映画 「FOUJITA」

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先日、名古屋パルコ8階のセンチュリーシネマで小栗康平監督の「FOUJITA 」を観ました。平日のためか観客は7割くらいの入りで、多くは中高年の女性。
◆映画の構成=西と東、エコール・ド・パリと戦争画の対比
映画は1920年代のパリを舞台にした前半と1940年代の疎開先を主な舞台にした後半に分かれ、エンディングロールの途中にフランス、ランス市のノートルダム=ド・ラペ礼拝堂と内部のフレスコ画が映し出されます。
◆伝記映画のようで、実は「フィクション=監督の思い」に満ちている作品
 前半で、高村光太郎「雨にうたるるカテドラル」の朗読を藤田が聞き流す場面とアポリネール「ミラボー橋」に「デラシネだ。」と共感する場面が対比的に描かれています。フィクションでしょうが、監督の思いが表れています。
 藤田が《貴婦人と一角獣》を見る場面やフジタ・ナイトで藤田とユキが花魁道中を先導する場面も、監督の好みを入れたフィクションでしょうね。後半になると、サイパン島民がバンザイ・クリフから身投げする動画を陸軍が藤田に見せたり、幻想的な風景のなかでキツネが藤田を化かしたり、戦死者たちの横を流れる小川の中に《サイパン島同胞臣節を全うす》が浮び上がってくる等、フィクションが増えてきます。疎開先も架空の村です。
 フィクションが悪いというのではなく逆で、それにより監督の思いが強く伝わります。監督は絵空事を通して、事の本質を描こうとしたのでしょう。
◆細部が気になる
 映画の冒頭でキャンバスに向かう藤田が出てきますが、足元を見ると足袋に雪駄履き。後半の、東京の家で君江夫人から「前の奥様のマドレーヌさんは布地だと、どんな人。ビロードかしら?」などと質問責めに会い、藤田が困惑する場面で背景に映っている暖簾は、名古屋市美「画家たちと戦争」展に出品されていた藤田の《自画像》(秋田県立美術館所蔵)に描かれていたもの。
同じく後半に、ミシンで人形の服を縫っている藤田が手を止め、絵を取り出して眺めてから裏返す場面がありますが、この絵は豊田市美術館所蔵の《自画像》(映画ではレプリカを使用)。一瞬のことなので、キャンバスの裏の文字を映画の画面から読み取ることは難しいのですが、豊田市美術館に展示中の《自画像》の解説には「宮城拝賀 二重橋より拝謁 参内後 昭和18年正月1日試写 嗣治五十八才 2603(略)政財・文化界の限られた有力者しか出席できなかった特別な機会の後に描かれました。(略)このいささか沈鬱な表情の固く結ばれた口元にその決意を読み解くべきでしょう。藤田は同じ年の夏、ひろく耳目を集めたアッツ島の玉砕を主題に戦争画を描くことになります。」と、ありました。
◆最後に
娯楽作品ではありませんが、美術ファンにはお勧めの映画です。    Ron.

「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」

カテゴリ:ムービー 投稿者:editor

 名駅前の映画館で中村佑子監督の「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」を観た。タイトルにある「内藤礼」という作家の作品は、名古屋市美の常設展でも、時折、展示され、多少の興味を持っていたからだ。

主な舞台は瀬戸内の豊島。
とはいえ、この映画は「内藤礼」の作品紹介でもないし、制作にまつわるエピソードをまとめたドキュメンタリーでもない。
作家の「内藤礼」は、映画の冒頭にちょっとだけ出て、あとは彼女以外の数名の女性が代役(?)のように、彼女たち自身のエピソードを語る。
やりたいこと・・・。こわかったこと・・・。私以外の誰かのために・・・。
大人になったら・・・。子どもだった頃・・・。

第一印象は、「とてもきれいな映像作品」であるということ。
それ以外の印象は、まだぼんやりしていて、「なにかを包み込む力」とか「なにかに共鳴する力」のようなものを感じた。頼りないが、そのうち、もう少しちゃんとした言葉になるだろう。
そういえば、偶然、美術関係の友人にも会えたし、観る機会があってうれしい一本だった。

杉山 博之

協力会の楽しみ方(ギャラリートーク編)

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協力会では、展覧会ごとにいろいろな催しを実施しています。
今回は、先日行われた特別ギャラリートークの様子を紹介します。

次回は、ミニツアーの様子を紹介します。

富山県立美術館にて BankART_大霊廟Ⅱ プライウッド新地 ヨコトリ_パオラ・ピヴィ_まだ誰も来ない MOTサテライト 目印はこれ! 河村るみさんをお迎えして 急遽解説してくださった角田学芸員 アルテピナコテーク さいたまトリエンナーレ 交流会にて 240の棺/Arigatou Sayounara 《帰ってきたJ.L.》は扉の向こう アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト