インターネットと図書館でアルヴァ・アアルトを調べる

カテゴリ:Ron.,アート見てある記 投稿者:editor

12月から名古屋市美術館で開催される「アルヴァ・アアルト展」。10月31日の公開講座「アルヴァ・アアルトの建築とデザイン」(イーブルなごや)で概要が分かり、更に知りたくなりました。先ず、ネット検索です。
◆ヴィープリ図書館の再オープン
インターネットに「ヴィープリ図書館」と入力して検索すると「アアルトがデザインしたヴィープリ(ヴィボルグ)図書館が再オープン! 」という2013年11月27日付けの記事が出てきました。内容は「フィンランド建築デザインの巨匠、アルヴァ・アアルトが手がけたものの中でも象徴的な建物といわれるヴィープリ図書館が、20年以上もの歳月をかけて修築され、先週土曜11月23日に再びオープンした。ヴィープリは旧フィンランドの街で、現在はロシアのヴィボルグに属する。(略)図書館の建設がスタートしたのは1927年で、完成したのは1935年。その頃ヴィープリは、まだフィンランド領だった。図書館は当時、国際的なモダン建築のアイコンとして注目され、戦前にアアルトが残したものとしては大変重要な建築物である。(略)1991年から修築・修繕を開始。1935年当時の図書館の姿に戻すための復元プロジェクトが開始してから約20年、ようやくお披露目となった。修築コストは、およそ800万ユーロ(約11億2000万円)といわれる。フィンランドとロシア両国の政府、また両国の財団や慈善団体からの援助を受けながら完成させた国際的かつ大規模な取り組みだった」というものです。なお、記事のURLはhttp://www.hokuwalk.com/Topic/page/page_id/022013112700015001/cat_id/3。

◆アルヴァー・アールト図書館 … 修復保存物語(原文のまま、以下同じ)
また、アルヴァー・アールト図書館 … 修復保存物語」というページも見つかりました。
2001年4月5日に静岡県賀茂郡松崎町で開催された第2回 日本フィンランド デザイン シンポジウムの講演で、講師はエサ・ラークソン(建築家/ヘルシンキ工科大学 教授, アルヴァー・アールト アカデミー ディレクター)です。(なお、ヘルシンキ工科大学は2010年にヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学と統合して「アアルト大学」になりました)以下は、講演記録の抜粋です。
 フィンランドでも最も有名な建築家、アルヴァ・アアルトは、数年の歳月を費やしてヴィープリの図書館本館を設計しました。彼は古典的な様式にならってその設計を進めていきました。しかしいつのまにか、アールトの設計様式は一変してしまいました。(略)1935年に落成したヴィープリ市の図書館は、当時の図書館としては、世界でも最も進歩的なデザインでした。この図書館は、アールトの代表作品の一つに数えられ、たちまちのうちに『ブリティッシュ・アーキテクチュラル・レビュー』誌とイタリアの『カサベラ』誌の表紙を飾りました。(略)第二次世界大戦中、この建物の役割とその歴史は劇的に変化しました。図書館が、ヴィープリに住むフィンランド人たちの手にあったのは、いわゆる冬戦争で1939年に旧ソ連がこの町に進攻してくるまでのわずか4年間でした。第二次世界大戦の第二段階(1941年-1944年)において町が再度フィンランドの手に戻ると、市民たちも町に戻り、ほとんど無傷のまま残っていた図書館も再開されました。しかし終戦とともに、ヴィープリ(ならびに、フィンランド東部のカレリア地方の大部分)は旧ソ連の支配下となり、自称フィンランド人の住民たちはフィンランドに逃れました。(略)戦後、図書館は荒れるにまかされ、天井板はたきぎとして使われ、館内には浮浪者が住みついていました。(略)図書館は長い年月を経てすっかり老朽化し、1991年に旧ソ連が崩壊した後は、フィンランドが管理する国際的改装計画の改装対象となりました。ファサードや屋根は徐々に本来の状態へと修復されていますが、ヴィープリ図書館が戦前の素晴らしい姿を取り戻すには、まだ多くの作業が必要です。

要点は、①ヴィープリの図書館は当初、新古典主義の様式で設計されていたが、落成した図書館はモダニズム様式の建築になっていたこと。②第二次世界大戦の結果、ヴィープリがロシア領になったこと。③戦後、図書館は荒れるにまかされたこと。④旧ソ連が崩壊後、フィンランドが乗り出して図書館の改修が進んだことの4つです。なお、講演のURLはhttp://www.gk-design.co.jp/jfda/symposium/2nd/esa_presen_jp.htmlです。

