豊田市美術館「ジャコメッティ展」ミニツアー

カテゴリ:ミニツアー 投稿者:editor

豊田市美術館で開催中の「ジャコメッティ展」(以下「本展」)のミニツアーに参加しました。参加者は19名。1階の講堂前で待ち合わせ、豊田市美術館の千葉学芸員から約30分の解説を聴いた後は自由観覧でした。

千葉学芸員のレクチャー(要旨)
 ジャコメッティは、スイスのイタリア語圏生まれの人。20歳でフランスに出て、フランスで活躍したが、スイス国籍は変えなかった。スイス人が誇りとする芸術家。本展では、南仏のマーグ財団美術館の収蔵品を中心に、日本の美術館の収蔵品も加えて展示している。
ジャコメッティの父親は、スイスを代表する印象派の画家。父親はキャンバスにうまく収まる大きさでリンゴを描くのに、ジャコメッティが見えるとおりに描くと小さくなってしまう。丁度よい大きさで描けないため、画家ではなく彫刻家を目指したという話がある。
ジャコメッティは当初、キュビズムやアフリカ彫刻に影響を受け、シュルレアリスム運動に参加したこともあったが満足できず、1935年頃からモデルを使った彫刻を試みるようになる。だが、困ったことに作品がどんどん小さくなってしまう。本展で展示している《小像(女)》(メナード美術館)は、台座も入れた高さが3.3㎝。小さすぎる作品には「すぐ壊れるため、残せない」という大きな問題があるため、ジャコメッティは、作品の高さを1mに維持しようとする。高さを維持すると、今度は、細く・薄い作品になってしまった。なお、細いけれど、胸・腰にはボリュームがあるという作品もある。
 「見えるものを、見えるままに」が、ジャコメッティのキーワード。ディエゴ(弟)、アネット(妻)、矢内原伊作(やないはら・いさく:1918-1989、友人)の像だと、モデルに似ているものもある。ジャコメッティの作品は「細くて、写実的ではない」と思われているが、リアルなもの、抽象度の高いもの等、様々。
ジャコメッティは彫刻家を選んだが、晩年にはドローイングにも回帰。ドローイングでは、顔に集中して手が入っている。ジャコメッティのドローイングは、リアルなもの、小さなもの、細長いもの等、様々だが、枠取りをして描くという特性がある。ジャコメッティは「枠取りした空間の中に、人物をどう配置する」に関心を持っている。本展では、枠取りしているもの、枠取りのないものを並べて展示しているので、比べてほしい。
展示室1の「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」で展示している作品は、銀行から依頼されたものの実現しなかったプロジェクトで、マーグ財団美術館の庭に展示されている彫刻。油絵具で彩色されたが、風雨に晒されて色が落ち、古代遺跡のような存在感がある。美術館の中庭に置かれている作品なので本展でも自然光の入る展示室1に置いた。
20世紀の彫刻は抽象彫刻が多く、人体を表現する作品は少ない。ジャコメッティの彫刻は、古代彫刻から続く流れに乗ったもの。
本展では展示室のサイズに対応して展示している。そのあたりも楽しんでください。

自由観覧
◆観覧順路
 本展は、いつもとは逆に3階の展示室4が入口で、展示室3、展示室2と見てから2階の展示室1に下りて展示室5で終了という順路になっています。16のセクションで構成されていますが、千葉学芸員が解説されたように、作品リスト順ではなく「展示室のサイズに応じた展示」なので作品リストの配置図と見比べながら鑑賞することをお勧めします。

2017_ジャコメッティ_1

2017_ジャコメッティ_1


◆展示室4
 展示室4は三つの部屋に分かれています。
最初の部屋は「7.マーグ家との交流」。本展の展示作品を所蔵するマーグ財団美術館の創設者であるマーグ夫妻の肖像画とともに高さ21cmの《裸婦立像》(富山県美術館)と高さ167cmの《大きな像(女:レオーニ)》が展示されています。2つとも別のセクションに属しますが、ジャコメッティが「細長い彫刻」を始めた転換期の作品であり、マーグ夫妻がジャコメッティの作品の購入を始めた頃の作品でもあることから、ここに展示しているのでしょう。
なお、マーグ夫妻の肖像画はいずれも普通のプロポーション。マーグ夫人の肖像は、千葉学芸員の解説にあった「枠取りした絵」です。また、「顔の部分は、修正のため、何回も絵の具を塗り重ねているので盛り上がっている。」と、同行の参加者に教えてもらいました。
二つ目の部屋は「1.初期、キュビズム・シュルレアリスム」。1911年制作の《葛飾北斎《うばがえとき》模写》(神奈川県立近代美術館)は、10歳頃の作品とは思えない出来。作品リストでは「8.矢内原伊作」のセクションなので、矢内原伊作がジャコメッティから貰ったのでしょうね。
この部屋の作品は、1917年制作の《シモン・ベラールの頭部》を始め「細長い彫刻」とは別物ばかり。《カップル》、《女=スプーン》、《キューブ》など、「細長いスタイル」を確立するまでの作風の変化を楽しめました。
最後の部屋は、「2.小像」と「3.女性立像」。「2.小像」では作品の高さが23.5cmから3.3cmに至るまで、どんどん縮む様子が面白く、「3.女性立像」ではマーグ夫妻の肖像画と同様に、デッサンやエッチング、リトグラフでは普通のプロポーションというのが印象的でした。また、千葉学芸員が解説されたように、女性立像には、「細く・薄い像」と「細いけれど、胸・腰にはボリュームがある像」との2種類あることが確認できました。

