お知らせ

2020年4月15日

2020年協力会イベント情報

会員の皆様へ

新型コロナウイルスの影響で、誠に申し訳ありませんが、協力会の活動もしばらく休止させていただいています。

ミニツアー、ギャラリートークなどのイベントは、当面の開催は難しいと考えております。また、毎年6月に開催しております総会については、暫定的に役員会を総会に代えさせていただいております。

最新の情報につきましては随時ホームページにアップさせていただきますので、そちらをご確認ください。

皆さま方にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解のほど、お願いいたします。また、くれぐれも体調にはご留意ください。

ヨコトリ2020 プロット48を見て

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

プロット48の入口 デニス・タン《自転車ベルの件》2020年

 横浜美術館から歩いて10分くらいで、サテライト会場のプロット48につきます。不思議な形をした建物ですが、以前はアンパンマン・ミュージアムとして使われていたそうです。


この柵も作品 ジョイス・ホー《バランシング・アクトⅢ》2020年

 中庭には、ふしぎな位置に柵が斜めに配置されています。足の部分が弧になっていて、押すとロッキングチェアのようにゆらゆらと揺れます。


アンドレアス・グライナー《弦より古生物へ》2014年

 一番気に入ったのがこの作品です。ホールにピアノが置かれていて、最初は音の作品かと思いました。しかし、主役はベンチに並べられたプラタンクの中の夜光虫です。演奏時間になると、プラタンクをピアノの上に移動します。ピアノの演奏が始まると、弦の振動で夜光虫がほのかに光ります。目が暗さに慣れないと、わかりにくいかもしれません。


除菌セット

 体験型の作品が多いためか、会場のあちこちで、除菌セットを見かけました。また、フロアを移動すると、手の除菌を求められることもありました。入口付近にコインロッカーがあるので、手荷物は持たないほうが、何かと便利だと思います。

 あるギャラリーのスタッフに、ヨコトリ2020の印象を聞いてみたら、「大きな空」と答えた方がいました。その時は、意味が分からなかったのですが、横浜美術館、プロット48の周辺では、あちこちで建設工事が進行中です。おかげで、見上げる空は大きく開けています。当日は薄曇りでしたが、確かに印象的な「大きな空」でした。

杉山博之

ヨコトリ2020を見て

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

ヨコトリ2020 展示室入口

 「ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW 光の破片をつかまえる」を見ました。日時指定チケットの予約の他、展示作品を見るために個別の予約が必要なものもあり、全部の作品を見ることはできませんでしたが、楽しめました。


ニック・ケイブ《回転する森》2016年

 エントランスの作品はとても祝祭感にあふれていて、見ていると楽しい気持ちになります。あちこちで来場者の方が記念撮影をしていて、時折、笑い声が聞こえます。エントランスにいた時は気がつきませんでしたが、床はミラー仕様になっています。


エヴァ・ファブレガス《ポンピング》2019年

 とても長い、まるでベンチのような作品です。柔らかくて、座るとふわふわしています。作品に座るのは、女性が多く、男性は周りから眺めるか、付近の休憩コーナーのベンチから眺めている方が多かったです。男性からすると、その色遣いが苦手なのかもしれません。


ヴェンザ・クリスト《未知の進化 Ⅶ》2018年

 音の作品で、フレームにはスピーカーがいくつもついています。他の展示室の作品とは、かなり雰囲気が異なっていて、SFに出てくる未知の装置のような印象です。照明の影響かもしれませんが、落ち着いて聞いていられない、不安な気持ちを刺激される作品です。


岩井優 パフォーマンス

 展示室を移動中、たまたま岩井優のパフォーマンスに遭遇しました。前触れもなく登場し、静かに床掃除をしながら回廊を移動していきました。被り物以外は、ごく普通の格好で、あっけにとられている間の出来事でした。


