流れで、韓国美術も1990年代前半まではパワーがありました。李朝の龍壺が7億円で売れる時代もありましたが、景気後退とともに中国に追い越されていきました。(略)現在は中国のほうがはるかにビジネスの芽がありますから、ビジネスパーソンは日本と韓国を素通りして中国に行ってしまいます〉(本書.33~34)と、日本から韓国、中国へとマーケットの中心が移動したことを書いています。

第三章 海外コレクターと奇想の作品

経営学者のピーター・ドラッカー博士など9人のコレクターを紹介し、主要作品や日本での展覧会開催状況にも触れています。なお、ピーター・ドラッカー博士のコレクションについては〈クリスティーズの仲介により日本の有名企業が購入しました。現在、全作品が千葉市美術館に寄託されています〉(本書p.56)と書いています。第四章で紹介されるプライス・コレクションの里帰り以前にも、里帰りがあったことを知りました。

第四章 プライス・コレクションが日本に里帰りするまで

本書で一番興味深い内容です。中でも読み応えがあったのが、若冲《鳥獣花木図屏風》の評価でした。〈この屏風には落款がなく、若冲の作品だという確たる証拠がありません〉(本書p.86)というのです。この点については、辻惟雄著・ちくまプリマ―新書「伊藤若冲」(p.217)でも触れています。ただ、第四章の内容はとても書き切れません。山口氏がどのようにしてプライス夫妻と知り合い、作品を評価し、美術館と交渉して作品の日本到着まで見届けたのかは、本書を手に取ってお読みください。第五章 私的「東西若冲番付」も同様です。

◎対談――若冲とは何者だったのか 

著者とロバート・キャンベル氏(日本文学研究者 国文学研究資料館長)との対談です。「奇想の絵師はなぜアメリカで人気があるのか」という点については、以下の発言が面白いと思いました。

p.130 キャンベル 二十世紀のアメリカの財産家の人たちが奇想の作品に目を向ける背景とか、理由はどういうふうに見ておられますか?

山口 一つは、ボストン美術館に蕭白のような奇想の作品が古くからあることです。それと、奇想の絵師たちの絵が、あるときマーケットで非常に安くなって、日本の美術史からも外れてしまったことです。(略)個性的で、しかもリーズナブル。最初の一歩としては非常に入りやすかったのではないか、ということが一つあります。(略)ボストン美術館の蕭白などの作品は、ご存知の通り、アーネスト・フェノロサやウィリアム・ビゲローが持ち帰った19世紀の終わりからありますが、個人の日本美術コレクターが現れるのは、だいたい1960年代の終わり頃からです。(略)有名なアメリカのコレクターは必ず若冲や蕭白、蘆雪を持っている。これはやはり、どこかアメリカ人の目に適ったということだと思うんです。(略)

最後に

 著者も対談相手のキャンベル氏も美術史家や学芸員ではありませんが、それぞれの立場で日本美術に深くかかわっています。美術史家や学芸員とは別の視点から書かれた本なので、新鮮な気持ちで読むことができました。ページ数が少ない割に値段が張りますが(税別920円)、「セカンド・オピニオン」としては役に立つと思います。そういえば今年、愛知県美術館で曾我蕭白の展覧会が開催(10.8~11.21)されますね。楽しみです。

   Ron.

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