◆展示室4から展示室3への連絡通路
展示室3から展示室4に向かう連絡通路には2階の展示室1を見下ろす窓があり、通路の両側には写真が展示されています。写真はジャコメッティが粘土で作品を制作している姿を撮影したもの。制作しているのは、展示室1に展示している「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」の作品。窓から展示室1を見ると、写真と実物との比較ができます。
写真で面白かったのは、粘土が付いてズボンやジャケットが汚れることを全く気にせず、作品の制作に夢中になっているジャコメッティの姿でした。

◆展示室3
展示室4は「4.群像」と「13.ヴェネツィアの女」。「4.群像」では、同行の参加者から「《3人の男のグループ(3人の歩く男たちⅠ)》は、彫刻を一回りするように見ると、3人の男たちが歩きながらすれ違っているように見えて面白いですよ。」と教えてもらいました。また、9体並んだ《ヴェネツィアの女》は、別の参加者から「立って鑑賞するよりも、長椅子に座って鑑賞するほうが良い作品に見える。」との声。

◆展示室2
3階の小部屋・展示室2は「5.書物のための下絵」と「11.スタンパ」。ですが、「4.群像」や「9.パリの街とアトリエ」のセクションに属する作品も展示されています。特に《アトリエⅡ》、《犬、猫、絵画》には、展示室1に展示の《犬》、《猫》が描かれています。ジャコメッティは、どちらの作品も手元に置いていたのですね。
千葉学芸員が解説されたように、この部屋では「枠取りしているもの、枠取りのないものを並べて展示」していました。

2017_ジャコメッティ_2

2017_ジャコメッティ_2


◆展示室1
展示室2を出て階段を降りた展示室1は、「10.犬と猫」「14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」。この部屋の展示作品は3体の小さな彫刻を除き、全て写真撮影可能。スマホやタブレットで撮影している人が沢山います。本展のメイン。粋な計らいですね。
私の周りからは、「《猫》はジャコメッティの飼い猫、《犬》はジャコメッティの分身」と話す声や、「《歩く男Ⅰ》は細長いけれど、骨格や筋肉は正確に表現しているんだよね。」と話す声が聞こえて来ました。

◆展示室5
最後の部屋は展示室5。「6.モデルを前にした制作」「8.矢内原伊作」「9. パリの街とアトリエ」「12.静物」「15.ジャコメッティと同時代の詩人たち」「16.終わりなきパリ」と、6つのセクションに属する作品を展示。ジャコメッティの弟・ディエゴをモデルにした胸像が3体展示されていますが、うち1体は豊田市美術館の収蔵品。いずれも、「ブールデルに師事した」ことを再認識させる作品です。また、写真しかありませんでしたが《矢内原伊作の胸像》は普通のプロポーションの彫刻。千葉学芸員が解説されたように、「ディエゴ(弟)、アネット(妻)、矢内原伊作(やないはら・いさく=友人)の像だと、モデルに似ているものもある」というか、いずれも実にリアルな作品でした。
余談ですが、写真の矢内原伊作はヘアスタイル、顔の造作、背格好、どれをとってもジャコメッティによく似ていました。

◆最後に
 千葉学芸員に入場者の状況を聞いたところ、「ぼちぼち。鑑賞するには丁度よいですよ。」との回答。その言葉どおり、まずまずの入場者があり賑やかな雰囲気の中で楽しくジャコメッティ展を鑑賞することができました。入場者が多すぎると人に押されて鑑賞どころではありませんが、かといって「貸し切り状態」も寂しいですからね。
 コレクション展は、青木野枝、毛利武士郎、草間弥生など、現代彫刻の特集。千葉学芸員が解説された「20世紀の彫刻は抽象彫刻が多く、人体を表現する作品は少ない。ジャコメッティの彫刻は、古代彫刻から続く流れに乗ったもの。」という言葉を再確認しました。
 会期は、12月24日(日)まで。
Ron.

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