トリエンナーレの次の展示は「トライアローグ」

 横浜美術館は2021年3月から、大規模な改修工事が始まります。リニューアルオープンは、2023年度中なので、かなり長い休館です。

 今のトリエンナーレの後は、横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の20世紀西洋美術コレクションによる「トライアローグ」展(2020年11月14日から2021年2月28日)が始まります。新型コロナの影響が沈静化していれば、長期休館前に、もう一度、訪問したいと思います。

杉山博之

銀座番外編(奥野ビル)

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor
奥野ビル外観

 日本国内で美術画廊、ギャラリーが多く集まっている地域といえば銀座界隈を連想する方が多いと思います。その銀座の中でも特に密度が高いのが奥野ビルです。

京橋駅からほど近い路地にあるレトロビルの中におよそ20軒のギャラリーとアンティークショップが集まっています。

エレベーター

立地の良さもあり、2年先まで予約が埋まっているギャラリーもあるそうです。建設されたのは1932年で、民間の建物としては日本初のエレベーター付きビルでした。驚くことに、そのエレベーター(手動で扉を開閉)は今でも現役で使われています。

 アーティゾン美術館や三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリーのついでに、寄り道はいかがでしょう。

杉山博之

鴻池朋子 ちゅうがえり展

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

リニューアルしたアーティゾン美術館で「鴻池朋子 ちゅうがえり」展を見ました。

美術館入口

知人の間で、滑り台のある大掛かりなインスタレーションが話題になっていて、機会があれば見たいと思っていた展覧会でした。

展示風景

 展示室中央に設置された滑り台に続くスロープの下にも小ぶりな作品がたくさん並んでいました。滑り台の周りの、石が突き刺さった襖も印象的でした。

展示風景
展示風景

 それ以上に印象的だったのは、ぶら下げられた大量の毛皮の感触と、大型作品の背後に隠すように設置されていた幻燈でした。

特に毛皮については、会場のキャプションに説明があり、いろいろと考えさせられました。

今回、いくつかの展覧会を見るにあたって、一番困ったのは日時指定チケットの予約でした。入場可能時間が区切られているので、移動時間もきちんと計算しないと次の展覧会に間に合いません。以前のように、空き時間にふらりと展覧会へ、気になる作品があれば、ベンチに座ってゆっくり鑑賞というわけにはいかないのが残念でした。

杉山博之

大塚信一 著 『長谷川利行の絵』と『中村正義の世界』

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

今年の梅雨明け後は、新型コロナ感染予防だけでなく熱中症対策も必要となり、再び巣ごもり生活に戻ってしまいました。そんな中で読んだ本を二冊、ご紹介します。

◆『長谷川利行の絵 芸術家と時代』 大塚信一著(作品社) 2020.5.25発行

 一冊目は8月9日付け中日新聞で知った本です。2018年に碧南市藤井達吉現代美術館などを巡回した「長谷川利行展」の監修者・原田光氏が書評を書いていたので、早速購入しました。

著者の大塚信一(おおつか・のぶかず)氏は岩波書店の元社長。長谷川利行(はせかわ・としゆき)の絵画だけでなく著作や展覧会評なども丹念に読み込んで、「芸術家」としての魅力の源泉を解き明かしています。荒っぽく要約すると、長谷川利行は①関東大震災の強烈な体験で「物を見る眼」を鍛えられ、②京都に戻った二年間の研鑽のなかで「子供のように、幼児の如く、知識や先入観に捉われることなく、ひたすら無心に、自由奔放に描く」(本書p.69)ことを体得し、③その芸術は正宗得三郎、有島生馬、そして熊谷守一に評価され、④吉井忠、麻生三郎などの若い画家の信頼を集め、⑤文筆活動においても「日本画を含めて世界の美術状況を把握した上で、日本洋画壇に対する根源的な批判を行った」(本書p.193)というものです。

