展覧会見てある記  特別展「海を渡った古伊万里」 愛知県陶磁美術館

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

昨年放送のNHK・Eテレ「日曜美術館・アートシーン」(12/06)や「週刊文春」(12/17号)で紹介された展覧会が、瀬戸市の愛知県陶磁美術館(以下「陶磁美術館」)で開催されています。展覧会名は、特別展「海を渡った古伊万里 ~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」(以下「本展」)。陶磁美術館で受付を済ませて第1展示室に進むと、入口に一対の壺が展示されていました。壺は水を入れる円柱状の内筒と、亀甲の透かしが入り色絵で装飾された外筒の二重構造。展示されている二つの壺のうち、奥の壺は外筒の一部が欠けて内筒が見える状態で「部分修復」という説明がありました。なお、破損した断面は素地で薄く覆い、滑らかになっています。本展のみどころの一つは「破片を接合して修復した作品」ということをアピールする展示でした。

第Ⅰ部 日本磁器誕生の地―有田(第1展示室)

本展の第1部は古伊万里の歩み。「古伊万里」の範囲は人により違いがあるようですが、本展では「明治期も含める」としています。以下、「作品リスト」に従って見ていきます。

1.日本磁器の誕生、そして発展 

1 染付磁器

染付(そめつけ)というのは、素焼きした白い磁器に呉須(コバルトを含んだ鉱物)で文様を描き釉薬をかけて焼成した磁器。青花(せいか)とも呼ばれ、青味のある素地に浮かぶ青い線が爽やかです。中国・景徳鎮で焼かれたものは祥瑞(しょんずい)とも呼ばれます。

最初の《染付唐獅子文大皿》(1630~40年代)は素地がくすんでおり、発色も良く言えば「味がある」もの。裏面には文様がなく、小さな高台です。次の《染付山水唐草文輪花大皿》(1640‐50年代)になると中国の技術が入って、青の発色が鮮やかになっています。皿の縁も型を使って高く折り紙のようになり、裏にも文様が描かれています。高台は大きくなり、ハリで支えた三点の跡があります。中国からの技術導入により、見違えるほどに出来映えが良くなっていました。

2 色絵磁器の誕生

色絵は、五彩手(ごさいで)赤絵、錦手、金襴手(きんらんで)とも呼ばれ、釉薬の上から色を塗って焼き付けたものです。最初の《色絵松唐人文輪花大皿》(1640年代)は、中国・明末の色絵祥瑞(祥瑞の上に色を塗って焼き付けたもの)に倣った作品とのこと。絢爛豪華とはいえないものの、色がつくと華やかです。《色絵牡丹鳥文大皿》(1650年代)は素地に青味があるためか、渋めの緑、紫、黄色の色絵です。

3 食のうつわ

ロクロ成形しただけの器は円形ですが、ここに展示されているのは丸みを帯びた六角皿や、細長い八角皿、花びらのような形の皿などの変形皿です。ロクロで成形した粘土板を型に乗せ、縁を切りとって成形した製品とのことでした。型に乗せて、凹凸を付けた皿もあります。

4 鍋島藩窯のデザイン

 徳川家への献上品として、1650年代に始まった最高級品です。《色絵有職文皿》(1660‐70年代)は、細密に描かれた花模様に埋めつくされ、黄、赤、緑、青の発色も鮮やかな皿です。《色絵棕櫚葉文皿・染付棕櫚葉文皿》(色絵:1690‐1720年代、染付:1700-30年代)は、同じデザインの色絵と染付のセット。色絵は華やかで、青色だけの染め付けには爽やかさがあります。色絵と染付、それぞれの良さを感じることができるセットです。また、素地の色も、色絵は赤色の発色を良くするために乳白色ですが、染付だと釉薬の関係で青味があります。

陶磁美術館のコレクションも、2点を追加出品していました。さすが、陶磁器の美術館です。

2.世界を魅了した古伊万里

2 柿右衛門様式

リストの順番は「2」ですが、並んでいる順番は「柿右衛門様式」の方が先です。染付のような青味のある素地ではなく、「濁し手(にごしで)」という、温かみのある乳白色の素地が特徴です。素地に青味があると、赤色が沈んでしまいますが、素地が濁し手だと赤色の発色が鮮やかです。このコーナーには《色絵松竹梅岩鳥文輪花皿》(1670‐90年代)のように、余白を生かした繊細な図柄の作品が並んでいるほか、女性像や狛犬もありました。陶磁美術館のコレクションは、3点が追加出品されています。

1 宮廷を彩った花瓶と壺、華やかな皿

宮廷の展示風景を再現した展示が見ものです。展示ケースの中に金襴手の壺や皿が並び、壮観です。また、このコーナーには陶磁美術館のコレクションが16点追加出品されています。ただ、全てが宮廷の展示風景が再現された中に並んでいる訳ではなく、オランダ東インド会社のロゴ(VOC)がデザインされた大皿やオランダ・デルフト焼の盤など、別個に展示されている作品もあります。とはいえ、陶磁美術館のコレクションを多数追加しているので、再現された宮廷コレクションの展示風景の豪華さは、半端ではありません。

