2020年協力会イベント情報

カテゴリ:お知らせ 投稿者:members

会員の皆様へ

新型コロナウイルスの影響で協力会の活動もしばらく休止させていただいていましたが、2021年1月の名古屋市美術館の開館に伴い、少しづつ活動を再開していきたいと思っています。

まずは、再開後初めての企画展である、「写真の都」名古屋市写真運動史:1911-1972展の協力会会員向け解説会を開催いたします。定員は90名までとなりますが、みなさまマスク着用のうえ、体調に十分注意してご参加ください。

「写真の都」名古屋市写真運動史:1911-1972展 令和3年2月7日(日)16時~ 

最新の情報につきましては随時ホームページにアップさせていただきますので、そちらをご確認ください。

皆さま方にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解のほど、お願いいたします。また、くれぐれも体調にはご留意ください。

巣ごもりの日々の読書ノート(再開2)

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

◆文春美術館「東洋美術逍遥」(9)橋本麻里 (週刊文春2020年12月17日号)

膨大な破片から蘇った美 特別展「海を渡った古伊万里~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」

 12月6日(日)放送の NHK・Eテレ「日曜美術館 アートシーン」で、大倉集古館で開催中の「海を渡った古伊万里~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」の紹介動画を見て「面白い展覧会が開催されているのだな」と思っていたら、週刊文春でも取り上げました。

橋本麻里によれば、展覧会の第1部は「伊万里焼」の歩み、第2部は第2次世界大戦後に旧ソ連兵士によってことごとく破壊された古伊万里コレクションの、復元作品の展示です。

橋本は「マイセン窯の白磁大壺などは、これほど細かい細工をどうやって元にもどしたのか、まるで魔法を見るようだ。ありがたいことに、修復手法の解説パネルや道具も紹介されているので、後世のために『修復した痕跡を残す』という文化財修復の考え方まで、併せて理解できる。一連の調査からわかってきたのは、ロースドルフ城のコレクションが非常に広い時代、地域の窯の作品を集めていること、また古伊万里金襴手をモデルに、中国・景徳鎮窯が日本から市場を奪回した『チャイニーズイマリ』や、ヨーロッパ各地の窯で焼かれた模倣製品が多いことなどだという」とも、書いています。

「伊万里」については、NHK「ブラタモリ」が2週にわたって放送した「有田町特集」を視聴していたので身近な感じがします。今年、岡崎市美術博物館で開催された「マイセン動物園展」で装飾壺や動物の置物などを見たので、「マイセン窯の白磁大壺」にも興味が湧きます。

NHK・Eテレ「日曜美術館 アートシーン」によれば、「海を渡った古伊万里~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」は2021.4.10~6.13の会期で愛知県陶磁美術館に巡回、とのこと。

今から楽しみです。

    Ron.

展覧会見てある記 豊橋市美術博物館「コレクション展」

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

巣ごもり中ですが、豊橋市美術博物館に行ってきました。1階の講義室と第2企画展示室では愛好家団体の写真展が、一番奥の特別展示室ではコレクション展が開催されていました。

◎1階・特別展示室2020コレクション展 郷土の美術「白い情景」

 展示室の入口には平川敏夫の《白樹》(1960)が展示されています。画面の下4分の1ほどは真っ暗、下草でしょうか。枯れたように真っ白な樹木が何本も生えていますが、よく見ると樹木の下には若木。「死と生」を対比させているのでしょうか。コレクション展の説明書きには「白をテーマにした日本画を展示」と書いてあります。

最初の展示ケースには、中村正義の《松梅菊(しょうばいきく)》(1959)と《斗士(とうし)》が並び、その右に大森運夫(かずお)の《皓(しろ)き修羅[小下図]》(1984)。《松梅菊》は、淡いモノトーンの静物画、《斗士》は細長く直線的な仏像を描いたもので「自画像のバリエーションとみなすこともできます」との解説がありました。《皓き修羅》は長野県飯田市の浄瑠璃人形を描いたもの、人形の表情が印象的です。次の展示ケースには平川敏夫の四曲一隻の屏風《白松(はくしょう)》(1978)と四曲二双の屏風《雪后閑庭(せつごかんてい)》(右隻1985)(左隻1992)が並んでいます。《雪后閑庭》の白は「アラビアゴムなどの防色材で描いた上から墨を施し、防色材を除去することであらわした地色」とのことです。三つ目の展示ケースには星野眞吾の作品が4点。抽象画や和紙のコラージュ、人拓などバリエーションに富んでいます。

