「エミール・ビュールレと大原孫三郎 東西の大コレクター」(後編)

カテゴリ:記念講演会 投稿者:editor

◆プレ印象派と印象派について
マネは印象派に近い部分と、古典派に近いものを併せ持つ画家です。人々の生活をしっとりと描きました。ドガは印象派の仲間とされていますが、馬、踊り子などを描き他の画家達とは路線が違います。
印象派が登場した19世紀は市民社会が中心となった時代です。市民を相手にするということから、展覧会が画家と市民をつなぐ場所になりました。展覧会は、画家にとっては「訴える場所」、市民にとっては「見に行く場所」でした。「サロン」は政府主催の展覧会で、毎年開催されました。画家がサロンに出品しても審査に通らなければ、つまり入選しなければ展示されない。現代も同じですが、入選しなければ画家の発表する場所はありません。
1860年代、マネ、ルノワール、ピサロはサロンに入選したことがあります。しかし、作品に自己主張が入ると落選が続きました。そこで1874年に、マネ、ルノワール、ピサロたちはサロンとは別の自分たちのグループ展・「画家・芸術家組合展覧会」を開催しました。ルアーブルの港の朝日の印象を描いたモネ《印象、日の出》は、この展覧会に出品されました。ジャーナリズムは、この展覧会の新聞評の中で《印象、日の出》を揶揄して「印象派」と命名しました。「印象派」は悪口のタネでした。
印象派による展覧会は全部で8回開催されましたが、第3回か第4回からは自ら「印象派」と名乗りました。ピサロ、モネ、ルノワールは主に風景を、ドガは馬、踊り子、動きのある人物を描いています。ドガは晩年、目が悪くなって踊り子の彫刻を制作しました。
・大原コレクションのドガは《赤い衣装をつけた三人の踊り子》
舞台に出る前の踊り子を描いた作品です。
◎カミーユ・ピサロ《ルーヴシエンヌの雪道》
ピサロは印象派グループの中で最年長の1930年生まれ。モネは1940年、ルノワールは1939年。印象派展全8回すべてに登場するのはピサロだけです。
この作品は雪の道、木の影を描いています。ピサロは水を描かない「大地の画家」と呼ばれます。題材は道、林、農家で、それに人の生活が加わります。その土地の人々の社会生活を描いた画家です。
・大原コレクションのピサロは《りんご採り》
 第8回目の印象派展に出品した作品で、上から見下ろした視線で描いています。
◎アルフレッド・シスレー《ブージヴァルの夏》
 シスレーは「空の画家」、大気・空気の画家です。《ブージヴァルの夏》は、空が画面を覆っている明るい風景を描いた作品です。
・大原コレクションのシスレーは《マルリーの通り》
 広い空、道、建物を描いた作品です。
◎クロード・モネ《ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑》
 モネは春先のヒナゲシを良く描いています。フランスで5月に咲くヒナゲシの風景は色彩豊かなものです。もともとフランスは色彩豊かな国ではないので、ヒナゲシが咲く季節は、その期間は短いものの、見事な風景となります。
与謝野晶子の短歌「ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟 (読み)アアサツキ フランスノノハ ヒノイロス キミモコクリコ ワレモコクリコ」は5月のヒナゲシ(Coquelicot) を歌ったものです。前年に渡欧した与謝野鉄幹の後から、シベリア鉄道を乗り継いでフランスに到着した晶子。彼女を夫・鉄幹がパリの駅で迎えてくれた時に詠んだ歌です。
(注:晶子は車窓から、モネのヒナゲシ畑のような風景を見ていたのでしょうね。ヒナゲシは虞美人草とも書きます。「虞美人草」は夏目漱石が職業作家として執筆した第1作の題名でもあります。美貌の女性、甲野藤尾さんが登場しますね。)
◎クロード・モネ《陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン》
 ロンドンシリーズの作品です。モネは、サヴォイ・ホテルから見えるテムズ川に架かる橋、ウォータールー橋とチャーリング・クロス橋を何枚も描いています。霧の中の風景です。
◎クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》
 庭の中の風景です。モネは後半生ジヴェルニーに住み敷地の中に池を作って睡蓮を植え、庭には花を植えています。池には日本風の太鼓橋を置き、睡蓮の絵をいっぱい描きました。
◎クロード・モネ《睡蓮の池、緑の反映》
 オランジュリー美術館の睡蓮の部屋には、どこまでも広がる睡蓮の壁画が展示されています。
・大原コレクションのモネは《積みわら》と《睡蓮》
 《積みわら》はポプラ並木と積みわら、母子を描いた作品。《睡蓮》は児島虎次郎がモネのところに行って(モネは1926年まで存命)入手した作品です。なかなか「うん」といってくれないところを粘って、手に入れました。《睡蓮》は上から眺め下ろした画面の作品です。これは日本独特の視点です。西洋の風景画は、空と大地を地平線が区切るという構図が一般的です。《睡蓮》には水平線がありませんが、水面に映った空が水平線を暗示させます。
◎ピエール=オーギュストスト・ルノワール《夏の帽子》、《泉》
 ルノワールは風景画では、南画風の知友会の風景を描いていますが、もっぱら女性像の画家として知られています。《夏の帽子》は金髪とブルネット、白の衣装と赤の衣装の対比が美しい作品です。《泉》は裸婦を描いた作品ですが、アングルにも《泉》という作品があります。どちらも西洋の伝統に従って、泉の精を擬人化した絵です。
・大原コレクションのルノワールは《泉による女》
 これは泉の水を受け止めている座った裸婦の像です。三好達治は「仏蘭西人の使う言葉では母の中に海がある、僕らの使う文字では海の中に母がいる」と書いています。フランス語の母はmère、海はmer。発音は同じですが、母の方が一文字多いので「母の中に海がある」のです。脱線しましたが、「水と女性には縁がある」ということです。
 この作品は、大原孫三郎が、安井曾太郎などを通して、直接にルノアールへ制作を頼んだ作品です。
(注:三好達治の詩の出典は、詩集「測量船」所収の散文詩「郷愁」です。全文は以下のとおり。中央公論新社「日本の詩歌22 三好達治」に収録されたものを記しました。
  郷  愁
 蝶のやうな私の郷愁!……。蝶はいくつか籬(まがき)を越え、午後の街角(まちかど)に海を見る……。私は壁に海を聴(き)く……。私は本を閉ぢる。私は壁に凭(もた)れる。隣の部屋で二時が打つ。「海、広い海よ! と私は紙にしたためる。――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」)         

