豊田市美術館「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

今回のミニツアーのお目当ては、豊田市美術館で開催中の「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」(以下「本展」)でした。参加者は9名。いつものミニツアーとは違い、豊田市美術館が企画した千葉学芸員(以下「千葉さん」)のギャラリートーク(以下「トーク」)に参加させてもらいました。トークが始まる時刻になると集合場所の1階ロビーは人で溢れんばかりの状態。参加者は我々も入れて約60名もいました。トークは約1時間続き、終了後は自由観覧・自由解散でした。以下はトークの概要。(注)は私の補足です。

◎1階ロビーと展示室8

◆「視覚のカイソウ」とは?

 展示室に移動する前の短い時間、1階のロビーで千葉さんがトーク。その概要は、「視覚のカイソウ」というサブタイトルの「カイソウ」には「回想」「階層」といった意味があり、「回想」は過去を想起しながら作品を制作するという思考をあらわす。また、「階層」は1階から3階まで各階層を使って展示するという豊田市美術館の展示の方法をあらわす。本展に《論理のカイソウ》というタイトルの作品が出品されていることもタイトルのヒントになった。本展は回顧展(注: 1979年から2019年まで、40年間の活動を回顧)なので「新作から過去の作品までを行き来しながら見る」ということにも関連する、というものでした。

◆レリーフ=《あかさかみつけ》の連作について

 1階・展示室8に入って最初に見たのは《あかさかみつけ》というタイトルのついたレリーフの連作(注:素材はプラスチック製の段ボール。カッターで簡単に切れるので工作しやすい)でした。千葉さんのトークは、《あかさかみつけ》は1981年制作。1987~1989年にもシリーズを制作している。《あかさかみつけ》のシリーズは全て同じ型を使用しているが、絵具の色彩・質感は少しずつ違う。前の作品を想起しながら次の作品を見る。また、一見しただけでは、レリーフの形状はつかめない。そして、見る方向によって少しずつ形が違って見える。「記憶とは何か」を考えることができる作品。色彩は軽やかで、きれい。マンションや団地の部屋はどれも同じ形だが、少しずつ違う。それぞれに固有の空間・場所がある。いくつも並べることで、それが際立つ、というものでした。

◆ドローイングについて

 レリーフと向かい合う壁面には《T.A.O.I.N.S.H.R.D.L. / COME HERE AT ONCE》とタイトルが付いた、20枚組のドローイングが展示されています。千葉さんのトークは、このドローイングは「描画ロボット=Drawing Machine」を使って描いている。タブレットに原画を描くと、支持体(注:筆などを取り付けて絵を描く部分?)が動いて原画を再現するが、描くたびに微妙にずれる。再現した絵は自分が描いている訳ではないため変な感覚に捕らわれる。つまり、原画を描いたのは自分なのに支持体に絵を描かされているような気になる。自分と描画ロボットの間で、主体が交錯する、というものでした。

 千葉さんのトークから、おぼろげながら伝わってきたのは、岡崎乾二郎という作家は「同じだけれど、少しずつ違うということに強い関心を持っている」ということです。生物学者の福岡伸一がよく使う「動的平衡」という概念は「変化しながら同じ状態を保っている」ことですが、岡崎乾二郎は動的平衡のなかの「ゆらぎ」に強く惹かれ、「ゆらぎ」を表現するために制作活動を続けているのかな、と思いました。

◆《あかさかみつけ》のオリジナル

 展示室8を直進し、左折した所の左側の壁に「おおもと」、つまり、1981年制作の《あかさかみつけ》が展示されていました。千葉さんのトークは、この《あかさかみつけ》を制作する前、岡崎乾二郎は《かたがみのかたち》(注:1979年制作、3階・展示室2に展示)を作った。洋服は「立体」だが、その「型紙」は「平面」。《かたがみのかたち》は、立体と平面、抽象と具象の間の作品。一方、《あかさかみつけ》は「型紙」を組み合わせた立体作品。岡崎乾二郎はフレスコ画に関心を持っていたので、《あかさかみつけ》ではフレスコ画の再現を目指しており、絵具が漆喰の壁に浸透しているざらざら感を出そうとしている。最初のタイトルは《たてもののきもち》。「小さいけれども、建物」というタイトル。《あかさかみつけ》のほか《おかちまち》《かっぱばし》《うぐいすだに》と、駅の名前をひらがなで表記したのは、具体的な形は無いがイメージを想起させるから。タイトルを「漢字」ではなく「ひらがな」にすることで、イメージを広げようとしている。岡崎乾二郎の作品はタイトルだけでも、色々なイメージを想起させる、というものでした。

