「歴史と文化の街 ランスの魅力」ランス美術館展出張講演会2017.8.22(水)14:00~15:35 名古屋市博物館講堂

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

名古屋市美術館協力会の中村さんからのメールで「ランス美術館展 出張講演会」が開催されることを知り、「ゴジラ展」の入場者で賑わう名古屋市博物館まで足を運びました。
平日の開催にも関わらず、開場時刻の13:30よりも前から大勢の人が集まっており、講演会開始時の空席は僅か。隣の席から、「あんたが誘ってくれてよかったわ。講演会の話、どこで知ったの。」「『広報なごや』に載っとったがね。」「へー、私も読んだけど、ぜんぜん気が付かなんだわ。」という会話が聞こえてきます。この人も私と同じように、口コミで講演会の開催を知ったのですね。

◆ランス市、空からの眺め
講師は名古屋市美術館学芸係長の保崎裕徳さん(以下「保崎さん」)。ランス市制作の、空から撮影した市街地の動画で講演が始まりました。保崎さんによれば、ランス市公式ウェブサイトにある動画とのこと。
家に帰って、http://www.reims.fr/1150/reims-vue-du-ciel.htm とパソコンに打ち込んだら、講演会で見たときと同じ、大聖堂や市電、競技場、公園など2分14秒の動画を見ることが出来ました。ランス市は緑豊かで魅力的な街です。
◆ランス市の歴史と魅力
講演の前半は、ランス市にある三つの世界遺産「ノートル・ダム大聖堂」「トー宮殿」「サン・レミ聖堂」や、シャンパーニュ(=シャンパン)の名産地であることなど、ランス市の歴史と魅力の話でした。歴代25人のフランス国王がランス大聖堂で戴冠式を行った話、第一次世界大戦でランス市の80%がドイツの爆撃で破壊された話が印象的でした。(歴史地図を見ると、スイス国境から北海まで続く長い塹壕線がランス市の間際をかすめています。まさに、最前線の街でした。)
◆ランス美術館とランス美術館展(10/7~12/3)
保崎さんの話では、「ランス美術館はシャンパーニュ製造のポメリー社アンリ・ヴァニエの個人コレクションがランス市に寄贈されたことにより開館。コレクションでは17世紀から19世紀のフランス絵画が充実。ランス美術館展にはドラクロワ、コロー、ピサロなど70点が展示され、約30点が藤田嗣治の作品。会期中、学芸員の解説とG.H.マム社のシャンパンが楽しめる「シャンパーニュの夕べ」11/18(土)17:00~19:00(参加料:観覧料込5, 000円、当日現金払)などの特別鑑賞会も開催されます。」とのことでした。展覧会が楽しみです。
Ron.

豊田市美術館:東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

 豊田市美術館で開催中の東山魁夷唐招提寺御影堂障壁画展(以下「本展」)に行ってきました。混雑を避けるため平日の昼に出かけたのですが、美術館の出入口に近づくと出て来る人が予想外に多いのでびっくり。すれ違う時に「企画がいいんだよ。」という声が聞こえてきました。
 期待に胸を膨らませながら展示室に入ると、最初の部屋は小下図(1/20)、中下図(1/5)、割出図(1/5)、本制作と同じ画材を使った試作(1/5)及びスケッチの展示。障壁画完成までに十年をかけたというだけあって、何段階もの準備を経て完成に至ったことが分かりました。
 お目当ての障壁画は、作品保護のためか薄暗い部屋に展示されています。御影堂(みえいどう:鑑真和上の座像を祭っている建物)の部屋割りだけでなく、畳や柱も再現しています。「御影堂とは雰囲気が違う。」という声も聞こえましたが、大勢の人が鑑賞することを考えると、全く同じものを求めるのは無理でしょう。当然のことながら、襖は開閉しません。展示室に収めるために、御影堂とは違う位置に展示されている障壁画(《揚州薫風》のうち厨子の裏側の襖絵)もあります。
 「御影堂とは違う」といっても、普通の人が唐招提寺の御影堂68面の障壁画全てを見ることはできません。本展は、御影堂が改修工事に入ったことで実現した、普通の人では見ることができない障壁画が鑑賞できる稀有な展覧会です。
 日本の国土を象徴する《濤声》と《山雲》、鑑真和上の故郷《揚州薫風》、李白も愛した《黄山暁雲》、中国を代表する名勝《桂林月宵》。どれも、東山魁夷が最も充実していた時期の作品で、見ごたえ十分でした。
 ただし、鑑真和上座像の厨子絵《瑞光》(鑑真和上が最初に日本の地を踏んだ薩摩半島・秋目浦の景色)だけは試作の展示です。厨子を持ち出すことはできないでしょうから、仕方ありませんね。
 なお、68面の障壁画は全期間展示ですが、下図、割出図、試作及びスケッチは展示替えがあり、5月16日からは後期の展示となります。また、「再入場不可」なので注意しましょう。
Ron.

