展覧会見てある記 「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

名古屋市博物館で開催中の特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」に行ってきました。敷地に入り玄関に続く連絡通路を歩いていると、二人連れがパネルを指さしています。耳を澄ますと「血染めの絵がいっぱい出てくるんだよ」と話す声が聞こえて来ました。
展覧会は五つの章に分かれ、「1章 ヒーローに挑む」には三枚揃の大画面の作品が多く、見ごたえがあります。また、国芳の酒呑童子を武者絵の先達・勝川春亭と比較したり、10年前の国芳との比較(源頼政鵺退治)や弟子との比較(合戦図)など、展示に工夫が凝らされています。
「2章 怪奇に挑む」のメインは「血みどろ絵」《英名二十八句衆》ですが、血が苦手な人のために迂回路が用意されています。
「3章 人物に挑む」には美人絵が並びます。浮世絵ながら、芳年の《風俗三十二相 暗さう》には近代日本画の雰囲気がありました。
「4章 話題に挑む」では猫やスズメ、だまし絵、大津絵などの戯画が楽しめます。また、国芳と芳年の《一ツ家老婆》が並んでおり、芳年が師から学ぶだけでなく更に工夫を加えたことが分かりました。
「終章 「芳」ファミリー」に展示されていた《月百姿》は「集大成」にふさわしいもので、《延命院日当話》は「なまめかしい絵」でした。
◆2019年3月6日付の日本経済新聞に展覧会評が掲載されています
3月6日の日本経済新聞・文化面に窪川直子・編集委員の展覧会評が載っていました。見出しは「殺伐とした幕末 斬新な発想」。以下は記事の抜粋です。

幕末に活躍した歌川国芳(1797~1861)は展覧会が相次ぐ人気浮世絵師で、弟子の月岡芳年(1837~92年)も近年熱い注目を集める。名古屋市博物館の「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展はそんな2人の画業再評価の流れに位置づけられる。(略)武者絵を劇的に演出しようと、国芳は血がほとばしるような場面も描いたという。これをさらに追及したのが芳年で、兄弟子の落合芳幾と共作した連作「英名二十八衆句」の全図の展示は見どころの一つだ。血や生首が飛ぶ「血みどろ絵」には目を背けたくなるものもある。しかし、当時の技術を総動員し、鮮血や血の手形を表現した辺りに、日本に流入してまもない西洋絵画を参照した国芳の進取の気性を見て取れる。殺伐とした幕末という時代を映し、講談や歌舞伎でも血なまぐさい場面が好まれた。残酷さを強調したのは、世相に敏感な師匠の影響ともいえる。出品作の大半は国文学者の尾崎久弥、医学者の高木繁が、幕末明治の浮世絵が「末期の浮世絵」と見なされた時代にせっせと蒐集したものだ。(略)「末期」をもり立てた絵師だけでなく、収集家の気骨もすがすがしい。(略)(注:記事には「尾崎は国芳がよりどり十銭で売られているのを残念がり」という一節もありました。)

◆協力会ミニツアーのお知らせ
 3月24日(日)に「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展の鑑賞ミニツアーが開催されます。集合は午後2時。名古屋市博物館副館長 神谷浩氏の解説の後、自由観覧となります。詳細は、協力会ホームページをご覧ください。
         Ron.

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

この投稿へのコメントの RSS フィード。

コメントする

コメントを投稿するにはログインしてください。

会場にて「inferno」 解説してくださった特別主任学芸員の北川智昭さん、ありがとうございます 2018ArtLabTokyoここにもアートラボ 石切り場 前室にて 音のアーキテクチャ トンネルでピクニック 佐川美術館 ギャラリートークの様子 展示会場で話をきく会員たち 泉屋博古館にて まずは講堂でレクチャを聴く会員たち 会長の乾杯の音頭に合わせて、いただきます! 「回生の苗床」 光内惟奈 燃やせないもの