「アルバレス・ブラボ写真展」―メキシコ、静かなる光と時

カテゴリ:アート見てある記 投稿者:editor

先日、名古屋市美術館(以下「市美」といいます)「アルバレス・ブラボ写真展」(以下「本展」)に行ったところ、知り合いの協力会員が何人もいたので一緒に見て回りました。本展担当の山田学芸課長(以下「山田さん」)の話では、「マヌエル・アルバレス・ブラボ(以下「ブラボ」)は100歳まで(1902-2002)生きたメキシコの写真家。本展は192点のモノクロプリントと多数の資料で70年間に及ぶ彼の足跡を辿る、日本では最大、世界でも4番目の規模の回顧展」とのこと。
「静かなる光と時」という副題のとおり、市美の常設展でおなじみの《カボチャとカタツムリ》や《小便をする子供》など、静かな写真が並んでいます。どれも、ブラボの遺族が運営するマヌエル・アルバレス・ブラボ・アーカイヴからの出品。保存状態がよく、白と黒の諧調が美しい写真ばかりです。また、タイトルが文学的で頭脳を刺激するため、一緒に見て回った協力会員と写真を巡る会話が弾み、楽しい時間を過ごすことできました。お勧めの展覧会です。
 展示は全4部・9章の構成。以下に、その時の会話を集めてみました。
第1部 革命後のメキシコ ― 1920-30年代
◆第1章 モダニズムへ
《砂と松の苗木 : Arena y pinitos 》(スペイン語は、原題。以下、同じ)
「ぱっと見は、貧相な《三保の松原から望む富士》。葉っぱがブレて写ってるから、タイトルは《風に吹かれて : Blowin’ in The Wind 》でもいいかな。」
「画面左に写ってるものを見れば『風景写真じゃない』と分かる。工事現場の砂の前に苗木を並べて撮ったみたい。それにしても、近寄って撮ると、何でも別物に見えるのね。」
◆第2章 ざわめく街の一隅で
《目の寓話 : Parábola óptica 》
「何か変だな、と思って文字を見ると裏返し。まさかとは思うけど間違って裏焼きしたの?」「シュールな感じを出すために、わざと裏焼きしたのかもしれませんね。どっちだろ?」
「あの…、第2章の解説に『裏焼きのバージョンを発表したら作品の魅力はいっそう高まり、《目の寓話》は作家の代表作となりました』と、書いてありましたよ。」
◆第2部 写真家の眼 ― 1930-40年代
◆第1章 見えるもの/見えないもの
《舞踊家たちの娘 : La hija de los danzantes 》
「《舞踊家たちの娘》という日本語、何かしっくりこない。普段、こんな言い方する?」
「女の子の姿を見ると、舞踊団の踊り子みたいよ。スペイン語なら原題のままでいいと思うけど、タイトルは《舞踊団の少女》のほうが日本語らしいかな。それにしても、この子は何を覗いてるの?そっちのほうが興味深いわね。」
《夢想 : El ensueño 》
 「この写真、わたし大好き。女の子がかわいい。絵ハガキを買うなら、これかな。」
◆第2章 生と死のあいだ
《眠れる名声 : La buena fama durmiendo 》
「不思議なものは、何ひとつ写ってないけど、見れば見るほど不思議な写真ですね。」
「そうですよね。まず、身に着けているのが包帯だけというのが不自然ですよ。それも、手首、足首と腰の周りだけ。体の脇にサボテンが転がってるのも、変。明らかにヤラセというか、謎めいた演出写真ですね。」
「《眠れる名声》というタイトルも、文学的すぎて、よくわからない。『眠れる』はわかるけど、『名声』て、何。buena famaを直訳すると『美しい名声』だけど。」
「服部嵐雪の『蒲団着て 寝たる姿や 東山』という俳句はどう?モデルの足を比叡山に見立てると、東山三十六峰。でも、ブラボが嵐雪を知っていたとは思えない、この案、取り下げ。」
「それと、何でこの写真が第2章『生と死のあいだ』に展示されているの?敷物の上で仰向けになっている女性が眠っているようにも、死んでいるようにも見えるということ?」
◆第3章 時代の肖像
《フリーダ・カーロ : Frida Kahlo 》
「フリーダ・カーロの自画像にそっくり。やっぱり、こんな顔をしていたんですね。」
「当たり前でしょ、生写真なんだから。それにしても目のあたり、迫力がありますね。」
第3部 原野へ/路上へ ― 1940-50年代
◆第2章 路上の小さなドラマ
《ちょっと陽気に優雅に : Un poco alegre y graciosa 》
 「この写真のタイトルも、よくわからない。何が『陽気に優雅に』なの?」
 「右上に写ってる女の子の動きじゃないの。graciosaを辞書で引くと、“茶目っ気がある”とか“かわいい”とかの訳が書いてある。踊りのステップを可愛く踏んでるみたいですよ。」
 「それなら、右下に写ってる草や左上の、コンクリートに直接広げたシュミーズは、何?」
 「草を干してるのかな。シュミーズは、たぶん洗濯物。コンクリートに広げると早く乾く。」
 「干すのじゃなく、これから燃やすのかも。それと、下着を干すならロープに吊るすでしょ。」
 「草が入っている皿の支えは木製。草を燃やしたら、支えも焦げちゃうよ。」
 「山田さんに『皿の上の草は、なあに?』と聞いたら、答えは『知りません』でしたよ。」
 「ブラボに同じことを聞いても、『知らない』という答えが返ってきたかもね。」
第4部 静かなる光と時
◆第2章 写真家の庭
《オクタビオ・パス : Octavio Paz 》
 「この人知ってる!ノーベル文学賞を受賞した人でしょ。でも、何でブラボの庭に居るの?」
「説明を読むと、ブラボの写真と自分の詩を組み合わせた本を出版したそうよ。」
※ など、いろいろな会話がありましたが、このあたりで失礼いたします。
◆市美の常設展も
 地下の常設展示室にも、特集「マヌエル・アルバレス・ブラボと同時代のメキシコの作家たち」の展示があります。ブラボの写真はもちろん、彼の師にあたるティナ・モドッティや同時代の写真家の作品があって、興味深い展示でした。
「郷土の美術」も写真の特集です。こちらは風景写真というよりも、水墨画のように見える作品ばかりで、とても面白かったです。
◆最後に
 今月20日(日)の午後2時から、山田さんの作品解説会、同日午後5時からは協力会会員向けに山田さんのギャラリートークが開催されます。楽しみですね。

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