「物語 ベルギーの歴史 ヨーロッパの十字路」

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

5月21日(日)の協力会春のツアーでは、兵庫県立美術館「ベルギー奇想の系譜」展の鑑賞を予定。ベルギーに関する参考書を探していたところ、この本に出会いました。読んでみると、知らなかったことばかりでびっくり。その一部を、ご紹介します。

■ 「はしがき」を読むだけでも、ベルギーのイメージがつかめます
「はしがき」は、わずか7ページですが、この本のエッセンスが詰まっています。
《抜粋》
(現在のベルギーについて)
EUやNATOの本部を抱える「ヨーロッパの首都」ブリュッセルを首都とする国
面積が約3万平方キロメートル。関東地方とほぼ同じ広さで、人口は1100万人強。つまり東京都の人口と同じくらいの小国。都市部の人口密度は東京並みに高いが、農村部はそれほどでもない。
 独立以来もっとも悩まされてきたのは「言語問題」。北方は、オランダ語を話す人々が暮らすフランデレン地方。南方はフランス語を話す人々が暮らすワロン地方。さらに、人口の0.5%はドイツ語を話す多言語国家である。言語の観点から見たフランデレン民族とワロン民族の人口比は6対4と言われている。独立時にはフランス語だけが公用語であったが、その後オランダ語の公用語化をめざすフランデレン運動が起こり、今はそれぞれの地域ごとに公用語が定められている。近年、フランデレンとワロンの対立は激しさを増し、この国に影を落としている。

(ベルギーの歴史について)
 西欧の中心に位置しているため、独立以前は大国が奪い合いを続けていた。
 独立は1830年で、まだ西欧では若い国である。
 ローマ帝国の支配下にあったとき、「ベルガエ人」が暮らしていた。この「ベルガエ」がベルギーの語源とされる。しかし、その後「ベルガエ」の名は西欧において、独立するまでほとんど目にすることはない。ネーデルラントやフランデレン地方と呼ばれていた。
 1830年にベルギーがオランダから独立したとき、かつてその地を統治していた隣国フランスの新聞は、このニュースを「国内事情」の欄で紹介した。
 かつての支配国オランダでは、ベルギーのオランダ語を「訛り」と馬鹿にするジョークがある。オランダからすれば「田舎者」というわけだ。
 ベルギーの国章の中央にはライオンの絵が描かれている。これは、1302年にフランスの侵略を退けた戦いに由来し、その後も侵略者ナポレオンを退けた1815年のワーテルローの戦いを記念する獅子像に引き継がれてきた。ローマ帝国のカエサルに一時は侵略を断念させた「勇敢なベルガエの人々」、第二次世界大戦のときにアドルフ・ヒトラーに徹底抗戦した「ベルギーの戦い」などを誇って、ベルギーの人々は自らの歴史を振り返るとき、しばしば「勇敢な」という表現を用いる。西欧の中心であるからこそ、そして大国に振り回されてきたからこそ、都市や地方の自治を誇り、自由を愛して、獅子のように戦った歴史がある。

■ 序章「ベルギー前史」は、まさに大国による奪い合いの歴史でした
 序章では、ローマ帝国の支配から、ゲルマン民族の侵入、フランク王国の設立・分裂、フランドル自治都市の成立、英仏百年戦争、宗教改革とオランダ独立戦争、オランダとの南部ネーデルラント(後のベルギー)の訣別、スペイン継承戦争、ハプスブルク時代のベルギー、フランス革命、ウィーン体制と、ベルギー建国までの道のりが書かれています。ただ、ベルギー史は複雑すぎて一回読んだだけではとても頭に入りません。

■ 序章の【コラム】美術 ― 画家にして外交官ルーベンス
 オランダ独立戦争後にオランダと決別した南部ネーデルラントからフランデレンを割譲しようとするオランダや、そのオランダと手を組もうとするフランデレンの諸侯に対し、南部フランデレンの統一を守るために努力したのがルーベンスだったと、序章の本文にありますが、ルーベンスについては【コラム】を設けて、詳しく書いています。

