「コートールド美術館展」ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

今回のミニツアーは愛知県美術館で開催中の「コートールド美術館展」(以下「本展」)で、参加者は39名。愛知芸術文化センター12階アートスペースAで担当学芸員の石崎尚さん(以下「石崎さん」)のレクチャーを聴いた後、自由鑑賞となりました。

1 石崎さんのレクチャー(10:00~10:30)

石崎さんは、午前11時から同じ会場で講演を予定していたため、ミニツアーのレクチャーは10時30分で終了。以下はレクチャーの概要で、(注)は私の補足です。

◆コートールド美術館について

コートールド美術館は、英国・ロンドンの中心部、テムズ川河畔近くにあります。クラシックな外観のサマセット・ハウスの中にある美術館で、現在は改修工事中。2021年3月にリニューアルオープンする予定なので、今、作品が日本に貸し出されコートールド美術館展が開催されています。

◆サミュエル・コートールドとは?

コートールド美術館を設立したサミュエル・コートールド(1876-1947)は絹織物業を営んでいました。そして、レーヨン(注:セルロースを溶解し、細孔から凝固液の中に引出して製造する再生繊維。人絹)の開発で莫大な資産を築きました。名前から推測されるように、コートールド一家はフランスの出身です。フランスでは銀製品を作っていた家系ですが、宗教の関係でイギリスに移住しました。彼らはプロテスタントの少数派・ユニテリアン(注:父なる神・神の子イエス・精霊の三つを一体とする三位一体論に反対し、神の単一性を主張。イエスの神性を否定する教派)でした。ユニテリアンは信者に社会貢献を勧めていたため、サミュエル・コートールドは美術で社会貢献をしました。一方、彼の妻・エリザベスは音楽が趣味で、労働者階級向けのコンサートを開催するなど、音楽で社会貢献をしました。本展では、ホロヴィッツが演奏した演奏会のプログラムを資料として出品しています。エリザベスは美術にも関心があり、初期のコレクションには彼女が収集したものが数多くあります。

◆美術に対するサミュエル・コートールドの貢献は二つ

美術に対するサミュエル・コートールドの貢献は、①自分のコレクションをコートールド美術研究所として提供しただけでなく、②国立美術館の委員を務め、国立美術館(注:以下「ナショナルギャラリー」)への購入資金提供もしました。当時、ナショナルギャラリー所蔵作品の購入は、国民の税金を使うということから、イギリス人作家の作品に限られていました。サミュエル・コートールドは「印象派を買わない手はない」と委員会で発言し、購入資金を寄付することにより作品の購入をサポートしました。ナショナルギャラリーが所蔵しているゴッホ《ひまわり》やスーラ《アニエールの水浴》は彼の資金で購入したものです。彼は、特にセザンヌの作品をプッシュしました。当時、フランス人画家の作品は認めても「セザンヌだけはダメ」という委員が多い状況でした。セザンヌの作品は完成した絵とは認められなかったのです。そのような中で「セザンヌは近代絵画の父」と主張したサミュエル・コートールドには、先見の明がありました。

◆作品購入の判断基準

サミュエル・コートールドは美術評論家・ロジャー・フライ(1866-1934)と親交がありました。ロジャー・フライは、日本でいえば白樺派に当たるブルームズベリー・グループに所属しており、「マネとポスト印象派展」を企画しています。

サミュエル・コートールドが美術品を買う時の判断基準は「生活する中で、じっくり見る。長く見続けられる作品だけを買う」というものでした。お試し期間は2・3カ月。長い時間をかけて気に入ったものだけを買うので、数は多くありませんが、質の高さは優れています。作品のサイズがそれほど大きくないのは、自宅に飾って楽しんでいたからです。彼の自宅は大英図書館の南のマーモント・ストリート(Marchmont Street)にあるホーム・ハウス(Home House)。日本でいえば銀座の高級マンションです。現在、ホームハウスは登録料25万円、初年度会費5万円の高級会員制クラブで、内装は建築家のザハ・ハディドが手がけています。