◆ヴィープリ図書館の現在の姿/アアルトが手がけた建築・デザイン
 現在のヴィープリ図書館の姿を下記のURLで閲覧することができます。
https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g298511-d7376122-Reviews-Alvar_Aalto_Library-Vyborg_Vyborgsky_District_Leningrad_Oblast_Northwestern_Distr.html

 また、アアルトが手がけた建築・デザインは、下記のURLで閲覧できます。
https://www.alvaraalto.fi/en/works/

◆図書館で調べる
インターネット検索と並行して、近所の図書館で参考になる本を探しました。

◎「物語 フィンランドの歴史 中公新書2456」 中央公論社
 第二次世界大戦でフィンランドは「全領土の10分の1を失った」という記述のほか、アルヴァ・アアルト関係では以下の記述がありました。
(略)フィンランドを代表する建築家アルヴァル・アールトは、妻アイノとともに設計事務所を立ち上げ、多くの建築物やインテリア製品などを手がけた。(略)彼らはフィンランディア・ホール、ヘルシンキ工科大学、アカデミア書店といった建築物のデザインをしただけではなく、家具やガラス製品などを手がけたことでも知られる。
 カラフルなテキスタイルデザインで有名なマリメッコは、1951年に創業した企業で、服や布製品だけではなく、食器やインテリア製品なども販売している。また、1873年に創業したアラビアはシンプルで使いやすいデザインの食器を販売し、北欧デザインの名声を高めるのに貢献した。(略)

アルヴァ・アアルト、マリメッコ及びアラビアのいずれも、2017年に愛知県美術館で開催された「フィンランド・デザイン展」で紹介されていましたね。

◎「世界の建築家解剖図鑑」 株式会社 エクスナレッジ
20世紀の建築家の章で、14人の建築家の一人としてアルヴァ・アアルトを紹介。以下の記述がありました。
(略)1930年代半ば頃になると、木の使用頻度が増加していく。加えて戦後はレンガや銅板の使用も始まった。木や銅は、フィンランドで最も重要な資源である。レンガの使用は、戦後の物資不足が背景にあったのでやむを得ない一面もあるが、こうした材料の使用が積極的であったことは、例えば波のようにうねる木の壁や天井などからも十分に想像できる。そこには近代主義建築の新たな進路を示さんとする意思があり、鉄やコンクリートを使わずとも新しい表現ができること、しかもより人間らしく、その地域らしい表現が可能なことを示した。(略)

◎「名作椅子の由来図典」  株式会社 誠光堂親光社
 アルヴァ・アアルトについては、以下の評価をしています。
(略)「パイミオのサナトリウム」や「ヴィープリの図書館」など、自ら設計した建物で用いる椅子や家具のデザインも多数手掛け、椅子の歴史においてエポックとなる名作椅子を生み出した。木製椅子の構造面における技術開発、その技術を生かしたデザイン、素材はフィンランド産のバーチ(カバ)材を活用、さらには出来上がった椅子の販売といった4つの観点が押さえられていることにアアルトの功績の大きさと才能を感じる。

なお、この本では技術開発として「アアルトレッグ」(公開講座では「L-レッグ」)と呼ばれる挽き曲げ技法と成型合板によるカンチレバー(コの字型の脚)に、椅子の販売はアルテック社の設立に言及しています。

◎「世界の名作椅子 ベスト50」  株式会社 エクスナレッジ
 過去150年間の名作椅子を解説した本です。アルヴァ・アアルトがデザインした椅子はベスト50に3点が入っており、以下の表題をつけて、それぞれの椅子について解説しています。
・北欧の価値観とモダニズムを調和させるという実験  パイミオ・ラウンジチェア
・アールトの哲学が生きた、最小限の要素の組み合わせ スタッキングスツールNO.60
・大胆なカンティレバー構造が、重力を忘れさせる   アームチェア「NO.406」

10月31日の公開講座では、アームチェア「NO.406」の説明はありませんでしたが、建築物の内部を紹介する画像のなかにアームチェア「NO.406」が写っていました。

◆最後に
 以上は氷山の一角です。インターネットや図書館を使って、アルヴァ・アアルトに関する様々な情報を手に入れることができます。皆さんも、やってみませんか。
Ron.

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