《抜粋》
ベルギーで、もっとも知られている画家はピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)だろう。ルーベンスはベルギー独立以前のドイツで生まれたが、父ヤン・ルーベンスと母マリアはアントワープ生まれ。だから「ルーベンス」はドイツ語の発音で、オランダ語では「リュベンス」となる。
 ルーベンスはオランダ独立戦争の激戦地であるアントワープでカトリック信徒になり、聖像を禁ずるプロテスタントに抵抗して宗教画を多く描いた。また人文主義教育のもとで多言語を習得した。
 彼は1600年以降、スペイン王への贈答品を渡す公使の役割を担うこともあった。イザベラの宮廷画家として迎えられ、多言語を自由に扱う能力も認められて、絵を携えて政治的な外交交渉を担うことがあった。イザベラの庇護の下で個人の工房を持つことも許され、多くの弟子が育った。もっとも著名な弟子はアンソニー・ファン・ダイク(1599-1641)である。この時期に描かれたのが、『フランダースの犬』で少年ネロが憧れた『キリスト昇架』(1610)と『キリスト降架』(1614)である。
 その後彼はパリ、さらにはスペインとネーデルラント、そしてイギリスに渡り絵を携えて和平交渉に寄与した。それが讃えられ、後にスペイン、イギリスでナイトの称号を与えられている。ベルギー(フランデレン)、アントワープの宗教的背景や地理的特徴が彼を多言語話者とし、特異な外交画家に育て上げたといえるだろう。

■ 第3章「二つの大戦と国王問題」の【コラム】 文芸
 「フランダースの犬」がベルギーであまり知られていないことは、驚きでした。
《抜粋》
 現代におけるベルギーと日本の関係は児童文学『フランダースの犬』で強くなったといってもいいだろう。イギリスの作家ウィーダ(ペンネーム)によるこの物語は、原作が1872年に刊行され、日本では1908年に最初の翻訳が出版された。
 第二次世界大戦で一時断絶した両国の関係が復活した理由として、文化的に見ると、1950年以降に童話文学として出版された同書が果たした役割も大きい。『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子(1832-1968)も戦後の翻訳に携わっている。1975年には日本でテレビアニメが放映され、舞台となったアントワープは日本人の一大観光スポットとなった。
 ただし、ベルギーでこの物語はあまり知られていない。物語で少年が死んでしまう結末は19世紀のフランデレンではさほど珍しいことではない。また「負け犬の物語」として批判されることもあった。
 文学の世界でより評価され、また日本で知られているのは、1911年にノーベル文学賞を受賞したモーリス・メーテルリンク(1862-1949)の『青い鳥』である。
 現代の文芸作品でもっとも知られているのは、エルジュによる漫画『タンタンの冒険』だろう。

■ 第4章「戦後復興期」の【コラム】 食文化
食文化は、ベルギーの豊かさ・多様性の象徴なので紹介します。
《抜粋》
 ベルギー料理に添えられるのは「フリッツ」フライドポテトである。ベルギー人の家庭にはポテトを揚げる専用の機器がある。二度揚げするのがコツらしい。このポテトフライ、マヨネーズで食べるのもベルギー風。
 もう一つ有名なものは地ビールである。数多くの種類があることで知られている。修道院で作られていたアルコール度の高い濃いビールは「トラピスト」タイプ。ベルギー人は濃いビールをムール貝とフリッツをつまみに、じっくりと楽しむ。
 スウィーツに目を転じると、チョコレートが有名だろう。ただ、その代表ともいうべきゴディバはトルコの食品会社ウルケルに買収され、子会社となっている。もちろん、工場はベルギーにあるが、グローバル化の影響といえるだろう。

■ 補足
◆ 「ベルギーのビール文化」は、世界無形文化遺産に登録されました
 この本の発行後の2016年11月30日に、エチオピアで開かれていたユネスコの会合において「ベルギーのビール文化」が世界無形文化遺産に登録されることとなりました。
 ベルギーでは、ビールの原料や製法に制限というものがほとんどないそうです。そのため、ホップ以外にコリアンダーなどのスパイス・ハーブが使われたり、大麦以外に小麦やサワーチェリーなども使われるとのことです。
 また、ベルギーでは、それぞれの種類のビールのために考えられた固有のグラスがあり、それも無形文化遺産に含まれています。