2018年に協力会ミニツアーで、碧南市藤井達吉現代美術館で開催された「長谷川利行展」を鑑賞したときは『木葦集』や吉井忠、麻生三郎など若い画家の集合写真の展示を見ても、あまりピンとこなかったのですが「当時この本が出版されていたら、もう少し深く鑑賞できたのでは」と、残念に思いました。

最後に、この本で一番驚いたのは「あとがき」に書かれた「私は2017年8月に『反抗と祈りの日本画――中村正義の世界』(集英社ヴィジュアル新書)を上梓した。(略)病気がちの正義は、病床で壁に掛けられた長谷川利行の《安来節の女》を眺める度に、画家としての自戒の念を新たにしていたというエピソードを知って(略)書き始めたのが本書である」(本書p.227)という文章です。そのため、『反抗と祈りの日本画――中村正義の世界』も買う羽目になってしまいました。

◆『反抗と祈りの日本画――中村正義の世界』大塚信一著(集英社ヴィジュアル新書)2017.8.24発行

 この本で確かめると、上記の「あとがき」が言及した、病気見舞いとして画商から贈られた長谷川利行《安来節の女》について、中村正義は「……この作品は長く私の座右にあって私に良く話しかけた。絵を描くことを“商売”としていた私に、『絵かき屋さん』と、いつもこんなふうに話しかけるのだった。そして時には私を辱め、また時には、私を嘲笑しているかのように見えることもあった。日展をやめるようにすすめてくれた恩人も長谷川さんだったかもしれない」(本書p.20)と書いていました。

 木賃宿や簡易宿泊所を転々とする悲惨な放浪生活を送った長谷川利行が、旧態然とした画壇と格闘し、厖大な作品を制作するだけでなく友人や後輩を助けた中村正義を勇気づけたというのは不思議な取り合わせです。中村正義は長谷川利行が絵画に取り組む姿勢よく理解し、作品から感銘を受けたというのでしょうね。著者が『長谷川利行の絵 芸術家と時代』を書かざるを得なくなったのも、納得です。

 本書は第Ⅰ部で中村正義の生涯を記し、第Ⅱ部で作品を分析しています。特に力を入れているのが「舞妓」のシリーズ。なかでも《舞子(黒い舞妓)》については、2011年に名古屋市美術館で開催された『日本絵画の風雲児 中村正義 新たなる全貌展』(以下『中村正義展』)の図録から「日本文化の華として雛人形のように着飾った舞妓の隠された正体を暴いたのである」(山田諭「限りなく変貌を続ける絵画―中村正義の芸術について」)という文章を引用しています。この外、《舞妓》シリーズや《顔》シリーズについて、個々の作品を区別するため『中村正義展』に付された番号を使うなど、過去の展覧会の図録や先行の研究書を読み込んで、分かりやすく書いています。5月に豊橋市美術博物館の常設展で展示されていた《舞妓》や《女(赤い舞妓)》についても触れており、手に入れやすい「中村正義の解説書」です。『中村正義展』の図録は手元にないので、この本を買ってよかったと思いました。

    Ron.

「セトノベルティ」の盛衰

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

岡崎市美術博物館の「マイセン動物園展」を見た後、「愛知県でも陶磁器の人形を製造・輸出していた」という記憶が蘇り、ネットで検索していたら「セトノベルティ 匠ネットワーク」というHPがヒットし、セトノベルティの特徴・歴史などを知ることができました。URL=https://www.setonovelty.jp/setonovelty.html

・セトノベルティの特徴

精巧な形状 / 繊細な絵付・装飾 / 多彩な製品ラインナップ / 小型から大型製品まで生産可能 / 多様な素材(陶器・白雲・半磁器・ボーンチャイナ・炻器・磁器など) / マットからクリアまで可能な仕上げ / 石膏型による成形 / 分業による生産体制(原型製作・石膏型製作・成形・絵付・焼成など)

・セトノベルティの歴史(抜粋)