◆印象派が誕生した時代背景

印象派が誕生した時代背景は、①パリ大改造が生んだ「街の美しさ」を楽しむ、②鉄道によるリゾート地へのアクセス、③チューブ入り絵具による戸外での絵画制作、の三つです。

〇パリの大改造

大改造前のパリは、路地が狭くて太陽が当たらず、道路はゴミ捨て場のようで、コレラも流行する場所でした。大改造により道が広くなってパリの中心部から放射状に道が繋がり、ルーブル宮殿やオペラ座などの美しい建物が建てられ、街角にはカフェが誕生し、日常生活を楽しむ人々が増えました。

〇鉄道によるアクセス

馬車よりも安価な移動手段として、鉄道が登場。1850~60年代にパリからフランス各地に伸びた鉄道を使って、リゾート地で余暇を楽しむ人々が増え、画家たちもリゾート地で絵を描きました。

<主な作品とコメント>(注:作品名に続いて、石崎さんのコメントを記します)

ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィル》【コメント】近くに画家本人もいて、この絵を制作しています

カミーユ・ピサロ《ロードシップ・レーン駅、ダリッジ》【コメント】イギリスの鉄道を描いています(注:パリコミューンを避け、イギリスに疎開していた時の作品)

〇チューブ入り絵具の普及

1841年にアメリカ人画家ジョン・G・ランドが錫製の押し出しチューブを発明し、戸外での絵画制作が可能になりました。それまでは、画家自身が絵具を調合。豚の膀胱や注射器のようなシリンダーに入れて運んだので、戸外での絵画制作は簡単ではありませんでした。チューブ入り絵具の普及で、物の色が際立つ太陽光を活かした作品を、屋外で制作できるようになりました。

◆本展のみどころ

 本展のみどころは、次の三つです。

〇マネ《フォリー=ベルジェールのバー》を中部東海圏で初公開

〇ルノワール・セザンヌ・ゴーガンなど、巨匠たちの代表作が勢ぞろい

〇画家が語った言葉・時代背景が分かる=科学的な研究成果から作品を読み解く

◆別の「みどころ」も

 本展には、三つのみどころ以外の「みどころ」もあります

〇小品に注目

 小さな作品は見落としがちですが、面白いものがあります。

<主な作品とコメント>

 アンリ・ルソー《税関》【コメント】みどころは、描き分けられた緑です

エドゥアール・ヴュイヤール《屏風のある室内》【コメント】ジャポニスムの影響を受けた作品。外からの光と水平・垂直の構図に注目です

ジョルジュ・スーラ《舟を塗装する男》【コメント】船を塗っている姿が、スーラの自画像のように見えます。点描ではない、普通の絵です

〇彫刻に注目

 本展では絵画に目が行きがちですが、彫刻にも注目してください。紹介した作品は、いずれも片足を上げているもので、展示室の真ん中に配置しています。

<主な作品とコメント>

 エドガー・ドガ《右の足裏を見る踊り子》【コメント】ドガの死後、アトリエに残されていた彫刻の一つで、作家の死後に鋳造されたものです。ドガはモデルのポーズを様々な視点から眺めるために彫刻を制作しました

オーギュスト・ロダン《ニジンスキー》【コメント】モデルはロシア・バレエの名手。サミュエル・コートールドの前の所有者は元バレエダンサーでした

オーギュスト・ロダン《パ・ド・ドゥB》【コメント】パ・ド・ドゥは、二人のダンサーによる踊り。見る角度によっては一人に見えます

〇額縁に注目

 何気なく見ている額縁ですが、少し変わった額縁の作品もあります。

<主な作品とコメント>

ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー《少女と桜》【コメント】額縁には渦巻きのような模様があります

アンリ・ルソー《税関》【コメント】額縁には大・小の、ヒラヒラと舞っているような模様があります

ポール・ゴーガン《干し草》【コメント】額縁はシンプルな木工品です

2 自由鑑賞(10:30~ )