◆ 高級品の代名詞、ベルギー・チョコレート
 ベルギー発祥のチョコレートはバレンタインデーでお馴染みの「プラリネ」と呼ばれる高級な一口チョコ。ガナッシュ(チョコレートに生クリームやバター、リキュール、ピューレ等を混ぜて柔らかくしたもの)を丸めて製菓用の高級チョコレートでコーティングしたものです。
なお、GODIVA(ゴディバ)のマークになっているLady Godiva(レディー ゴダイヴァ)は、11世紀の英国コベントリーを舞台にしたお話です。詳しくはGODIVAのホームページをご覧ください。

◆ ベルギーのスイーツには、ベルギー・ワッフルもあります
 日本では、ベルギー・チョコレートだけでなく、ベルギー・ワッフルにも人気がありますね。ネットを検索していたら、「ベルギー奇想の系譜」展の開催期間中、兵庫県立美術館の「ラ ピエール ミュゼ」では、焼き立てのワッフルとコーヒーのセットを1,000円で提供しているそうです。なお、ベルギー・ワッフルには四角形のブリュッセル風のものと丸型のリエージュ風のものがあります。日本でよく見かけるのはリエージュ風のものですが、セットで出て来るのは、どちらのタイプでしょうか?
Ron.

豊田市美術館:デトロイト美術館展

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

 豊田市美術館で6月26日(日)まで開催中のデトロイト美術館展(以下「デトロイト展」といいます。)が「必見」と評判なので、連休最後の日(5/8)に行ってきました。午後0時45分頃に着いたのですが、駐車場は満車に近い状態。「長蛇の列」はありません。しかし、2時近くなると展示室も、かなり混んできました。
◆珠玉の52点で、19世紀後半から20世紀前半の美術を俯瞰
みだし言葉はチラシから拾ったものですが、その通りでした。ただし、「再入場不可」なので、何度も行ったり来たりして、じっくり鑑賞しましょう。
◆1章 印象派(モネ、ルノワール、ドガなど)
クールベ《川辺でまどろむ浴女》から展示が始まります。下腹が出て、理想的なスタイルとは言えない裸婦ですが、そのぶんリアリティーがあります。また、木漏れ日の描写がよくわかります。ピサロ《小道》は空の描写がいいですね。
◆2章 ポスト印象派(ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンなど)
ゴッホは《自画像》が目玉ですが、《オワーズ川の岸辺、オーヴェルヌにて》は、どことなく不気味で、映画「13日の金曜日」のラストで水中からジェイソンが飛び出すシーンを思い出しました。ルドン、ドニ、ボナールの絵もあります。ヴァロットン《膝にガウンをまとって立つ裸婦》は、意味あり気で不穏な印象でした。
◆3章 20世紀のドイツ絵画
ドイツ表現主義の絵画は、愛知県美術館の常設展とのつながりを感じます。県美の収集方針は「20世紀の絵画」ですから、当然といえば当然のことなのですが。
キルヒナー《月下の冬景色》は、夜なのに月も空も樹木も真っ赤という非現実的な絵で、びっくりします。
◆4章 20世紀のフランス絵画
ピカソ、マティスだけでなく、モディリアーニの作品が3点あります。なかでもピカソは、バラ色の時代、キュビスム、シュールレアリズム、古典主義と時代の異なる作品が並んでいるので、作風の違いがよく分かります。
◆山本富章  斑粒・ドット・拍動
展示室1をいっぱいに使って、幅13メートルで強烈な色彩の作品《Festival on the Stage》が展示されています。また、木製洗濯バサの部品に小さなドットを描いた無数の《bugs》がアトリウムの壁や柱に規則正しく張り付いています。どちらも、広い空間でないと楽しめない展示ですね。
◆7月15日からは「ジブリの立体建造物展」と「杉戸洋」展
 「ジブリのアニメは芸術じゃない!」という方は別として、次回の展覧会も見ようという人には3000円で「年間パスポート」を買ってからデトロイト展を見ることをお勧めします。「年間パスポート」を提示すると、一緒に入館した人の観覧料が団体料金になる「同伴者割引」(人数制限なし)などの特典もあります。
Ron.

富山県立美術館にて BankART_大霊廟Ⅱ プライウッド新地 ヨコトリ_パオラ・ピヴィ_まだ誰も来ない MOTサテライト 目印はこれ! 河村るみさんをお迎えして 急遽解説してくださった角田学芸員 アルテピナコテーク さいたまトリエンナーレ 交流会にて 240の棺/Arigatou Sayounara 《帰ってきたJ.L.》は扉の向こう アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト