読書ノート  辻 惟雄(つじ のぶお)著  よみがえる天才1『伊藤若冲』ちくまプリマ―新書349  発行所 株式会社筑摩書房  2020年4月10日発行

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

1月2日、NHK総合テレビで正月時代劇「ライジング若冲」が放送され、とても面白くて引き込まれました。番組の最後に出た「時代考証に基づいたフィクション」という文字を見て「どこまでが本当なのか」知りたくなり、本屋で出会ったのがこの本です。

◆正月時代劇「ライジング若冲」について

若冲(中村七之助)と相国寺の学僧・大典顕常(永山瑛太)の二人の出会い・交流によって傑作《動植綵絵》が完成されるまでの話を軸に、謎の仙人・売茶翁(石橋蓮司)や若き日の円山応挙(中川大志)など、同時代の人物が絡み合うドラマです。本編の終了後、《動植綵絵》完成後のエピソードとして、①若冲と大典が淀川下りをして、若冲の描く風景と大典の漢詩を組み合わせた拓版画《乗興舟》を制作したこと、②天明の大火で、若冲が財産を失ったものの、その後も《伏見人形図》などの作品を制作したこと、③明治維新で窮乏に陥った相国寺が《動植綵絵》30幅を宮内庁に献上し、下賜金一万円で敷地と建物を維持したことの3つが紹介されました。

◆ちくまプリマ―新書『伊藤若冲』について

 本書で気に入ったのは、①内容が充実していること、②新書版なのにカラー図版が豊富なこと、③文章が読みやすいことの3点です。本書の第1章は若冲の生い立ちと、時代背景、第2章は《動植綵絵》の制作、第3章は若冲画の世界、第4章は画業の空白時期と新しい若冲像、第5章は天明の大火で激変した晩年の生活を書いています。いずれの章も、読み応えのある内容でした。

本書の「あとがき」によると、著者の『若冲』(1974)の本文をもとにして、編集者によるインタビューや最近の研究成果なども取り入れて「若い世代の人たちにも親しみやすい文体と内容にしようと努力しました」とのことです。確かに、難しい漢字にはふりがなが振られ、ひらがなが多く、とても読みやすい文章でした。

以下は、本書のなかで特に面白いと思った内容のご紹介です。

・若冲はたんなる絵画オタクではなかった!(本書p.165~170)

これは、最近の研究による発見で、50歳代半ばを過ぎた若冲が、「年寄役(町役人)」として、京都の東町奉行所に差し止められた錦小路青物市場の再開を実現するまでのお話です。最後に近い部分には「この間、錦高倉四町の間の微妙に異なる利害関係を調整し、百姓に熱を込めて窮状を訴えかけ、五条問屋町の駆け引きに応ぜず、役所と粘り強い交渉を続け、最後の段階では陰に回って、ついに市場の再開を勝ち取るに至ったドラマの主役は、まさに若冲その人でした。資料はそれを如実に物語っています。若冲は『絵を描くことしかできない男』ではなかったのです。(本書p.170)」と書かれています。

・アメリカ人コレクター、プライスさん(本書p.208~210)

著者が「アメリカ人の若い金持ちの御曹司(本書p.208)」ジョー・プライスが買い付けて手付金を支払った二幅の若冲を、画商から一日だけ借り受け美術史研究室の後輩に見せたという話から始まります。続いて、その翌年にジョープライスが著者が勤める文化財研究所に訪ねて来てから現在までの交流が書かれ、最後の方では2019年に出光美術館がプライス・コレクションの一部を購入して、190点もの作品が日本に里帰りしたこと、その中には「モザイク屏風」として知られる《鳥獣花木図屏風》が含まれていることを紹介(本書p.210)しています。

なお、1月1日から日本経済新聞に著者の「私の履歴書」が連載されています。1月20日の回で、著者が東京国立文化財研究所に就職しましたから、もうすぐ、このエピソードが書かれると思います。楽しみですね。

・工房制作への切り替え(本書p.213~215)

 「ライジング若冲」で本編終了後に紹介された《伏見人形図》について、本書は以下のように書いています。

「このころから若冲は、意図的に弟子をつくり、工房で制作していく方式に切り替えていったと考えられます。弟子の数は四、五人いたようですが、彼らに水墨などを描かせては、出来のよいものに自分のハンコを押して、多くの「若冲作」の絵として世に出していきました。そのようにして描かれたものに《伏見人形図》があります。伏見人形は伏見土産として知られる素朴な土人形で、若冲が以前から好んでいた画題のひとつです。モチーフの性格にふさわしく、《動植綵絵》の執拗さやシャープさとは対照的に、丸みのある形につつまれた、童画のような表現となっています。(本書p.213)」

◆最後に

「あとがき」によると本書は、『若冲』(1974)に続く、若冲の伝記と作品全体に関する、著者の二冊目の本になります。図版が多いので定価は1,000円+税と高めですが、お買い得だと思いますよ。

    Ron.

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