展覧会見てある記 豊田市美術館「ゲルハルト・リヒター」展

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

スマホに、豊田市美術館(以下「豊田市美」)で開催中の「ゲルハルト・リヒター」展(以下「本展」)のニュースが二つ飛び込んできました。ひとつは、WEB版の「芸術手帖」(2022.10.15付、URL=https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/26164)で、もうひとつは「号外NET豊田市」(2022.10.18付、URL =https://toyota.goguynet.jp/2022/10/18/toyotasibijutukann-geruhaito-rihita/)です。どちらのニュースにも画像が掲載されていますが、「号外NET」は展示室内の内覧会出席者と学芸員を写した写真を掲載。それを見ていたら、じっとしてはいられなくなり、豊田市美に行ってきました。

◆本展の顔は赤ちゃん・4つの展示室を使う大規模なもの

 豊田市美に向かう坂を登っていくと「ゲルハルト・リヒター」の文字と赤ちゃんの絵が見えます。玄関を抜け、長い廊下を進むと、1階・展示室8の入り口に「ゲルハルト・リヒター」と書かれていました。

 受付を済ませ、16ページもある作品リストを手にすると、実に優れものでした。作品リストだけでなく、展示作品の概要が付記された会場マップと、4ページにわたる「リヒター作品を読み解くためのキーワード」(以下「キーワード」)までも載っています。会場マップによると、本展は1階・展示室8に加え、2階・展示室1、3階・展示室2-3の、計4室を使った大規模な展覧会でした。

◆1階・展示室8

・第1エリア

 1階・展示室8は、大きく4つのエリアで構成されています。

第1エリアは細長い部屋で、最初の作品は《モーターボート(第1ヴァージョン》1965、広告写真を拡大した油彩画=「フォト・ペインティング」です。キーワードの解説には「リヒターは写真に隷属するように絵画を描くことから画家としてのキャリアをやり直したのでした。しかしそういう迂回を経ることによって、逆説的に描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていくのです」と書いてありました。

この「写真に隷属するように絵画を描く」ことについて、日本経済新聞(2022.6.25)の展覧会評は「画家自身の意図や癖をできる限り排除した手法」と表現していました。

 2番目の《グレイの縞模様》1968は抽象画。3番目の《8人の女性見習看護師(写真ヴァージョン)》1966/1972は、殺人事件の報道写真を元にしたフォト・ペインティングの複製写真を写真作品として制作したもの。「フォト・エディション」というようです。キーワードの解説には「絵画の代替という役割もありながら、その多くは寸法、トリミング、色彩、額装方法など、さまざまな仕方でオリジナルとことなっています」と書いてありました。一見すると何の変哲もない作品ですが、「殺人事件の報道写真」と聞くと、インパクトがあります。フォト・ペインティングの解説後半の「描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていく」というのは、このことだと思いました。

 入口の近くには赤色の鏡《鏡、血のような赤》1991も展示。「ガラスと鏡」というキーワードの解説には「置かれた場所やその時々によってあらゆるイメージを映し出す」と書いてありました。確かに、展示室に置かれた鏡に映りこんだものを見ていると、「これも作品だ」と思うようになります。

 第1エリアの一番奥では14分32秒の映像作品を上映。その手前に展示の《アブストラクト・ペインティング》1992は、アルミニウムの上に描かれた作品でした。所々にアルミニウムの地金が見えます。アルミニウムと油絵具の相性について家に帰って調べたら「塗装は困難。表面処理が必要。地金が温度変化で伸び縮みするので絵の具に亀裂が生じることがある」等、おそろしいことが書かれていました。

・第2エリア

 第2エリアは二つの区画で構成。最初の作品《黒・赤・金》1999は、左から黒・赤・金という配色。ドイツの国旗(上から黒・赤・金)と同じ色です。作品解説には「ドイツ連邦議会議事堂エントランスホールのモニュメントの習作」と書いてありました。リヒターは国家的作品を任された「大作家」なのですね。