◆ポスト印象派の画家について=セザンヌ・ゴッホ
◎ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》
 セザンヌは第1回目から第3回目まで印象派展に参加していましたが、次第に印象派から離れていきました。骨格のあるものを描く、つまり構築的な、物(山、建物など)がはっきりと分かる作品を描く画家です。
 《赤いチョッキの少年》はセザンヌの代表作です。彼は存在感を強く出そうとするので、動きのないポーズになります。モデルに向かって「絶対に動くな」と言ったのは有名な話です。この作品は赤、青、白のバランスが良くとれています。
 セザンヌは「20世紀芸術の父」と呼ばれます。彼の作風はやや新しいもので、ゴッホ、ゴーギャンとともに「ポスト印象派」に分類されます。
・大原コレクションのセザンヌは《風景》と《水浴》
 《風景》は周囲に塗り残しがあり、未完成の作品かもしれません。彼は作品を完成するのに時間がかかる人でした。それは、物の存在、画面の構築に苦労するからです。一つ一つの物を描くだけでなく、それを画面の中でどのように調和させるか考えながら描くので全体がまとまりにくいのです。そのため、しばしば四隅が塗り残されている作品を描いています。《風景》も四隅を塗り残した状態で画面全体のバランスをみて、「これで良し」としたのかもしれません。《水浴》は女性像のポーズの組み合わせを考えた作品です。
◎フィンセント・ファン・ゴッホ《日没を背に種まく人》と《二人の農婦》
 《日没を背に種まく人》はミレーの宗教的主題を引き継ぐ作品で、聖書に主題を取っています。ミレーと同様に「聖なるもの」を描きました。黄色い太陽は光背です。《二人の農婦》も同様に、宗教的主題の作品です。
・大原コレクションのゴッホ
 大原コレクションにもゴッホの作品は1点ありますが、真偽が怪しいのです。児島虎次郎による取集の後に購入したものです。ゴッホの作品には偽物が多いのです。

