「巨大アートビジネスの裏側」 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか

カテゴリ:アート・ホット情報 投稿者:editor

サブタイトルの「96億円」が気になって、この本を手にしました。「マネーがらみ」の話だけかと思ったら、美術鑑賞のヒントになる話もあります。なお、著者は「財界総理」といわれた石坂泰三の孫で、2005年から2014年までサザビーズジャパン代表取締役社長だった人です。
オークションでの駆け引き・買い手の正体
この本の冒頭は、2012年5月2日午後7時半過ぎに、ニューヨークのサザビーズ本社にあるオークションルームにムンクの「叫び」が登場し、1億700万ドル(手数料を加えると1億2千万ドル、1ドル=80円換算で約96億円)で落札されるまでの約12分20秒の緊張感に満ちた駆け引きの描写です。そして、守秘義務のため買手は未公表だが「メディアは著名なヘッジファンド・マネージャーのレオン・ブラックだと報じている。本人は否定も肯定もしていない。」と続きます。
ここで興味深かったのは、「ブラックはニューヨーク近代美術館(MoMA)やメトロポリタン美術館の理事でもある。勲章のない米国では、大使及び著名美術館、オペラ等の理事は最高の名誉だ。」という補足です。美術館のステイタスが高いことに感心しました。
コマーシャルという要素
もう一つ面白いのは、「叫び」が高額になった理由として、歴史的名画、希少性に加えて「コマーシャルな要素」を指摘していることです。著者によれば、コマーシャルとは歴史的名画であるとともに、万人受けし、華やかな作品であることを指します。絵ハガキから、空気で膨らませるパンチバッグまで、世界中でさまざまに商品化され、美術に興味のない人でも知っていることが高額になった理由の一つだというのです。確かに展覧会の宣伝でも決め手は、「コマーシャルな要素」をもった作品ですね。
海外の再評価で高騰した具体美術協会
日本の現代美術に関しては、1994年にニューヨークの倉庫でグルグル巻きになって放置されていた草間彌生のキャンバスを発見し、それを1995年に静岡県立美術館に2400万円で売却。その後、草間彌生に感謝されたという手柄話も面白いのですが、それ以上に興味を引いたのが、1954年に関西で結成され、1972年まで続いた具体美術協会の作家たちの作品の価格が急騰した話です。
「海外で「グタイ」と呼ばれる彼らの作品に火がついたのは2013年。きっかけは、ニューヨークを代表する MoMA、グッゲンハイム美術館での立て続けの展覧会で、ともに北米の美術館で初の本格的な具体展となった。これらの展覧会が話題となり、過小評価されていた日本の現代美術に光が当たり、白髪一雄の「激動する赤」(1969年)が2014年6月のサザビーズ・パリのオークションで、390万ユーロ(約5億4590万円)で落札されるまでになった。」というのです。
ここで注目すべきは「マーケティングの過程では、米国の美術館の学芸員の眼力、行動力、及びそれを支える理事の美術に対する理解、資金力に感心した。(略)シカゴの著名美術館が白髪作品を探しているという。早速アプローチすると、既に米国の画廊から4億~5億円でミュージアムピースを購入していたことが判明する。感心するのは、この美術館の著名学芸員が数年前まで白髪の存在も知らなかったものの、作品の持つ力に感銘を受け、理事から寄付の約束も取り付けて買いに至るその過程だ。日本の美術館だったら、このようなことはまず不可能だろう。」という一節です。一学芸員が、自分の眼力で数億円の作品を収集できるという現実にびっくりしました。
このほかにも、「価格体系を変えた中華圏の台頭」など、一般的な美術の解説書とは違う視点による、興味深い記事が並んでいます。                       Ron.

石坂泰章(いしざか やすあき:1956年 東京都生まれ (株)AKI ISHIZAKA 代表取締役社長)著 文春新書1079 (本体830円+税)

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