明治時代   石膏型製法の研究や、陶彫技術の確立

          明治6(1873)年 ウィーンで開催された万国博覧会に出展

          招き猫・稲荷狐・福助・水入れ人形など

陶製の浮き金魚=ポン割で製作された最初のセトノベルティ 

大正時代   第一次世界大戦時にドイツ製に代わり瀬戸製ビスク人形がヒット

昭和時代   複雑な形状を有する瀬戸製ドレスデン人形が完成

          戦争の影響で1943年後半、セトノベルティの生産は一時途絶

18インチ(約45cm)の高さを持つ大形人形の製造も可能になる

           ヨーロッパのノベルティの模倣から独自の商品開発へ移行

1960年代には、瀬戸のノベルティメーカーは300社を超える

1980年代以降、円高、新素材の登場等、徐々に生産数が少なくなる

 上記の「特徴」に書かれた「石膏型による成形」は「マイセン動物園展」の動画で紹介されていた製法です。また、「歴史」に書かれた「ドレスデン人形」は、「マイセン動物園展」で出品されたような最高級品であるマイセン製白磁器の人形を指しているそうです。

 マイセン磁器は中国や日本の磁器を研究して製造されたものですが、セトノベルティは逆に、マイセンの人形を研究(模倣から独自の商品開発へ移行)して製造したものだったのですね。

◎展覧会で紹介された「セトノベルティ」の概要

展覧会について調べると、名古屋市の横山美術館で2018年8月4日~12月2日の日程で「企画展 愛されたセト・ノベルティ展」が開催され、兵庫県丹波篠山市の兵庫陶芸美術館でも2019年3月16日~6月2日の日程で「特別展 瀬戸ノベルティの魅力―世界に愛されたやきものたち」が開催されていたことが分かりました。

横山美術館のプレスリリース(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000027559.html)には「セト・ノベルティは100年以上に渡って瀬戸で制作が続けられ、かつては輸出陶磁器の花形として多くの作品が海外に渡り世界中で愛されました。(略)しかし、1980年代以降の円高によって衰退を余儀なくされ、その技術が失われつつあるのが現状です」と、紹介されています。

兵庫県陶芸美術館のHP(https://www.mcart.jp/exhibition/e3004/)では、さらに詳しく「ノベルティが本格的に作られるようになったのは、大正時代のことです。大正3(1914)年に第一次世界大戦が起こり、当時ノベルティが人気を博していたアメリカでは、最大のノベルティ生産国であるドイツからの輸入が途絶えました。代わりに白羽の矢が立ったのが瀬戸で、石膏の型によって作られた輸出用ノベルティの生産が始まりました。その後は、欧米をはじめとした世界中に多数輸出され、戦後には最盛期を迎えました」と、紹介しています。

◎「ノベルティ・こども創造館」について

 さらに、セトノベルティを展示している施設を調べると、昭和後期までノベルティを製造していた民間の工場を改修して、平成15年8月に「ノベルティ・こども創造館」が開館していることが分かりました。「ノベルティ・こども創造館」のURLは、http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2010111000080/ で、所在地は瀬戸市泉町74番地の1です。まだ、行ったことはありませんが、機会があれば訪ねてみたいですね。

Ron.

<参考>

兵庫陶芸美術館のHPから

上段左 《二人のエンジェル》 1964年 丸山陶器株式会社 横山美術館所蔵

上段右 《マドモアゼル》 1996年 テーケー名古屋人形製陶株式会社 愛知県陶磁美術館所蔵(テーケー名古屋人形製陶株式会社寄贈)

中央 《葡萄を摘むエンジェル付き水差》(1対) 1957年以降 丸山陶器株式会社 横山美術館所蔵

下段左 《エンゲージ》 1995年頃  丸山陶器株式会社 横山美術館所蔵

下段右 《アン王女》 1991年 テーケー名古屋人形製陶株式会社 瀬戸蔵ミュージアム所蔵