最後の展示ケースは「冬景色のスケッチ」。日本画ではなく、石川新一、浅田蘇泉、平川敏夫、大森運夫のスケッチです。展示室に置いてあった展示解説シートには、浅田蘇泉は「中村正義に次いで中村岳陵の門下生になった」、石川新一は「豊橋高等女学校(現:豊橋東高等学校)の美術教師。高畑郁子は女学校在学中に石川新一から絵を学び、彼を通じて中村正義の画室を訪ねるようになった」などと書いてありました。石川新一のスケッチ《[豊橋百景第87景]大池雪景》は、豊橋市民の憩いの場、女学校の近くの池の景色を描いたものです。

展示解説シートには「昭和26年、正義は絵画塾『中日美術教室』を発足させました。正義のほか、星野・大森・平川・高畑の5名が参加」とも書いてあります。特別展示室2020コレクション展に展示されているのは「全て、中村正義ゆかりの画家の作品」ということになりますね。

◎2階・第Ⅲ期コレクション展・シンボル展示コーナー「海外に渡った現代美術家 ―荒川修作と飯田善國―」

 2階へのスロープを登ると、荒川修作《S.A.方程式》(1962)が展示されています。解説によれば「S.A.方程式は、Syusaku Arakawa方程式のこと。落下によって人間から他のものになる方法を示している」そうです。画面右下から右上に向って直線と矢印、2つの円錐が、画面上部には右から左に向かう矢印と2本の直線が、画面左下には、中に格子のある円が描かれています。解説には「矢印に沿って2つの円錐が進み、左端で爆発して円形の格子に落下しており、我々の視点を別次元に導いているかのようです」と、書いてあります。

荒川修作といえば、受付でもらった「Nagoya art news No.176」に、名古屋市美術館の「名品コレクション展Ⅰ」(2021.1.5~3.14)では同時に、特集として荒川修作の初期平面の仕事を紹介する、と載っていました。

◎2階・第Ⅲ期コレクション展・第4展示室「洋行画家たちの夢」

 2階の第4展示室は、フランスやアメリカに渡った画家たちの作品を展示。最初の作品は黒田清輝《夕陽》(1898)、芦ノ湖の夕暮れを描いたものです。佐分眞、荻須高徳、鬼頭鍋三郎、北川民次など、名古屋市美術館の常設展でお馴染みの作家の作品もあります。藤田嗣治の鉛筆画《ユキのポートレート》も目を惹きました。ユキの本名はリュシー・バドゥー、1920年代のパリで藤田の絶頂期を共にした女性です。そういえば、名古屋市美術館所蔵の《自画像》(1929)にもユキのポートレートが描かれていましたね。

◎1階・休憩コーナー「連続テレビ小説 エール展」

 スロープを降りると、休憩コーナーで「連続テレビ小説 エール展」が12月27日(日)までの会期で開催されていました。出演者の等身大パネルの外、関口音が出演した学芸会「竹取物語」で使われた烏帽子などの小道具も展示されています。

◎最後に

 会期は、特別展示室のコレクション展が来年1月31日(日)まで、第Ⅲ期コレクション展が来年1月11日(日)まで、いずれも入場無料。以上の展示を見て回り「コレクション展は大事」だと再認識しました。

コレクション展といえば、12月7日付け日本経済新聞・文化面「回顧2020 美術」に「横浜美術館で開催中の『トライアローグ』展では同館と愛知県美術館、富山県美術館がタッグを組んだ。それぞれの所蔵品からピカソらの名作を厳選し、20世紀の西洋美術史を通観する企画展を実現したのだ。『今後はコレクションを生かすことが一層求められる。一つのモデルケースになればいい』と同館担当者」と書いてありました。「トライアローグ」展は、2021.4.23~6.27の会期で愛知県美術館に巡回予定のようです。楽しみですね。

Ron.