◆贋作について
 贋作、偽物という問題には微妙な事情があります。例えば、レンブラントは工房で作品を制作していたので、レンブラントの名前で仲間に描かせた作品や弟子に描かせた作品もあります。ルーベンスも同様で、大まかな構図はルーベンスが指導しているものの、工房で手分けして作品を制作しています。日本の俵屋宗達も工房で描いています。現代の作家は一人で最後まで仕上げることが普通ですが、工房で制作している作家の場合は、「贋作」と断定できない要素があります。
 アメリカのメトロポリタン美術館で「Rembrant or Not Rembrant」という展覧会を開催したことがあります。これは、全てメトロポリタン美術館の収蔵品で開催したからできたことです。偽物と言われる恐れのある展覧会に作品を貸す美術館はありません。

◆ポスト印象派の画家について(続き)=ゴーギャン
◎ポール・ゴーギャン《肘掛け椅子の上のひまわり》と《贈りもの》
 ゴーギャンはゴッホに誘われて、アルルでゴッホとの共同生活を送りますが破綻しました。ゴッホは「耳切り事件」を起こしています。
 ゴーギャンは晩年にひまわりを描いた作品を2点制作しています。ひまわりはゴッホの象徴でありゴッホへの思いを描いたものです。《肘掛け椅子の上のひまわり》の「肘掛け椅子」はアルルでゴッホが、ゴーギャンのために用意した肘掛け椅子の象徴です。ゴーギャンはその椅子に、ゴッホの象徴であるひまわりを載せて、この作品を描いています。
・大原コレクションのゴーギャンは《かぐわしき大地》
 ビュールレ・コレクションの《贈りもの》と同様にタヒチの女性を描いたものです。《かぐわしき大地》に描かれた裸婦は、旧約聖書に出て来る悪魔に誘惑されるイブを描いたものです。

◆ビュールレ・コレクションと大原コレクションの対比
◎アンリ・ド・トゥールズ=ロートレック《コンフェッティ》= ポスターの下絵
→大原コレクションのロートレックは《マルトX夫人 - ボルドー》=肖像画
◎ピエール・ボナール《室内》 →大原コレクションは《欄干の猫》
◎エドゥアール・ヴュイヤール《訪問者》《自画像》
 →大原コレクションは《薯をむくヴュイヤール夫人》
◎ポール・シニャック《ジュデッガ運河、ヴェネツィア、朝》
 →大原コレクションは《オーヴェルシーの運河》
◎アンリ・マティス《雪のサン=ミシェル橋、パリ》
 →大原コレクションは《画家の娘-マィティス嬢の肖像》
・大原コレクションのエドモン=フランソワ・アマン=ジャン《ヴェニスの祭》は大原別邸の装飾のため画家に直接注文した作品です。(注:本展にはアマン=ジャンの出品作品はありません)
◎モーリス・ド・ヴラマンク《ル・ペック近くのセーヌ川のはしけ》
 →大原コレクションは《サン・ドニ風景》
◎アンドレ・ドラン《室内の情景(テーブル)》
 →大原コレクションは《静物》と《イタリアの女》
◎ジョルジュ・ブラック《レスタックの港》《ヴァイオリニスト》
 →大原コレクションは《裸婦》
◎パブロ・ピカソ《イタリアの女》《花とレモンのある静物》
 →大原コレクションは《鳥篭》と《頭蓋骨のある風景》

◆大原美術館へのお誘い
 「至上の印象派展」は9月24日で終了しますが、大原コレクションは倉敷まで行けば、いつでも見ることができます。ぜひ、大原美術館にお出で下さい。
(注:主要作品の画像と解説だけなら大原美術館のHPで閲覧できます。)

◆最後に
 特別公演は、数多くの図版をスクリーンに映しながら2時間近く続きましたが、与謝野晶子の歌や三好達治の詩の紹介もあり、多岐にわたった内容で飽きることがありませんでした。
 高階秀爾さま、ありがとうございました。
Ron.

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