新聞を読む 日本経済新聞『美の粋』2021.10.17

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

◆「写真の都」名古屋 ― 雑誌と専門店が出現 アマ写真家が台頭

2021年10月17日付日本経済新聞「美の粋」に見覚えのある写真が載っていました。見開き2面にわたる記事には「前衛写真と都市(中)名古屋」という見出しが付き、次のように始まります。

〈戦前の名古屋には、全国でもまれにみる「写真の都」が現出していた――。1920~30年代を中心戦後の70年代まで同地における写真運動をたどる展覧会が名古屋市美術館で開かれたのは2021年2~3月のことだ。およそ半年後の9月下旬、美術館がある中区栄の隣町、大須を訪れた。(略)20年代から30年代の半ばごろにかけて、大須を中心に名古屋市内には写真館が40軒以上、写真の材料を扱う店が60軒以上営業していた(竹葉丈編著「『写真の都』物語 名古屋写真運動史 1991-1972」)(略)36年に創刊されたアマチュア向け写真雑誌「カメラマン」の第3号。表紙に勇ましい言葉が印刷されている。「……名古屋二十萬のカメラマン諸氏の御後援を得て、日に増し、成長して行く……」。(略)「当時の人口160万人ほどに対して20万人はありえない。それでもアマ写真家の旺盛な需要が雑誌の存続を支えたことは間違いない」と竹葉さんは言う〉(引用終り)

 記事を執筆したのは東京編集局文化部の窪田直子・美術記者(2019年4月から論説委員兼務。以下「窪田氏」)です。窪田氏が今年の9月に名古屋を訪れ、名古屋市美術館の竹葉丈学芸員に取材して書いたものだと分かりました。

◆記事が取り上げた名古屋の写真家

窪田氏が取り上げた名古屋の写真家は4人。作品(下郷羊雄は油彩)の図版も掲載されています。なお、以下の説明は窪田氏によるものです。

・後藤敬一郎

ういろうで有名な老舗、青柳総本家の社長を務めつつ、戦後の名古屋で精力的に写真を撮った

・坂田稔(1902~74)

「前衛写真」の中心人物。現在の刈谷市生まれ。20年代半ば、毎日新聞大阪本社に勤務、「浪華写真倶楽部」に加わる。写真材料店を名古屋市内に開き「なごや・ふぉと・ぐるっぺ」を結成。「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」へと発展させる。目の前のあらゆる物象を幾何学的秩序をもってとらえ、批評する写真を「造形写真」と名付けて自らの理想とした

・下郷羊雄(しもざとよしお)

「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」のメンバー。超現実主義の画家。自然の造形に「オブジェ」を見出す着眼は、後に、植物のサボテンをクローズアップで妖しく神秘的に撮影した「メセム属」に結実

・山本悍右(かんすけ、本名・勘助)

「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」のメンバー。詩人で写真家。38年にシュルレアリスム詩誌「夜の噴水」を苦心の末、出版。戦後まもない時期に後藤らと写真家集団「VIVI社」を結成、日本を代表するシュルレアリスム作家となる

◆異なる理想 アバンギャルドを二分

30年代末以降、シュルレアリスム的表現を追求しつづける山本らと、坂田との考え方の相違が次第に深まって行き、記事は次のように終わります。

〈「写真による革新と民族主義の交合」を説く坂田の方針に山本らが納得できず、かつてのナゴヤ・フォトアヴァンガルドのメンバーは袂を分かつ。坂田と山本の作品は時流に対する思想の違いをありありと見せつつも、重苦しい時代に写真表現の意味を考え続けた真摯な態度を醸し出している〉(引用終り)

◆最後に

今回取り上げた記事は、本年2月~3月に名古屋市美術館で開催された「『写真の都』物語 名古屋写真運動史 1991-1972」のうち、前衛写真に関連するものです。「ベテランの美術記者は、分かりやすくコンパクトにまとめるものだ」と感心したので、ご紹介いたしました。

 Ron.

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