◆ペインティングについて

 《あかさかみつけ》が展示されていたところから更に進んで左折すると、右側の壁にはレリーフが、左側の壁にはペインティングが展示されています。ペインティングのサイズは、小さなものから大きなものまで様々です。千葉さんのトークは、小さなペインティングは「ゼロ・サムネイル=Zero Thumbnail」。小さな作品のシリーズ(注:豊田市美術館のレストラン「ミュゼ(味遊是)」では「ZERO THUMBNAIL/ゼロ・サムネイル 」という名前の会期限定デザートを販売していました)。パネル式のペインティングは最近の、二枚組のペインティングは昔の作品。岡崎乾二郎のペインティングは「抽象画」ではあるが、画家はそれぞれの形を、彼の思い出を想起して描いているので、「写実」ではないが、具体的なイメージを持たせて描いている。彼は、絵具も自分で調合している。薄塗り用やドロッとしているもの、ざらついたものなど、さまざまな絵具を使い分けている、というものでした。

◎2階・展示室1

◆パーティクルボード製の立体作品

 2階に移動して、一番大きな展示室1に入ると、パーティクルボード(木材の小片と接着剤を混ぜ、熱を加えて成形した板)を組み合わせた立体作品が2点鎮座していました。千葉さんのトークは、重さはあるけれど、浮遊している感じの作品。二つのパーツが一か所で支え合い、自立している。多くの彫刻は台座で支えられているが、この作品は台座から自由になっている。本展では鉄板に固定しているが、それは大理石の床を保護するためであって、台座ではない。二つのうち大きな方の作品は、2002年に開催されたヴェネツィア・ビエンナーレの建築部門で展示された。無駄なものを削ぎ落した作品、というものでした。

◆セラミックの作品

 展示室1には粘土細工のような作品もあります。千葉さんのトークは、常滑のINAX(注:現LIXIL)と共同して、1998年から2000年にかけて制作した作品。粘土に顔料を入れて練ったものを素材にして制作した。大地が盛り上がっていくような感じがある。割れないように、時間をかけて中まで乾燥させた後、焼成して完成させたもの。焼成によって縮むことも計算に入れて制作。乾燥が不十分で、焼成中に作品が爆発したこともあった。中まで粘土が詰まっているので、とても重い、というものでした。

◎3階・展示室2

 この展示室には《かたがみのかたち》等、切り抜いた布や型紙が散りばめられた作品が展示されています。千葉さんのトークは、《かたがみのかたち》はドイツのスタイルブックに掲載されていた型紙を切り抜いて制作。《まだ早いが遅くなる》は、布を組み合わせて絵のように見える。山水画を参照して制作。素材が違っても、やれることはたくさんある。岡崎乾二郎が《かたがみのかたち》を制作した1979年頃は、鉄や石を素材にした大きな物体の作品を制作するという風潮が主流だったが、彼はそれとは違う手仕事的な作品を制作、というものでした。

◎展示室3

◆タイルの作品

 展示室3には、様々な色とサイズの四角いタイルを組み合わせた巨大な作品《Martian canals / streets》を貼った壁が立っています。千葉さんのトークは、岡崎乾二郎はハンザ池袋の壁面装飾も手掛けている。《Martian canals / streets》は成形してから釉薬を塗って一つ一つ焼成したタイルを貼り付けた作品。普通、タイルは焼成してから必要な大きさにカットするが、この作品ではカットしたものに釉薬を塗って焼成しているので、タイルの縁が白くなっている。タイルの形や大きさは様々で、色のバリエーションは60色もある。同じ釉薬を塗っても酸化炎と還元炎では発色が違う。この作品は岡崎が指示して職人が焼成し、組み立てた、というものでした。

◆ポンチ絵

 南側の壁面には色鉛筆で描いた作品が展示されています。千葉さんは、《ポンチ絵》といって、設計用紙(注:「丘設計事務所」と印刷されていました)を2枚重ね、切り抜きながら制作したもの、と解説していました。

◎展示室4

 ペインティングの展示です。千葉さんのトークは、2枚組の作品の間にゼロ・サムネイルの作品を展示。ゼロ・サムネイルは、2枚組の作品を凝縮したようなものになっている。2枚組の作品は左右が対応し、関連性を持たせている。左右の作品は「全く同じ」ではなく、少しずつズレながら関係を保っている。また、作品とタイトルとは、関係していないようで、関係している、というものです。以上で、トークは全て終了しました。

◎最後に

 本展は軽やかで綺麗な作品が並んでいたものの難解なところがあり、取っ付きにくかったのですが、千葉さんのトークを聴いて親しみが持てるようになりました。参加者が多くて「話が聞こえるかな?」と危ぶんでいたのですが、千葉さんの声は良く通り、明瞭で中身も詰まっていたので、気が付いたら1時間以上経っていました。

千葉さん、楽しいトーク、ありがとうございました。

Ron.

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