山梨県立美術館というと、「何だ、オールド・ネームの古臭い美術館だなあ」と思われるかもしれません。あるいは「昔、バス・ツアーで行ったことあるよ」と言われる方もいるでしょう。でも、一方では、「遠くて、まだ行ったことがない」という方もおそらく多いのではないでしょうか。 今年の秋のツアーのメインに、山梨県立美術館を選んだのは、なぜか巷では知られているようで知られていないミレー館を、協力会の皆さんに見てほしいからです。
昨年(2009年)1月に開館したばかりのミレー館は、山梨県立美術館の常設展示室を改装して開設されました。日本でも人気のフランスの画家ジャン・フランソワ・ミレーの代表作のなかの代表作といっても過言ではない《種まく人》を筆頭に、最初の妻を描いた《ポーリーヌ・V・オノの肖像》、二番目の妻をモデルにした《眠れるお針子》(新収蔵作品)などの油彩画をはじめとして、パステル画、水彩画、版画など約70点を所蔵している世界的な「ミレーの美術館」としてコレクションを一堂に展示しているのです。この他に、もうひとつ別の展示室には、ミレーに代表されるバルビゾン派の画家たちの作品のコレクションも展示されています。
日本の公立美術館の歴史において、山梨県立美術館のミレーのコレクションは極めて重要です。美術館にとって基盤となるのがコレクションですが、それまでコレクションを重視していなかった日本の公立美術館は、1983年に開館した山梨県立美術館のミレー・コレクションを転換点として、世界的な美術家の作品をコレクションするようになったのです。しかし、当時は、「一枚の絵画(ミレーの《種まく人》)に2億円?!」とか、「一点豪華主義」とか、激しく批判されましたが、山梨県立美術館(の学芸員)は、それ以降も着実にコレクションを充実させて、四半世紀の年を経て、ようやく「ミレー館」を開設したのです。 山梨県立美術館のミレー館で日本の公立美術館の歴史を感じてみてください。
次に、清春白樺美術館は、武者小路実篤や志賀直哉らの白樺派の人々が夢見た美術館構想を実現しようとした私立の美術館です。アトリヱ、図書館などからなる清春芸術村という複合文化施設の附属の美術館になっています。ここは美術館の展示も面白いのですが、何といっても、まずアトリヱです。有料で借りることもできるのですが、芸術の都パリのモンマルトルにあったアトリエ「ラ・リューシュ(蜂の巣)」を模した建物になっているのです。
名古屋市美術館のコレクションにあるエコール・ド・パリの画家たち、例えばモディリアーニやシャガールが「ラ・リューシュ(蜂の巣)」をアトリエにしていたのです。また、ジョルジュ・ルオーの礼拝堂には、ルオーが制作したステンドグラス《ブーケ(花束)》があり、ルオーが祈りを捧げていた十字架のキリスト像も祭壇背後にあります。それから春のツアーで行ったばかりの秋野不矩美術館を設計した建築家藤森照信による茶室「徹」があります。この茶室建設には、路上探検隊以来の友人である赤瀬川原平、南伸坊などが手伝ったということです。この茶室は、私も見たことがないので楽しみです。
二日目に訪れる美術館は、二つとも私の行ったことのない美術館ですので、いろいろと調べた限りでの見所を紹介します。 まず、中村キースへリング美術館(2007年開館)ですが、1980年代にニューヨークで活躍したキース・ヘリング(1958~1990)の世界で唯一の私立の美術館です。キース・ヘリングと言えば、街頭や地下鉄の壁にスプレーで描いた落書きアートで有名になった美術家です。いまでは日本のどんな田舎町に行っても見ることのできるスプレーの落書きの原点であり、頂点であると言える人なのです。館長の中村和男氏のコレクション約130点を、ひとつのエントランスと三つの展示室に展示しているようです。おそらく展示作品も面白いでしょうが、建物自体もかなり面白いと思われます。新進気鋭の建築家・北川原温の設計のよるもので、この美術館建築で、2008年の村野藤吾賞、アメリカ建築家協会JAPANデザイン賞、2009年の日本建築家協会日本建築大賞、2010年の第66回日本芸術院賞を受賞しています。
次に、平山郁夫シルクロード美術館は、一昨年(2008年)11月にリニューアル・オープンしたばかりの新しい美術館です。法隆寺金堂壁画の再現模写のメンバーに選ばれたことからシルクロードを訪れ、シルクロードを描き続けた日本画家・平山郁夫の作品をはじめとして、画家が収集したシルクロードの文物(約9,000点)を収蔵・展示しています。昨年(2009年)12月9日に79歳で亡くなった画家を追悼する特別展「平山郁夫 最後の風景」を見ることができます。
このように山梨県、長野県には、小さいけれど個性的な美術館がたくさんあります。今回、訪問する予定の美術館は、それぞれまったく違った個性を持った美術館ですので、どうぞ楽しみにしていてください。
山田 諭(名古屋市美術館・学芸員)
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