3 瀟洒な器たちーーコーヒー、紅茶、チョコレート

 有田焼のポットや取っ手の無いカップとソーサーのセット等と並んでドイツ・マイセン窯やイギリス・ウースター窯、フランス・セーヴル窯の皿や取っ手のあるカップとソーサーのセット等も展示されています。

コーナー 輸出の終息~国内向け製品

 1684年以降に清朝が陶磁器の輸出を再開すると、古伊万里は景徳鎮窯の製品との価格競争に敗北して、輸出量が減ったため、18世紀中ごろに海外貿易は終息し、有田は実用品の生産に方向転換したとのことでした。なお、このコーナーの展示品5点は、全て陶磁美術館のコレクションによる追加出品です。

3.万国博覧会と有田焼

1 幕末、明治初期の輸出品

終息していた海外貿易が復活するのは1840年代です。有田の豪商・久富家が始め、1856年には田代家が引き継ぎ、1867年のパリ万博には幕府とは別に薩摩藩・佐賀藩が共同で出品。パリ万博を契機に有田焼が再び脚光を浴びるようになります。1869年にはドイツ人の科学者、ゴットフリート・ワグネルが有田に招かれ、①呉須に替わるコバルト顔料の使用、②釉薬の研究、③石炭窯の開発を伝えています。

2 香蘭社の創業

1876年のフィラデルフィア万博に向けて1875年に「合本組織香蘭社」が創業します。香蘭社が製造した《色絵丸文大花瓶》(1875-79)等は、デザインを古伊万里に倣っているものの、精緻な文様と鮮やかな発色には近代の息吹を感じました。

3 コラム 古伊万里、西洋へ (通路)

以上で、第1展示室の展示は終わり、第8展示室に通じる通路には有田焼の瓶を改造したランプ台や時計などが展示されていました。

第Ⅱ部 海を渡った古伊万里の悲劇―ウィーン、ロースドルフ城(第8展示室)

2.ロースドルフ城の悲劇 破壊された陶磁コレクション 

 第2部は第二次世界大戦後、ウィーンのロースドルフ城を接収した旧ソ連軍が破壊した陶磁器コレクションの破片、修復品、破壊を免れたコレクションを展示しています。作品リストでは2番目ですが、第8展示室に入って最初に目に飛び込むのは、破壊された陶片と、修復された白磁の壺2点です。壺はいずれも20世紀初期のマイセン窯とのこと。修復の跡が分からないような出来でした。

1.ウィーン、ロースドルフ城のコレクション

1 城内に伝えられた日本陶磁

最初に展示されていたのは、周りに透かしの輪違い文がある皿が3点。ところが、そのうち一つは破壊されて、周囲の透かし文が無くなり無残な姿になっていました。また、1750年代から1830年代までの陶磁は作品リストに見当たりません。第Ⅰ部のコーナー「輸出の終息」に書かれているように「1684年以降に清朝が陶磁器の輸出を再開すると、古伊万里は景徳鎮窯の製品との価格競争に敗北」したためだと思われます。

2 城内に伝えられた中国陶磁 

ロースドルフ城のコレクションでは中国・景徳鎮の陶磁の割合が一番大きいとのことです。また、出品リストの陶磁は、景徳鎮窯が輸出を再開し日本陶磁との価格競争に勝利した17世紀後半以降のものでした。

3 城内に伝えられた西洋陶磁

展示を見て、ウィーンの宮廷を彩った陶磁器は、中国・日本だけでなく、オーストリア・ウィーン窯、イギリス・ウェジウッド窯、デンマーク・コペンハーゲン窯、ドイツ・マイセン窯など多岐に渡っていたことが分かりました。中国・日本の意匠をもとにした製品でも、それぞれに個性があるので見飽きません。

4 伝世品に見られる文様の交流史 

 景徳鎮窯で焼いた器をオランダで絵付けした《五彩花鳥文鉢(組み上げ修復)》(18世紀後半)や古伊万里の金襴手を真似た《色絵唐獅子牡丹文様蓋付壺》(19世紀)など、文様の東西交流がわかる展示でした。

3.「破壊」から「再生」へ  蘇った陶片 

陶片を組み上げて元の壺や皿を修復する工程がパネルと動画で紹介されていました。修復された陶磁器も一緒に展示されています。陶磁器の破片は、割れた時に少し変形するので、ズレなく接合するのはかなり難しいようです。繊細で根気のいる仕事によって修復された陶磁器を見ると、感動してしまいますね。

最後に 

予想以上に充実した展覧会でした。陶磁美術館のコレクションも多数出品されているので、展示に奥行きが出ているように感じます。陶磁美術館は常設展示も充実しており、世界の陶磁器や人間国宝が制作した陶磁器を鑑賞できます。常設展を見ると、江戸時代には瀬戸でも青花や色絵の磁器を生産していたことが分かります。ベトナムの《青花草花文盤》(15‐16世紀)もありました。お勧めの展覧会です。

Ron.

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