巣ごもりの日々の読書ノート(再開)

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

投稿:2020年11月29日

新型コロナウイルスの感染拡大を警戒して「巣ごもりの日々」を再開しましたので、最近読んだ雑誌の記事と書籍について書かせていただきます。

◆「名画レントゲン」(8)秋田麻早子 (週刊文春2020年12月3日号)

「両サイドの法則」が安定を生む グスタフ・クリムト「オイゲニア・プリマフェージの肖像」

 豊田市美術館のコレクション展「VISION」(12月13日まで開催)に出品の、花柄のドレスを着ている女性の肖像画について、著者は「この絵の場合、モデルが縦長の画に直立しているだけなので、画面下部に描きこみを「足す」ことで、主役を両サイドに繋いで固定し、下部が見た目の上で「重く」安定するようになっているのです」と、その構図を分析・解説しています。

ネットで画像を検索すると、確かに手首から下の背景には、画面の両サイドまで花が書き足されています。タイトルの「両サイドの法則」とは「画面の両サイドに何らかの形でつなげることでも、バランスがとれる」ということなのですね。

「オイゲニア・プリマフェージの肖像」は豊田市美術館で馴染みの作品ですが、次に行ったときはこの記事を参考に、じっくり鑑賞したいと思います。

◆中公新書 2569「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」刑部芳則 著(2019.11.25 初版発行)

NHKの連続テレビ小説「エール」は「古関メロディ祭り」で幕を閉じましたが、古関裕二は手塚治虫とも接点があったことを、この本で知りました。該当箇所を下記に引用します。

(前掲書 p.133~134)

戦争末期には日本初の長編アニメーションといわれる、子供向けの映画音楽を監修している。昭和20年4月に公開された松竹映画「桃太郎 海の神兵」である。映画に使われる歌の作詞はサトウハチローが行なっている。富士山の麓の村から出征した猿、犬、熊たちが、海軍陸戦隊落下傘部隊の隊長桃太郎のもとで訓練を受け、最後は「鬼ヶ島」への空挺作戦が展開されるという話である。(略)戦意高揚を図る部分もあるが、平和への夢や希望を持たせる雰囲気が随所に見られる。マンガの神様といわれる手塚治虫は、焼け野原となった大阪の映画館で封切り日に見ている。視聴した感想を「戦争物とは言いながら、実に平和な形式をとっている」、「天狗猿と手長猿と眼鏡猿が、三匹でコーラスをやるのがとても気に入った」と、日記に書いている。そして「おれは漫画映画をつくるぞ」と誓った。美しい古関の音楽は、手塚のアニメーションづくりに一役買ったのである。(引用終り)

Youtubeで『桃太郎 海の神兵』の動画を検索すると、映画のデジタル修復版の冒頭部を見ることができました。「海軍省後援」「昭和19年12月完成」「音楽監督 古關裕而」「作詩 サトウ・ハチロー」等の文字が並び、富士山麓の村を水兵姿の雉、猿、犬、熊が歩く牧歌的な場面が続きます。

Youtubeには、映画の冒頭以外のシーンも分割してアップされています。手塚治虫が「コーラスをやるのがとても気に入った」と評した「アイウエオの歌」を歌うシーンを始め平和なシーンが多いのですが、落下傘部隊が降下して、戦闘を行なうシーンは記録映画のようにリアルでした。

映画の外にも、手塚治虫と映画の脚本・演出を担当した瀬尾光世、映画評論家の荻昌弘の三人による座談会の映像もアップされています。座談会で、瀬尾光世は「海軍省から、平和な場面が多すぎると注意された」「海軍省から兵器の機密情報まで映画に写っている等のクレームを受け、その修正をするために映画の公開が遅れた」「『アイウエオの歌』は映画オリジナルではなく、南方の占領地の人々に日本語を教えるために、古関裕而とサトウ・ハチローのコンビが作ったもの」等と語っていました。

手塚治虫の誕生日は昭和3年11月3日なので、映画公開の昭和20年4月当時は16歳だったと思うのですが、既に「映画通」で、大人顔負けの映画評を書いていたのですね。

    Ron.