 《黒・赤・金》の左は《アブストラクト・ペインティング》1999で、その左には、豊田市美の玄関で見た赤ちゃんがいました。《モーリッツ》2000/2001/2009という作品で、解説には「1995年に生まれた長男が8カ月の時の写真をもとに2000年に仕上げ、2001年、2009年に加筆」と書いてあります。何を加筆したのか、解説だけではわかりませんが、作品表面の黒い刷毛目は加筆されたものだろうと思われます。

 第2エリア・二番目の区画には、写真に油絵具で彩色した「オイル・オン・フォト」が多数並んでいます。キーワードの解説には「絵画と写真、再現性と抽象性が拮抗しあうという点で、小さいながらもリヒターの創作の核心を端的に示してくれます」と書いてありました。オイル・オン・フォトの中で《1998年2月14日 14.2.98》1998は、本展の紹介記事でよく見た作品です。赤ちゃんを抱く母親を撮った写真なので、目を引くのでしょうか。

・第3エリア

 第3エリアは、部屋の中心に《8枚のガラス》2012が置かれ、その周囲の壁にカラーチャート《4900の色彩》2007と、《ストリップ》2013~2016と《アラジン》2010が展示され、最もカラフルな空間になっています。カラフルな作品に取り囲まれているので、《8枚のガラス》に映り込んだ画像もカラフルです。

 「カラーチャー」について、キーワードの解説には「既製品の色見本の色彩を偶然にしたがって配する」ものと書かれ、「ストリップ」については「ある一枚の《アブストラクト・ペインティング》をスキャンしたデジタル画像」を分割して再構成したものと書かれ、「アラジン」については「一種のガラス絵」と書かれていました。アラジンはガラスの裏から描くので、鮮やかな色彩を楽しめます。

・第4エリア

 第4エリアには本展で一番注目されている作品が並んでいます。第3エリアから見て正面には《ビルケナウ》2014を配置。《ビルケナウ》に向き合うように《ビルケナウ(写真ヴァージョン)》2015~2019を配置しています。

また、《ビルケナウ》に向かって左の壁には《ビルケナウ》の元になった《1944年夏にアウシュヴィッツ強制収容所でゾンダーコマンダー(特別労働班)によって撮影された写真》を配置、右手の壁には《グレイの鏡》2019を配置しています。《グレイの鏡》に向き合うと、他の3つの作品だけでなく、展示室内の来場者も同時に見ることができます。よく練られた作品配置だと感心しました。

 なお、《ビルケナウ》は、フォト・ペインティングの手法で元になった写真を描いていますが、それは塗りつぶされ、見ることはできません。フォト・ペインティングの解説に「描くべき対象をどのように選ぶかが重要になっていくのです」と書いてありましたが、《ビルケナウ》でも重要なことは、「描く対象にアウシュビッツ強制収容所で撮影された写真を選んだ」ということになるのでしょうか。

◆2階・展示室1~3階・展示室2-3

 2階・展示室1ではアブストラクト・ペインティングを展示、3階・展示室2では2021年に制作したドローイングを、展示室3ではアブストラクト・ペインティングに加えて、2022年に制作した水彩絵の具によるドローイングのフォト・エディション《ムード》2022を展示していました。《ムード》は豊田市美だけの特別出品とのことです。

◆コレクション展 反射と反転 (展示室4-5)

 3階・展示室4と2階・展示室5で開催中のコレクション展では、リヒターと同じように鏡を使った作品を展示していました。プリンキー・パレルモ《無題(セロニアス・モンクに捧げる)》1973と、ミケランジェロ・ピストレット《窃視者(M・ピストレットとV・ピサーニ)》1962,72の、2点です。

◆未生(みしょう)の美 ― 技能五輪の技 (1階・ギャラリー)

 1階・ギャラリーでは、技能五輪の出場者が旋盤やフライス盤などで加工した製品や製品の写真などを展示する「未生(みしょう)の美 - 技能五輪の技」も開催しています(11月27日(日)まで)。

◆観覧料について

 本展の当日券は大人1枚1,600円ですが、オンライン・チケットなら1,500円(購入は豊田市美のホームページから)。受付でスマホまたはプリントアウトしたチケット情報を見せれば入場できるようです。思い切って年間パスポート(3,000円)を購入すると、豊田市美で開催される展覧会を1年間、観覧できます。

Ron.

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