10階の展示室に入ると目に飛び込んできたのは、サミュエル・コートールドの自宅内部を撮影した、大きく引き伸ばされたモノクロ写真。豪華な室内に本展の出品作が飾られており、美術館で鑑賞するよりも遥かにゴージャスです。また、日曜日のお昼頃とあって、鑑賞に支障が出るほどではありませんでしたが、多くの人出がありました。

〇第1室

 クロード・モネ《アンティーブ》を始め、ジャポニスムの影響を受けたと思われる作品が飾られています。

〇第2室

主にセザンヌの部屋です。ポール・セザンヌ《カード遊びをする人々》について詳細な解説を書いたパネルが壁に貼られていました。セザンヌの手紙も出品されており、石崎さんが「画家が語った言葉・時代背景が分かる=科学的な研究成果から作品を読み解く」と言っていた通りです。

〇第3室

サミュエル・コートールドに関する資料を多数展示していました。コートールドの自宅の写真には、セザンヌ《パイプをくわえた男》、ロートレック《ジャヌ・アヴリル、ムーランルージュの入口にて》及びモディリアーニ《裸婦》が写っています。

〇第4室

主にルノワール、ピサロ、シスレーの部屋です。ルノワール《アンブローズ・ヴォラールの肖像》と《靴紐を結ぶ女》は、自宅の写真もありました。

〇第5室

劇場の桟敷席に関する資料が多数展示されていました。ルノワール《桟敷席》の解説パネルには、描かれた女性の名前はニニ・ロペスでお気に入りのモデル、と書いてありました。ロートレック《個室の中(「ラ・モール」にて)》には妖しげな女性が描かれています。解説には「高級娼婦」と書いてありました。

〇第6室

この部屋の主役は、何といってもマネ《フォリー=ベルジェールのバー》(以下「本画」と表記)です。解説パネルには、X線写真だけでなく《「フォリー=ベルジェールのバー」の習作》(以下「習作」と表記)の画像もありました。本画のバーメイドは正面向きで、衣装に白いレースや花飾りがありますが、習作の衣装は、ほぼ黒一色です。また、習作のバーメイドは正面向きではなく、画面に向かってやや右を向いています。本画では、鏡に写ったバーメイドの像は大きく右にずれていますが、習作ではバーメイドのすぐ近くです。バーカウンターの酒瓶についても、本画ではありえない位置に鏡像があり酒瓶の本数も違いますが、習作ではバーカウンターは鏡に写っていません。二階席周辺を見ると、本画では白いドレスの女性(解説は「マネのモデル・友人・恋人であったメリー・ローラントされる」と書いています)や空中ブランコの脚、左右に球形の照明がある等、にぎやかです。これに対し習作の二階席は、ほぼ黒一色、空中ブランコは無く、球形の照明は左側だけ。バーメイドの鏡像を右にずらしたり、二階席に白いドレスの女性を配したり、空中ブランコの脚や球形の照明を描いた本画の表現には、強さがありました。

〇第7室

主にスーラとゴーガンの部屋です。スーラは5点。うち、点描は《クールブヴォワの橋》と《グラヴリーヌの海辺》の2点でした。ゴーガンの《ネヴァーモア》の解説パネルにはX線写真も付いています。また、自宅の写真にはスーラ《クールブヴォワの橋》とゴーガン《テ・レオリア》が写っていました。

〇第8室

 主にモディリアーニ、ボナールと彫刻の部屋ですが、ゴーガン《干し草》も展示されています。解説には「形態と色彩を簡略化」と書いてありました。愛知県美術館コレクション展で展示中の熊谷守一の作品に通じるものを感じます。石崎さんが紹介してくれたヴュイヤール《屏風のある室内》も、この部屋に展示されています。普通の油絵とは違う艶消しの作品です。モディリアーニ《裸婦》にも、X線写真付の解説パネルがありました。

◆最後に

 最初は解説をじっくり読みながら鑑賞していたのですが、途中から疲れてきて拾い読みになりました。それでも時計を見ると午前11時45分。見ごたえのある展覧会ですよ。

                            Ron.

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